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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
二章 エルフィリア編Ⅱ  《Fighting in the country which was defeated.》
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2-81 敵地襲撃

 爆破してしまう程の火力を持ったテロリストによって破壊されそうになったけれど、なんだかんだでボン・クローネ駅は復旧し、多くの種族が行き交う大ターミナル駅へと復活していた。敷かれた線路に損傷とみられる痕は残っていない。これは鉄道を管理する者達が成し遂げた成果である。稔もそれに加わったが、それでも一番褒めるべきは彼ら彼女らだ。


 そう思いつつ、稔はラクトと共にボン・クローネを出発するバレブリュッケ行きの列車を探すべく、時刻表が設置されたボードへと向かう。朝の通勤ラッシュ時間と被ったようで、行き交う人々にはスーツ姿の大人の男女が目立っている。しかし彼らは、言わずもがなのクローネ・ポートへ向かう人々。稔らとは逆の方向へ向かう人々なのだ。あまり気にすることはない。


「ラクト、トイレとかは――」

「こんな人混みの中で離れ離れになったら、見つけられなくなる可能性しか無いからパス」

「でもほら、二時間だぞ?」

「うーん……」


 稔に言われ、ラクトは時計の方をふとみた。時刻は七時五〇分を過ぎたところだ。ホテルからそう遠くもなく、稔とラクトは人混みを避けて通ることもせずに到着できた。けれどやはり、行き交う人々の中にはスーツを着ている清潔で真面目そうな人が居る一方、見るからにヤンキーな輩が居る。もちろん、絡まれたら溜まったものではない。


 ラクトの思いやりと、稔の思いやりが交差する中。主人命令という最終手段に及ぶことは頭に無く、稔はラクトに対して自由な行動を行って良いというスタイルで貫いていたが――話が一向に進まないことを考え、稔はラクトの肩を叩いて背中を押した。


「行って来い。俺は列車の出発時刻が書かれたボードの前に立ってるから」

「そっか。――ありがとね」


 ラクトが笑顔で感謝の思いを稔に伝えるが、稔は彼女の方を見なかった。さり気ない感謝に彼は「どういたしまして」と内心でこそ言ったが、ふと深夜の一件を思い出してしまって見るのをやめてしまったのだ。それこそが視線を送れなかった理由である。


「八時一二分、か」


 縦横のサイズが違う長方形のボードに記されていたのは、ボン・クローネ駅の何番線ホームを何時何分にどのような列車が出発するのか、という至ってシンプルな時刻表だった。特急列車は赤色で示され、快速電車は青色で示されている。普通列車は黒色のままだ。


 バレブリュッケ行きの特急列車のなかで現在時刻から一番近い列車は、七番線より八時一二分発の特急列車だ。併記されている事柄として、『女性専用列車無し』『車内販売無し』と書かれている。丁寧にアンダーラインまで引かれていた。駅サイド――鉄道会社サイドが乗客をどのように扱っているかが窺えよう。


 そんな時だ。稔が心配していた事が実際に起きてしまった。


「ひっ……」


 稔はトントンと右肩を叩かれたために振り向いた。ラクトがトイレから戻ってきたのかと思ったのだ。しかしながら、男性であればまだしも彼女は女性である。器具を使わずしては男性の倍以上の時間を使用するはずなのだが――と、時計を見て針が一つも動いていないことから稔は思った。


 振り返る頃、稔は全身に電流が回って妙な寒気がしていた。ブルブルとかビリビリとかガクガクとか、そんな音の表現が脳裏にポンポン浮かび上がってくる様は、いい感じの焦げ目が付いたポップコーンが跳ね上がるようである。だが彼は、そんなことを考えている余裕はないと心を決めて後ろを見た。


「……だ、誰ですか?」

「私はこういう者です」


 稔の右肩を叩いた人物は白色の鉄道会社の制服を着た男性だった。信用されていない事を悟ったため、首に掛けられた社員証のようなものを彼は稔に見せる。連なった文字列ぶんしょうは簡潔であり、読むことが決して辛くなるようなしょうでは無かった。同時、稔は驚愕の事実を知る。


「駅長さん、ですか。しかし、なぜそのような高位な役職の方が僕なんかに――」


 稔は『俺』とか『でも』とか言うのを止め、敬語を使って駅員の中でもトップクラスの男性との対話を進めた。駅長だと名乗る男性は意外にも漢字を使用しており、『沖坂おきさか』という苗字のようだ。社員証らしきカードには下の名前は記されておらず、見ただけでは把握不可能だった。


 稔の問いを頷きながら聞き、駅長は稔に対してこう回答した。


「昨日の一件がありまして、貴方を探していたのです。駅員一同、あの犯人を逃した警察官には遺憾の意を示していますが、貴方には好意的な印象を抱いているこの頃であり、ついては報酬金を授与出来ればと思いまして、今に声を掛けたのですが――ご不満でいらっしゃいますか?」


 駅員の回答を耳にし、稔は首を振って答えた。そして、続けて質問をする。


「いいえ。……誠に恐縮なのですが、幾ら程の報酬金をご用意頂いているのでしょうか?」

「ざっと三〇万フィクスです」

「さっ、三〇万……!」


 稔は驚きのあまり口を開いたままにしてしまった。ポカーン、と一時は魂が抜けたような姿である。しかしそれは数秒間に過ぎず、稔はすぐに自分を取り戻して駅長との対話を続行した。


「昨日の赤髪の女性がカムオン系ということですので、今回は三〇万円を二人で山分けという形でどうでしょうか。整理券を渡すのも考えたのですが、貴方の功績をそれだけで称えることは不可能だと思いまして」

「素晴らしい案をありがとうございます。近々は財布の紐を緩めることすらままならないような金欠状態にありまして、この御恩は大切に使用させていただきます。本当にありがとうございます……」

「そんな、頭を下げるのは私共の方であります。――早速ではありますが、駅長室へご案内致します」


 駅長がそう言って稔を駅長室へと案内し始めようとした時、稔は駅長の後ろに赤髪の少女が立っていることに気がついた。話は心を読んで理解出来る以上、仮にヤンデレであろうが今の状況でナイフを持つのは理解しがたい行為。幸いにも――否、当然にもラクトはナイフを持っていなかった。


 とはいえ、ガムテープで口を閉じられた訳ではない。会話する自由を奪われたわけではないから、口をモゴモゴせずにはっきりと開いて言葉を発し、駅長に対して自分の名前などを明かしていく。


「彼の召使のラクトです。この度はこのような厚意に甘えさせていただけることに感謝申し上げます。また、頂きましたお金は良識ある使用の上で使わせていただきます」


 頭をぺこりと下げるラクトを見る限りは、男性に対して酷く暴言を吐くような悪癖は消えているように見える。とはいえど、完全に消滅したとは言い難い。暴言こそ吐かなかったが、駅長とは二桁以上の距離を保っていた。頭を下げてもなお、それは変わることがない。


「それでは、ご案内致します」


 駅長はそう言い、自らが基本的に使用する部屋へと二人を導いていく。笑顔は浮かべておらず、既に渡すために真剣な表情を浮かべているようだ。軽々しい態度で臨んでいい場面ではないと彼も思ったのである。もちろん稔もラクトも駅長の真剣そうな顔を見て、本当に感謝されているのだと思った。


 ――駅長室に入るまでは。




「失礼します」

「失礼致します」


 稔とラクトは共に三〇度程度頭を下げて駅長室へと入室した。至って普通の茶色いテーブルが置かれており、飲み途中のコーヒーが白色のコーヒーカップの中に入っていた。駅長はそれが置かれた場所を自分の席としていたようで、素早く向かって尻を椅子に当てた。深く腰掛けて車のついた椅子を前の方に出し、適当な位置に自らの身体を出す。


 稔とラクトは駅長が机の下の足を入れるスペースに置いてあったバックを手に持ち、それを机の上に置くのを確認したので机のすぐ近くに向かった。少し早歩きになっているのは金を欲しがっているからだ。口頭でこそ前に出ていかないような自分を演出しているが、本心は真逆だった。


「では、二人には私共からこのプレゼントを――」


 駅長はそう言い、自分のバックの中から紙幣とみられる束を出した。白色の帯に固く縛られた三〇万という大金である。けれどそれは違った。表面上はそう見えるかもしれないが、本当は違ったのだ。


「そして、追加の問題プレゼントを――」

「な、なな……!」


 紙幣を束ねるために使用していた白色の帯を捨て去ると、イステルは上と下にカモフラージュとして用いていた紙幣をバラ撒いてやった。それは言わずもがなの偽札だ。精巧さが無いため、技術を持ったラクトがそれに気がついた。中からは起爆装置のようなものが現れ、ピッ、ピッ、と音を鳴らしているのが分かる。


「三〇枚じゃ――無かったのか?」

「金の話にまんまと引っ掛かった馬鹿な新国家元首には、この場所で裁きを受けていただきますわ!」

「稔、時間は無いよ! 早くバリアをして! 早く!」


 稔は酷く落ち込んだ。折角実ってきた自信という茎は一瞬にして折れそうになった。既に半分以上は切り込みが入れられているのではないかと思うくらいだ。心へと来る痛みは相当なものであり、稔はまるでヤンデレのような目を――即ちレイプされた後のような目をしていた。


「――サタンッ!」


 昨日のエイブとの口論でもそうだったことを思い出し、ラクトはサタンの名を叫ぶ。一日前には織桜が酷く落ち込んだ様子を見せているのをを守るように、けれども尻目にして共に戦っていたラクト。出来る事は限られているが、ある種の数の暴力が可能な現在、ラクトに後退の文字はない。あるのは前進のみだ。


 だからこそ叫んだ相手に出てきて欲しかった。――と。


「紫……姫……?」


 サタンよりも先に出てきたのは紫姫だった。彼女はイステルが拘束系の魔法を使用する前に自身の強烈な特別魔法を喰らわせることにし、朝一の一発をイステルに命中させた。何故成功したのかは単純である。恋愛面でこそラクトと紫姫は対立したが、仲が悪いわけではない。そのため、強烈な一撃を食らわすことを知ってイステルに『麻痺パラリューゼ』を打ち込んでおいたのだ。


「――」


 声にならない程の掠れたような音を口から発すイステル。血を吐いてはいないが、昨日から考えれば変身に関する魔法をたった半日で使用したようなものである。使用によってのダメージが相当なものだったようだ。少し可哀想な気がしなくもないが、イステルが仕掛けたも同然であった。そういったことが重なり、既に指揮官であるラクトも『戦闘中止』の四文字を脳裏に浮かばせていない。


 しかし。ラクトの暴走を制限できる唯一人の青年はついに復活を遂げ、それによってラクトと紫姫の猛攻はストップしてしまった。紫姫は魂石への強制帰還を命じられ、従うしか術がないから戻ったわけだが気分はいいものではない。


「――ラクト。下がってろ」


 稔は言い、イステルの方向へと足を踏み出していく。麻痺状態にあるイステルにとって、近づいてくる稔へ攻撃をろくに出来ないのは大きな痛手でしか無かった。右目を瞑って歯を食いしばる姿を見ると、端から見た見知らぬ人はイステルを助けるに違いない。


 だからこそ稔は、イステルに言い放った。


「精霊と精霊を戦わせるつもりは無い。というより、ここで戦うのは場違いだ」

「『麻痺』させておいて、何を考えているんで――」


 イマイチ理解できていなかったようで、イステルに対して分かり易く稔は言い換えることとした。真剣な形相を浮かばせて彼女からの注視を得ると、稔はラクトに『麻痺』の解除を内心で命令して心を読んだラクトが素早く『麻痺』を解除した。同時、イステルに対して稔は問う。



「――精霊戦争をするつもりはあるか?」

「ありますわ」


 

 その答えは、即答。考えてみれば「ああ、そうだろうな」という、ごくごく簡単な話だった。けれど、真剣そうな彼にそれを言うことは出来ない。もちろんながら、聞いておいて反応を示さないのもおかしいのは確かであり、稔は別の言葉に変えて言うこととした。


「お前が戦いにしか興味を沸かせないような欲求不満だということは理解した」

「な――」


 イステルが口を開けて驚愕したように見せている最中、稔はラクトとイステルの手首を掴んだ。イステルが力強く手を離してくることは何となく理解できていたから、稔はラクトに対して『入眠スパイト』を命令した。犯罪に走る訳ではあるまい。洗脳するつもりもない。ただ、正々堂々たる戦いをする場所へ、言い換えれば『アジト』へ移動するだけだ。


 とはいえ稔は、早急に移動しなかった。イステルを眠りにつかせた理由はそれである。移動するのは間違いが無いことであるが、爆弾の解除を行わなければならないのも間違いではない。駅で二日連続の爆破騒ぎなんかあったら大事になるのは、言うまでもないことなのだ。


「――赤色を切るんだってさ。ほい」

「サンキュ」


 眠りについてすぐのイステルは、まだ脳を休めるまでの眠りについたわけではなかった。とはいえ、ほんの数秒から数分で脳を休めてしまうのをラクトは知っていたから、解除できなくなって攻撃を加えられる可能性が跳ね上がるという意味も含め、非常に危ないところ局面だった。


「……よし」


 稔は三〇枚ではなくて二枚しか、それも偽札が使われていた偽装の札束内にあった爆弾の解除を行う。見事に成功し、終わって安全が確認されたためにラクトは『沖坂』という名前の人物を探すことにした。


「正解か」


 イステルの脳内を読んだ時に聞いておいたため、ラクトはスムーズに沖坂さんが何処に居るかを知れ、安全が確保された上で救助することが出来た。彼は猿ぐつわをされて拘束されており、ラクトが手慣れた手つきで解放してやる。


 彼の息が荒いのは猿ぐつわのせいだ。沖坂さんは「はあはあ」と息を声に上げながら、開放されてラクトに対して感謝の気持ちを述べていた。


「ありがとうござい……はあ、ます――」


 息がまだ整っておらず、沖坂さんに無理をさせているような気がしなくもなかった二人。だが取り敢えずは「めでたしめでたし」と、ボン・クローネ駅の平穏な一日の始まりが戻ってきたことに関して拍手を送った。


「お仕事、今日も頑張ってください」


 ラクトは笑顔を浮かばせて沖坂さんにそう告げると、稔の右手に自らの左手を添えた。一方のイステルの右手首は稔の左手にしっかりと掴まれており、寝ていて無防備な状態の彼女に逃げる術はない。




 沖坂さんがようやく荒い息を止めた頃、稔は二人を連れてバレブリュッケへとテレポートを実行した。時刻は既に午前の八時を回っているが、電車には間に合う。けれどもう、ゆっくりと行くなんて考えたくはなかった。このままではエルフィリアが本当に壊されてしまうと悟ったのだ。


「その前に」


 稔はイステルを魔法陣に戻そうと考え、ヘルに登場してもらおうとしたが拒否するラクト。単純である。貸してもらったわけでもないのに魔法陣へ入れるなんて、単なる略奪行為でしかない。そこには『正義』の二文字の欠片も無い。


「警察に疑われるのは確かだから、着いたらすぐに上空へ飛ぼう」

「俺もそれが良いと思うぜ」


 ラクトの案に賛同した稔に感謝したのか、彼女が右手拳を握って前に出したので稔は左手の拳を握って前に出す。そして二手を触れ合わせれば、それでグータッチだ。


 大まかな作戦は稔が臨機応変に、そんな彼をラクトが支え、そして二人の主軸の指示を聞いて召使と精霊と罪源は動いていく。エイブを完膚なきまでに叩きのめすことを心に決め、稔は彼が本拠地としている都市のビルへ向かうべくして魔法の使用を宣言した。


「――テレポート、バレブリュッケ駅へ――」


 心地よさそうに寝ているイステルを左手に見つつ、稔は魔法を実行した。

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