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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
三章A エルダレア編 《Changing the girlfriend's country》
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3-4 ランチ・アンド・リリス

「注文にあずかりました、醤油ラーメン並盛ノーマルで――って、もしかして」

「……へ?」


 先程注文をとって厨房へと戻った店員とは違った店員だ。性同一性障害という病気があるように、人は外見だけで性別を必ずしも決定できることは限らない。そう、脱がなければ分からないのである。変態思想だの言われて冷たい視線を送られるのは百も承知だったが、稔は中性的な男も女も存在することを踏まえて、それこそ悪魔なのだから断定づけることはしなかった。


 だが、その矢先である。性別が分からないと思って配慮を取ろうとした刹那、店員はあっさりと性別を明かすような発言をした。自分に対して何か言おうとしているのかと思った稔は店員の方に視線を送ったのだが、話そうとしていたのはラクト。稔は蚊帳の外だったのだ。けれど、話が耳に入ってこない訳ではない。


「『ブラッド』じゃん!」

「今は『ラクト』だっての。――つか、ここでバイトしてんの?」

「まあ、風俗街を追い出されちゃったからね。ホント、学歴も無い私を受け入れた店長さんには感謝だよ」

「そうなんだ」


 ラクトは店員の話を頷きながら聞いていた。二人の内心を読めない稔は心理戦には当然不向きであり、二人が赤の他人である可能性も念頭に置きながら話を聞き進めていく。だが、やはり親しい関係にあることは間違いが無いようだ。というより、そもそも『風俗街』の話が通じている時点で「知り合いではない」と言うのは難儀な話。一切の理由付けをせずに主張だけで抗議デモするのと同じである。


 とはいえ。話に参加できないでウズウズしているのは見っともないし、それこそ彼女と親しい仲の人物であれば帝国のことは良く知っているはずだと考えた稔。風俗ということは政治関係者も利用する可能性があるのだから、ここぞというチャンスを逃すまいと姓名を聞く方向に舵を切った。


「……その、ラクトと知り合いか何かか?」

「私が働いていた風俗店の経理担当さん。生存中のサキュバスで、通称名は『リリス』。本名は――」

「人のトラウマを抉るつもりかってーの。……私の過去はラクトと同じように複雑なんだぞ?」

「そうだったっけ? まあ、簡単に言うと――」


 リリスが言うなと言っているのを無視し、ラクトは稔に彼女の過去を話すことにする。かつては経理と従業員ということで、言い換えれば先輩後輩の関係に準ずるものがあった。だが、今では彼氏持ちというのが大きなポイントになっているらしく、リリスは頭を抱えたりもしない。ここまで抵抗がないと悪魔としてやっていけるのか心配になるが、既にラーメン店に勤めているのだ。秩序は守る気でいるのだろう。


 色々と推察が出来るリリス。そんな彼女のことを、ラクトは少し間を入れてから稔に真剣な目線を向けて話した。もはや仲間に入れるき満々である。元風俗嬢同士、息が合っているということなのだろう。


「リリスはね、一二歳より前の記憶が無いんだよ」

「一二歳……」


 水商売がエルダレア帝国で可能になる年齢、それが一二歳である。今でこそマドーロムは平和を築けているように思えるが、それはエルフィリアの話。エルダレアでは、帝国が滅んでもおかしくないような状況が続いているのだ。時間の問題、と言ってもいいような革命前夜である。


「ラクト、そこまで言ったら私が言わない訳にいかなくなるじゃんか」

「いや、俺は無理してまでトラウマを話せと言った覚えは無いんだが?」

「いいのいいの、簡単な話だし。記憶が無くなったのは、ラクトよりも鬱度は低い話だし」


 リリスが笑顔を見せながら醤油ラーメンの入った丼を机に置く。厨房では追加でラーメンが完成したらしく、数少ない従業員であるリリスをもう一人の店員――つまりは店長が呼ぶ。利己的な生き方も良いものだと思ったが、それでも今の自分は店長に救われたから有る。そう思ってリリスは、戻ってくる癖に台詞を残して去った。


「――『ラグノム連続殺人事件』ってのが、私の住んでいた町で起こったんだわ」


 更に深く聞きたくなるような話を廃棄処分するかのように言い残し、リリスは厨房へと向かった。それから数秒という時間で稔の心を覗くこともせず、ラクトは彼女の残した事件の真相を話しだす。「こうすればいいだろう」との考えが既に確立されたようなものだったからなせる、『彼女』故の所業だ。


「ある春の夜、目を覚ましたら隣に覆面姿の男が居たらしい。そいつは警棒みたいなのを持ってて、もちろんバレたくないからリリスを殺しにかかった。けど最後、命からがらで死闘を制して男を部屋から追い出すことに成功したんだってさ。でも、それ以前の記憶はなくなったそうなんだよね」


 稔は一番始めに思った。「こいつ長い話嫌いなくせに」と。だが、鬱度が低いと言っていた癖にこの有り様である。二番目に思ったそのことが強く脳内で膨張していき、結局は連続殺人事件の真相の詳細を知りたくなっていた。と、そんなところに事件の真相を知る女が登場する。


「追い出された男は街中に出て、子供一人殺せなかったことが悔しくて放火に及んだ。けど、放火する前に男は考えたんだよ。『寝ている女を犯してから放火すればいい』ってね。年齢なんて関係無い、口を押さえて暗い影に連れ出せば勝ちだから。だから男連れより独身の女性が狙われた」


 ラクトから聞いた話より酷い話になってきた、と稔は一切の言葉を失ってしまう。止めることをしなかった稔に責任が無いわけではないにしろ、リリスは話を続けることにしか脳が無いようだった。


「独身の女を犯し、家を燃やし、一夜で町は火の海になった訳だ。一二の子供が見た絶望的な状況だったから、今でもそれは鮮明に覚えてる。けど、あの男に殴られたせいで記憶はそれより前のものがない」

「鬱度が低いなんて嘘じゃないか……」


 稔は深い息をついて悲しみにくれた表情を見せる。リリスも「話すべきではなかったか……」と思うが、それでも自分は悪く無いと思ってラクトの方を見た。目線を向けられた赤髪は目を丸くするが、言い出しっぺは自分。要は、結局言い出しっぺの法則ということである。話を切り出した本人に跳ね返ってくるのだ。


「食欲が失せるようなことを言った気がしますが、気にせずに食べて下さい」


 出された塩ラーメンと味噌ラーメン、それに醤油ラーメン。三人前の料理が全て机の上に出された後、リリスはそう言って場を去ろうとした。それで丸く収まったと彼女が錯覚したのである。だがリリスは、それは丸く収まったのにも関わらず手首を掴まれてしまった。その張本人は続けてこう話す。


「店――いや、リリス。風俗街の移転先は知ってないか?」

「お客様は知りたいのですか?」

「ああ、そうだ。出来れば詳しく知りたいところだが――」


 稔は詳細に情報を伝えて欲しいと話す。すると、あくまでも庶民サイドの店長が心優しい一言をリリスに向けて発した。現在時刻は一二時半を過ぎたくらいだというのに、書き入れ時だというのにも関わらずの話である。防音と言われていた喫煙所らしき場所にて店長の声が聞こえたということは、それなりに大きな声で発したということ。考えてみれば駅の利用客からすれば迷惑以外のなにものでもなかろう。


「――行って来い」


 店長の声は男気に溢れた声だった。注文を執っていた時は女性客にも接しやすいように中性的なボイスで話しかけていたが、その時に聞こえた声は完全なる声変わりを終えた成人男性の声。歌を歌わせたら上手いだろうなとか思いつつ、稔は男性として先輩である彼に尊敬を抱いた。リリスも当然ながら返答する。


「……はい」


 彼女に涙ぐんでいる様子はない。でも店長から早めに上がっていいよと言われた為に、即ち許可を貰った為に急いで店の衣服から私服へと着替えを始めた。リリスのそんな姿を知って手伝いたくなるラクトだが、更衣室は厨房の奥で喫煙席よりは遠い場所にある。覗き見をするつもりはないから、ラクトは注文したラーメンを頂くことを提案した。麺が伸びる事を稔の内心やアニタの内心を知って知ったからである。


「食べようよ」

「ああ、そうだな。んじゃまず、食事前の号令から――」

「エルダレアで食前に号令があるとは聞きませんが、稔さんの母国では行われているんですか?」

「まあ、一種の儀式みたいなもんだ。けど、俺は自国の文化を押し付けるつもりはない。何事も共存だ」

「駆逐は最後、ということだね」


 アニタを交えて「いただきます」という日本文化を再度確認する三人。でも、日本文化を知らないエルダレアの罪源は既に食べ始めていた。彼女が聞く耳を持ってくれていなかったことに稔は少しばかし落胆してしまう。だが、そのままでは居られない――と、アニタを見れば彼女もラーメンにがっついていた。


「食べ始めたのか」

「共存、と仰ったじゃないですか。今更止めることは不可能なことです」


 正論を受けると、稔は「そうだな」とアニタに笑顔を見せて返しのコメントを送っておいた。手づかみで食べることに抵抗を感じる人がいれば、謎の号令に抵抗を感じる人も居るのである。


 新しく知ったばかりの事に必ずチャレンジする必要は無いのだ。時間を掛けて将来的に成功させようと思うだけでいいのである。況してや食前と食後の号令など、マドーロムの日常生活では使用しない。裏に良い意味が隠れていようが、日常生活で使わないものを学んで何になるかという話であった。


「結局――」

「こうなるんだね」


 似たもの同士の赤髪と黒髪が会話すると、互いに必要な分だけ箸を手に取って食前の号令を行った。数秒した後、稔が視線を液体と固体と気体を発するそれぞれが入った丼に視線を注ぐ。それは、号令の合図だ。


「それでは、手を合わせまして」

「「いただきます」」


 目の前にある丼内のスープをかき混ぜる稔。学校給食で出るような袋麺とは違っており、店屋で出される麺は固まっていないから解す必要はない。けれど問題はそこではない。麺が見えなかったのである。翻ってラクトは、稔が麺が見えずにスープをかき混ぜている裏で麺を啜っていた。それだけならまだしも、美味しそうに食べてくれる彼女には流石に内心で舌打ちしてしまう稔。


「んんっ!」


 絡みついたラーメンのスープに、程よく効いた豚骨系の出汁。投入された味を引き立てる役目の醤油は濃い色をしており、色合い的には関東の味付けを連想させる。しかし、意外や意外。スープをレンゲで掬って飲んでみれば、その味はあっさりとした味付けだったのだ。


「こ、これは――」


 目を大きく開き、稔は左右に首を振った。「これまでのラーメンは何だったんだ……」と驚愕した表情のままに喰らう。それはサバイバルで何日も飯に有りつけない状態にあったかのようである。動物的な、本能的な様子を見せながら喰らいついていく様は、確かに行儀が悪い感じだ。けれど、店長は大喜びだった。


「(続けて麺はどうだろうか)」


 稔は店長が喜んだ様子で居ることには気が付かず、何処か思う壺のような行動を取っていく。彼は箸で麺を捉えると、黄色い色をした中華麺のようであると記憶した。太さは細い。けれど、麺には水分が付着している。あっさりとした味付けのスープであるから、脂が入っていることなんてお構いなしに稔は麺を啜った。だが、遂に耐え切れなくなったアニタが苦情を入れる。


「すみません。美味しそうに食べているところで失礼極まりないのですが、啜るのはやめてもらえませんか?」


 日本で生活していれば気が付かないことかもしれないが、基本的に麺を啜るのはアウトである。「日本人はイッちゃってるよ、あいつら未来に生きてんな」と言われるように、やはり日本人は頭一つ変な方向へ抜けている民族なのである。もっとも、指摘は稔一人だけに向けられたものではないが。


「悪いな。……けど『共存』だろ?」

「まあ、気にしないことにします」


 アニタを取り敢えずは説得する稔。だが、彼女の考えも尊重してやろうと啜らないように食べてみるだけ食べてみた。けれどやっぱり、長年ラーメンは啜りながら平らげてきた稔にとっては面倒でしかない話だ。一回目は何とかいけたが、チュルチュルと麺を口の中へ麺を入れすぎた二回目に挫折を味わい、三回目からは当初の啜って食べる方式に戻した。


「ラーメンってこんなに美味しいんだね」

「食い過ぎは厳禁だけどな」

「そんなの野菜でもそうじゃん。日頃の体重に気を遣ってないとでも?」

「二四時間をお前と共にした結果を言わせてもらえば、気を遣ってないと言いたくなるな」


 ラクトがムスッとした表情を浮かばせる。続けて「そんなことないよ!」と言うのだが、稔は麺を啜っている音で揉み消したように見せて煽る。けれど、主人の猛攻は「え、なんだって?」とラクトを煽ったところでストップした。いくら彼氏彼女の仲であろうが、親しき仲にも礼儀という思いやりは必要なのだ。


「ごめんな。あまりにも体重が増えてもらうと、魔力の回復が出来なくなるかもしれないから」

「なっ……」

「食事中です」

「お兄ちゃん、見境ない」


 魔力の回復と遠回しに性交渉の話を入れた稔。たが、アニタもベルゼブブもどのようにして魔力回復するかを知っていた。だから、自分たちだけしか居ないとはいえ場所を弁えて欲しいとの強い思いで二人共に批判のコメントを表明した。だが、そんな時に肯定論者が登場する。


「淫魔は歓迎だけどね」

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