1-17 EMCT/墓地 Ⅶ
『こちらは九九階、九九階――』
エレベータに乗る前、ドアの前に立った時にアナウンスが鳴った。女性の声、年増女性の声。そんな声が聞こえて、エレベーターの前に立ってボタンを押そうとする。……が。
「えっ――」
目の前のエレベーターの扉は、自動で開くものだった。流石は国王の墓地の有る階層、と言える。
「それでは稔様。行きましょうか、一〇〇階へ」
「お、おう……」
改まって言われるのもどうかと思った稔だったが、返答はしっかりとした。返答をすれば何でも解決できるわけではないものの、会話が詰まるよりは無理しても続けたほうがいい。
「ラクトさん」
「なにー?」
「屋上にアイスの自動販売機が有るんです。ボン・クローネ市内在住の女性から贈られたものなんです。それでですね、ラクト様はアイスの方をご賞味になられますか?」
「どんなアイスが有るの?」
「それは、行ってからのお楽しみです」
「どうせ一階じゃん……」
ラクトはそういう風に言った。だがおかしい現象が起こった。ドアが閉まってから、何故か光が白色から赤色に変化したのである。これは何かを指しているのか、そういった事は稔には分からなかった。しかしながら、エレベーター内が紅く染まる光景は、精神的にあまりよろしくない。
「なぁ、リート」
「なに?」
「あれ、くだけた」
「いいじゃん、幼なじみなんだし」
リートは異世界人や転生してきた人にはまだ敬語を使っているものの、幼なじみには敬語ではなく、くだけた言葉遣いを使用することにした。やはり、親しい仲の幼なじみに敬語を使うのはどうかとは思う。
「本来であれば、私は親しい人以外には敬語を使うんですが、稔さん」
「さ、さん?」
「くだけていいですかね?」
「それは好きにして欲しいけど……」
「本当ですか。じゃあ、少しだけくだけますね? ラクトさんもいい?」
「オッケー」
リートは、言葉遣いがくだけることに抵抗はなかった。これまで、王女としての自覚みたいなものを必要としてきたからこそ、敬語を使ったりだとかしていたけれど、もう使わなくて良くなったのだ。幼なじみ以外の親しい人ができたのだ。
だがその親しい人は、リートから見た自国であるエルフィリア、現実世界であるマドーロム、それぞれに住んでいた人ではない。異国人の一人と、異世界人の一人と、ともに親しくなったのだ。
「ところで、何故照明が赤くなったんだ?」
「それは仕様です」
「こんな仕様にしたら、絶対子供驚くだろ……」
「そうですかね? 今までこのタワーに子供とか来たりしましたけど、基本的に鐘を鳴らしに来る方は居ませんしね。それに、これは鐘を鳴らしに来た人だけが見れるものなので、感謝みたいなものを表現したいんですよね。なんというか、あまり普通すぎても面白みってでないものですし」
「確かにそれはそうだが……」
面白みが出ない、というのは稔も賛成だった。ただこの仕様、アイディアは非常に素晴らしいものである一方で、やはり恐怖心を植えつけるなら植えつけるようにするべきだろう。例えば、システムサウンドで音を鳴らすといい。
『――ルーフトップ、ルーフトップです』
「稔さん、着きました」
「ああ、そうだな」
ドアが開き、エレベーター内の光は赤色から白色に戻される。
「おお、綺麗」
「あれ、スディーラって来たことなかった?」
「そうだよ、ねーよ」
リートは聞いた後のスディーラの反応が面白かったため、笑みを浮かべた。一方で、稔とラクトは広がる光景に目を奪われる。なにせ、見渡すかぎりの蒼い空。都会では当たり前の飛行機雲がない、蒼い空。そんな空が目の前には広がっているのだ。
真っ白な一切れの長方形の紙が、青いペンキで塗られて、上からおふざけだけど、白色のペンキが塗られて。何もなかった長方形に、空が浮かび上がった。そんな情景。
「銅像があるね」
「ああ、そうだな。……でも、なんで銅像なんだ?」
ラクトや稔が言ったとおり、エレベーターを降りて見えた、自然が創りだした綺麗な空とは対の物がそこには有った。そう、『銅像』だ。だが、『銅像』と言ってもアメリカの自由の女神像くらいまで大きい物ではない。エルフィリア・メモリアル・センター・ビルディングの西棟最高地点と同じ高さになるよう、それは作られていた。
「これは戦争や後のエルフィート狩り等で失った、多くのエルフィートを表した銅像で、過去の嫌な記憶を、都合のいいように忘れないように作られた物です。ですから西棟に女性の像、東棟には男性の像が立っています」
「高さは同じなのか?」
「ええ、同じですね。男性の死者と女性の死者の数は違いますけれど、どちらも銅像を何個も建てるのはコストが掛かりますし、ビルの敷地面積を越してしまうと、流石に落ちてしまいますし」
「それもそうだな」
敷地面積を超えてまで銅像を設置するなんて、とんだ馬鹿げた国家でない限り、種族でない限り、普通行わない。何もわからない赤ん坊であれば設置しろと命令するか、または首を上下にふるかもしれないが、大人であれば分かるだろう。
「そして、女神像の前には看板があります。右側が名称などの説明、左側が戦争での死者数の説明になっています」
「死者数、か」
「はい。第一次世界大戦争と第二次世界大戦争、どちらとも記載されていますし、両方を加法したものものも記載されています。なので、訪れた人にはわかりやすく説明してあるので、是非観光客を増やしたいのですが……」
リートが言って笑って終わらそうとしたのだが、そう簡単に稔が終わらせない。
「いや、観光地化は絶対にやめた方がいい。特に墓地はそうだ」
稔は少し強めに言った。稔の祖国である日本にも世界遺産はあるし、文化遺産もある。だからこそ、リートに伝えたかったのだ。強めに言って、何を失敗すべきでないか、そういったことを言いたかったのだ。
「まず、大前提としてだ。住民の理解は絶対に得なければならない」
「は、はい!」
「そして、観光地化するということは訪れる人が増えるということだ。加えて、エルフィリアは奴隷としての地位に在る。つまり、この状況でこの建物を遺産になどすれば、フロアごとに規制されていない状況でこの建物を遺産になどすれば、たちまち治安は悪化するだろう。景観もそうだ」
例え、世界遺産だからどうのこうの言ったところで、所詮は『取り決めを守る国同士で決定した遺産』でしかない。リートがつい先程述べたように、守らない国がいる限り、世界遺産は決めたとしても破壊されてしまう可能性が否定出来ない。
結局は、いくら「守ろう守ろう」と積極的にエルフィリアが言ったとしても、気狂い国家はそれを拒否するのがオチなのだ。この国は隷族の国だと思われ、下に見られて悲しい目に会うのがオチだ。
「――あの、稔さん」
「なんだ?」
「大変恐縮なんですが、私は別にそういったことを聞こうと思って言ったわけではなくて……」
「えっ――」
稔は、ようやく自分が変な誤解で口を勝手に開いて喋っていたことを自覚した。心が読めているはずのラクトも、それは分からなかった。――否、分かっていたとしても話せないから一々読む必要がなかった、というのが正答だ。
「そのですね、確かに観光地化したいというのは本心では有ります。ですが、稔さんが言っていたようなことは私も分かっていたので、その、えと――」
「話さなくても分かっていた、ということか?」
「ほっ、本当にすいません!」
「あ、謝らないで! 俺も悲しくなるから、謝るのはやめて!」
謝る事はしてほしくなかった。やはり、「観光地化」だとかの一言で謝るだなんて、どうかしている気がする。例えるなら、外国人が日本人が一々礼をするときに首を傾げたくなるような、あの感じがするのだ。「恐縮」と言っていたのだから、もうそれ以上断る必要もないし、謝る必要もないというのに。
「全く。リート、早く鐘鳴らそうぜ」
「あ、うん!」
幼なじみの勘のようなもので、スディーラは「リートが謝り続けるんだろうな」と察し、結果的にスディーラが鐘を鳴らすことを急かした。当然断る理由はそこにないので、リートの脳内も謝罪の方向から舵を切って、鐘を鳴らすことに向かうことになった。
「それで、リート。鐘はどの方向にあるんだ?」
「ああ。鐘や銅像は東棟と線対称の位置に設置されているので、この場所とは反対の方向に有ります」
「そうなのか」
リートの話上では屋根があるということになっているが、稔はそれが定かではないので早く確認したい気分になった。が、そんな稔の気持ちを読み取れるラクトが、俗にいうネタバレを行うために行動に出る。
「見えた!」
「ラクト、どれだ? ……あ、あれか!」
ラクトが稔よりも先に出て行ったこと程度で、稔は嫌な気持ちにならなかった。そもそも、召使である一方で、テンションが高い女の子というわけでもある。そんな子がテンションを下げたら、面白みもなくなるし、話に華がなくなる。そして、戦いにも影響が出るかもしれない。
「稔さん、ラクトさん、大正解です。あれが『慰霊の鐘』です」
「鐘のある場所は高くなっているんだな」
「はい、そうです」
屋上の床の位置よりも、階段で五段高い場所に慰霊の鐘は有った。そして、階段といってもひとつの方向にあるだけでなく、三つの方向から登れるような階段になっていた。
「では、稔さん。鐘を鳴らしましょう。この国の為に戦って亡くなったすべての人に向けて」
「あ、ああ……」
「それと、鳴らし方に関してはそこまでナイーブになる必要はありません。鐘の下にある鳴らすためのチェーンを引いてくだされば、自動で鐘が動きますので」
「へえ」
無駄な技術である。
「それとも、代表して私だけがしましょうか?」
「それは自由にして欲しいところだな」
「そうですか。……でしたら、私にさせてください」
「分かった」
リートが助け舟のようなものを出した。稔自身、やっても構わないという感じでは有ったのだが、行程に時間がかかってしまうのはよろしくないとリートが判断し、結果的にリートが助け舟のようなものを出すに至ったのだ。
稔は、難しいことは見る方がいいと思った。。やるのも楽しさは有るだろうが、今は礼儀を重んじなければ、とも思った。
「では、姿勢をお願いします」
全員が口を閉じ、エルフィリアでの頭を下げる際の礼儀通りに頭を下げる。右手を腹の下か上、左手の力を抜いて身体にくっつける。そんな風にして、頭を下げて祈りを捧げる。
目を閉じてから、耳より伝わる鐘の音は心を落ち着かせる成分が入っているようだった。いい音色が耳を通りぬけている裏で、稔はペンキで塗られたような青と白の混じった空を思いながら、祈りを捧げた。
そして鐘の音が鳴り止まった後、一段落終えた稔たちはエレベーターの方向へ歩いて、それで五階へと向かった。




