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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
二章 エルフィリア編Ⅱ  《Fighting in the country which was defeated.》
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2-82 敵地襲撃 -騎士篇Ⅰ-

 バレブリュッケの街へとやってきた二人は、平穏な暮らしをしている多くの種族を目にした。街中に在る信号機が赤から青に変わる時に大急ぎで渡ろうとしている人を見ると、稔はテレポート出来る自分が優っていると思う。しかし、そんなふうに頭を動かしている時間があるのなら手足を動かすべきだと、ラクトは尻を叩くようにラクトは稔の背中を押して言った。


「イステルにあんなことやこんなことをしそうな風に見えてるんだから、そこをちゃんと考えろ」

「ああ、そんなことはわかっている」


 稔は言うと、ラクトと繋いでいた手を離した。イステルの右手を握った左手を離しはしなかったが、浮気に走っているわけではない。空を切るように自分一人で飛ぶことは安易に出来る事だが、ろくな訓練を受けたわけでもないような奴が自分以外に二人も運ぼうという話に近いものだ。そういった観点より、稔は運ぶ人数を減らさざるを得なかった。


「手を繋いで運ぶより、お姫様抱っこでもしてやるほうがいいんじゃないの?」

「エイブに勝つ自信がよっぽどあれば出来るんだろうが、俺はそんな隙を見せるようなことはしないな。てか俺、お前が俺に肩入れしたようにお前へ肩入れしてるし、そういう行為は安易に出来ないんだよね」

「一〇回男」

「やめろ」


 稔とラクトはそんな会話をしているが、人質を持っている二人でもあった。警察の目に留まれば一巻の終わりである。人口では国内第三位の大都市であるバレブリュッケ。交番が駅前にあるのは容易に察しが付くも同然だ。なれば、早急に『離陸オフライテ』する必要がある。


「ラクト、ちゃんと俺に付いて来いよ?」

「胸が大きいからって重量級って差別だぞ、ぶーぶー……って、おいっ!」


 ラクトが稔に対してそう言ったのだが、言い始めて数秒で彼の後ろ姿を見て言っていたことに気がついた。ラクトは「待て」と言って飛び立つが、語尾「て」の母音である「え」を伸ばしていくから軽く聞こえてしまう。主人を視界から見失わないように頑張っているのにこの仕打ち――と、ラクトから言えばそういう訳である。




 なんとかラクトが稔に追い付くと、彼はイステルをお姫様抱っこしていなかった。代わりにどうやって運んでいたかといえば、肩車である。イステルが穿いていたスカートは後頭部に丁度良い位置で当たっているように見えたが、ラクトが稔の内心を覗いてみると、下心を丸出しにした行為ではないことが窺えた。


「召使の声を聞かない主人は万と居るから問題ないけど、彼女をシカトするってどうなのよ?」

「ごめんな。だけどこれは、急ぎの用事じゃないか。イステルが運んでいる最中で目を覚ましたら俺らがどんな損害を被るか予想を立てるのは簡単なことだろ?」 


 稔は言った。ラクトは頷きながら彼の話を聞くが特に言葉を発さなかったため、稔はそのまま続けた。バレブリュッケ駅から徒歩数分は掛かる位置にあるビルの一室へ至る道程は、空から行くなら曲がり角なんか無い。――が、そもそも歩いても曲がるのは多少なので時間差はほぼなかった。


 稔はそういったことも考えつつ、ラクトに対ハムサ――対エイブ戦の詳細について話していく。一方で聞く側は即興で考えたような内容に近く聞こえ、『正義』を重んじている者の発言とは少し遠いような気もしなくなかった。ラクトは話に聞き入りながらも疑問点を浮かばせていく。


「――奴は銃を背負っている上、糸を絡まして紫姫を軽々と拘束してくれたんだ。カロリーネも織桜も協力できないような今の状態であれば、イステルをバトルに参加させるのは負ける可能性が跳ね上がる」

「でもイステルを拘束したままにしているんじゃ、エイブが可哀想に――」

「そう、なんだよな……」


 ラクトが頭に浮かばせていた疑問点は、稔も同じく考えていたことだった。大きな嘆息を互いに吐き捨てると、二人は何か良い案がないかと脳を回すように考えを巡らせる。右頬を膨らまして悩んでいるように見えたラクトは、即座に重たい口を開いた。


「私はイステルと戦いたい。それは敵対じゃなく、同盟を組んでの対戦としてね」

「どういうことだ? ――連行させておいて、お前はそんなことが出来るとでも思っているのか?」

「それは……」


 ラクトがそう言うと、一方の稔の脳裏には『攻略』という二文字の言葉が浮かんだ。とはいえ、彼に精霊を攻略する方法としてあるのは『魔法』を用いたものである。目の前にラクトという彼女が既に存在する今、簡単に口説いたりするのは出来ない。


 組んだ同盟を簡単に放棄する可能性は考えられる。ただ、信じなければ同盟なんて組む意味は無い。イステルはエイブの精霊であることに変わりはなく、彼がエルフィートを下に見ていることは事実である。戦闘狂である上に信じたことの一切を信じきるのが特徴のイステルは、主人でも無い奴を信じるだろうか。


 石に込められた意思はそもそも違う。戦争末期、共通の思いは「最後の一撃」という言葉だったのだろうが、どのように攻撃を加えたのかは各々だ。王国立の図書館で見た時には注視しなかったが、稔はそんなことを思っていた。イステルも紫姫もサタンも、もちろんエルジクスやティアであっても、それぞれ同じ精霊だけれど違う過去を持っているのだから。


「まあ俺は、お前がイステルと共闘したいって思いを遮ることはしない。けどな、一つ言っておく。過信は絶対にしちゃダメだ。幼なじみに母と姉を犯されたんだから、お前はそれを一番理解しているはずだぞ」

「そう……だね」


 ラクトは少し下を向いた。けれどすぐにいつもどおりの笑みを浮かばせた。「笑え」と指示したわけではないが、彼女が無理して笑っているのが良く分かる。嘆息はしていないが、それで出しきれないほどに心に抱えた傷は大きい訳だ。――言い換えれば、稔は入るべきではない場所へ足を踏み込んだのである。


「あんまり言われたくないよな、それも俺みたいな――」

「人前で言ったら評価がガタ落ちすると思うけど、私ら二人で話すのは身内で話すようなもんじゃんか。だから別に構わないっての。それより、稔がイステルを仲間にしようとしてるのに好感持てただけ」


 ラクトは「えへへ」と破顔させていた。綻んだ顔に薄っすらと垂れる滴は涙である。話していれば軽い女に聞こえるが、彼女のハートは決して強いわけではない。何処にでも居るような召使という訳ではないが、何処にでも居る普通の女の子というわけでもないのだ。


 ラクトが胸のうちを言ったと理解したから、彼女の笑いを見て自分まで綻んだときに稔は言った。


「精霊を回収したいんだよ、俺」

「――どういうこと?」


 それこそ即興で作り上げた台詞第二弾だったが、格好つけようと言ったわけではなかった。言葉こそ違えど本心である。精霊という身体を捧げる戦争の温床となっている人型兵器は、日頃の生活でこそまともな思考を持っているが、精霊を前にしたものでもそうでなくても、敵とみなした対象に対しての攻撃はオーバーキルを狙うかのような攻撃になってしまうのだ。


 語り継がれる『失われた七人の騎士ルーズ・セブン・ナイト』の話だが、だからといって戦闘狂である精霊をそのまま生かしておいて良いはずがない。罪源の本性は明らかになっていないので、稔は該当者らにとやかく言うのは避けていたが――精霊の本性は既に見てしまったも同然であったから、言及可能だった。


 正義を重んじる以上に平和を重んじる、それが稔だ。でなければ、「最初は話し合いで解決する」なんてことを本心から言えるはずがない。唯でさえ見下されている国家なのに、学校すら無い国家で対等な話し合いが出来るはずなんて無いのに、それでも稔は貫いている。種族なんて関係ない、魔法も武器も遊べる程度に有効活用出来る程度の技術に抑えておこうと、そう思っているのだ。


 そして「精霊を回収する」というのは、彼の思想の延長線上にあると言って過言ではない。言い方を変えれば『責任は負いたくないが俺が負う』ということだが、それは、彼が他国への交渉に乗り出したから思い始めたことだった。


「――なるほどね」


 ラクトも稔の思っていたことに理解を示した。頷き、同時に彼の思想を評価する。だが一方、ラクトは彼に質問を投げた。


「精霊を回収する理由は素晴らしいものだと思うよ。でも、まだ残ってるじゃん」

「そうなんだよな……」

「相当な戦闘力になるから、五体も率いていれば相当強い主人だって理解してもらえるとは思う。でも、理解を示す主人なんか絶対に少数なはず。織桜は葛藤の末に貸し出してくれたけど、あんな人は他に居ない」

「要は、『あと三回の戦いを覚悟しろ』ってことか?」


 ラクトは首を上下に振って回答を正答とした。けれど続けてこう話した。


「そう。でも、もしかしたら怪我をしている主人が居るかもしれない」

「仮に居たとしても問題はないさ。戦争なんだから、そういう人が居ることに問題は無いだろ?」

「そうじゃなくて、どうやってその主人の精霊を回収するかって話で――」


 ラクトは説明不足だと思うことになったが、稔も暴走した回答になった気がしたので「ごめんごめん」と言ってから彼女の追加質問に答えようとしたが――少し後へと伸ばされることになった。下にエイブが本拠地としている建物が在ったのである。稔はそれを見て、肩車していたイステルを投げ捨てた。


「ちょ……」


 ラクトは絶句してしまうが、稔は即座にイステルを回収した。お姫様抱っこに近い抱え方である。ラクトは特別妬むことはせず、けれど泥棒猫とイステルを呼ぶことになるのも避けたくあったから、取り敢えずは稔の体に自身の体を密着させておく。


「――じゃあ、敵地へと乗り込む。この人質を持ってな」

「これじゃ私達が悪役みたいじゃん」

「エイブはエルフィートを下に見ているような人種差別主義者じゃないか。そんな奴に会いに行こうとした時、奇襲以外にどんな手があるっていうんだ? あんな警察官と話し合いで解決なんか絶対に出来ないし」

「確かに……」


 考えてみれば、奴は駅でラクトの隠したい過去が映った映像を流した張本人である。更に言えば、織桜のハートを壊した張本人だ。「民衆からの信頼無しでは活動できないような警察官が偉そうに」と稔は言おうとするが、それは喉で止めておく。警察も検察も隠蔽捜査しないことなど無いと前提に置いたのだ。


「まあ、ああいう警察官を見れば分かるだろ。所詮人間は、男女関係無く欲に埋もれた動物なんだってな」

「でも、欲がなければ子孫は残せないわけで――」

「だからって、弱いものを虐めるのが欲だっていうのか?」


 稔が訴えかけるようにラクトに話すと、彼女は浅はかな考えだと口ごもった。稔は彼女が重い口を開こうとしているのを何となく理解していたが、数秒以上の間を開けていたので早く事を進めようと結論へ至る。


「お前が本当に嫌うべきは『男』でも『女』でもない。――欲に埋もれた自分を一番上に置いて人を見下すような奴だ」


 低い声で格好つけるように稔は言うと、すぐにラクトの身体にくっついて魔法の使用を宣言した。平穏な暮らしをしている者達に危害を加えない程度にエイブを完膚なきに叩きのめす。そう思って、稔はラクトと共に降下していった。テレポートを用いて数メートルずつ下へと徐々に下がっていったのだ。ラクトは彼の内心を読みながらの降下となったので、少しばかし大変だった。




 降下した先に稔とラクトは古びた白色の壁を纏うビルを捉えた。綺麗な模様なんて無い、無地の白色塗装である。書店は十時オープンらしく、流石に二時間もの開店前から並んでいる客は居ない。エイブが本拠地としていると言う話だったが、稔は相当なまでに静かだったので「デマ情報」ではないかと疑ってしまう。


「ここは本拠地だよ。それは本当のこと」


 だが、ラクトはそう言って稔の考えを否定した。他人の心を読んだだけで鵜呑みにして知った情報ではないのかと問いただそうとするが、ラクトの顔に浮かぶ表情は真剣そのもの。チキン野郎だったが、稔は彼女の思いを尊重して行動を共にすることにした。


「分かった。じゃ、その証拠を確かめに行こうか」

「そうだね」


 稔は肩車していたイステルを地に降ろすが、当然ながら叩きつけるような外道な真似はしない。正義を貫き平和を貫く者がやるべき行為ではないからだ。もっとも、連れ去るような行動をしている者が言えるべき内容でもないが。


 ただ、そんな細かいことは気にしていなかった。取り敢えずはエイブの差別思想をぶち壊す事に重点を置き、正義を執っているということから離れない戦闘をしようと胸に決める。だが二人共々、目の前に見た通路の幅を見て絶句してしまった。


「「細っ!」」


 声を合わせて言い放つ。バレそうな感じがしなくもなかったが、特に反応は無い。事が動いてラクトが罠である可能性を脳裏に浮かばせた時、遂に稔がテレポートを使った。心を読んだわけでなく、単に「こうしたほうがいいかな」ということからだ。


 出入口とみられる扉のある場所までの大凡の距離を考え、それをメートルで表し、右隣のラクトに触れて稔は内心で言い放つ。

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