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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
三章A エルダレア編 《Changing the girlfriend's country》
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3-1 ロパンリ駅

 オスティンが当初段階で主張していた、『第一の精霊』を『ファースト』と呼ぶ件はサタンサイドの論破という事で終わり、そこから何一つとして危険な事態は発生していなかった。――が、それは広い視野で見た時の話である。稔はラクトのアイスを奪取した事で何度か彼女に蹴りを入れられていた。狭い視野で見れば、損害は多少ながらにあったのである。


 もっとも、三時間という長時間であった。元悪魔のラクトと言えど、流石に睡眠中という無意識な状態で何度も蹴りを入れられるような女ではあるまい。だが、無意識ということは痛みがどれだけなのか予測を付けることが出来ないという意味でもある。故に稔は三時間のうちで二回程度離席していた。


 そうして列車はロパンリ駅を捉える。バレブリュッケよりもボン・クローネよりも大きい駅であり、二億の人口を抱える国家の中枢都市の一つの名が聞こえても然程異論は唱えられないだろう。けれど、活気は無い。あったのは恐怖だ。――そう、ここは帝国軍の拠点なのである。


『ご乗車有難うございました。ロパンリ、ロパンリ、御出口は右側です――』


 乗員であるオスティンは車内アナウンスの担当もしているようだ。アイスを運んでくれたのは列車だが、元を辿れば運転手ではない乗員は彼一人しか見ていないため、あれはオスティンが運んでくれたのではないかと稔は推測する。もちろん、そんなことを考えてお礼を言うような暇があるとは思えないが。


「ラクト。起きろ」

「……何時?」

「一二時だ。ほら」


 稔はスマホのロック画面を表示させる。彼は奪取して食したラクトの注文したアイスの残骸――否、カップを撮影したものをロック画面の壁紙としていた。寝ぼけたラクトは自身の大好物が食べられたことに簡単に気が付かなかったが、ロック画面を見て寸秒で大声を上げる。


「食べたなああああっ!」

「ほら、迷惑になるから止め――」

「黙ってろ! 人様の注文したものを勝手に食べるなんてサイテーだっ!」


 ラクトは大好物を奪われたことにショックを抱いていたが、考えてみればカップを開けて寝た彼女が悪いと言えなくもない話である。稔はそんな考えの元でため息を付いた。ラクトも彼の内心を読んで察する。


「すみませんした」

「いやいや、断りなしに食べたのは俺も同じだしな。……ということでお愛顧だ」

「そうしておこう」


 和解へと進む道は極めて単純かつ容易なものだった。仲違いをしたわけでもない稔とラクトだからこそというのは確かである。とはいえ、稔は列車内で一人模索していた訳である。エルダレア帝国軍と反帝国軍が戦闘状態にあるけれど政府側と反政府側で和解を出来ないものとか、と。そういうこともあって、稔はラクトと話に折り合いをつけたことで更に戦闘をしたくない気持ちを強くしてしまう。


「もう一回確認させて。稔、戦闘はしたくないの?」

「したくないってか、しないで解決できれば一番良いって話。奴隷制がある国家で仮に負けたとして、女子供はどうなる? ――奴隷の道が残されてるだけだろう。俺は死ぬだけかもしれないが、生きて死ぬのは余計に悲惨だ。勝てば戦争を語れる、負ければ一生重荷を背負う。それが『戦争』ってことだしな」


 格好付けるように言っていたが、稔は少し言葉を選ぶべきだったと反省した。喫茶店のことも含め、最近は少し恥じらいが消えてきたように思った稔。けれども人が居る可能性が否定出来ない列車内で『奴隷』という言葉を使うのには抵抗が存在した。けれど、抵抗が一体どれくらいなのか検討もつかない。


「奴隷、か……」

「嫌だろ? クズ共の性欲発散の道具としてお前は生きることになるかもしれないんだぞ?」

「でも一応、稔の支配下に居る女って処女はそう多くない気が――」

「確かに――じゃねえよ! ここは列車内だ馬鹿!」


 公共機関でイチャラブするカップルは確かに害悪であるが、耳を塞ぎたくなるような話をする痛い連中も害悪である。ファッションセンス皆無の奴を見たところで嘲笑の対象で終わるが、痛い連中が隣に座っていたりでもすれば最悪以外の他でもない。――そして今、その『最悪』に該当するのがラクトである。稔は言葉でこそ言わなかったが、彼女は多少内心を読んで理解を示したようだった。


「イステルに聞けば分かるかもしれないけど、この列車のこの号車の乗客は私たちだけなんだよ?」

「確かに、ここまで乗降客は居なかった気が」

「だから気にしなくていいよ。それよりか、稔が菓子を食べさせた時こそ人が居たじゃん。度胸を見せたいのかもしれないけど、凄く恥ずかしかったんだよね。――まあ、顔に現れたようですが」

「そうだな。作りの表情じゃないと思ってるから、幻想は壊すなよ?」

「それ、『幻想』じゃなくて『本当』のことだから。壊すも何も――」


 稔は「理解した」と言って頷く。「本当の気持ちを表現したもの」と記憶として自分の脳に刻んていたから、稔は間違いを記憶していたわけではないことを知れて安心した。一方のラクトは『処女と非処女の召使』に関しての話がしたいらしく、わかり易すぎる顔を稔に見せる。キャラクターを演じることが出来る女とは思えない表情だ。作りかと思えてくるが、話が本当なので稔は嘆息をしてしまった。


「それで、経験者と未経験者の話の続きをしたいんだけど」

「レヴィア、ティアは確定だろ?」

「ヘルも怪しそうだけど……。紫姫とスルトは稔が考えている通りだと思う」

「エルジクスは?」

「エイブとカロリーネの関係性から可能性は否定出来ないけど、無いんじゃないかな?」

「イステ――」


 ラクトがイステルがどちらサイドなのかに話を持って行こうとした、その寸秒であった。突如として魔法陣が稔の所持していた紫色の剣が放つ光と同等の色を放ち、彼は目がクラッシュしたんじゃないかと目を瞑る。若干ウインク状態になっているのは何が起こったのか状況を把握しようとした結果が生んだものだ。


「処女で何が悪いんですのっ!」

「いちいち言いに来るなよ……」


 イステルは純潔を保っているらしいが、生徒として見れば誇ってもらいたいことだった。けれどもしかしたら、エイブがティアを性処理道具として使用していたからこそイステルに目をやらなかったという可能性が否めない。稔はそんなことをイステルに聞こうとしたが、戦いをした仲である。エルジクスのように気絶させたわけではあるまい。そういったこともあり、稔は問うことを止めた。


「一応は魔法陣から出てきたのですし、稔さんの補助をさせて頂きますわ」

「それは助かる。魔法陣の中で紫姫とサタン以外の皆で話し合いでもしたのか?」

「挙手をするか否かで決を採るような事をしたに過ぎませんわ。ラクトさんのように心は読めないですもの」

「ふーん。……で、結果は?」


 稔はイステルに問う。干渉するべきではないとか言っているくせに干渉しているように見えるかもしれないが、これは稔の召使が大半であるからに過ぎない。生徒とか貸出中とか、そういう類では無いヘルとスルトが居るからこそ聞いてるのである。もっとも、イステルが答えたことで全員が挙手の話に乗ったということは考えれば容易に分かるが。


「ヘルとティアはご経験があるようで、互いに元の主人に奪われたと補足を述べていましたわ」

「なるほど。イステル含めて他三名は無いってことか」

「これを統計資料にするのではなくって?」

「統計資料にする訳無いだろ」

「了解しましたわ」

 

 イステルは特に言い残すこともなく、そのまま魔法陣の中へと戻っていった。精霊魂石の中に居るよりも魔法陣の中に居るほうが安全なのは言うまでもないし、同年代に見えなくもない女の子と話が出来ることも長く居れる要因なのかもしれない。取り敢えず資料にすることは無いときっぱり言ったが、一方でラクトはこんな質問をした。彼女の見せた笑顔は馬鹿にした笑い以外の他でもなかった。


「処女全員をまとめて犯すとかしちゃだめだよ?」

「しないから!」

「その言葉、信用するからね。――風俗ならまだしも、自分の召使に手を出したら×××もいであげる」

「ドストレートに言うな!」


 表示こそ伏せているが、ラクトは稔に対して恥じらいの一つも見せないで、ドストレートに『ち』から始まる非放送禁止用語の三文字言葉を言ってくれた。稔は歓迎した記憶はなく、むしろ頭痛を覚えてしまう。それもそうだが、稔は根本的な部分の「一七歳という年齢で風俗に通うこと」に問題がある気がした。


「つか、エルダレアって水商売って何歳からオッケーなんだよ?」

「一二」

「……は?」

「だから、一二歳。水商売に金を出すのも一二歳から許可されてる」


 稔は『アダルト』という言葉がエルダレアでは一八歳以上を示す単語ではなく、一二歳以上を示す単語だと知って衝撃を走らせた。首を左右に振って理解しがたい事をラクトに見せるが、けれど彼女は当然と思っていたからむしろ驚きは無い。だが彼女は、稔に『例示』ということでエルフィリアの場合も上げておくことにした。驚きを少しでも軽減させようとしたのである。


「エルフィリアは一八歳以上だよ。購入も体を売るのも同じ」

「現実世界と似ているな。――で、お前はそれに驚かなかったのか?」

「『こういう国もあるんだ』くらいで、別に疑問視してなかった」


 稔の問いに対するラクトの答えは考えさせられるものだったが、何だかんだ言って分からなくもなかった。規制が緩い国と厳しい国があるが、結局は後者のほうが犯罪は多くなる傾向にあるのだ。所詮はその国に生活する人々の民意によるものが大きいけれど、等しい民意であれば前者のほうが確実に犯罪は少ない。


「まあ、緩いほうが考える視野は広がるしな。厳しいと法という柵を越えようとするし」

「格好つけた結論を考えやがって」

「うっせ。だけどエルダレア帝国は別だ。この国は一部の法律だけ緩いとしか思えない」

「今更知ったのかよっての。……そうだよ、稔の言ってる通り」


 稔は「ほらな」と内心で思ったが、表面上はドヤ顔を見せることはなかった。そこまで自慢したい性格では無いのである。一方のラクトは列車が駅へと入線し始めたのを知ったらしく、詳しい話は立ち話で済ませようかと考えだす。だが、むしろそれは危険行為に当たる気がし、簡潔にまとめて話すことにした。


「絶対王政の帝国でさ、王は全ての権力を掌握してるんだよね。それなのに批判は出来ない。そういう法律。それだけじゃなくて、『毎年一人の女を献上する』っていう機密文書があるらしい」

「――本当か?」


 稔はラクトに回答が正しいか否かの説明ではなく、証明を求めた。すると刹那、精霊魂石の中からサタンが登場する。紫色の髪を彼女は揺らして先程の書類をラクトに渡すと、彼女は咳払いしてから冷淡な口調かつ敬体の文章で話を進めていった。


「本当です。だから一二歳以上で水商売が認められているんですよ、先輩」

「なるほど――って、ちょっと待て。サタンってエルダレア出身だったのか?」

「バカ、『罪源』なんてエルダレア出身に決まってるじゃんか。『精霊』はエルフィリアの生まれだけど」


 稔が率直に問うと、大笑いを浮かべて腹を抱えながらラクトが彼に回答を述べた。彼女の回答を聞いてサランも胸の内で笑ってしまったようだが、翻って稔はマンホール程度の穴に落下した気分になる。何しろ、よく知らない世界から来たことに変わりはないのだ。嘲笑われるのはおかしいと思って当然である。


「――それと、私は『非処女』ですよ。というより、罪源は皆そうです」

「精霊の場合は処女と非処女が混在しているのか」

「はい。『エースト』は私と合成する前まで純潔を保っていましたし、彼女は処女と言えると思います」

「色々と複雑な話なんだな、ホント」

「そうですね。先輩のような欲求の管理が可能で召使の気持ちを思いやれる主人が増えてほしいものです」

「俺はそれほど自信は無いが――」


 稔は主人としての自信がいまいち無かった。サタンの言ったように『欲求の管理』は出来ている気はしたが、だからといって『気持ちを思いやれる』という点に疑問符を抱いていたのだ。でも、悪名高い主人の支配下に居た召使や精霊や罪源からすれば、稔の支配下は相当安心できる場所らしい。


「大丈夫です。召使と精霊と罪源が協力して戦闘したり、精霊の貸し出しに応じてもらえるなんて、それだけで信頼を受けている証拠だと思いますし、そこから他人の気持ちを思いやれていると言えると思います」

「良い奴だな」

「先輩が格好良い背中を見せたので、私も頑張らないといけないって思ったんです」

「そっか。――ちなみに、以前は俺の印象をどう思ってたんだ?」

「『チキンな野郎』です」


 稔はラクトの方に視線を送った。その言葉を発していたのは言わずもがなラクトである。自分も多少は言っていた気がしたが、元を辿ればラクトに着く。そして視線を盗んだと思ったサタンは、絶好のチャンスだと思って精霊魂石の中へと戻った。


「サタンも戻ったことだし、昼飯に――」

「ああ、そうしようか」


 稔はラクトの考えに便乗し、時間も考えて入線して列車のドアが開いたことを見てからホームへと出た。経済の中心地というわけでもないロパンリの街だ。昼飯の為に列車を使う人は居ない。特急列車を降りる人も稔とラクトと指で数えられる程度だ。そんな中で稔はラクトに酷評を言ってやる。


「しかしラクトの言動は悪影響だよな、ホント」

「公衆の面前で言うなぁっ!」


 ラクトは自分の非を認めたが、けれど場所に問題があるとして稔の頬を引っ張った。そんなイチャラブカップルを装う――というかそもそもカップルなわけだが、そんな二人に一人の女性が近づいてきていた。


「あなたが列車内での事件を解決させた方ですか?」

「事実と反していなくもないですが、大体合っていると思います。……えっと、何の用ですか?」

「『反政府』でも『現政府』でもない組織を立ち上げようという事を仰っていたことを耳にしたので、どのようなお考えなのかを把握したいと思った次第です。昼飯の方は同行させてよろしいでしょうか?」

「別に構いませんが……」

「ありがとうございます」


 稔に対して女性が一目惚れした為に歩いてきたのではないことを把握すると、それでもラクトは稔の手を取って自分の方向へと寄せた。ある程度の許容は出来ると本人は述べていが、所有欲が強いのは確かなことである。そんな彼女は続けて近づいてきていた女性に名前を述べるに言った。


「すみません。どちら様ですか?」

「私は戦場カメラマンの『アニタ・ベンソン』と申します」

「私はラクト、主人の夜城稔です」


 軽い自己紹介を済ませ、三人は昼飯を食べに改札を抜けて駅構内を歩き出す。国家の中枢となってしまったことが影響し、ラクトがサキュバスとして生きていた頃とは大違いの光景が広がっていた。駅の何処にも活気が無かったのである。

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