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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
三章A エルダレア編 《Changing the girlfriend's country》
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3-10 ラクトファミリーの転機

「遅かったな」

「瞬時に場所を移動できるような能力を有していませんし、この結果になるのは仕方のない事だと思います」


 カースが部屋を出て、それから約三分くらいが経過した頃だ。稔はラクトと下らない話をしていたから、そこまで時間が経過しているとは思わなかったが、咄嗟に開口一番で出てきたのはその言葉だった。


「それで、資料は確認できたのか?」

「資料という堅苦しい概念は捨てましょうよ、この際。――まあ、証言と言えばもっと堅いですよね」

「そうだな。まあ、そんな遠回し的なことはどうでも良い。情報提供を頼む」


 稔が言うと、カースは持ってきた資料を提示した。まるで従順なメイドのようにも見えるが、客に奉仕している者という括りで見ればあながち間違っていはいないだろう。


「分かりました。ですが、証言人――いえ、『ソース』は必要としていないのですか?」

「ソース……? ああ、情報源か」


 稔は理解をすぐに示したし、その単語で分かれないという話ではあるまい。世間一般的に使われている、調味料の『ソース』は英語から来ているものだ。一方で情報源を示す『ソース』も英語から来ている。意味合い的には『水源』な訳だが、様々な方面に使われている。そういった意味で考えると、やはりカタカナへの英語変換は完全に出来ないことが多いため難しい。


「別に要らないよ。それよりか、早く説明を頼みたい」

「分かりました。では、説明をさせて頂きます」


 言い、稔はカースの話に耳を傾ける。カースは持ってきた資料を提示したままだったが、彼女は未だに表紙を見せているだけであった。開かなければ提示した意味が無いも同然であるため、もちろんながら彼女は表紙を捲って一ページ目を稔に見せる。


「カース、意外と綺麗な文字を書くのな」

「文字なんて読めればさえ良いと思いますけどね」

「そうだな。文字の『とめ』と『はね』を意識しないで書くと丸を貰えないのはどうかしているな」


 さり気ないテストへの批判を注いでおくが、当然ながらカースは首を傾げた。もっとも、何かを変えようとしている人は相当なエネルギーを持っている人なのは言うまでもない。加え、柔軟な発想をしてもらえるのは大いに結構だと思ったカース。彼女は稔に特に何も言うこと無く、端から見れば稔がスルーされたように見える風に話を進めた。


「それで、役人さん達の証言をまとめると――」


 言い出しに続き、カースは資料から裏が真っ白色をした紙を取り出した。そして彼女は、自身の着ていた服のポケットからボールペンを取り出す。話の始めが何かを書こうとしているように聞こえるのは明白であり、稔はその可能性が無いとは思えない。けれど、堂々と書き出すような人物だったとは想定もつかなかった。


「このようになります」


 カースはそう言い、とてつもなく雑に書かれたエルダレア政府庁舎の構造図を見せた。詳しいことばかり話されるのは脳の負担を増やすだけであると思った稔は、取り敢えず先に言っておく。


「それはいいんだが、説明は簡潔に頼む。唯でさえ敬語なんだから、もっと馴れ馴れしくしてくれよ」

「……それって私だけじゃなく、そこの女性にも当てはまりませんか?」

「そこの女性――ああ、アニタな」

「アニタさん、というのですか。ご紹介ありがとうございます」


 カースはアニタに一礼した。一方のアニタもカースに一礼する。社会人同士の礼儀有る距離を持った関係は稔も見習いたく有ったが、ふと隣を見るとそれは不可能だと悟れた。ラクトとの関係は『喧嘩するほど仲がいい』というようなもの。よって、そこまで礼儀を重んじて対応する相手ではないのである。


「それで、稔さん。話を続けさせていただいて宜しいでしょうか?」

「気にしないで続けていいよ」

「分かりました。ええと、構造図は大まかにこうなっていて、詳しく示していくとこのようになります」


 カースは言いながら右手に正しく持った黒色インクのボールペンを紙に走らす。構造図は極端に見えにくい訳ではない。そのため、書かれていく付け足しの文章と文章の間を多少ながら気にするだけで内容の大体を把握することは可能だった。当然、政府庁舎の内部がどういった雰囲気かは想像するしか無いわけだが。


「入ると赤色のカーペットが有るそうです。それで、基本的な塗色は白色のようです」

「白色、か。――それで?」

「はい。今の臨時政府は急ピッチで進められたものですから、かつてのエルダレア政府のように帝皇の執務室は存在していません。一方、エルダレア軍の軍司令部が政府庁舎内には設置されています」


 言い、カースは黒色ボールペンで丸い円を描く。やはり雑さは抜けていない。けれども、その丸は憫笑して可哀想な気持ちになるくらいのものではない。上手い人が二段階くらい手を抜いたものに等しいだろう。


「政府庁舎に軍の司令部があるってことは、反政府軍がロパンリに攻めてくるのは時間の問題って事じゃねえか。――まあ、奴らが帝皇とかいう帝を狙っている可能性も否定出来ないけどさ」

「帝皇を狙っているのは確かですね。ですが、恐らく臨時政府は見越してこの地に政府を置いたはずです」

「まあ、帝皇が居ないらしいしな。当然か」

「その通りです」


 あくまで帝皇は最後の砦のような存在に等しいようだ。そして彼女は、「エルダレア帝国という国家の存亡の危機、最後に現帝皇が命を落とすまでが政府の役目だと臨時政府は考えているらしい」と続けて言う。


「流石は帝の犬ってところか」

「酷い呼び方ですね。ただ、国民なんて国家の犬ですよ。公務員は政府の犬です。教育者は学校という門から出られない愚かな者達、研究者や作家は永遠の厨二病です。所詮、人は全員マゾヒストなんですよ」

「法律とかで縛られて生活しているってことか?」

「はい。欲求のままに生きるのがサディストというのもおかしな話ですが」


 カースの言い分を否定するつもりはなかった。言葉こそ悪いが、確かに的確に表しているといえばそうである。けれどそれは、考えることが出来る生き物としての全うを意味しているものに過ぎない。与えられた使命に近い何か。それを全うしているだけなのだ。


「てかお前、厨二病って語句を知ってたのか」

「いえ。なにしろ、私は他人ひとの心を読めますし」


 稔の身体を電流のような衝撃が駆け巡った。ラクトの姉という話から察するに、どうやら家系的に心を読める能力を所持しているようだ。だが、カースは首を左右に振ってその話を否定する。


「能力はラクトの場合ですよ。私の場合は能力ではなく、魔法です。魔法が使用不可能な状況に陥った時、私が人の心を読むことは出来ません。やはり、第一子より第二子なんですよ。色々と活躍するのは」

「お、おう……」


 稔はそう言われ、自分が一人っ子であることを自覚した。加えて第一子や第二子という言葉により、考えてみれば末っ子と一人っ子は相性が悪いと良く言われるもだとの考えに至る。今こそ隣の赤髪と仲が良いと稔は思っているが、この関係が何時まで続くかは先行き不透明な話だ。そのため、口から零れた台詞に『堂々』という二文字は無かった。


「そういや、ラクトとカースって二人姉妹なのか?」

「そうです。稔さんがラクトから聞かされた話の中に出て来ますが、母、父、私、ラクトの構成です。隠し子が居るかどうかは不明ですが、母親も父親も死にましたし。今後何処かに現れることは無いと思います」

「そうなのか――じゃない。……ちょっと待て。母親が死んだってラクトから聞いてねえぞ?」


 稔は疑問に思ってカースに問う。だが、カースは聞かれたくなかった質問のようだ。頭を掻く真似をしてされた質問を揉み消す策を練している。しかしカースは、稔だけではなく妹からも真剣な目線を注がれてしまって後戻りが許されない状況に陥ってしまった。残された道は答を分かりづらくするのでは無く、素直に白状するだけだ。


「死んだというよりは失踪、と言えばいいのでしょうか」

「「失踪?」」


 稔とラクトが声を合わせて口々に言った。異口同音、テノールとソプラノの合わせ技に聞こえてくる。


「稔さんの母国では考えられないかもしれませんが、この国は戦争の真っ只中に有ります。母が戦地に赴く可能性は考えられないのですが、それでも一年以上も戻ってきていないために申告したのです」

「『失踪届』ってことか」

「簡単に言えばそうなりますね」


 失踪した人物を見つけることさえ困窮しているエルダレア帝国の現状を知り、稔は早めに庶民を苦しみから解放しなければならないと強く決意の念を抱いた。しかし色々と首を突っ込むような異世界人が、将来的に自分の義母となる可能性を持った人物の失踪に口を出さないはずがない。


「話の大体は掴んだが、なんで戦地に赴く可能性が考えられないんだ?」

「母親は強姦を受けましたが、だからといって悲願して軍の性奴隷になるとは思えませんからね」

「サキュバスなんだろ? 軍人やらの発散対象になっている可能性は――」


 稔は話を更に詳しく聞きたくなった。レヴィアタンが有りもしない『慰安婦』という言葉うそで殺されてしまった事も思い出され、性処理道具として使われる女性をゼロにしようと思い立ったのである。しかし、詳しく聞けばトラウマを抱えている者の口が閉ざされゆくのは当然の話だ。そんな中、同じ家系のサキュバスの血を持った赤髪がこう代弁する。


「HIV――エイズに掛かってるんだ。私の母親は」


 サキュバスという種族分類から想像が付かなくもない言葉だ。しかし稔は、将来の義母を心配する前にラクトの事を心配した。彼女の口から発せられた自身の過去の中に、風俗嬢をしていた経験があると言っていたからである。男を殺していたのは話に聞いていても本番に及んだ回数を聞かされていない以上、稔は彼氏として病気があるなら把握しておきたかった。


「……不謹慎かもしれないが、ラクトは大丈夫だよな?」

「大丈夫。むしろ稔は私が子を宿す可能性を心配しろよ」


 しかし、そんな重々しい雰囲気をブレイクするようにラクトは言った。そして彼女はこう続く。自身の姉を思っての話である。


「お姉ちゃんは――」

「大丈夫だよ。そんなこと無いから」


 カースは笑ってラクトの質問に答えた。だが、やはり彼女の顔には嫌そうな顔が浮かんでいる。故に、その笑顔の裏に何か隠れていることを示しているのだと目に見えているも同然だ。


「カース。思っていることが有るなら言った方がいい。ラクトは心を読むな」

「分かった」


 制御が不可能に近い『能力』だが、ラクトはそう言って能力が力となって現れないよう努力することにした。一方カースは自身の意を決す。唾を呑み、大きな深呼吸を付いてから自身の心内にあった言葉をドストレートに話した。


「今月の『女献上にょけんじょう』は、私が対象なんです」

「え……?」


 ラクトはデバイスが強制終了したかのように硬直してしまう。だが稔が「どういうことだ?」と聞くと、ラクトは言葉の意味を要約して話した。


「帝国側の性奴隷は一ヶ月交代。――分かるよね?」

「なんだよ、それ……」


 つまり、稔とラクトはカースの傷を抉っていたのである。

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