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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
二章 エルフィリア編Ⅱ  《Fighting in the country which was defeated.》
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2-80 作戦会議

 ラクトもだが、稔とカロリーネは手を繋いで六〇五号室へ来た訳だったから、少しばかしラクトがその件で妬いていた。口にこそ表わさないから鈍感な稔にはさっぱりだったが、ラクトの心情を何となく把握したカロリーネは稔に気が付かれぬように繋いでいた手を離す。


「まあ、入って入って」


 稔は言い、六〇五号室の扉を開けた。布団のシーツをぶち込んだ洗濯機は既に回すのをやめており、使用者が脱水するのを待っているようだ。自分たちが着る服を洗っているわけではあるまい。洗剤が多かろうが、最終的にはホテル側が洗う。故にラクトは少し手抜きで洗濯をしていた。


 けれども、それはそれで問題だった。そのサイズの物を仮に脱水したとして、まだ水分を完全に落としきったわけではない。となれば乾かす場所が欲しいが――部屋には殆ど無い。外に干すのも気後れする。それこそ乾燥機にぶち込むのも一手だが、サイズの面などこれまでの衣服類とは話が違う。


 しかしラクトは、まるでご都合主義的な展開のように竿を発見することが出来た。その竿は床に置いてあった訳ではない。床下に長細く入れられた二本の平行な線分と、それに垂直な線分が存在しており、それは一部分がまるで取っ手のような窪みを持っていたのである。そこを持ち上げてみて、ラクトは下に竿があることを把握した。


「おお」


 彼女はそう言って竿を掴む。時刻は朝の八時を回ったわけではない。修学旅行ではあるまいから、教師などの『監視役』からチェックが入るわけではないことは承知済みだ。自分勝手かとは思ったが、「出発時間を遅らせて欲しい」と優しい主人に交渉してみることにした。


「ねえ、稔」

「どうかしたか?」

「出発時間と到着時間が午前中になれば、特にそれといった問題が無いんだよね?」

「ああ。何か不都合でもあったか?」

「その、洗濯が――」

「別に干したままで良いと思う。つか、俺がちゃんと従業員に話付けてやるから心配するな」


 稔は控えたエイブ戦のことがあって、昨日よりも自信を持っていた。自信というより過信に近いような気もしなくないが、召使を救えるのは主人の仕事である。逆もしかりだ。手の掛かる元淫魔を理解できる唯一無二の異性であることを稔は自覚し、同時に彼女の頭撫でて安心させてやる。


「ナイトさん、ラクトさん。それ、私にアジトまでの道のりを教えてもらおうとしている態度ですか?」

「悪い。――まあ、ラクトのことは気にしないでいい。部屋の中でうろちょろしているだけだしな」

「分かりました。では、ナイトさん。話を始めますね」


 稔は「ああ」と言ってカロリーネが話を始めることを認める。それとともに、まだ水気を含んだシーツを持って運んでいるラクトに対し、「終わったら俺の隣に正座な」と座り方まで言っておいた。彼女には「昨日からどんどんと扱いが酷くなってない?」と言われてしまったが、それは仲が良くなった証拠だと稔は解釈してもらうことにして、取り敢えずは耳を傾けてカロリーネを注視する。


「ではまず、バレブリュッケのある場所を説明します」

「どうぞ」

「ボン・クローネがここです。エルフィリアの東部に位置する、同国第二の歴史ある都市です」


 カロリーネは畳んでいた地図を取り出し、広げて右の人差し指で『ボン・クローネ』と書かれた場所を丸を描くようにジェスチャーした。そんな時、見かねたラクトが赤色の水性ペンを作って稔に投げた。


「ほらこれ」

「サン――って、痛えよ!」


 ペンが稔の額に当たった訳だが、野球選手でもないラクトの送球は痛みを伴う速さであっても血は現れないし、痣が出たりもしない。もっとも、血が出たところでインクと合体する気がしなくない訳だが。


 感謝の気持ちを言いきらずに正解だったのか不正解だったのか、稔は一度そんなことを考えてからカロリーネとの作戦を諮る会議を続行した。ラクトから貰った赤色のペンを使ってカロリーネが、広げた地図の『ボン・クローネ』という都市と『バレブリュッケ』という都市を綺麗な丸で囲んだ。


「国境、近いんだな」

「そうですね。市の境が国境と同意義の場所が北部と西部です。――ですが、内陸に位置する都市ではありません。海岸線に敷かれた線路を走るはずなので、道中は楽しんで向かわれてください」


 カロリーネは笑みを浮かばせて海岸線を走る線路の名称に赤い長丸を付けた。クネクネしている線路ではないらしく、トンネルを示す場所がいくつもあった。バレブリュッケまで続く海岸線は山が迫り出している地形であり、そうなるのも無理は無いのである。


「さて、問題はここからです」

「ああ、そうだな」


 稔が聞きたいのはバレブリュッケまでの道のりではない。名所や特徴的な地形を前に、バスガイドとかツアコンのような知識を披露することをカロリーネに求めている訳でないのである。彼女に求めていることを容易く言えば、それは『バレブリュッケ駅から敵地へ向かう方法』だ。


 カロリーネはそんな稔の心情は知らずのうち、地図をひっくり返して都市の詳細地図を稔に見せた。エルフィリアの王都である『ニューレ・イドーラ』はもちろんのこと、第二と第三の都市――要は、『ボン・クローネ』と『バレブリュッケ』の詳細地図が書かれていた。


「取り敢えずは最初、駅を丸で囲っておきますね」


 カロリーネは言い、ボン・クローネ駅とバレブリュッケ駅を丸で囲んだ。囲まれた場所を中心に見ると、ボン・クローネもバレブリュッケも碁盤状に整備されているのが窺えた。曲がってばかりの街も歩きにくいわけだが、碁盤状の街は迷うと大変なことになる。大通りを見つけられなかったら日も暮れるだろう。


「カロリーネ。アジトと駅は距離ではなくて道のりの線で結んでもらえないか?」

「分かりました」


 カロリーネはすぐに稔の要求を呑んだ。キュッ、と背筋に震えが走るような音を立てながらカロリーネはアジトへ向かう線をかいていく。けれど稔は、それを想像していたわけではなかった。「先にアジトを丸で囲ってからかくんじゃね?」と思っていたのだ。それは予想の斜め上状態だった。




 室内でシーツを乾燥させようとの思いで出した物干し竿を、ラクトは上から見れば長方形のような形をしている部屋の一角の対頂角に置こうとしたが、最終的には洗濯室の上の方から掛けるための二つの棒のような何かが降りてくる事を把握し、ボタンを押してそれを出して掛けた。


 掛け終わった時。ペンの先と紙が触れて出る、キュッという音が止んだ。ラクトが稔とカロリーネが作戦を練っている中へと割り込んだと同じくしてのことだ。まだ正座していないが、カロリーネが言葉は違えど「じゃじゃーん」と見せようとしているのを理解したから、ラクトは急いで稔の隣に正座する。


「ナイトさん、ラクトさん。第五の精霊と『失われた七人の騎士ルーズ・セブン・ナイト』の『第五の騎士(ハムサ)』が居るのは、彼がこの場所を移動していないのであれば――ここです」


 ラクトが正座したのを確認してカロリーネは述べた。練った作戦が成功という果実を実らせるような、そんなハッピーエンドを期待しながらである。しかし稔は、思っていたような場所とは全く持って違う場所だったことに驚き、ついついカロリーネに失礼なことを聞いてしまった。


「――本当にここなのか?」

「信憑性が無いわけではありません。しかし、完全に信じていいという話でもありません」

「つまりは――信じるか信じないかはあなた次第、ということか?」

「要約すればそういうことになります」


 稔とラクトは頷きながら聞いていた。示されたバレブリュッケ駅から徒歩にして五分圏内に存在する、書店が入ったビルのとある一室。どのようにして入るかはカロリーネから貰った封筒内にあった構造図――掻い摘んで言えば間取りなどを見て現地で確認すれば良いとして、取り敢えずは場所を目に焼き付ける。


 しかしカロリーネは、稔の思いを理解しているわけではないにしても彼が聞きたくていた回答を話していった。ラクトが補助役としてサポートに回ることが必要ないくらいに察する能力にけていたのである。


「エイブが居る場所へ入るためには、一階の表玄関から入ることは出来ません。陸から行くといいことは無いと思うので、空から行くことをおすすめします。地図は上から見ているものですし、その方が分かり易くありませんか?」

「それなら、碁盤状だからって道に迷って大通りへ出られずに無駄な時間を過ごすことは減るかもね」


 稔が言おうとしていたことをラクトが代弁し、二人ともカロリーネの意見を支持したことをそれで示した。高い塀やビルがあろうとも、上空から地図を照らしあわせてみれば迷うことはない。問われる項目に視力が追加されるが、そんなの眼鏡でもコンタクトでもして補えばいいだけの話である。


「エイブの所持している召使らについても触れておきましょうか?」

「ワイバーンとオリュンポス一二神のうちの女柱六神だったよな。エイブとワイバーン、それにイステルの属性はカーマインだったっけか? ――エルヴィーラとかの属性は別にいいとしてさ」

「そうですね。基本的にはカーマイン属性を使用してきます」


 小さな赤色と白色のボールにモンスターを入れて運ぶことが可能な世界を舞台とした某ゲームのジムリーダー戦の前にいる奴が話すような台詞を、知らずのままにカロリーネは言っていた。でもそれは稔が言っていることを肯定しただけにすぎないため、言い換えれば、カロリーネよりも稔のほうがそういう気質を持っていると考えられる。


「ラクト。カーマインって火属性と似たようなもんだよな?」

「赤属性と言って欲しいけど、まあ似たようなもんだね。属性で与えられるダメージや受けるダメージも違うし、それこそ弱点属性とか言っている時点でお察し」


 ラクトは属性が存在する魔法に関して言及したが、それはブラック属性という恵まれた属性を所持した奴が言うべき台詞ではなかった。カーマインとシアンとビリジアンは、与えられるダメージと与えるダメージの関係を三角形で表すことが出来るのに、ブラックとカナリヤは三角形ではなくて線でしか表せない。


 即ち。弱点が一つしか無い上、それもこちら側の攻撃も相手にとって強いというわけである。他三属性から喰らう攻撃ダメージが減少しないのも大きな特徴だろう。でもそれは、他三属性と互角のダメージを与え合えるのである。


 チートを使って無双するなんて汚い手法は使わずとも、逆境を跳ね返した先に勝利という栄光を掴んだほうが格好いいに決まっている。弱点というハンデを跳ね返せば尚更だが、等倍攻撃なぐりあいも魅力的だ。そんなことを考えつつ、少し格好つけるように笑みを浮かばせて稔は言った。


「まあいいや。取り敢えず、ありがとな、カロリーネ。この地図は貰って大丈夫なやつか?」

「構いません。こちらこそ、ありがとうございました」


 必ずエイブの考えを更生させてみせる。話し合いをしても解決しないであろうから実力で捻じ伏せることになるのは重々承知の上、稔はカロリーネを六〇五号室から退室させて二人きりになったラクトに対し、つい数秒前に退室した彼女が何処へ向かっているのかを聞く。


「ラクト。カロリーネは何処へ行くとか考えていたか?」

「頭を冷やすために実家に帰郷するんだとさ。だから精霊を預けたんだと思う。――それと」


 落ちていたメモ用紙の切れ端にしか見えないラインが入った紙を人差し指と中指で摘んで拾うと、ラクトはそれを稔に渡した。「カロリーネのメアド」とだけ告げ、彼女は部屋の窓から外に視線を移して体を伸ばす。一方の稔は貰った用紙に書かれていた文字を自身のスマホに入力していく。


 パソコンばかり弄っているとどうしてもローマ字入力に頼りがちだが、稔は容易くフリック入力でメアドを入力してやった。文字を書くアプリを多用しているわけではないことから分かる通り、それは、中学の頃のリア充時代に積んだ経験が生きている形だ。


「終わったみたいだね」

「おう。てか、まだ八時なんて到底なってないけど――行く?」

「駅まで歩いて行こうよ。デート的な意味で」

「了解」


 たまにはテレポートを使用せずに目的地へ向かうのもいいじゃないか、と稔とラクトは同意して歩いて駅へと向かうことにした。だが二人は駅まで世間話をしたに過ぎず、特に買い物をした訳ではなかった。

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