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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
三章A エルダレア編 《Changing the girlfriend's country》
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3-3 ラーメンと作戦会議

「いらっしゃいませ~」


 駅の構内の一角とはいえ、稔は店内の一部から元気の有る声が聞こえてきてホッとした。声を発すれば唾が飛沫することもあるけれど、どうやら暑苦しいラーメン店の厨房で店員はマスクを着しているらしい。声は聞こえたが、一人の店員が掛けていた眼鏡は曇っていた。


 かつては栄光を誇ったエルダレア帝国だが、最近は低迷が続いて反政府勢力に負けようとしている現在。店内に入ってすぐにラクトがエルダレアについて語ろうとしたのだが、稔は首を左右に一度振って止めた。店員だって人間である。『デビルルド』という括りであるとはいえ、容姿は完全にヒトなのである。即ち、聞く耳を持っている。外部に漏らされる可能性は極めて少ないだろうが、無いとは言えない。


 しかしながら、そうなると作戦会議の場が無くなることになる。稔はアニタを交えて何処か違う場所で作戦を諮ろうとしたが、駅構内の喫茶店やラーメン店は店員が一人は必ず居るはずだ。情報保護の観点から見れば、やはり他国から来た大使級の人物が話す内容を聞かれては困る。


「紙面を使って話せばいいんじゃないかな?」

「いい案だな。それでいこう」


 稔は色々と考えていく中で頭を堅くしていたから、他の方向から見た時にどう映るかなんて知ったことじゃなかった。ラクトから受けた提案に彼は賛成の意を示すが、当然アニタもベルゼブブも話は意味不明である。心が読めないのだから当然であろう。稔はエルダレアでは世話になる二人だと考え、一切の躊躇い無しで話していった。


「どのような案ですか?」

「俺らが話す内容は極めて重要なやつだから、極力は紙面で話をしていこうってこと。通りすがりの誰かに聞く耳を持たれたらお終いだろ? ――まあ、こんなことを話している時点でお察しだけど」


 稔は説明から紙面でするべきだったと、話を終えた後になって反省した。けれど、そんな時だ。ラーメン店の店員一人が稔らに接近してきたのである。黒色のエプロンが似合う店員である。料理屋といえば白色が連想させられるが、個人経営なのだろう。そんな風に色々と考えているうち、稔は店員から重要な話を聞いた。


「あの、お客様。喫煙席がご用意されていますので、そちらで重要な話をされては――」

「けど、防音はなっているのか?」

「店内が暑苦しい為に扉を開放することはありますが、基本的に店の壁は防音ですよ。駅なんですし」


 考えてみれば普通の何ら深く考える必要のない単純な話だった。そもそも、通常規格の鉄道で車体が浮いているはずがない。リニアなどの近未来的な鉄道、それこそこれから整備するようなものであれば話は別だ。けれど、エルダレアは戦争状態にある。テロにも移動手段にも最適な『乗り物』を未来的なものにするだろうか。――答えは『ノー』だ。可能性はゼロに等しい。


 加えて経費が嵩むため、駅の建て替えなんて溜まったものではない。なれば、行える対応は一つだけだ。


「……なるほどな」


 稔は自己解釈で理由と結論を紐付けると、続けて店員に口止めをしようと思い立った。なにせ、独裁政治が行われている国家は情報統制が行われている可能性が高い。『新国家元首ネクストエルフィリア』の呼称は無くなったとはいえ、それでも稔はエルフィリアの大使的な人物だ。エルダレアの帝に裁きを与えようとしている人物の重要な会話を傍聴するのは頂けない。


「店員さん。悪いんですが、ここで話す内容は誰にも話さないでもらえますかね?」

「構いません。しかし、他にもお客様が利用する可能性は有るわけです。扉を閉めるのは勘弁下さい」

「そうですよね。一二時台なんて書き入れ時でしょうし」


 稔の話を聞き、店員は「そうなんです……」と切実な口調で訴えた。口止め料なんて要らないけれど、だからといって仕事に支障を来すような口止めを受け入れる気は一切無かったのだ。利用者数も昔ほど多くないのだから、本当に溜まったものではない。複雑な店員の思いが絡み合って客である稔らに悲願することになったのである。


「分かりました。喫煙席に移動させて下さい」


 もちろん稔だって、そこまで切望されて期待を裏切る悪党ではない。彼は店員から喫煙席の場所を聞いた後、残り三人を連れて喫煙席へと向かっていった。その場所は見た感じで一言言うなら、『駅にある喫煙所に近い作り』である。室内は特に悪臭が有るわけでもなく、口止めも済んだ為に、紙面を使った面倒な話は行わないことになった。――が。


「なんで付いてきてるんですか?」

「お客様のご注文をお伺いに来たのです。文句を言われるのは筋違いだと考えます」

「ああ、そういうことですか……」


 アニタが疑問に思ったのは、何故か店員が自分たちを尾行していたことだった。けれども理由を聞き、尤もな話を聞かされたので何も言うことはない。むしろ彼女は、机に置かれていた『期間限定メニュー』と題された一覧表を見たことで食う気満々になっていた。言い方を変えれば『店の勝利』である。


「稔さんは、こってりとしたラーメンを食べる女子はどう思われていますか?」

「マナーがなってれば特に問題はない。気にしないで食べてくれていい」

「分かりました。でしたら、店員さん。この『味噌ラーメン+500』を下さい」

「……『+500』?」


 店員はボールペンで注文を執っていたが、けれど稔は首を傾げていた。量が多いのを意味しているのかと想像力を働かすが、メニュー一覧表を見れば量が増えているのは確かに分かる。けれど、別に五〇〇グラム増えたわけでは有るまい。更に謎が深まる中、店員は驚愕の内容を話した。


「料金の話です」

「料金かよ! まあ、アニタがベルゼブブと自分の分を払うんだから問題はないけど――」


 最後の方には声が細くなっていったが、取り敢えずため息を付いてお茶を濁す。特に頭を抱えたわけではなかった稔だが、アニタが先陣を切って攻撃を加えたことは銀髪のロリ罪源に対して悪影響を及ぼしていた。


「お兄ちゃん。これ、食べる」


 可愛らしい声と共にメニュー一覧表の一箇所を指すベルゼブブ。だが、彼女が指差していたラーメンの量はアニタ並みのものであった。もちろん、食べられればそれでいいのだ。アニタが稔に問うたのは自分が「これだけ食べられる」という主張からなのは明白であるから、それならいいのだ。でも、ベルゼブブは体型的に支払い担当ではない稔でも聞きたくなってしまった。その理由は単純だ。


「いっぱい食べるのは嬉しいんだけど、流石に量が多すぎないか?」

「男気、男気」

「つまり、余ったら俺が食べるってことか?」

「そう、残飯処理係」


 思った通りの回答だった。流石は『貪欲罪源』だとつくづく稔は痛感するが、同時に食べられる量を選んで欲しい気持ちもある。――と、そんな稔がピンチの時にサポートをしてくれたのはラクトだ。『彼女』という地位を獲得していることも含め、流石は正妻戦争で一位の座に就いているだけある。


「じゃあ、召使同士で仲良く半分こしようか?」

「賛成」


 ラクトは顔にこそ笑みを浮かばせていたが、その裏にはため息が隠れていた。最初こそ「可愛い」と思ったが、ベルゼブブの知能はまだまだ成長過程に有る。稔がマナーを守る大切さを主張していることもあり、ラクトも自分がベルゼブブにマナーを守ることの大切さを伝えていこうと思った。ビッチだの言われているが、一応は礼儀はなっている。それがラクトという元サキュバスなのだ。


「じゃあ、私はこれを」

「『醤油ラーメン』の『小盛マイナス』と『並盛ノーマル』でよろしいですか?」

「お姉ちゃん。やっぱり、塩」

「じゃ、私は醤油でこの子は塩で」

「かしこまりました」


 小盛の塩ラーメンと並盛の醤油ラーメンが追加でメモ用紙に書かれ、残すは稔のみとなった。九時台の戦闘での一件もあり、稔は少々体力を失っていたから『大盛プラス』を頼もうかと考える。だが、店へ入ったのは昼食を摂るためだけではない。重要な会議をすることも含んでいる。だから、適度な盛り方にしてもらう。


「肉多めの醤油ラーメン並盛で頼む」

「分かりました」


 店員は速筆らしく、わずか数秒でボールペンを紙面上に走らすのを止めた。変わって追加注文が無いか確認を取る。まだメモ用紙を机上に置いて厨房に向かわないのはそのためだ。


「デザート類はどうですか?」

「気にしな――」

「何がありますか?」

「パフェとチーズケーキが……」

「パフェをお願いしますっ!」

「かしこまりました」


 増える金額に嘆息を零す稔と、本日二度目のスイーツに胸を躍らせるラクト。チーズケーキも美味しそうだと思ったのだが、多くの果物を使用していることを連想できたパフェのほうに傾いた。止めに入る主人の姿は無く、ラクトは「やったぜ」と右手にガッツポーズを見せる。だが、寸秒だ。


「な、何すんのさっ!」

「パフェを頼んでいいと明言したわけじゃないんだけどな? ……まあ、許した俺にも責任はあるけど」

「自分で非を認めたっ! 有罪だーっ!」

「お前が言うな。元凶を作ったのはラクトじゃねーか」

「この店の商法に乗っかってしまっただけじゃん。それがなんだってのさ」


 稔は大きく溜息をついた。ベルゼブブにもアニタにも頭を抱えなかった稔だが、いくら似たもの同士であろうとラクトの発言は流石に頭を抱えてしまった。『商法』という単語が大きな原因である。


「この程度の金額であれば然程の問題は無いのは確かだけど、世の中には『詐欺』ってのがあるんだぞ?」

「そんなの知って――」

「能力で人の心を読めるんだから、ラクトは恐らく引っ掛からないだろう。けど、お前は変なところで単純だ。それは一生懸命さと言えるかもしれない。でも、自分の趣味に有り金を大量に溶かすのは馬鹿だ」

「私欲の為に国を変えようとするのもどうかと思うけどね」

「それはラクトもだろ」

「確かに」


 論争になるわけでもなく、ラクトが稔の話を丸く収めた感じで二人の会話が終息した。そんな時、それを見計らっかのように話しだしたのがアニタだ。四人前のラーメンを少人数で作るのはある程度の時間を要するから、三分以上の時間はあるようなもの。だからこそ、先に作戦会議をしておこうとしたのだ。


「それで、稔さん。エルダレア帝国の臨時政府といえど、セキュリティは平常時以上です」

「緊急時みたいなもんだしな。まあ、その点はラクトが『入眠スパイト』で何とかしてくれるさ」

「そうですか。ですが、帝――サディスティーアの部屋までに罠がある可能性が否定出来ないと思います」

「問題ない。僅かな音でもイステルが居るし、当人が拘束されなければティアが縄は解除してくれるさ」


 アニタに対して自分の支配下にいる精霊の説明をしているように見える稔だが、これは作戦会議の一部と考えれば分からなくもない話である。それこそエイブ戦の時みたいに建物内の部屋を示した図は無いのだから、スパイでもない限りは一体どのような間取りになっているのかは不明である。だが、ラクトが感づいた。


「そういえば、『臨時政府』って言ってたよね?」

「そうだな。それがどうかしたか?」

「建物の内部が改築された可能性は否定出来ないけど、ここにエルダレア帝国の中枢施設が来る前に入った人に聞けばいいんじゃないかな。――どう、アニタ?」


 ラクトは稔ではなく、アニタに振った。戦場カメラマンと自称していることもあり、ある程度そういった知識が有るのではないかと思ったのである。先程の話も彼女が質問をしていたのだから、知っている可能性は極めて高い。――が、彼女は首を振った。


「臨時政府は急ピッチで作られた施設ですし、初めから政府の建物として使われてきた経緯があります」

「じゃあ、施設を建築した人に聞かなくちゃ駄目なんじゃ……」

「確かにそうですね。ですが、そうなると希望はあるかもしれません」


 一同に希望の光が見えたアニタの発言だ。彼女は、少し間を置いてからこう言った。


「記憶違いでなければ、風俗街は地上から地下に移動したと聞いています。ですから、イステルさんに音を聞き取ってもらいましょう。もし見つかった場合、稔さんの魔法でテレポートをすればいいと思うのですが――どうでしょうか?」

「いい案だな。じゃあ、帝国の中枢への作戦を実行する前に風俗街へ寄ることにしようか」

「稔さん。彼女が居るのにその発言はどうかと思います」

「悪いな」


 風俗街は確かに無くなった。けれど、それは「地上には一切見えない」という意味でしか無い。稔は失言したように思われたが、軽く謝罪をしたに留まった。そして数秒して、店員はラーメンの入った丼を一つおぼんに入れて持ってきた。

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