3-11 カースとクリエイトマスター
「つまり、お前は――」
「貴方が思っている通りです。因みに、私が政府庁舎へ入らなければいけないのは明日の夜一二時です」
「シンデレラか――じゃなくて。明日の一二時って、あと三六時間くらいしか無いのかよ!」
稔は大きく声を上げ、『女献上』等という帝国の暴走と見て取れるような行動に従う必要はないと訴えた。しかし、カースは首を左右に振って彼の意見を否定する。それでも稔は言い続けるのだが、言っても言っても話は水平線を辿っていく。そのため、遂に稔は話を切り替えてこう言った。
「なら、あと三六時間のうちに二つの軍隊を滅ぼせばいいんだな」
「『滅ぼす』とは、どういう意味でしょうか?」
「戦闘不能にするってことだ。極悪非道の限りを尽くしても勝戦すれば正義だ。けどな、俺はそういう方向の戦争は極力したくない。やるのは論争だ。武器を用いた争いじゃない。俺はそう心に決めてる」
「そんな格好つけ、すぐに意味を無くしますよ」
「分かってるよ、そんなもんは。だがな、俺は庶民が安心安全に暮らせる国家建設の道を進んでやる」
魔法と魔法の争いになるのは目に見えたことだ。しかし、既に臨時政府庁舎の構造図はゲットしている。庶民が怒り狂っているのに抑えつけられていること、革命軍が強姦軍ということも耳にしていた。だから、もはや後退という道は残されていないも同然。突き進むは新生国家の誕生、そして国民主体の政治である。
「帝と革命軍司令官、それに政府の役人の処分は俺が行うことはない。やるのは――国民だ」
「そうなってくれることを望みます。ただ――」
カースは一旦間を置いた。注がれる視線。彼女はこれを期待していたのである。話を話すことは誰にでもできるが、魅力的な話をするのは限られた人にのみ使えるテクニックなのだ。視線を注いでもらうのは魅力ある話者としての第一歩と言えよう。
「仮に新政府が稔さんの手でか作られた場合、国家元首は誰なんですか?」
「国家元首は投票で選べば良いだろう。所詮、国民は国家元首に翻弄されることになるんだからな」
稔は母国の実態を思い返し、そう言ってから小さいながらも笑いを浮かべた。加えて続いて思い出すのはカースが先程こぼした言葉である。『国民なんて国家の犬』『公務員は政府の犬』『教育者は学校という門から出られない愚かな者達』、『研究者や作家は永遠の厨二病』『所詮、人は全員マゾヒスト』。並べられた言葉はドストレートなものばかりだが、だからこそ印象に残っていた。
「お前は今でも翻弄されてるけどな、カース」
「そうですね。……まあ、もう処女なんか淫魔によって奪われてしまいましたし、私は性病さえ移してもらわなければ受け付けますけどね。――性処理要員になることなんか」
「そうか。けど、『献上』なんだろ? 給料なんか……」
「重々承知の上ですよ、そんなこと。ですが、食事の保障がされているなら私は構いませんので」
稔はカースが自分自身の心を押し殺しているのではないか、とすぐに考えた。他人の性的関係にとやかく言う必要性は微塵も有るまい。だが、それは当人が好んでやっている場合である。彼女が顔に浮かばせた表情は喜んで、生き甲斐のようではないと見受けられた。そのため、稔は追及に入る。
「ふざけんな。食事が保障されてりゃ、お前は野外で犬扱いされてもいいのか? 猿ぐつわ装着されて、首輪付けられて、電柱に放尿させられて、挙句の果てに目隠しされて密室で監禁されるかもしれない」
「ここが個室じゃなければ、その内容は流石にドン引きです……」
「引きたければ引けばいい。俺はラクトに教えてもらったからな、言うべき時は言わなくちゃいけないって。強気で居るばっかしはダメだが、チキン男なんか女々しくて雄の力のない野郎って分かったからな」
「結局。あなたも自分を犠牲にしていませんか、稔さん?」
「それでも、外面に抑えつけていた気持ちが現れるような犠牲の仕方よりはマシだと思うがな」
目の前のラクトの姉に対して稔は、瞳を強烈な日光のような力強さをもった視線と蜂のように鋭い棘を持った視線をクロスさせた。恐喝や不平等な押し付けに見えなくもなかったが、一方でカースは考え直し始める。抵抗がないのはそういった女性だからという可能性も浮上するが、しかし稔はそれを否定した。
「……すみません。ちょっと、トイレに行かせてもらえませんか?」
「構わん。存分にやってこい」
「稔さんは何を言ってるんですか!」
アニタが稔に対して訴えるように疑問を述べ檄を飛ばす。だが、一方のラクトは稔が何を考えていたのか理解出来ていた。それは他人の心を読めることが一番の要因と繋がったわけだが、ラクトは姉が部屋から退室したことを確認してアニタの元へと近づいていく。そして、彼女に対して稔の発言の意味を教えてやる。
「稔が言ったのはさ、別に汚い意味じゃない。――『泣いてこい』って意味なんだよ」
「泣いて……こい……?」
アニタは首を傾げた。なぜ胸を貸さなかったのかと、アニタの脳裏には稔に対しての疑問が浮かんできている。でも、その答えは稔らしいものだった。ラクトは敢えて言わないでおいたが、稔は謎が謎を呼ぶような連鎖の前に答えを教えてやりたい人間だったので、困ってしまったアニタに対して言う。
「俺の好きなアニメでな。胸の中かトイレでしか泣いちゃダメって、そういうシーンがあるんだよ」
「……自分の趣味を押し付けたってことだよ。汚いよねえ、ホント」
「俺の擁護するんじゃねえのかよ。まあいいけど」
完全に自分を擁護してくれるかと思っていた稔は、完全に信頼しきっていた。しかし、姉と同じくドストレートに強く出ることが不可能ではないラクト。口から漏れたのではなく、敢えて出した文章。その中にあったのは、彼女が意図的に言っているとしか思えないような言葉の連なりだった。
「でも、なぜトイレなのでしょう?」
「俺は大体察したんだよ。カースが悩みを抱え込んでしまっている云々、あいつは人一倍に自分の弱いところを見せたくないんだってな。それこそ妹の前だ。姉としての威厳が黙っちゃいない」
「それは――」
「それに、風呂場やシャワールームで主に使われるのはガラス付きの窓だ。カモフラージ仕様とはいえ、シルエットが浮かび上がる。だからトイレなんだ。ドアは完全に何をしているのか見えない構造だし、鍵だって付いている。泣くにはもってこいの場所だろ?」
稔はカースの事を分かっているような言い回しであったが、結局それ以上に知っているのがラクトだということに変わりはない。姉と妹の関係と妹の彼氏と義姉の関係を比べているのである。優劣がどのように付くかは一目瞭然、火を見るより明らかな話だ。
アニタを論破するかのごとく稔が話していた展開が終わった頃、場を退場していた鳶色の髪の毛の妹系エルダーシスターが部屋へと戻ってきた。限りなく分からないような遠回しな言い方で言った稔だったが、返ってきた風俗嬢の瞳には涙が浮かんでいた。
「洗脳は嫌だから、カースよりも年下の俺が将来の義姉候補に一言言っておく」
「泣いてきたからって格好つけなくていいです」
「そうか。まあ、自分の気持ちを貫き通せ。我慢も大事だが加減を付けろ。俺がいいたいのはそれだけだ」
カースはまた泣きそうになると思い、そんな弱い自分を消し去りたいと思って馬鹿にするように稔に対して言ったのだが、結局は泣く羽目になってしまった。先が読めるわけではないが故に味わった悲哀の感觸である。だけれど、そんな彼女は涙を流したわけではなかった。示すは『強い女性』である。
「――厨二病ハートも大概にして下さい、稔さん」
「そうだな。俺は厨二病じゃないけど、未だに厨二病ハートを持っているらしいしな」
「貴方は永遠の厨二病です。作家ではないですけど、国家の創造者ですから」
「『国家の創造者』と書いて『クリエイトマスター』か。いい称号だ」
稔は未だに残っていた厨二病の心を取り戻したくはなかったが、残りの数パーセントしかない創造と想像の気持ちを大切にしようと思った。『国家の創造者』という称号は実現に至っていない以上は使用するべきでは有るまい。だが、それによって強い活力が生み出されたことも事実であった。
「それで――。折角の風俗なんですし、発散なさらないのですか?」
「悲しみに浸ってる女を喰うような野獣になった覚えはないぞ、俺」
「それってブーメランだと思うけどなぁ。人が『やめて!』って言っても続けた十回男さん?」
「ラクト、お前やっぱり根に持って――」
「そんな訳ないじゃん。むしろサキュバスの血を引いてる私がダウンしたんだし……尊敬してるんだよ?」
「そんなんで尊敬すんな!」
稔とラクトによる夫婦同士にしか見えない会話を見つつ、ラクトの姉は悲しみの思いから抜けだそうと頑張った。その結果、彼女の表情も破顔してきて笑みが生まれていた。そこにあったのは心に何か暗い気持ちを持っているとは思えない、そんな一人の大人の女性の姿だ。
「戻ったみたいだな」
「それはきっと、『稔くん』が私に対して行ってくれた策が実った結果だと思います」
新たな一人称を稔は耳にし、彼はカースに対して笑みを浮かばせておいた。そして彼は続けてラクトの左肩に手を置くと、大きく深呼吸して言ってやる。見せている笑顔からは余裕が感じ取れたが、この前に待っているのは全てが全て自信の持てることばかりではない。彼は余裕以外に自分に自信という果実を実らせようとしていたのだ。
「んじゃ、お前も俺も望まない涙は流さない。その方針で行こうか」
「分かりました」
カースはラクトよりも妹のようである事を稔は再確認すると、彼女からもらった返答に対しての返しとして頷いておいた。それから彼は彼女が記した構造図を手に取り、それを自身の着ていたパーカーのポケット内に突っ込む。
「あと三五時間半です。種族や性別で差別をするのではなく、正当な理由を持っての区別が出来るようにしてください。――では、頑張ってください」
「ありがとう、カース……」
そう稔が言い、続けてラクトとアニタが後ろを向く。非常に感動的な場面だ。「イイハナシダッタナー」と言って終了可能な最高のよくある展開である。
けれど、現実とは常に非常識であった。突然にしてその場に黒覆面の人物が現れてしまったのだ。股間部に膨らみがあることを考えると、覆面の布地の下には出っ張りがある――つまりは男性であろう。
だがそんなことはどうでもよく、稔は出現したテロリストに対して咄嗟に剣を構えた。紫姫を呼び出して銃撃戦に備えようとするが、必要は皆無だった。なんと、戦場カメラマンが銃を構えたのである。
「嘘だろ……」
稔は小声ながらも声に出して言った。その刹那、アニタは覆面男に言い放つ。
「今すぐその場所をどけなさい。さもなければ――撃つ」
「撃たれるのは承知の上だ。だって……ね?」
「――」
黙りこむ稔。一方の覆面男は覆面を取り、直後に自分の部下に女性三名を連行するよう命令した。更に追加として、政府軍の捕虜であろう男性兵士二名も連行されてきている。そして、次の瞬間だ。
「さあ、ゲームを始めようか――ブラッド?」
「……え?」
覆面の男は寸秒で背後から漆黒の翼を生やし、ラクトにこう言った。
「僕はインキュバスだ。サキュバスと会うのは久しぶりだね」