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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
三章A エルダレア編 《Changing the girlfriend's country》
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3-5 女たちの口論

 彼女はピンク髪に髪色を変えていた。だが、即座に稔は思う。


「ピンク髪って淫乱しか居ないよね」


 躊躇いなしに口から稔は発した。ベルゼブブは幼いながらに意味を理解したようで、ラーメンを食べ進めていく途中はそっぽを向いていた。そんな銀髪ロリータの主人を務めるアニタもまた、稔の方向へ視線を送らない。難聴ではあるまいし、箸を使って食べ進めている以上は話が聞こえている。が、「自分は関係ないですよ」アピールをするのだ。


 そんな風に純粋かつ清楚な女性を演じるアニタとベルゼブブは、教養がラクトやリリス以上にあると思った。同じく、それといって頭一つ飛び出た特徴の無くても風俗なら簡単に稼げる女性を羨ましく稔は思う。もっとも、風俗よりキャバクラの方が稼げる額は高そうだが――。けれど「異世界では事情が違うのだろう」と稔は推測しておいた。


 脳内の思考回路をビュンビュンと考えという車が通る中、ピンク髪と赤髪は話を進めていく。


「まあ、元風俗嬢のサキュバスですから」

「同じく」


 ピンク髪に同乗する赤髪に対し、稔はこう聞いた。でも、それはラクトにしか伝わらない話である。リリスは心を読める悪魔でも主人でもないのだから、当然の話だ。もちろん、ラクトがリリスに伝達すれば話は別である。けれど、ラクトが気を利かせるのは変な時が主。重要な時は稔が尻を叩く必要が有るわけで、彼女が伝えてくれることはなかった。でも、稔がそんなことに構っている余裕は無い。


「……やっぱ、悪魔の髪色って赤系のイメージなのか?」

「悪魔=淫乱のイメージは偏見だと思うけどなあ。――でも、確かに赤髪と銀髪は異様に多いよね」

「次点で黒髪かな。赤は血、銀は他人とは違う強さ、黒は闇を示してるから多いのかも。……私論だけど」


 稔の問いにまずラクトが、続いてリリスが答えた。だが、そのリリスの解答の直後だ。ピンク色の髪の毛を突如として変色させていったのである。ラクトは一切の驚きを感じていないようだが、稔は謎すぎる変化に首を傾げてしまう。でも珍しさには目を奪われていたから、傾げた首は再び元の位置へ戻る。


「ごめん。サキュバスの血が反応しちゃった。最近交わってないからねえ」

「食事中だぞ」

「おまえが言うな!」


 食べ進めていた中で性交渉の話を持ちだしたのは稔も同じだったから、リリスのため息混じりの説明に対してコメントした後、稔はラクトから野次を飛ばされてしまった。赤髪の彼女は少し顔を赤らめていたが、あからさまな演技であることを稔は察し、「なんで赤いの?」と鈍感主人公的な台詞は発しないでおく。一方で彼女は、まるで茶を濁らすかのように麺を啜っていた。


「しかしまあ、ラクトに彼氏が出来るとはね。昔はあれほど男に対して憎悪を抱いていたってのに、今じゃ私がモテ期を逃した三十路のババアみたいじゃないか。ホント、誰か貰ってくれる男は居ないかなっての」

「……リリス、ちょっと待て。その容姿で三十路ってどういうことだ?」

「褒めてくれるのか~。ありがと~」


 ラクトが啜っていた麺を箸で持ち上げた刹那、進んだ話の中でリリスが行動に動く。稔はお世辞的な意味ではなく、本気で外見から察するに二十代と思っていたためにそう話したまでだったのだが、結果的に淫魔に抱きつかれるという事態を招くことになった。童貞時代の――要するに昨日の自分であれば喜んでいたかもしれないが、既に彼女持ちの稔はリリスを振り払おうと必死に抵抗する。翻り、ラクトは頬を膨らます。


「なにしてんだ! 離れろ、この年中発情期のババア!」

「先輩をババア呼ばわりする後輩にはこうだっ!」

「(こんな奴が店員してるって、マジかよ……)」


 ラクトのことは可哀想だと思いつつも、稔は丼で手に多少の熱を持たせて頭に向かわせた。頭を抱え、もはや呆れたと言わんばかりに首を小さく左右に振る。アニタとベルゼブブは空間から居なくなったかのように影を潜めていた。そして、カメラワークはラクトという悲しい運命を背負うことになった一七歳に向く。


「ちょ、やめっ――」


 青色のパーカーの上からでも分かる程のその巨乳具合は、三十路のババアがエロスなパワーを補給するためにも一役買うようなものだったらしい。リリスは決して百合属性を持った同性愛者という訳ではないのだが、やっている行為はそれに近い。昼間から流していいような映像ではない光景は、もはやラクトが強姦されているのではないかと思うくらいであった。


「ホントにやめっ――」

「全く、何を食べればここまで成長するんだか」


 呆れという波は大きくなる一方で、対策の講じようがないと思って目を閉じて食べ進めようかと思い始めた稔。確かに他人に干渉しすぎるのは良くない。だが稔は、自分の彼女の口からイジられている訳ではない「嫌」という言葉を聞き、何を血迷ったか顔を真剣な表情に豹変させてリリスに背後から抱きついた。否、抱きついたのではない。野獣にしか見えない三十路のババアを退治しに行ったのだ。


「離れろ!」

「ふっ……」

「おわっ――」


 けれどそれは、単なる自殺行為にしか過ぎなかった。テーブルにラクトも稔も手を置いていないという状況、それも椅子を少しだけ定位置からずらしたに過ぎない中で、リリスが瞬時に移動したのである。それも、稔は地に付いていないと安定して移動出来ない欠点があるが、サキュバスたるリリスは多少浮遊した状態で移動していた。


 移動してリリスが足を床に付けた頃、一方でバランスを崩す稔。彼は目を瞑って危険から逃避しようとする。けれど僅か一秒二秒の時間で、柔らかな感触を感じて稔は眼を開いた。見えたのは青色の布地の丘だ。しかし、倒れた先にあったのは床とは到底考えられない体温もあった。流石にここまでくれば、どのような状況になったかは瞬時に理解が可能である。


「……悪い」

「別にいいよ」


 ラッキースケベとか思うこともないのは、既に稔もラクトも互いを信頼し合っている証拠である。もちろんそれは信頼だけではなく、何かを思う気持ちも同じであった。どちらかに付いていくという事もあるが、今はそうではない。互いに共通の敵を目の前に見つけて右手と左手でグータッチを交わし、稔とラクトは席に戻った。それだけで何をするのか理解し合ったのである。


 影すらも無くなったかと疑える程の薄さのアニタとベルゼブブに続き、稔とラクトは互いに席に座ってから口を開いて会話をすることはなかった。口を開いているのは注文したラーメンを食べ進めているだけに過ぎず、リリスから話を切りだされても反応しないままにいく。


 だがしかし、それでもリリスは三十路のババアだ。若年層に対して「ゆとり」とか使うような人ではないにしろ、年下の小僧と連れが自分が話を切り出しているのに一切の反応をしないのを許せるはずがなかった。故に強行手段に出る。もちろん、それは稔もラクトも思っても見ないような話であった。


「風俗街なんか教えてあげない。持ってる情報も教えてあげない」

「……」


 それはリリスの抵抗であり、かつ、稔とラクトにとって一大事な話であった。いくらイステルの耳が良いとはいえ、街の中は車が通っているのも確かな話である。活気が無いとはいえ、ボン・クローネのように車を使うことが許されていない都市ではない。だから、一本路地を入らなければ情報を得られない可能性も浮上してきたのだ。それに、そんな行動をしているのは時間を食うだけにすぎない。


「なら、謝ってくれ。今回の一件、俺とラクトが謝罪をする側に居ないことは明々白々の事実だ」

「先輩に対して偉そうにして。全く、お前の精液全部搾ってやろうか」

「……」


 稔は黙りこみ、同時に「流石はサキュバスだ……」と恐れを抱いた。けれど、もはや「そういう人」という位置づけになっていたから、稔はリリスの言動に対して何かを言うことはない。むしろ、ラクトのように煽り始めた。『彼女を守っている』という気持ちがあったから、「自分が背中を見せ続けなくてどうする」という強い感情が芽生えていたのだ。


「搾りたきゃ搾ればいい。――けどな、言っておく。俺はラクト以外と身体の関係を持つことはないとな」

「ちょ――」


 顔面を一気に赤く染め上げていくラクト。最初の頃は指導側――即ち引っ張る側がラクトだったが、今では立場が逆転していた。もっとも普通に過ごす分程度のチキン具合があれば、稔がそんなことを言うはずないのだ。強気で煽っていられるのは、彼女を守ろうとする彼氏の勇ましい姿に他ならないからである。


 と、一人の召使であり彼女を守ろうとする勇者に対し、淫魔は遂に屈した。それは、若年層に対して中年層故の嫉妬からなる。『リア充爆発しろ』的な意味と、『※ただしイケメン――美女に限る』的な意味を含めた様子で怒りを爆発させたのだ。


「ちくしょおおおおおおおおっ!」

「え……」


 いくらなんでも突如して怒り狂った人を見れば、意味不明だと思う人が大多数である。事実、稔もラクトも意味のある言葉を発することなんて出来なかった。またそれは、ラクトでさえ見たことのないリリスの壊れたかのような様子。そんなものを関係の無い人が見せられるのは頭に来る以外の何物でもなく――。


「煩いですッ!」


 喫煙席という名の喫煙室の壁を赤帽子に髭の一八歳男のようにキックして、アニタの声は鼓膜を破る程に響いていた。ベルゼブブは主人が滅多に見せない行動に驚く。稔とラクトはもう一方面からも怒号が飛んできたことに背筋を震わせてビクビクした。アニタの怒りは二人も加害者扱いになるのだから、察してそうなるのは至って当然である。


「人が静かに啜ることもなくラーメンを食べているというのに、文化の違いだからって啜るのは許しましたけど、だからって目の前でイチャつくとか、挙句の果てに自分の境遇に怒り来るって咆哮ぶっ放すなんて許してませんから。――分かってますよね?」

「ひっ……」


 稔をはじめ、ラクトもリリスも顔面を蒼白にしていった。クールで怒りそうもない一人の女性を怒らせてしまった罪は重く伸し掛かり、場の空気を重いものにしてくれる。けれどロリには敵わない。起死回生の光輝と言わんばかりの発言により、三人中の二人はなんとかアニタの裁きから逃れることが出来た。


「お兄ちゃん、お姉ちゃん、大丈夫。アニタ、怒ってるの、リリスだけ」

「ベルゼブブ――」

「ルブたそ……」


 ラクトが自分だけのベルゼブブを意味する固有名詞を発表したところで、遂にアニタが本心を露わにしてしまった。彼女はすっと椅子から立ち上がり、面を向けてガクガクしてブルブルするリリスの身体を掴む。そして稔とラクトが耳を塞ごうとした寸秒、一切の抵抗を許されない状況でリリスはアニタから怒りの声を聞くことになった。


「まあ、二人は彼氏彼女らしいですし? ――でも、貴方は先輩後輩でしか無いんですよね?」

「……」

「彼氏も旦那も三十路なのに居ない、飯を食っている人の気持ちすら考えずに店員をしている――。貴方を救ってくれた店長さんの御気持ち分かってますか? どれだけ世話になってると思ってるんですか?」

「……」


 もはや抵抗する術なんか無いリリスは、震え上がらせた身体で何とか理解して欲しいと願い始めた。失われた希望は散るだけに過ぎず、だからこそ残っていた希望を守ろうとする彼女。だが、絶望という言葉が脳裏を過ってしまったせいで自分を見失い、目をレイプ目と呼ばれるものに豹変させてしまう。


「謝ってくださいませんか? 今、ここで土下座をして足を舐めて下さい」

「わかり……ました……」


 稔もラクトも目線をリリスとアニタの方向に向けることはない。ベルゼブブも当然ながら向けないでいる。そんな彼女の主人であるアニタに暴力を振る意思はなく、冷淡な表情と相手に屈辱を味わってもらう行動を取っているだけなのだが、それは自分を見失った者が従う者を求めるという定法のようなものに則った話でもあった。


「まずは謝罪の言葉を聞きましょうか?」

「すみませんでした……」

「では、償いの印に足を舐めて下さい。――ああ、犬みたいにこの場で漏らす方向に変えましょうか?」

「漏ら――」

「分からないんですか? ここでおもらししろって言ってるんです。リリスさん、そちらのほうが好きそうですし」


 食事中に下品な話を混ぜるなと言っていたアニタらしからぬ台詞であり、稔はリリスを守ろうという衝動に駆られた。アニタが怒りを抑えて居てくれたのは間違いない。だが、だからといって「目の前で失禁しろ」というのは間違いな気がしたのだ。彼女を守る時とは少し違ったような感じで、稔は箸を置いて席を立つ。同じく、稔の思いを理解したラクトもリリスの保護に向かう。


「アニタ。お前が怒りたい気持ちは分からなくもない。――が、人に失禁を要求するのは間違いだ。それは償いなんかじゃない。お前が暴行しないのは評価に値するが、他人に漏らさせるなど『力のない暴力』だ」

「力のない暴力で何が悪いんですか。所詮、バレなきゃ犯罪じゃ無いじゃないですか! 無能な警察は国の奴隷なんです。――それに、風俗で金を稼ぐような能無しに私は何かを言われたくありません」


 アニタは稔に対して言い放ったが、彼の背後にはラクトが居る。一人ではないのだ。


「風俗を馬鹿にしてるけど、安全確保も出来ないような戦場で死ぬほうがよっぽど馬鹿だよ! 平和なんて魔法や武器や能力があったら実現する訳がないんだよ! それに、自分の学歴が良いからって他人を馬鹿にしていいなんてことは無いんだよ。国のためにセックスすらしないお前みたいな処女の方が、よっぽど害悪だわ!」

「処……」


 ラクトは口頭でこそ冷静さを失ったように見えるが、彼女は『煽りの神』である。また、自分の彼氏に対して怒号を浴びせるような奴とは関係を切っても良いような思いで話を進めていた。翻って稔は大きく嘆息をつき、この状況を何とか出来ないかと考える。そんな時に彼はふと背後を見るが、そこには為す術なく失禁しているリリスの姿。


「処女で何が悪いんですか! 稼ぎのない時期から子供を作る必要なんか無いじゃないですか!」

「だったら、なんで頭の良いような奴が異世界から飛ばされてきた見ず知らずの年下に声を掛ける?」

「それは稔さんの考えに賛同し――」

「風俗を馬鹿にするような女が、見ず知らずの男にまとわりつくな!」


 ラクトがそう煽ると、強情だったアニタが涙を流し始めた。確かにラクトの言っていることは正論ではある。けれど、失禁したリリスに続けて涙を流すアニタを見た稔は、大きく息を吐いてからこう言い放った。


「お前ら手に負えねえよ!」


 その声に喫煙席内の全員が反応し、静まり返ったところで稔は話し出した。


「アニタ。俺の召使が暴言を吐いてすまなかった」

「別に構いません。私も食事中だということを忘れて下品なことを言ってしまいました。……でもその、ラクトさんって自分に不都合なことがあると怒るんですか?」


 アニタの質問に対し、答えたのはラクトだ。


「いや、煽りってだけだよ。口論で追い詰める時、沸点が低い人は煽れば大抵弱みを見せるからね。まあ、私も言い過ぎた感はある。で――」

「あ……」


 ラクトが簡単に説明をし終えると、続けて見せたのはリリスが失禁して自分を見失った姿だ。それを見て自分の行動が彼女をこうさせたと思ったアニタは、即座に彼女に近づいて止めた涙を再度流し出した。


「リリスさん、申し訳ありませんでした……」


 俯くアニタ。だが、リリスは一切の反応をしなかった。当然ながら、重たい空気が直後に広がっていく。けれどそれは、リリスというサキュバスの演出にしか過ぎなかった。失禁してから数分過ぎ、隣で怒号が飛んでいたけれども冷静さを取り戻していたのである。


「許さないよ」

「ひっ――」


 形勢逆転し、リリスはアニタの手首を掴んだ。股間部を中心としたシミを一切気にすることはなく捉える姿は、理性を失った意味も含めて野獣らしい。そしてそれと同じく、年上同士でいちゃつき出した。同性愛者同士ではなく、異性愛者同士だが。


「やめてください!」

「お、隠れ巨乳か?」


 大盛を頼んだアニタは、本来であれば一番ペース良く食べなければいけない人である。けれど、三十路の淫魔には敵わない。アニタはラクトのように胸を揉まれ、続けて償いの意味も含めてうなじに息を吹きかけられていた。

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