2-84 敵地襲撃 -精霊篇Ⅰ-
稔の声と共に動き出す精霊たち。一方で稔が発した言葉の対象では無いヘルとスルトは、その場で主人の指示を待つ為に立ち止まっていた。自分の目の前で精霊たちが各々の特別魔法を用いてイステルへと当たっていく訳で、私も役立ちたいとか彼女らは思うが――主人は一切の口を開かないが故、心も読めないが故、その場で待機をしているしか無い。
だが、遂にヘルが重たい口を開いた。一分待っても精霊たちの熱い視線を送って戦闘を見ているだけなのは辛く、自分が活躍出来る場が欲しくなったのである。スルトは主人の指示に従うだけのつもりのようだが、ヘルは彼女が止まっているのが自分のせいであると考え、稔の左肩をトントンと叩いてこう述べた。
「……マスター、私達に指示は無いんすか?」
「【精霊戦争】だからな。極力は関係のない召使が出るべき場所じゃないと思ってな」
ヘルは主人の言動を聞いて呆れてしまった。最後まで話してもらったことを解釈すれば、ヘルは主人が自分たちのことを温存している訳ではないことを理解出来る。そう知ったヘルは続けて獰猛な動物になったような目を浮かべ、それから主人である稔に対して大声を発した。
「マスター、いっぺん歯を食いしばって貰えないっすか?」
「どうい――」
稔は何が起こるのかは予測が付かなかった。けれど、拳に力を込められているのを把握した刹那に察した。自分が今、どのような境遇にあるのかを把握したのだ。召使たちは稔との契約解除を望んでなどいないが、一方の稔は確認に出ようとする。だが神が味方したかのように、先にヘルのパンチが決まった。
「――ッ!」
声にならないようなヘルの怒りの声と、決まったパンチの痛みに堪えられないで出した稔の声。彼が「くはっ」と声を出した時にスルトが主人を殴ったヘルに反発しようとしたが、稔はそれを止めた。首を左右に軽く一度振り、覚えた痛みを包丁で切るように単語を発して切っていく。
「なんで俺を……殴った?」
「気に喰わないんすよ、その姿勢が。精霊戦争だからって召使を参戦させなくていい、なんて条項は無いんすよ? 私達は同じ『タラータカルテット』の一員じゃないっすか」
涙目になりながらヘルは思いを稔にぶつけていく。潤ませた瞳から零れた涙が床にぽとっと滴った時、ヘルは「それに――」と言って続けて稔に思いをぶつけた。いつものヘルとは大きく異なっているが、誰にだって喜怒哀楽がある。病ではない以上、隠すことは出来てもそう思わないことは出来ないのだ。
稔は内心で反省しつつも、そういった観点から積極的な姿勢でヘルの思っていることを聞いていた。
「借りたからこそ助けなくちゃダメなんじゃ無いっすか? 織桜さん、貸すとき相当な葛藤をしてたんすよ? 言っておくっすけど、『精霊の覚醒状態』なんて精霊だけじゃ対抗不可能っす。考えなおして貰えないっすか?」
絶望しかないような世界に迷い込んだかのような顔だが、狂った緑髪マスクの少女はなおも攻撃を続けているが、精霊が覚醒したら大変なことになることを知らせてくれる度合いを示すには持って来いと言える。もちろんそこまでくれば、稔だって黙って行動を起こさない訳にはいかない。
「ごめんな、ヘル。俺は精霊を甘く見ていたんだ。そこまでとは思わなかった」
「いいっす。――やっぱりマスター、セットの赤髪が居ないとダメダメっすね」
ヘルは頬に滴らせた涙を右手で右頬、左手で左頬と、対応する手で拭き取っていった。一方の稔は、謝って彼女に言われた言葉に「そうみたいだな」と言って軽く自虐を挟む。同時、スルトも話に挟んで束の間の笑みが液体のように場に広がった。
それから数秒の間のうち、彼は紫色の光を放つ剣を右手に持つ。ヘルは後方支援の軸として後方へ下がり、基本的な戦闘には通常魔法で参加することとした。スルトは稔に連れられて前線へと向かっていく。
「マスター、痛みは大丈夫なんですか?」
「バカか。主人公が簡単にぶっ倒れちゃ、小説作品は一巻の終わりなんだよ」
「……」
稔はメタいことを言ったが、スルトは首を傾げて「何が面白いの?」というような顔をしていた。もちろん稔も、即座にやらかした思うに至る。だが一つ謦咳を入れ、普段の調子を取り戻す。戦闘だからと狂っていい訳がない。正義が自ら秩序を狂わせてどうするという話だ。
「スルト。まだバリアの時期じゃない。取り敢えずはもう一つの特別魔法を用いて戦ってくれ」
「分かりました、マスター」
スルトは一礼して早急に稔の元を去る。とはいえ床から天井までもそうだが、部屋は数十メートル離れたり出来るような造りで無い。そのため離れた距離は、目で見た感じなら二メートル程度だった。
それから稔はヘルからの攻撃を激励に置き換え、一番近くに居たサタンに話掛ける。
「現在の戦況はどうだ?」
「はい。ユースティティアが拘束状態に、エルジクスが洗脳を使用するも無効化――もう一方の特別魔法を使用中、紫姫が覚醒状態を使用してよいか問いかけてきた状態にあります」
「ありがとう。――お前の調子はどうだ?」
「見ての通りです、先輩」
流石は『最凶にして最悪の精霊であり罪源』、サタンはくるりと一回転して笑顔を浮かべた。だが、そんな彼女の様子とは裏腹に、戦況はそこまで良い状況では無かった。ふと後ろを見れば、未だにエイブはラクトに励まされているままだ。――目の前を見れば狂った第五の精霊であるイステル、対抗する『第三の騎士+α』。
「……なるほどな」
稔は言い、頷きながら作戦を練り始める。けれど同時、エルジクスが悲鳴を上げた。サタンが一瞬そちらへ視線を逸らして絶望の表情を浮かべると、同じく稔も首を左右に振って戦意を軽く消失しそうになるが、サタンにそちらへ舵を切るよう誘われ、もちろん借りた精霊を壊す訳にも行かないので駆けて向かう。
「そいつを離せ――――ッ!」
稔は声を上げ、サタンと共に紫電の光を帯びた剣を右手に持ってエルジクスの元へと向かっていく。イステルは彼の大きな声に気が付き、糸を絡みつけようと投げるが――それを彼は思い切り斬る。
「――巨人の堅き壁――」
同じく、駆けつけたスルトが魔法使用の宣言をしてバリアを張った。イステルが入らないように気を付けての壁である。スルトが張ったバリアは丸いわけでは無いから、取り敢えずは魔法陣に声が当たるように「ヘル、早急に駆けつけろ」と言い、稔はヘルを自分の近くに呼んだ。
飛んで駆けつけたヘルは大体の事情を察しており、稔が状況を説明しようとしても彼女はそれを拒む。イステルにいつ狙われるか分からなかったから、急いでサタンはヘルとエルジクスをイステルの主人であるエイブの元へと連れて行った。イステルも主人の間近では攻撃できないであろうと、そういう考えだ。
残った稔とスルトは互いに違う箇所へと向かう。その行動から数秒でサタンが戻ってきた。スルトは自分でバリアを張れるからと思い、サタンは稔の方向へと向かう。前線で居る精霊が二体となった以上は今以上の戦力消失を防ごうと、協力して技を撃って早急に戦いを終わらせようとしたのである。
だがサタンは、身勝手にするのも主従の契約を結んだ身としてはやるべきではないと考え、稔に対して許可を求める。イステルの敵を拘束するため魔法を紫姫がなんとか跳ね返す姿を見ながら、サタンと稔は会話を進める。
「先輩、作戦を一つ思いつきました」
「なんだ?」
「――紫姫とデュエット技をしてください。それを私がコピーして、相手にトドメを刺します」
サタンの提案は呑めないような話でも無いのは稔も承知だった。けれど、それでも稔は最後の言葉が気に食わない。エルジクスが眼帯を付けている理由が分かってしまった以上、精霊戦争で敵対しているからと降伏を求めるべきではないと思ったのである。
「ダメだ。そんなことしたら、イステルもエイブも眼を失ってしまう!」
「そんな綺麗ごとは言わないでくださいよ、先輩」
「え?」
「――魔法で人を殺せないと思ってるんですか?」
「どういうことだ?」
稔が詳しく話して欲しいと再度聞くと、サタンは特に嫌がる様子を見せずに詳細を話していった。
「表面じゃ加減を効かせてますけど、やろうと思えば相手を殺せるんです。魔法を使えば非常に容易な段取りで辿り着くことが可能なんです。――それが精霊であり罪源なのですから」
「でも、精霊戦争は降伏を一人ずつに求めて勝者を決めるゲームで、精霊を殺すゲームじゃないだろ?」
自分が最強であることを証明すれば――即ち、自分以外の精霊を持った人に戦いを挑むなどして降伏してもらった人が勝ちになる。それが精霊戦争だと稔は解釈していた。身体の何処かしらを負けると失い、勝つと再生される。そんな戦いに使用する精霊を殺したら戦争が根底から崩壊すると思ったのだが、稔の考えに対してサタンはこう述べる。
「精霊なんて御霊の生き物なんですから、死んでるに決まってるじゃないですか。原理は召使と違いますけど、死んでる点は同じなんです。そんな死んだ女にとどめを刺すことの、一体何が悪いんですか?」
エルジクスが戦闘不能になったのは記憶に新しい。精霊戦争を経験したのは数十時間前のカロリーネとの戦いだったが、稔は狂った精霊とその主人がどれだけ怖いかを身を持って体験した以上は繰り返したくなかった。そんな戦闘不能に陥らせた自分を悪く思ってしまうことも影響し、稔は認めたくないでいる。
「主人が死ぬわけじゃ無いけど、今のエイブは――」
「カロリーネと同じ、と言いたいんですよね。キャラも精神も崩壊していますし、合ってると思います」
「だったら、イステルを失えばエイブがどうなるかなんて、分かったようなもんじゃないか!」
カロリーネは服従すると誓ってくれたが、そうなると限らないと理解していた稔。エイブが仲間に入ってくれることが嫌な訳ではなかったが、そう誓うまでは絶対に期間が必要だ。加え、壊された精神を取り戻すまでが大変なのに、精神の他に身体までも崩壊させるようなことが起きたら大変である。
そしてなにより、そう思わせる原因は聞いた話にあった。
「暗黙の了解として、精霊戦争じゃ医療機関を受診したらダメなんだろ?」
「そうですね」
稔は同時に「だったら――」と反対意見を述べようとする。けれど稔は、差し押さえを食らったかのように台詞を発するのを止められてしまった。サタンは論破する姿勢ではなく、提案する姿勢を貫いて話す。
「ですが、エイブさんを先輩が受診させてあげれば良い話だと思います。それこそテレポートを使用できるんですし、運んであげて早期に治療を行えば、カロリーネさんのようにすぐ治るはずですよ?」
カロリーネは稔との戦闘後にぶっ倒れたことも一つあったが、医療機関を受診したことで目も耳も正常な機能を果たせなくなるのを回避した。加え、それは攻略のチャンスでも有る。同性を攻略するのは若干の抵抗を有するが、弱っているエイブが崩壊へ一直線に向かうのを防ぐ手段としては有効だ。
「運んでいる最中に男同士の友情を深め、同盟に漕ぎ着ければいいじゃないですか。なにせ、先輩は私をそうやって支配下に置いたんです。先輩の周りに居る女性陣は全員が『攻略された』『攻略されている』な人たちですし、この論は支持されたものだと思いますが――どうでしょう?」
稔はサタンの話術に洗脳された訳ではないが、既に自分の考えから切り替わってきていた。イステルを倒してもエイブが降伏しなければ戦闘に敗北した訳ではなくなる。もし仮に敗北を認めても、病院へ運べば問題ない。そしてそれらの作戦は、即ち『攻略』である。
「精霊を倒し、主人を攻略する――ね」
稔はサタンの言ったことを自分なりの言葉に変換し、どう答えようか悩む。だが、紫姫を見た瞬間に彼は決めた。ヘルはエイブとエルジクスの治癒をしていて、同じ場所で待機中のラクト。そして目の前のサタンとバリアを構えて戦うスルト、糸から逃れて技を撃っている紫姫。
いくら回復したとはいえ、一部を除いた召使と精霊の魔力の使用量は相当なことになってきている。童貞卒業したとはいえ、魔力回復のために一晩で性交渉を支配下に置いた全員と交わすのも頂けない。そういったふうに思考という道を進んで、稔は「サタンの『早期決着作戦』は支持できるもの」との考えに至った。
となれば、作戦は急かされなくても早急に行う必要がある。
「サタンの考えを俺の考えとして使用させてもらう。――いいか?」
「いいに決まってるじゃないですか、先輩。そんな光栄なことを拒否する精霊は居ませんよ」
「そうか。――なら、早く行かないとな」
稔は一度目を閉じ、目の前を真っ暗にさせて精神を統一させた。そして開き、刹那にそこを起ってイステルの方向へと駆けていく。糸なんか斬ってしまえば無問題だと思って右手に紫に光る剣を持って進んでいくが、道中で稔は身体全体を紫電に染めていた。
「(頼みますよ、先輩……)」
サタンは目の前の二人が技を成功させなければ意味を為さないことを承知だったが、その場に出られないから願うしか無かった。そんな中、サタンの元へスルトが駆けつけていた。カーマイン属性の壊れた精霊に普通のカーマイン属性で対抗するのは無理に等しいとの考えに至ったのだ。それだけではない。
「サタンさん。マスターと紫姫さんが撃った魔法を『複製』でコピーするとき、補助役をしても大丈夫ですか?」
無理だと思ったことに加え、彼女はサタンの補助をしてもいいかと要求しにきたのである。考えてみない事だったが、サタンは「よろしくお願いします」とスルトの話を受け入れる。
後方でそんな話があった一方。駆けていった稔が紫姫と合流し、同時に光がパステルカラーへと変化した。ブラック属性である稔が上げた紫色の光がシアンの中でも氷系である紫姫が発す白色に近い光と混ざって変色を起こしたのだ。
けれど、そんな綺麗な色を発している光とは裏腹な紫姫がそこには居た。某艦隊ゲームの『中破』と『大破』の中間みたいな格好で居たのだ。着ていた服は局部は隠れているがある程度は千切れているも同然。履いた黒色のニーソックスはところどころに穴が空いている。
「――被弾したのか?」
「銃で撃たれれば該当箇所から血が出るだろう。糸から必死こいて逃げてるせいで、こうなってしまっただけだ。だが、別に貴台が気にすることでない。精霊戦争がこのようなものであることは承知済みだ」
「そうか。……けど、無理すんなよ」
「理解している」
稔は紫姫から戦闘を続行する意志があることを把握すると、「無理するな」と言った者としては考えられないような発言を行った。もっとも、それをするために来たのだが。
「紫姫。俺とデュエットを組んでくれ。カルテットじゃなくて、デュエットをな」
「待て、アメジスト。一体どういうことだ?」
「連携技を撃とうってことなんだが、ダメか?」
「いや、そういう事を言うている訳ではない」
紫姫が首を左右に振って否定すると、当然ながら稔はますます何を言いたいのか分からなくなった。しかし即に精霊は疑問点を主人へ投げる。既に中破と大破の中間の格好をしているから足踏みしたのではない。これ以上の損害を被ってもいいけれど、そういった重要な話を前進させるのに『キーポイント』を押さえていないと思ったのだ。
「貴台の考えには概ね納得したが、デュエットを組んで撃つ技とは一体何だ?」
「技名を知りたいっていうのか?」
「そのとおりだ、アメジスト。早急に事態を終息に向かわせようという魂胆であれば、技の名前を共有しておいたほうが良いと思っただけの話だ」
紫姫は理由付けして話してもらおうとしたが、稔は名前を考えていなかったので中々積極的に出れずに居た。だが、名前なんか即興で考えることが出来ものである。知っている単語をちゃちゃっと並べればそれで終わりで良い。
「『紫氷の弾剣』はどうだ?」
「それで行こう」
紫姫は殆どの名前に「良い名前だね」という、ポ○モンの博士や姓名判断士のように見えてきた。もっとも紫姫は、ポージングさえ普通なら見た目は才女である。ラクトが頭が悪そうなビッチに見えるのとは対に、彼女は才女に見えるのだ。もちろん、知識が豊富か否かは外見と裏腹な訳だが。
「それで、どのような技にするつもりなんだ?」
「複合技にすればいい。俺が斬りに行くから、お前は銃弾を放っていろ」
「我は互いに同じ方法で仕留めたほうが格好いいはずだと思うが?」
「……なら、ちょっと待ってろ」
稔は紫姫にそう言うと、彼女の周囲に得意気に『跳ね返しの透徹鏡壁』を使用した。要するに、紫姫がその場から動かないようにしたのだ。その後、稔はテレポートして即座にラクトの元へ向かう。
「ラクト。この剣をもう一つだけ作ってくれないか?」
「はいよ。ある程度の範囲であれば内心が読めるから、取り敢えず作っといた」
「気が利く奴だな、ホント。……取り敢えず、ありがとな」
「別に感謝なんか要らないって」
ラクトは笑顔を浮かべ、戦地へ戻る彼氏を送る。一方の稔は後ろを見ずに前だけを見て進み、テレポートして紫姫の近くへと戻ってきていた。ここまでで掛かった時間は僅かの一〇秒である。ふと横を見れば、イステルの囮になっているのはサタンとスルトだ。
「はいよ。デュエット技は同じやつがいいのなら、これを使って斬りに行こう。それでいくなら、『紫氷の双剣』に技名を変更な」
「ああ、これで行くとも」
稔がラクトに作ってもらった剣を渡すと、紫姫はそれを右手に握って決起した。横に見るサタンとスルトのためにも早急に決着を付けるべきだと思い立って数分も経過しているのは確かだったから、稔がバリアを解除してすぐに急いでその場を二人は飛び立つ。
「――紫氷の双剣――!」




