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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
三章A エルダレア編 《Changing the girlfriend's country》
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3-8 ロパンリ駅下の風俗街

 魔法の使用宣言であれば、口頭で述べなくても使用まで至ることが可能である。しかしながら、ワープでは不可能だった。稔は駄目な理由を伺いたくあり、特に躊躇することも無しにリリスに問う。ワープ後、目の前に新たな扉を見た直後だ。


「魔法使用は言わなくても出来るけど、なんでワープは言わなくちゃできないんだ?」

「魔法っていうのは、魔力っていうプラットホームがあって初めて成立する。これは理解してるでしょ?」

「そ、そうなのか?」

「……」


 稔が黙し、続けてリリスが言葉を失う。これまで稔がラクトなどと話をしている中、『魔力』という言葉が『魔法』という言葉の裏に姿を現していたことは度々あった。けれど、魔力の詳細に関して詳しく聞かされていた事実は無かったのだ。もちろん、そんなのを知らないリリスには衝撃以外の何物でもなかった。


「例えるなら――携帯端末とそれに対応したアプリケーションかな」

「魔法がアプリ、携帯が魔力ってことか」

「そういうこと。でも、魔力の形を変化させることで生まれるのが魔法だから、完全な比喩では無いかも」


 稔がスマートフォンを所持していることを把握していた訳ではなかった。だが、話が理解できなければ質問してくることを知ったのだ。三十路のババアだって携帯端末に疎いとは限らない。


 とはいえ。それこそ自慢気に知識を披露したとして、魔法なんて証明の効かぬものだらけだ。いちいち科学的な喩え方をしたところで限界が有るのは明白である。そんな頭が痛くなる事柄を分かり易い例えにしようとした結果が、『携帯端末』と『アプリ』の関係だったのだ。やはり、十歳以上の歳の差は大きいという訳だ。


「対してワープってのは、要するに原子の移動なわけさ」

「――原子の移動、か。難しい話に聞こえるから簡単に頼む」

「ワープゾーンは、磁石みたいな強い力で引き合ったり退け合ったりするんだ」

「なるほど。強い力で瞬間移動を作り出してるってわけか。――でも、なんで原子を移動できる?」

「今のは前置きみたいな話だっての」


 リリスは急かす稔に対して笑いを浮かべた。それだけ見ていれば失禁した三十代の女には見えない。二十代にしか見えないのだ。でも、彼女は何が何でも三十代。それは揺るがない事実である。


「『原子を吸う』っていうのかな。原子が無くならない以上、移動させるためには丸ごと引っ越しする方法しか無いわけで――。まあ、あんまり深く考えないほうが吉だよ。原子移動の詳細なんか知らないし」

「お前の知識は本からってことか。一気に信憑性が薄くなったな」

「けど、わかりやすかっただろ?」

「それは否めない事実だ」


 リリスは「よし」と言い、分かり易く説明できた自分を褒める行動を取った。稔は自分で自分を慰める行為が悲しいものだとは思わなかったが、三十路という年齢が影響して流そうに流せない。けれども、そんなことで気にしているようでは前へ進むことなんか出来るわけが無いのだ。


「風俗街、か」

「エルダレアは十二歳から水商売オッケーだからねえ。――ま、『やしろん』は特に問題無いと思うよ」

「や、やしろん……?」

「いやいや。夜城稔って言うんでしょ? だから、苗字をちょこっと改変したんだよ」

「そこじゃなくて――」


 稔は呼ばれ方は気にしない主義であったが、『騎士』という意味で『ナイト』とカロリーネやエルジクスに呼ばれていることもあり、前よりは少し慎重になっていた。――とは言うものの、『ラクト』や『紫姫』という名前は稔が『授けた』名前である。稔はそういった経緯があったから、折角付けた強気を出せなかった。


「元部下の彼氏を寝取るつもりはないけどさ、たまには三十路のババアにも夢見させろっての」

「……なんとなく分かってたよ、うん」


 リリスは男子トイレに何の躊躇いもなく入れることから分かる通り、既に羞恥心の欠片もない女性と化していた。百歩譲って三〇代だが、外見ではまだ二〇代。少しくらい可愛らしい姿を見せて欲しいものだと、稔は現実世界でのゲーマーとしての知識を持って話を進めようとする。ただ、そう思うと裏に隠れているのが何だか察しがついた。そして、それこそが彼の口から現れたその台詞である。


「まあ、なんだ。好きなように読んでくれると有難い。――それが俺のスタイルだしな」

「それなら、今後は『やしろん』と君を呼ぶことにするよ」


 一段落ついてリリスが稔を呼ぶ際の名前が決定した。結局のところ、彼女が稔と親しくなりたいのは傷を癒やしたいだけである。風俗嬢として生活するのも苦ではなかったけれど、国家存亡の危機に立たされている今、土地を国に奪われて職を失った彼女に彼氏など出来るはずもなかった。所詮、店長は手を差し伸べてくれただけである。リリスは店長に対して尊敬の念は抱いているが、好意は一切無い。というより――。


「でもやっぱ、私は小さい男の子がいいなぁ」

「……は?」


 耳から頭に疑問符が駆け上る感じがした稔だが、ラクトが溜息をついていたことから察した。もっとも、リリスとはそういう悪魔である。ソシャゲもネトゲもプレイしていた稔からすれば、『リリス』なんて単語は既にウィキペディアで検索済みだ。サキュバスという単語がリリスの口から出てきた瞬間に何となく察しが付くはずなのだが、稔はそれが出来なく、今になってようやく分かることが出来た。


 しかしながら、分かれば良いという話では有るまい。稔は純粋無垢な少年を汚す行為は許せなかった。


「いやいや、やめろよ。性犯罪すんな」

「早く女性向けの風俗開店しろよってーの」


 風俗街の前だから稔は何も言わなかったが、一緒に歩いている女の言葉遣いとしては頂けない。言論の自由を保障したい立場であるとはいえ、流石に風評被害を被る可能性がある発言はやめて欲しかった。だが、そんな稔の「やめて欲しい」という言葉をラクトが逆の意味で受け取る。言い換えれば、「嫌よ嫌よも好きのうち」に近い話である。


「こう言っちゃ悪いけど、女ってのは男と違って金の分だけ求めるもんだろ。それこそ『セックスしよう』ってネットで呼びかければ、蝿のように寄ってくるだろ? 風俗嬢何年やってたんだよ、リリスは」

「確かに……」

「それに。この十回男は別として、大抵の奴は二・三発射ったらそこで試合終了だろうが」


 ラクトの鋭い視線により、リリスは「考えが甘かった」と反省の弁を述べた。ラクトが行った指摘の台詞一つ目、稔が咄嗟に思い浮かばせたのはアダルトゲームのワンシーン。赤髪はそれを根拠とし、同義ながら違う言葉で包んで二つ目の指摘とした。しかし、そんなリリスとラクトの言い合いに野次を飛ばすアニタ。


「論争は構わないのですが、包まくても分かるのでドストレートに仰ってもらって大丈夫です」

「お前もお前で何言ってんだよ、アニタ……」


 世話の掛かる召使、三十路のピンク髪、処女の戦場カメラマン――。稔は色々と頭を悩ませる女達を連れて風俗街に来てしまったと痛感するが、一方で試練だと心を決める。イステルの教育者でもあり、今では五体の精霊の指揮官となっている状態なのだ。試練に克たずして、帝国軍と反政府軍の暴走劇に幕を閉じらす仲介役となれるはずが有るまい。


「そういえば、稔さん。インタビューの件は決心が付いたのですが、中々お客様と会えませんね」

「昼間だからなあ、出戻り――いや、そもそも此処に来たのは取材が主な理由じゃないだろ」

「そうでしたね」


 稔は風俗街へ来た本当の意味を思い返した。彼の行動によってアニタも何故来たのかを思い出し、続けるようにラクトが思い出す。だが、先導役のリリスは何を思い出せばいいか分からない。けれど、稔が「分からねえのか?」と言葉無くしても分かるほどの威圧感を持って視線を向けると、動揺して何をするために地下のこの場所へ来たのかを思い出せた。


「ああ、情報――」

「立ち止まっている暇があるなら前進してくれよ、リリス」


 稔は言い、リリスに先導役を続けてもらうことにした。元風俗嬢同士が言い争っていたせいで忘れてしまったが、リリスは一応ラーメン店の従業員である。ラクトという元部下を前に羽目を外してしまったが、基本的には店員としてのマナーや礼儀を守っているようで、先導役として相応しくない人物ではなかった。頼ろうと思えば頼れそうな、けれど思考が狂っている三十路のババア。それがリリスなのだ。


「んじゃ、入店しま~す」

「そんなにテンション上げなくていいから、早くしてくれ」

「やしろん、なんでそこまで急かすことが好きなの?」

「お前は先導役として任務を全うしている最中だろうが。それこそ店の従業員なんだ。特別に店長から許可を貰ったとはいえ、リリスという女が勤めているのはラーメン店じゃないか。店の長に迷惑を掛けるな」


 時刻は午後一時を過ぎた時間である。本来であればランチの時間帯と重なり、料理店は当然ながら混雑するだろう。混雑までいかなくたって、ある程度なら人が集まるはずだ。つまりは、店に余裕があったからこそ店長のご厚意でリリスは切り上げることが出来ただけに過ぎないのである。


「『ガキがキレイ事言ってんじゃねえよ』って思うけど、やしろんは間違いを言ってる訳じゃないし。それに私、確かに店長に迷惑を掛けているだろうからその意見に素直に従うことにする」


 リリスはそう言い、稔とラクトとアニタに背中を向けて早足で歩き出した。風俗街は続く通路の左右に風俗店が立ち並んでいるだけなのだ。しかし、入り口に扉がある。だから風俗店の集合体、要は巨大な風俗店に見えなくもなかった。けれど今は午後の一時。この時間帯から開いている店なんて指で数える程度だ。


「……あれ?」


 しかし、その期待を裏切ってくれたのが風俗店の集合体だった。並んでいる店の看板に掛かれているのは夕方以降から未明まで営業するという主旨のものばかり。だがラクトが、そんな時に一際目立つ看板を見つけた。店名は自分が働いていた店の名前とは当然ながら異なる。しかし、何処か親近感があった。それと同じく、ラクトが看板に並べられていた小さな文字サイズの文章を読んでいって驚く。


「政府の役人が……使用?」


 目を丸くしたのはラクトだけではない。稔、アニタ、もちろんリリスも驚いていた。堂々と書いていいものとは考え難いけれど、駅の地下のトイレからワープしなければ来れないことを考えれば妥協する余地はあるだろう。


「んじゃ、先導はここまで。私はやしろんに指摘された事を実現するため、ワープして店に戻りまっせ」

「別に続けてもいいのに。まあ、帰るなら気を付けてな」


 何処かフラグのような台詞だが、稔はそんなことを一切気にせずにリリスへ向かって話していた。店のことを思って帰ることに悪いことは無いだろう。だが、ラクトが話の進行を阻害する行動に出た。彼女は自分が着ていた服のままに帰られても良かったのだが、そうするのなら口頭でもいいから明言しておいて欲しかったのだ。


「リリス。その服、このまま着る?」

「貰えるのなら貰いたいな。経理担当時代はスーツばっか着てたし、休日の衣服はまともなものが無いし」

「分かった。んじゃそれ、無償であげるわ」

「分かった分かっ――えええっ!」


 服を幾らでも作れる元サキュバスの真骨頂。多少の限度はあるけれど、基本的に使用したものが壊れない限りは何度も使いまわせる能力も搭載されている。だからこその余裕を見せたわけだが、リリスは当然ながら驚いていた。確かにそういった魔法が使えるのを見せつけるのは分かるとして、けれど無償提供は得すぎると思ったのだ。しかし、ラクトの意に揺るぎはない。


「驚かないでよ。ほら、帰った帰った」


 ラクトは扇ぐように手で『さっさと帰れ』と示す。シッシッ、とされた純粋無垢な少年を狙う悪質犯予備軍は「そんなことしなくても」と言うが、こちらもまた意は固くあり、稔らに背中を向けてワープしてきた場所へと駆けて戻っていった。そして残った稔、ラクト、アニタの三人。先導役は居なくなったが、あとは入店するだけである。特に気にせぬまま、稔が先頭で他二人も共に風俗店へ入店することになった。


「稔。声も男の声にしたほうがいい?」

「中性的ボイスで頼む」

「これくらい?」

「それくらいだな」


 ラクトが万能な召使だったことに改めて感謝する稔。戦闘面においては、相手の行動を鈍くすることか仲間を補助することしか出来ない彼女。要するにろくな魔法が使えないのだが、そんな彼女は他の面で長けた部分がある。だから稔は、感謝を改めてした後に優秀だと改めて評価した。その一方、アニタはどうなのか聞きたくなる。


「アニタは声、無理か? 無理ならラクトにマスクを作ってもらおうと思うけど」

「声の変更は無理ですね。ところで、マスクということは無口系男子を演じるということですか?」

「そうだな。んじゃ、マスクを頼――」

「もう用意してるよ」

「サンキュー。んじゃ、これを」


 話が早く進み、時間短縮が少なからず出来たところで無口キャラが一人完成した。身長が低いことがネックなアニタだが、稔は『無口な稔の弟』という設定でどうにか切り抜けようという事にした。当の本人には伝えなかったが、赤髪と稔との間で情報を共有して入店へと至る。


「お前ら変な行動すんじゃねえぞ。特にラクト」

「しないしない。むしろ、一応は初めての稔が危ないんじゃない?」

「失礼なことを言う女だ」


 稔とラクトがいつもの様に言い争う。そんな中で無言キャラを貫くことを決意したアニタは、意思表明のために稔の背中を押すことにした。二十歳を迎え、今の自分から変わろうとしていた時に出会った一人の青年。彼の身体は小柄なアニタでは動かすのも苦だったが、すぐに押されたことを理解して察した。その後、稔は「ごめんごめん」と軽く謝ってから入店した。




 三人が風俗店に入ると、直後に見えたのは独特の雰囲気が漂う空間だ。照明はピンク色に近い暖かな配色で、イカ臭い匂いが漂っていた訳ではなかった。外からはどのような店で何をしているのか見えづらい構造であり、流石は水商売の店だと感じさせられる。


「受付がどこかに有るはずなんだけど――」


 しかし、その構造は一方で初めて訪れた客にはわかりづらいとも言えた。だが、ラクトはその発言の直後に目を丸くしてしまう。稔もアニタも理解が追いつかなかったが、単純な話だったためにラクトの言葉で理解できた。


「お姉……ちゃん?」


 それは鳶色の髪の毛をした長髪の少女だった。白色のりボンを付けており、姉というよりは妹に近い容姿と格好である。そんな彼女はラクトにこう言った。


「誰……ですか?」

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