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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
二章 エルフィリア編Ⅱ  《Fighting in the country which was defeated.》
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2-87 バレブリュッケ駅

 バレブリュッケ駅までテレポートで一秒という僅かな時間で到着した稔とラクトは、会話を盛り込みながら切符の券売機の方向へと歩いていた。傷を負ってしまったのは理解していたが、『回復の薬(ハイルリン)』の効果が存分に発揮されたようで既に容態は快方に向かっていた。


 そんな中、話題はエルダレアかギレリアルのどちらかの国家へと出国する話となった。自身が所持している書類の中にパスポートと呼ばれるようなものが無い事を踏まえ、稔は踏まえてラクトに聞く。


「ラクト。もしかして検問所って、パスポートとか提示しなくちゃいけないのかな?」

「――封筒の中に入ってるんじゃない?」

「それ、織桜とかが考えてたことか?」

「察しが良いね。我が主人が冴えているなんて珍しい」


 召使から酷い扱いを受けたと稔は主張するが、特に権利を侵害されたような気がしないので「おい」とツッコミを入れて笑いで済ましておく。けれど、興味を引くような話し方であった。稔はラクトが言っていた『封筒』が何であるかは分かっていたが、保管場所が何処か分かっていない。なれば、問うしか無かった。


「……それって確認済みか?」

「パスポートのこと? それなら普通に私が所持してますが」

「うん。それで、ラクトは封筒の中身を見たのか?」

「まだ。テープを剥がしたんだけど、稔に何か言われるような気がしたから止めておいた」

「さり気ない気遣いには感謝だけど、あの手の職の人が危険なものを入れるわけあるまいし」


 稔がそう言う一方で、ラクトは剥いだおいたテープの場所に中に入っている物をくっつけないように取り出していく。「そうだね」と軽く会話を続けるように言っておいたが、結局は途中で中断されたも同然だ。そうして中身を出していくうち、二人ともにサイズも含めて手帳のような黒色の物体を目にした。


「これは『パスポート』なのか?」

「手帳みたいだけど、顔写真とかエルフィリアの証明印があるってことは――そういうことだろうね」

「いつの間に撮ったんだよ……」

「絵師の力ってやつでしょ」

「メタいな」


 稔は昨日のことを思い返していくが、別にプリクラに行ったわけでは無かった。電車内に乗っていた時に撮られたのであれば盗撮であるが、正面から撮ったということを考えれば可能性が低いと言っていいだろう。だが結果的には、余計に誰が撮影した写真か分からなくなってしまった。


「ラクトとは長い間一緒に居たわけだし、お前が撮った可能性はゼロだろ?」

「そうだね。てか、むしろ私は被写体じゃん」

「コスプレ可愛かったな――じゃねえよ! 話を変な方向へ持って行くなコラ」

「自分で自分の首を絞めたようなもんじゃん。けど、確かに召使や精霊、罪源という節は無さそうだね」


 契約時に写真を撮られたのであれば、精霊の場合はキスをしているはずである。罪源の場合はそうではないが、それでも格好つけた稔の姿が目に浮かぶ。しかし、パスポートにあるのは正面を向いている上に笑顔の稔らしき人物なのだ。


「でもさ、テレポートなんて外道を使わなければ国家間の行き来はそれでする訳じゃん。だから、パスポートを作ってもらっただけ感謝するべきだと私は思うよ。口で示すか態度で示すかは稔に委ねるけど」

「態度に決まってんだろ。持ち主も分からねえのに、口で感謝の言葉を述べるってのは軽すぎる」

「そっか。じゃ、そういう方針で」


 ラクトは言うと、続けて「パスポート見してもらえる?」と稔に尋ねた。検問所でもあるまい。パスポートを財布のように硬い紐で結びつけるのも如何なものかと考えた稔は、ラクトに対して「分かった」と言って渡した。けれど渡している時に気になる項目を見つけたので、稔はラクトに渡った後も視線を送り続けた。


「なんか下心ありありな視線を感じる」

「悪いが、パスポートを見ようとしても視界に入ってくるだけだ」


 稔はクールな対応を決める。もっとも、胸が大きくなれば胸部の主張が大きくなるのは明白な話だ。小さければ視界は良好だし、大きければ視界は悪くなることを極める。身長差の関係もあってラクトを上から見ている構図になったが、パスポートがある場所は胸の突起を点としたときに引ける二等分線上の等しい距離にある場所。横から入れていたのだから、視線が胸の上を通らざるを得なかったのだ。


「ところで。そのパスポートに『召使所持数』とか『召使名』とかあるけど、お前の名前って有るか?」

「『ラクト』って刻まれてるじゃん」

「本名詐称とは頂けないな」

「お前が言い始めた名前だろ!」


 全くその通りである、と稔は二回首を上下に振った。ラクトは「馬鹿馬鹿しい話だ」と思いつつも、やはりツッコミとボケがある会話は面白いと考えるに至る。多少なら相手を嘲弄しても然程の問題が無い関係。それが稔とラクトの関係だ。そのせいか、表面の『主な召使』にトップで表記されていたのはラクトだった。


「まあ、取り敢えずは切符を買わなきゃ話は始まる事を知らないんだし」

「自費で払う気なのか?」

「デートじゃ有るまいし、稔にお金を出せとは言わないよ。ろくな職についたわけでもないんだしさ」

「数万持って異世界に転生したんだけどな。まあ、働かないとそのうち尽きるのは確かだけ――ん?」


 稔は今更ながらに気がついた。自分がマドーロムの世界に転生した理由である。壊れたパソコンを修理に出さず、最新型のパソコンを買いに店を目指している最中に会った少女によって殺された。そしたら変な世界に飛んで今に至る。けれど、世界を移動した時や殺された時の少女の顔は黒塗りのままであり、正体が誰かは分からない。


「確かあの時って一万持ってたはずだが、紫姫との戦闘の後に消えた気がするな。何か知っているか?」

「私の財布の中に移されてたんだって。というか、今まで気が付かないってよっぽどじゃん」

「食料品も文房具も親の金で買ってたしな。自費で買うものは大体が数万吹っ飛ぶものだし、仕方ない」

「治して欲しいけど、きっと将来的には私が家計を管理することになるんだろうね」


 財布の紐は稼いだ人が握るべきだと思っていた頃もあったが、稔は基本的に欠点が見えないラクトに任せるのが一番の案だと思った。家庭的なものは一任させてもいいんじゃないか、と思うくらいである。稔はラクトが衣服の手直しをしている姿を見たことが無いが、それは得意の魔法で解決できるからである。


「こういう風に一緒に居るのなら奪取される心配もないし、取り敢えずは頼む」

「でもそれだと、私がアイスを衝動買いしたって稔は追及できないと思うんだけど――ねえ?」

「こいつ……」


 ラクトはやはりラクトであった。主人に呆れられた意味と尊敬の面も含め、『煽りの神』と呼ばれるだけある。「元が悪魔だから」と言って総括出来ないこともないが、色々なことがあって形成された、人を小馬鹿にすることが得意という悪趣味な彼女の個性。そんな彼女は仲が良い人を徹底的に煽るつもりのようだ。


「でも、私は口と態度じゃ全然違うから気にしなくていいよ。目をしいたけにさせたって、衝動に駆られてレジに持っていくわけじゃないんだから。――まあ、気にすんな」

「お前の『気にするな』は本気で言っているように聞こえるけど、裏がありそうなんだよな」

「失礼な。私だって親しい人には心を開くっての」


 ラクトがため息混じりに言い切る。翻って稔は、彼女の話に疑問を持つ事はしなかった。漂うビッチ臭の裏に家事が熟せるという謎の女性らしさが眠っているのである。ノリノリテンションで謝れないように見えるが、それでも彼女は謝ることを知っている。だからこそ人を嘲弄することを許している、と言っても過言ではないくらいだ。


「分かった。『煽りの神』が私なら『延伸の神』が稔だね。うまい具合に話を伸ばすし。今度からそう呼ぶ」

「まあ、それは個人の自由だしな。そんな俺は、呼び捨てで呼ばれる方が愛着湧いてると思うけど」

「やっぱ、馬鹿にするときの言い方にする」

「ああ、そうしてくれ。その方が耳障りしなくて良い」


 稔はラクトに対してそう言うと、彼女の右手首を自身の手で掴んで券売機の方へと連れて行った。ラッシュタイムは過ぎたとはいえ、それでも都市の規模は国内第三位ということである。人がそれなりに行き交っている以上、話す場所と用事を済ます場所を考えながら行動するべきだ。


「胸ポケットあるんだ?」

「そういうタイプのパーカーにしたら当たったってだけ。あと、パスポートは私が責任をもって管理する」

「……奪うなよ?」

「この状況でどうしろと」

「トイレとかで離席した時に奪うなって言ってんだよ。これからエルダレアに入るってことは長旅じゃん」

他人ひとの物でもそうだけど、それって忠誠を誓った召使が主人にする行為じゃないよ?」


 ラクトは安心して欲しかったのだが、対して稔は疑心があった。巧みな言葉で論破へ持っていきたくても現在は朝の八時台である。目が覚めたのは早かったが、睡眠時間を削っての早起きだったので頭が冴えきっていなかった。それこそ道中にコーヒー店へ立ち寄ったわけでもないのだから、当然の結果である。


「――本当にしないのか?」

「信じてよ」

「じゃ、信じる。嘘を付いてくれようものなら一〇〇回揉んでやるからな。覚悟しておけよ?」

「セクハラすんな」

「針を千本の間されるよりは良いんじゃないかな? それに、嘘を付いたらの話だからな?」


 ラクトは弾丸を飛ばすような口調だが、それでも態度は真逆であった。本当の意味を知って理解している上で人を嘲弄しているのだ。言い換えればたちが悪い。望んでもいないような弾丸を浴びせてくれているのだから、当然ながら感謝の言葉が見当たらない。


「さてと、切符か」


 稔は切符の券売機が八つ並んで設置されていたところの一つ目の場所を使用することにし、そこへラクトを引っ張りながら少し早足で移動して着いた。言葉を漏らすように言うと、続けて券売機を押そうとする。だがその時だ。見れば脇からラクトの人差し指が伸びている。画面も同時に変わった。


「何してんだ」

「国境を超えた先の切符を買うときはこうしなきゃダメなんだって」

「それは悪かった」


 パスポートはパスポートでしかない。つまりはクレジット機能が付いている便利なカードでは無いのだ。とはいえ、ICカードらしき物を保管する場所は手帳の中には存在している。手帳本体にそのような機能が無いというだけであって、やろうと思えばクレジット機能をパスポートに持たせることは可能である。


 そんなクレジットカードのような機能が使えないことを把握し、稔が画面に視線を落とす。描かれていたのはマドーロムの地図だ。地続きであるが、マドーロムはモロに日本の形をしている。けれども、券売機に描かれていたのは地形が記されたものではない。国家ごとに色が塗られているだけの簡単な地図だ。


「そういうことか」


 稔は何をすればいいのか大体理解した。けれど、自己主張の激しい二つの丘を視界に捉えてしまった稔は咳払いして後退する。ラクトをビッチだの馬鹿にしていた癖に、主軸をラクトに置いて妄想に走ろうとしたのだ。裏を返せば、頭を冷やしたいという思いからの行動だった。


「横から胸を突き出すとは悪趣味な奴め」

「手を繋がれてたことを知ってるくせに言われても困るなぁ」


 ラクトは券売機の映し出されたマドーロム大陸上の『エルダレア』と書かれたところを押し、そこから目的地を適当に選択する中で尻を稔に向けて話していた。スカートは絶対領域と呼ばれしものが存在出来る程度の灰色であり、彼女は特に化粧もしていない。厚く化粧をして自分の個性を無にするつもりは無いのだ。


「――取り敢えず、この街で良いかな」


 エルダレアのことはラクトが一番よく知っている。帝国主義を貫く時代遅れの国家。それがラクトの知っているエルダレアだ。革命が起こったかは不明として、ラクトは知っていた街名を取り敢えずタップした。そうして出てくる列車名とバレブリュッケ駅を出発する時刻。確認して適切なものをタップすると、刹那につり銭が出てくる。小銭はジャララと音を立てるが、目を瞑って何も見ないで聞くと新鮮な気がした。


「買い終わったか」

「うん。エルダレア方面の列車は九時過ぎに出るようだけど、もう停車してるみたい」

「そんな情報も出てたのか」

「列車名の色が変わってたらそうらしい。まあ、とりあえず眠気覚ましと祝福を込めて一缶開けようよ」

「そうだな」


 ラクトの提案を稔が呑む。現在時刻と比べても、九時出発の列車だから発車時刻まで時間は空いている訳である。煎ったばかりのコーヒーでも市販のコーヒーでも、美味しければそれでいい。コーヒーなんて飲み切るまでにそれほど多くの時間が掛かるような飲料ではないのだから、出発時刻に遅れる要因とはなりにくいだろう。


「でも、何処で飲む気なんだ?」

「『駅中喫茶』って喫茶店がそこにあるじゃんか。美味しいかどうかは不明として、入ってみる価値は有るんじゃないかな。てか、自販機で飲むよりかは喫茶店で飲んだほうが絶対に良いと思う」

「じゃあ、その考えに賛同して」


 稔とラクトがそんな会話を交わすと、同時に喫茶店へ入ることが決定した。何を頼むかも決まっているから時間短縮に繋がる。お金に関しては稔は特に干渉することもないため、ラクトと違って気を楽にして入店出来た。

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