1-15 EMCT/墓地 Ⅴ
スディーラの家の参拝を終えて、稔たちはリートの家の参拝へと向かった。……だが、此処から更にまた上階層へとエレベーターで行く必要があるのである。かつ、外の見えない空間でもある。外の景色を見る面白みがないといえば確かだ。
だが、そんな面白みなんていうのは必要ない。このタワーは慰霊のためのタワーなのである。いくら凝った作りにするとはいえ、面白みを求めるのはおかしい。
そして、エルフィリアが君主制国家でないにしても。戦争があって、エルフィリアが負けて、そしてリートの祖先の人たちが祀られているこの場所で、変なことをしたらどうこうという話が出てくる可能性も十分だ。……が、その変なことというのが一体何であるかは定かではない。
「さあ、九九階へ行くぞ、稔」
「俺だけじゃないけどな。……まあ、行こう」
参拝した後だったため、スディーラは笑みなど浮かべずに稔に九九階へと行く事を稔に言った。やはり、変なことをやらかしたくない気持ちはスディーラも一緒だった。他、稔の心の中にあった思いを感じ取ったラクトも、スディーラと稔が笑みを浮かばせていない表情をしている表情を見たリートも、その気持ちを強め、稔るの近くに居た全員でその『思い』を共有することになった。
「ところで、稔?」
「何だ?」
「稔の祖国である日本には、これくらい大きな建物は有ったのか?」
「うーん。――この建物は高さ何メートルだ?」
スディーラに日本の超高層建築物に関して聞かれ、稔は解答を導くために聞き返した。
「『メートル』って何?」
「えっ……」
と、会話が突如として行き詰ってしまった時。スディーラが首を傾げている中でリートが言った。
「あの、稔様?」
「なんだ、リート?」
「えっと……。前にお話した日本人の異世界人が居るじゃないですか?」
「ああ、ボン・クローネに住んでいるっていう……」
「そうです。彼女も言っていたんですよね、最初。このビルを見た時に、『高さ何メートル?』って言っていました。……でも、お分かりの通りです。ギレリアルには何かそういうものを指す言葉があるかもしれませんが、エルフィリアにはありません」
「そっか……」
でも、違う国から言葉を輸入することは、現実世界では結構ふつうの事である。『日常茶飯事』とまではいかないが、それなりの年月をかけ有る日本人が、ある外国人が、言葉の輸出入をしていったのだ。
お陰で、『sukiyaki/すき焼き』だとか、『tempura/天ぷら』だとか、『ramen/ラーメン』だとか、日本の中で定着した料理は結構外国に伝えられている。
その他にも、日本の文化であるアニメ関連の言葉、『otaku/ヲタク』『moe/萌え』も海外に伝えられ、英語として通じるまでに発展した。
地震大国であるがゆえの『tsunami/津波』という言葉なども海外に伝えられた。
一方で、海外から入ってきた言葉としては、『カルタ』や『フィナーレ』、『デッサン』に『ポスト』と、こちらも多種である。そして、聞けばわかるが、ほとんどの言葉は欧州から伝わったものが多い。
もっとも、エルフィリアに住んでいる王国の王女リートと、アイス店を経営していたスディーラには伝わらないのは言うまでもない。ボン・クローネに住んでいるという女性が何かリートに言っているのであれば話は別であるが。
そして何よりも、ラクトは分からないだろうということだ。情報規制されている以上、知っている可能性は極端に低い。
「じゃあ、そのボン・クローネに住んでいるという女がその言葉を伝えたということか?」
「そうですね。稔様が『モテル』や『ガッコウ』と言った言葉を伝えてくださったように、彼女も色々な言葉を伝えてくださいました」
「そうなのか。ところで、本題の高さに関してなんだが……」
「ああ、すいません! 高さは確か、三九九メートルだった気がします」
「三九九メートルか……」
一瞬にして稔の地元、横浜市に有る横浜ランドマークタワーの高さや、それを越した大阪市のあべのハルカスの高さを稔は一瞬にして思い出した。地理に詳しい訳でもない稔だったのだが、それでも一瞬で思い出すことが出来たのは、横浜市民としての『日本一の高さの誇り』が失われたからなのかもしれないが、稔自身もそこはよく分からなかった。
「日本には三九九メートル以上の建物は有るんですか?」
「ああ、有るよ。でもビルじゃない。タワーだ」
「いや、ここも一応タワーだと思いますが……」
タワーにしろ、ビルにしろ、確かに同じものであると解釈されやすいのは確かだし、そういう風に名前に付けられているのは確かだ。誤って変な意味が付けられたりした言葉だって現実世界には存在したし、そういうことが起こらないほうが珍しいのだろう。
しかしながら。いま、稔が指している『タワー』というのは、EMCTのような超高層『ビル』ではなく、東京タワーや東京スカイツリーのような、ああいったもののことを指しているのだ。即ち、フロアが少ない上に、塔のような役割をしていたりするのもを指している。
もっとも、この場にスカイツリーとランドマークタワーが比べられている写真があったのなら、すぐに説明がつくのは明白だったが、魔法とかでやらない限り無理である。
――と、そんな中で。ラクトからの呼び出しを食らった稔はその方向へ向かう。
「――ご主人様、ちょっと」
「なんだ?」
「いや……」
心の中に思ったことを人に言わない、という稔との契約を、ラクトは忘れていないようだった。とはいえ、それくらい口に出してもいいのに、と思ったりした。……でも、やはり口は堅かった。
「あのその、思ったことを魔法を使って実体化出来る事もないんだよね……」
「ほっ、本当か……?」
「でもそれは、あくまで人が出来る事に限られる。写真は無理。……ごめん」
「謝るなよ」
「ご主人様、優しいね」
「そんなことを言ってもらえるとは、嬉しいもんだ」
小さな声でラクトとの会話を交わし終え、稔はすぐにリートとの会話を再開する。
「俺が思ってるタワーっていうのはさ、要するに、電波塔みたいなものなんだよね」
「電波塔……。ああ、王都にありますね」
「そうなんだ。で、その電波塔を俺は『タワー』だと思ってる。一方で、『ビル』ってのは、EMCTみたいなものを指すと思ってる。……ぶっちゃけ、タワーもビルも、同じ意味で解釈されているけどな」
「そうですね」
一度だけだったが、リートは頷いた。そして、話を続ける。
「ところで、日本にある一番高い建物……いえ、建築物は高さ何メートルなんですか?」
「高さは六三四メートルだ。東京の東のほうにあって――」
「東京!」
稔は薄っすら感じていた。「リートはが日本という国の中で知っている都道府県は、恐らく『東京』しか無いだろうな」ということをだ。秋葉原だとか立川だとか、そういうのは理解しているようだったこともその理由である。
「今度もし、このマドーロムではない世界に行けるのであれば、行ってみたいです」
「別にそんないい街じゃないけどな」
「でも、いいじゃないですか。『東京』って、何か響きいいですし」
日本人が英語の響きだとかに格好良さを感じるように、エルフィートは日本語の響きに格好良さを感じていた。なんだかんだいって、他国の言葉の響きに格好良さを感じるのは普通では有る。サンクトペテルブルクだとか、ベオグラードだとか、ワルシャワだとか、そういう都市の響きの格好良さを見つけるのは万国共通、というわけだ。
「現実に起こった話じゃないが、東京なんてゲームでもアニメでも、創作物上なら何度も滅んでるぞ」
実際――。メガシティとなった今、関東大震災がまた起きたら滅ぶのは確実だろうし、東京大空襲が起きずに原子爆弾が東京に落とされていたとしたら、首都(当時は『帝都』)が焼け野原になって広い範囲の関東平野で黒い雨が降るのは確実だ。
「でも、そういうところがいいんです。日本人は助け合いの精神が有るみたいなので、滅んでも蘇ると思います。やっぱり、そういうところは我々エルフィートも学ばなきゃいけないかなって思います」
最悪の事態のようなことを脳裏で考えていた稔のことを思うこともなく、リートは笑顔でそう言った。そしてそんなリートの姿で最悪の事態のようなことを考えていた自分を、稔は馬鹿馬鹿しく感じた。
「まあ、あれだ。戦争をするってことはそれなりの代償が出るんだ」
「慰霊の時は、流石に戦争の話はやめましょうよ……」
「悪い……」
語り始めそうな稔に、リートが割り込んで言った。稔は、「これがエルフィリアの礼儀の一部なのだ」と思うことで何も言わないことが出来た。
「――ご主人様、ホント立ち話好きですね?」
「まあな。本当、高校生時代の嫌な思い出晴らしたいしさ」
少し作り笑いを浮かべた後、稔はあくびをした。だが、それに何か深い意味があったわけではない。
まだ高校生であることを稔は三人に話していなかった。だが、話さずとも結局心を覗かれている以上、リートには聞こえている。……が、そんなことを気にすることもなく、稔は言った。
「――それじゃ、エレベーターで九九階まで行こう!」
前のことなど、もう過ぎたことなど気にしない。今何をするべきなのか考えているだけでいいのだ。慰霊の時は、精一杯の礼儀を持って清めた心で霊体と接すればいいのだ。
そんなことを考えて稔が唾を呑んだ後、一行は九九階へと向かってエレベーターに乗り込んだ。
……が、稔が有ることに気付いた。
「R?」
「ああ、ルーフトップの事です」
「つまり屋上か」
「『屋上』と日本では言うのですか?」
「ああ」
聞かれたことに稔が答える。そして、理解したリートがルーフトップに何があるのかを話す。
「このタワーの一番天辺には、『慰霊の鐘』というものがあるんです。東棟と西棟、同じ大きさの物が対称の位置に置かれています」
「やはり屋根付きか?」
「はい、そうですね。一応サビが出ると悪いですから」
そんなことを稔とリートが話していたのだが、すぐに九九階へと到着した。
『――最上階、九九階、九九階でございます――』




