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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
三章A エルダレア編 《Changing the girlfriend's country》
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3-9 赤髪と鳶髪

 ラクトは自身の姉だと主張するが、場の空気が重くなったのは確かだった。稔は召使の主張を支持したい意向ではあったけれど、人違いの可能性も否めない。それと同時、こういった時に心を読めないのが相当なハンディキャップだと彼は思う。一方のアニタはそんなことに気を取られることはなく、二度と自分が入店することなんか無いであろう店の雰囲気を味わっていた。


 視点は翻り、ラクトと彼女が姉だと主張する鳶色の髪の毛の少女との話になる。


「ラク――いや、『ブラッド』。分からない?」

「ブラッド、ですか。そんな名前の男性は私の家系には居ませんね。人違いではないのでしょうか?」


 ラクトは鳶髪の少女の話をドストレートな言葉すらキャッチしてしまう姿勢で聞いていた。そしてそれが功を奏し、自身が男性に見えていることが理解出来たので次なる行動に移る。自身の魔法を使用し、身体に身に着けている衣服をチェンジするのである。光に包まれる以上、羞恥心という言葉に気を取られることはない。


「……」

「お姉ちゃん、久しぶり――だね」


 ラクトは着る服を男装前のものに戻し、女性だと考えてもらえるようにサラシも取った。パッドを入れるなんて言う邪道に走ることもなく、彼女はボディラインを意識できる衣服に着替え、自身が姉だと思っている鳶色の髪の毛の女に認識してもらえるように努力する。


「本当に『ブラッド』……」


 稔はラクトから姉が居る話は聞いていたが、鳶色の髪の毛をした女性は妹にしか見えなかったので少々ばかし戸惑っていた。けれど、女性はラクトを前にして『ブラッド』という名称を発し、それが即ちラクトを意味しているのだと察した稔。もはや疑う余地はなく、主人は妹系の風俗嬢を赤髪召使の姉だと認識した。


「今は『ラクト』って名前で通してるけどね」

「そうなんですか。本当、ごめんなさい。最近は物騒な世の中なので疑ってしまって――」

「敬語なんか使わな――ああ、稔に対して言ってるのか」


 赤髪の召使は再会出来た喜びを姉と分ち合おうとするが、一方の姉は稔に対して頭を下げていた。名前の変更という言葉をラクトの口から聞き、姉は稔を主人だと認識して頭を下げたのである。ラクト以外に入店した客は三名だ。でも変装している人物の存在が明確になったことで、明らかに女性的な身長とアニタを認識し、結果的に『アニタ=ラクトの主人ではない』との考えに至れた。


「良かった。知り合いが居て。――その、別に私ら三人は性欲発散するために来た訳じゃないからね?」

「知ってる。……取り敢えず店じゃ私の立場は上のほうだし、気にしないで付いてきな」


 姉妹の微笑ましい会話が終わり、稔ら三人は特別な部屋でもない場所に連れられていくことになった。しかし稔が話の進行にストップを掛ける。だがその件に関し、何を聞くために止めたのか分かったラクトが左右に首を振った。それを稔は呑み、空気を読んだラクトの姉はこう言って話を進めていく。


「私に関しての質問であれば、案内する先の部屋の中でお願いできないでしょうか?」

「そうするよ」


 少しばかし冷たい雰囲気を醸し出す言い方で稔が言うと、ラクトの姉は一切の言葉を発さずして背を向けた。それは即ち、これから部屋へと案内されることを暗示している。親切な店員の指示通りに動くことは悪いことではないし、信頼を寄せられる相手であることはラクトが証明済みで心に負担はゼロだ。そんな鳶髪の妹系エルダーシスターの案内に従い、稔ら三人は部屋へと向かて歩いて行く。




 数分が経過した頃だ。三人が付いてきているのを後ろを振り返って確認すると、扉を前にしてラクトの姉は足を止めた。続けてポケットから鍵を取り出し、鳶髪のエルダーシスターは部屋の施錠を解く。部屋の扉の右方向には『空』か『在』かを表示する画面が有った。流石は臨時政府によって移転させられた場所だと稔は感じたが、それだけこの国が世紀末状態にあることも同時に悟る。


「どうぞ、お入り下さい」


 ラクトの姉は鍵を開けた扉を押して先に入室して照明を付けた。それからそう言い、三人を招待する感じで入室させる。だが同時、その部屋に異臭が漂っていることを客は嗅覚で知った。あまりにもイカ臭いニオイは、この部屋で何が行われているかをラクトと稔の脳裏に浮かばせてくれる。しかし、そんな隣でもアニタは好奇心を刺激されて部屋の中を見渡していた。


「あの、すみません。あまりに臭いんですが……」


 場の空気に乗って手で鼻を押さえた訳では有るまいが、流石のアニタも好奇心が薄くなってきて大変なニオイに嫌悪感を示す。ラクトの姉に残っていたのは謝るという選択だったが、彼女は謝る前に近くの机上に置いてあった霧吹き型の瞬間芳香剤を手に取り、シュッシュッと天井に向かって吹きかけた。


「稔。私もいいよね?」

「姉妹揃って部屋の掃除ってなんだよ。――まあ、束縛する気はないけどさ」


 ラクトも姉の行動に刺激を受け、自身で同種の瞬間芳香剤を作り出して吹き作業を始めた。その波はアニタにも広がっては来たのだが、流石に大人数で一つの部屋だけ掃除するのも違うような気がした稔は、彼女に「やめておけ」と言う。要は、店側に後は任せるスタンスを取ることにしたのである。


「空気を浄化できる魔法を使える奴が居たら良いのにな、全く」

「そうだよね。稔の支配下に居る召使も精霊も罪源もそんな魔法使えないし、サタンに託す望みは有るとしても、やっぱりニオイを変える魔法を使用できる人に接近する必要があるしさ」


 ラクトは稔に背中を向けながらだったが、飛んできた会話という名のボールをキャッチして返していた。加えてホットパンツを穿いているせいか、取る行動一つ一つに余裕が有る。もっとも、隣で同じような作業を進めているラクトの姉貴のテキパキさには適うものがないが。


「ふう……」


 散々動きまわったわけでもない癖に、ラクトはまるで運動終わりの人を装っていた。ソファだとかベッドだとかにも吹きかける場所が及んだため、身体全体を使って瞬間芳香剤を各所に吹きかけてしまったのである。要量的には掃除機を掛けるときと同じと言うべきだろう。


「そんなに辛かったのか?」

「てめーがアダルトゲームの主人公さながら何発もしてくれたおかげで、腰の痛みが再発したんだっつの」

「知らんがな。つか、そもそもお前が勝手に仕事を請け負ったんだろうが」

「で、でも! 監督責任は稔に有るじゃん!」


 両者共に譲らない言い争いが勃発するが、そんな光景を見てラクトの姉はアニタに近づいて会話を持ちかける。アニタが女性で有ることは既に見破っていたため、妹系エルダーシスターは性的興奮を与えるような表情を浮かべながら接近したりしなかった。


「妹とあの男性は、交際関係に有るんでしょうか?」

「はい。彼女と彼氏の関係です。私はつい先程知り合った程度ですので、詳細は存じ上げていませんが」

「そうですか。情報提供の程、有難うございます」


 完全に社会人の会話である。だが、その直後にアニタに対してラクトの姉はこう言った。


「それと。既に貴方が男性ではないことは見破っていますので、特に気にせず振る舞い下さい」

「やっぱり、男装は似合いませんよね……」

「いえいえ、そういう訳ではありませんよ。貴方から『どうなんだろう……』と周囲の視線を気にする表情を汲み取ったまでです。それこそ素材は良品が揃っているのですし、磨けばイケメンが完成する筈ですよ」


 流石は風俗嬢である。アニタが落ち込んだ様子を浮かべると、それを見てラクトの姉が「将来性が有る」と話した。リリスが「隠れ巨乳」と評価していたところもそうだが、別に嘘というわけではない。だが、別にアニタに男装する強い思いが有るわけではない。


「本当ですか! ……でも、機会が有るとは限りませんよね」

「そうですね。ですが、別に『男装を極めろ』とは言っていませんよ? だって、何かに挑戦することは良いことじゃないですか。水商売に手を染めるのだって、『金稼ぎ』という道から分岐しただけですし」

「確かに、『ファッション』という名目の中に男装は収まりますもんね」

「そうですね。やはり、人生は選択の連続なんですよ」


 選択肢は必ずしも『AかB』とは限らないけれど、人生は選択という分岐によって連続しているのだ。何処か哲学的な話だが、それは真実の事柄である。どのような生まれ方なのか、どの精子と卵子がくっついたのか、誰と誰の愛の結晶なのか、その二人はどう出会ったのか、どこで子供時代を過ごしたのか、その人物の親は誰なのか――。そう、子供の元を辿るだけでも無限なのである。


 そんな哲学者の妹系エルダーシスターは『人生は選択の連続』という台詞で会話を終わらせ、続けて稔とラクトが会話している方向へと歩いていった。稔は既に「何を質問したかったのか」なんてことは忘れていたが、ラクトは自分の方向へ姉が近づいてきた事で思い出す。でも、ラクトが代理で質問するのは立場的におかしい。よって彼女が質問をすることはなかった。


「『稔』さんでよろしいでしょうか?」

「別に敬語なんか使わなくていいよ。馴れ馴れしくしていいって」

「いえ、この話し方でお願いします。私と貴方は義弟と義姉の関係になるかもしれませんが、それは確定事項ではありませんし。――ということもそうですが、店のルールに従って名乗り出させて下さい」

「お、おう……」


 稔は反応に困った。それは単純な話だ。妹系の鳶髪にペースを完全に握られてしまい、稔が話をリードすることの一切を出来なくなったのである。だが稔は、その風俗嬢が話を急速に展開してくれた事で質問事項を思い返せた。「あなたの名前を教えて下さい」と、意味的にはそんな感じの質問だ。しかし、それをする必要は無い。


「ブラッド――いえ、ラクトの姉の『カース』と申します。以後、お見知り置き下さいませ」


 鳶髪の妹系エルダーシスターで風俗嬢。そんなラクトの姉『カース』は、そう言って頭を深々と下げた。それに続き、性欲発散するために来たわけではないことを聞いていたから質問は二問目へ移る。


「それと、風俗店へ何をしにいらっしゃったのですか?」

「政府庁舎の構造について知りにきたんだよ。政治家も利用しているらしいし、情報は――有るよね?」


 稔ではなくてラクトが問うた。けれど僅かな時間を口篭って貫くカース。だが彼女は、該当情報に関して話すことに決心した。一度下を向いて唾を呑むと、次はラクトの方向に視線を向けてこう言う。


「分かった。でも、この情報は絶対に外部に知らせちゃ駄目だよ。今この空間に存在している私たちだけの間の機密情報。いい? みんな」

「分かった」

「ああ」


 アニタは無言のまま、ラクトと稔はそれぞれ返答してから間がまた入った。その後、大きな深呼吸の後でカースは機密の情報を信頼すると決めた四人に対して『政府庁舎の裏事情』に関して話していく。


「かつての風俗街に建っているのが現在の臨時政府です。サディスティーアは居ないようですがね。ただ、一体何処に居るのかは私の元に入ってきていません」

「帝は臆病者ってことか」

「エルフィリア帝国とは話が違いますしね」

「……というと?」


 稔はマドーロムの歴史に関して取りわけ詳しいという訳ではない。『エルフィリア』が『帝国』から『王国』に国名を変更したのは聞いていたし、かつて大陸全土に広がった戦争が二度も有ったことも聞いていた。でも、裏事情なんか全くと言っていいほど知らずに居たのだ。


「エルフィリア帝国の最期は軍部の暴走で終わりました。それは帝国最後の帝皇の日記に綴られていますし、否定出来る話では無いと考えられています」

「軍部の暴走――」

「はい。資源が無くなり、もはや既存の軍隊では勝てないと悟った帝国軍は自国に居た捕虜を残虐な方法で殺し、スパイでもない敵国民を葬りました」

「もしかして、それが『EMCT』の――」

「その通りです。ただ、歴史というものは国家に取って不利になる情報は含まれていないものが主ですし、記載されている情報が全て正しいとは限りません」

「参考程度に、ってか」


 稔はカースの披露してくれた知識に『エルフィリア・メモリアル・センター・タワーズ・ビルディング』との関連性を考え、披露した妹系エルダーシスターに聞くと、彼女から「そのとおりだ」と言われた。だが、参考程度にしておくべきとの主張も一緒に付いている。


「一方のエルダレア帝国ですが、こちらは軍部の暴走という訳ではありません。エルフィリア帝国は国民の思想が統一されていましたが、エルダレア帝国は統一されていませんし。簡潔に述べれば、『外戦か内戦か』というだけの話ですが」


 エルフィリア帝国とは違い、エルダレア帝国は内戦の真っ只中にあるという主張であった。言いようによっては『革命』であるが、武力を用いた革命である。政府軍も鎮火作業に追われている以上、内戦と言って差し支えは無いようだ。


「軍部の暴走がエルフィリア帝国なら、民衆の暴走がエルダレア帝国ってか?」

「秀逸な表現をありがとうございます。その通りです」


 回りくどい説明調が一変し、カースは言って稔を褒めた。だが「本題から逸れ過ぎました。戻します」と言い、稔の問いに関しての情報へと軌道修正を行う。


「建物内の情報というと、構造図の方がいいですよね?」

「そうだな。でも、なんでそんなのを持ってるんだ?」


 稔は気の迷いのない質問をカースにぶつけた。だがその後、カースから返ってきたのは考えれば分かるような話だった。期待外れという訳ではなかったが。


「政治家のお相手は大抵が私ですし。行為中、稀にそういった話をされる方がいらっしゃるので、受け身の方が鬱陶しいと感じないよう、記録という形で取らせて頂いているのです。流石にこの場にノートはございませんが」

「まあ、ノートなんか大きいだろうからな。構造図の方が助かる」

「了解致しました」


 そう言い、カースは自身のロッカーの中に有るという事でその場所へ向かおうとする。だが、稔は「いや、いい」と言って止めた。代わりに前に出るのがラクトだ。彼女の能力を使用して魔法を転用すれば場所の移動などする必要は無い。


「お姉ちゃん、構造図とか言ってるくせに記憶曖昧じゃん」

「悪かったね。だからロッカーから参考資料ノートを持ってくるって言ったのに」

「お、俺の責任なのか?」

「当たり前じゃん。稔のせいだよ」


 早く事を終わらすのではなく、むしろ事を長引かせる結果となってしまった。稔のせいであるとラクトらに指摘され、稔は「済まなかった」と謝罪する。そしてちゃっかり、そこにはアニタも入っていた。


「それでは、ロッカーに行かせていただきます」


 稔に対してそう言い、カースは軽く礼をして部屋から退出した。ロッカーへ続く秘密の通路などは無いらしく、支度をするためには遠回りが必須らしい。

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