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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
二章 エルフィリア編Ⅱ  《Fighting in the country which was defeated.》
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2-90 アイスとエルダレア

 声高らかにラクトが言ってタップするが、周囲に乗客の姿はない。翻ってみて稔は、運搬用に先程通った列車は誰に向けられていたものなのか余計に考えこんでしまった。けれど人影は無く、気にし過ぎだと気を楽にしていようと思うに至る。


 そしてそれから、アイスが運ばれてきたまでの時間は数分も掛からなかった。何しろ乗客数がやけに少ないのだ。時間の短縮が出来て当然である。理由としては昨日のテロ事件が挙げられるだろうが、とはいえ稔のように魔法で移動出来る者も居るわけで、何が正確な理由なのかは不明のままだ。


「……」


 複雑な心境の稔は気を楽にしていようと思っても実現出来なかったが、ラクトがアイスに向けた視線が露骨すぎたため、嫌でも考えこむのを止めざるを得ない。彼女が何を狙ってその反応を見せたのか、稔は知ったようなものだったのだ。


「アイスは好きかも知れないが、ちゃんと分けろよ?」

「そんな話だったっけ?」


 アイス好きなのは承知していたし、彼女が頼むのを認めたのは紛れもない稔である。でもその裏には、「食べなくてもいい」と確かに言った事実があっても、結局は少量ばかし食べていいことになっていた。それはラクトの口から出た言葉である。真偽は不明ではない。明白である。


「お前、分かってやってるんだろ?」

「だって、ストロベリー味なんだよ? バニラとチョコとストロベリー、それに抹茶は四天王でしょ」

「お前の価値観は聞いてない。それこそ俺は、さっきお前の口から『食べていい』って聞いたんだが?」

「それは精霊か誰かの言葉であって、私の台詞という訳では――」

「呼び方が『稔』であっても?」


 ラクトは返す言葉を失っていた。稔の周囲に居る精霊や召使らが敬語などを使って主人を慕う反面、ラクトは一切の敬語を用いていない。『ご主人様』と最初は言っていたが、変化した結果、彼女は稔を下の名前を呼び捨てで呼ぶことにしたのだ。それはもう過去の話である。


 加えてその言い方は、親しさを表しているようで関係を表しているような言い回しだった。


「ラクト。白状したらどうだ?」

「稔も素直に食べたいって言えばいいのに」

「そういうことじゃないから」


 自分が悪いような言い方になり、稔は「いやいや」と手を横にして左右に振って苛立ちを見せた。別に話が通じない訳ではないのだ。ラクトと稔との間に意思疎通が出来ていないわけではない。簡単にいえば、ラクトが知っているのに知らないふりをしているのである。


 だが、そんな表面に何かがコーティングされたようなラクトは一気に崩壊した。稔が手を横にして左右に振った後、顔から溢れんばかりの怒りのオーラを出したのである。白状しなければ殺される話ではないと分かっていたが、ラクトは彼氏を傷つけたと思って即座に謝罪した。


「美味しそうだと思ってやってしまったんだよ。それにスプーン一つだし、ほら、関節キス的な?」

「俺は気にしないけどな」

「彼女は私で二人目だし、そうだよね……」

「お、落ち込むな! 別に俺、そう言いたいわけじゃ――」


 ラクトは嫉妬の炎を燃やしたりはしなかった。しかし、自分の考えで思考回路を改める気すら消えたような気がし、酷く落ち込んでしまう。稔も何とか平然を取り戻してもらおうと努力するのだが、過去に彼女が居た話は拭えない。


「まあ、お前が男付き合いが悪いのは仕方ないと思う。あんな過去背負ったら、そうなるのは当然の話だろ。でも、だからこそ、その……なんだ。俺はお前に格好いい背中を見せてやりたいっていうか、クズ男ばかりじゃないと言いたいというか、要するに教育者として――」


 稔は努力すればする程、即興で考えた文章が崩れていくのを感じた。けれど、大筋の内容は合っている。何せ、稔の中学生時代に出来た彼女に別れられたのは当人がクズだったからである。稔が付き合っていた元カノは、稔に対して借金を重ねていた。でも、もちろん返済なんかするはずがない。『クズ』だからだ。


 結局は友人の元に近づいて別れる羽目になったが、今思えば「良かった」と稔は感じていた。被害者が増えるのは頂けないが、一方で自分が被害に遭うことで何かが救えるなんて自己犠牲な発想をするのも頂けない。まずは自分、次に周囲、最後に大衆――。救助はそういう順番で成り立っている。


 色々と過去を思い出して回想が出てくるわけだが、ラクト以上の複雑な記憶という訳ではなかった。何かをヘイトするくらい深い傷を心に付けられたわけではないのだ。もっとも、それは稔の人間性やら性格が影響していると言えなくもないが。


「てか。教育者って、イステルを教育するって言い始めただけじゃん」

「そうだな」

「でも――」


 ラクトは間を入れた。否、稔が入れたのである。


「続きを」

「わざと入れやがって……」


 ラクトが注文したアイスが溶ける前に、アイスを運んできた車体を元の方向へ戻すのを忘れる前に。稔は後先の事を考え、話が長引くのを見越して車体から彼女の注文した品物を取り出す。運ばれてきて到着位置に見えただけで、彼女は目を輝かせていた。目の前に現れたら更に輝くはずだ――とか思ったが、実際は取り出すタイミングのせいで輝かせることはない。


「でも、稔の背中を見る機会が多くなったと思うよ。単に精霊戦争に加担しただけなのかもしれないけど、それでも格好良いと思わせる行動は取ってる気がする。補助の精度を重ねるよりかは、自分から立ち向かっていくほうが男らしい気がするかな」

「まあ、戦略なしに立ち向かうのはダメージ受けるだけだけどな」

「その方面に詳しく言及した訳じゃないんだけど……」

「知ってた」


 ラクトが「知っているくせに知らないふりをする」ということをしていたので、稔も仕返しに出た。「この野郎」と言って稔の左頬と右頬に手を持っていって掴み、右は右へと左は左へとそれぞれ引っ張る。けれどそれは、たったの一回に留まった。柔らかな指の感触を味わえ、稔は何処か嬉しいような気もしなくなかったが、顔には出さないでおく。それではマゾヒストと誤解されるからだ。


 けれど、考えてみれば話は早い。ラクトは心を読める。これが何を表すかといえば、隠しようが無いということだ。彼女は稔に対して厳しい言葉をぶつけるが、対して稔は会話を拒否したりしない。


「人が『止めよう』って言っても腰を振り続けた鬼畜野郎に、『マゾヒスト』なんて言葉は似合わないよ」

「悪かったって……」

「まあ、淫魔的には高評価ですが」

「おいおい、やめてくれよ。言われるだけで腰の痛みが再発するじゃないか」


 稔は笑いながら言っていた。「この年齢で腰痛か」と思うような朝の寝起きから二時間程度が経過し、始めての経験に近い痛みが治ってきた頃に稔は言われてしまったのである。笑うしか無いだろう。思いもよらないことである。


「ろくな運動してない稔が、持ち合わせた性欲で犯し尽くしたのが印象的でした」

「ドストレートだな、おい」


 稔はツッコミを入れて頭を抱えてしまった。「駄目だこいつ……」と思ったりするが、けれどもそれは自分へ返ってくる話。即ち『ブーメラン』である。公衆の面前でオブラートに包むという行為を知らないと言っても過言ではない、若しくは知っていても隠しているのは明白なラクトもそうだ。けれど、やらかしたのは稔である。罪は二人が背負っているのだ。


「まあ、私も稔も『ネタ提供者』ってことでいいじゃん」

「寿司を提供した事実、自慰行為の材料や笑い話の材料、弱みを握る材料になったこと、か。考えたな」

「寿司と弱みを握るところは思い浮かばなかったんだけど……」

「深読みしすぎた?」

「恐らくね」


 稔とラクトは会話を勧め、そんな感じで終わった。今後は寿司を提供する機会なんて無いと言っていいはずだ。それに自慰行為なんてトイレくらいでしか出来ないけれど、もしホテルに泊まるのであればする必要はない。――というよりか、魔法陣に召使と精霊を入れた状態で出来るはずがないだろう。後の二つは機会が少なからず有りそうだが。


「まあ、そんな下品な話は水に流そう? 溶ける前にアイスを食べちゃわないと」

「溶ける温度か?」

「新鮮さが命なの!」

「アイスは魚の名前じゃねえよ!」


 魚のアイスは現に存在するが、『アイス』という名称の魚は存在していない。そのうち新種が発見されて誰かが付けるかもしれないが、学会発表の時に『アイス』と言って発表するのは恥ずかしいはずだ。見た目が完全にアイスにしか見えないようなものであれば別だが、見えないような魚に名付けても嘲笑われるだけである。


「まあ、色々と迷惑を掛けた謝罪と言ってはなんですが。先に一口食べていいよ」

「お前が掬えよ。それを俺が食べるからさ」

「いいの――って、スプーンは?」


 稔は「あ……」と言葉をこぼすと、即に車体の方へと目線を送った。幸いな事にまだ送り返しておらず、稔らの座席に運んできたことを示す位置に停車したままだ。とはいえ既に三分以上は停車している訳である。断りの一つも無しにいれば、普通の列車の場合は紛れも無く乗客からクレームが出るだろう。


「あった!」


 捜索開始から一〇秒も掛からない頃、稔はそう言ってスプーンがあった旨をラクトに告げた。エルダレアに向かっているこの列車の車体は塗装が白なのだが、この白色とスプーンを包装する紙が同化して見つけづらくなっていたのだ。ギザギザが無ければ今以上に時間が掛かっていたのは言うまでもない。


「木で作られたスプーンなんだね」

「いやいや。金属のスプーンを持ってくるとか、揺れる列車じゃ洗いづらいだろ」

「でも、設備的にはありそうじゃない?」

「いや、客室乗務員みたいな人は居ないじゃん。だから設備は無いと思う」


 ラクトは「そうかな?」と言うが、そのような仕事に就いている人の姿は列車内に見受けられない訳である。『車内販売あり』と謳っていたが、稔とラクトの周囲にはコレジャナイ感が何処か漂っていた。


 でも、頼んだアイスを口にしない訳にはいかない。稔は嗅覚に絶対の自信があるわけではなかったが、元サキュバスのラクトは鼻が優れているようであった。少し蓋を開けてみて、苺のいい匂いを鼻孔に感じているらしい。稔は少々羨ましいような気がし、苛立ちを表すために理科の実験のように手で扇ぐことを行った。


 でも、いい匂いが来るはずがない。


「いい匂いしてんのか?」

「してる」


 ラクトは回答して口を動かす一方、運ばれてきたアイスを覆うプラスチック製の蓋を完全に開け、それをクルクルと包めて小さくしておく。要するに手を動かしていたのである。列車内にポイっと捨てれるような悪ではなかったので、ラクトは捨てる場所を少々の時間を割いて見回していた。それを終え、彼女は木で作られたスプーンでアイスを掬ってやる。


「これくらい?」

「少量って約束だからな。それでいい」

「なにその、遠回しな『増やしてくれ』発言」


 掬った量はスプーンの上に綺麗な富士山が出来るくらいの量だ。とはいえ、別に少量という訳ではない。努力せずとも一口で食べられる程度の量である。


「じゃあ、あーん……」


 言い、ラクトはアイスを掬ったスプーンを稔の口へと向かわした。稔は自分の手で食べるのかと思っていたが、チョコ菓子を食わせた先程の返しを受けていると思って拒むことはない。


「あ、あーん……」


 内心では照れつつも、稔は口の中にアイスを受けた。口内の温度を冷やす物体は舌に触れた刹那に溶け始める。同時に広がる苺の味。口の中へ入れた量が少ない量であったことが影響し、噛む必要は無かった。


「美味しい?」

「ああ、美味しいな。お前がいい匂いを連想したのが何となく分かる気がする」

「そっか」


 ラクトは口内に触れた木のスプーンをアイスを抉るように入れ、そう言ってからアイスを掬う。色と味の付いたそれを口に運ぶと、ラクトも稔と同じように冷たい感触を感じた。広がる味も同様である。


 互いの顔は綻び、浮かんだ笑顔を見て更に笑顔が生まれる。菓子とは太る為に存在しているのではなく、心を和やかにするために存在しているのだ。でも『限界値』が存在しており、越してしまったら「糖類を大量に含んだ意味を成さない食べ物」という位置づけに降格する。でも、適度に摂取していれば問題はない。


 エルフィリアで体験して様々なことを思い浮かばせながら、稔とラクトは先に見るエルダレアに思いを寄せた。種族による差別を中心としてマドーロムに存在する差別を壊滅するべく立ち上がった気持ちを胸に、稔は唾を呑み、ラクトはアイスを口へと運んでいく。


「なあ、ラクト。エルダレアってどういう場所なんだ?」

「知りたい?」

「お前の過去の話を踏まえればどんな国かは分からなくないが、ある程度は知っていたくてさ。くどい言い回しじゃなくて簡潔な言い回しにしてもらえると助かる」


 ラクトは稔の言ったことを正しく理解し解釈し、今回は知っていても知らないフリをすることなくエルダレアの説明をした。自立語である単語を羅列させたら、付属語を付け加えればそれで終了。そんな感じである。


「帝国主義で独裁政治、奴隷制が存在する男尊女卑の無法地帯。それがエルダレア」

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