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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
二章 エルフィリア編Ⅱ  《Fighting in the country which was defeated.》
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2-73 混浴風呂-Ⅲ

「ところで」

「どうした、愚弟。彼女を放っておいて、私に何か用か?」

「俺は彼女を大切にしないようなクズには成りたくない。というか、これは『交渉』だ。安心して欲しい」

「そうか。――なら、どんな話なのか聞かせてもらおう」


 稔は織桜の方に少し近づく。ラクトが病んでいるかと思うくらいに束縛してくるように思えたが、告白を呑んだ稔の後ろを付いていくだけだった。照れている様子は窺わせないが、内心では心臓の鼓動が未だに早いままだ。


 織桜の隣という訳ではない場所まで移動すると、稔がそこで尻を湯船の底に付いた。タオルを気にして座ろうとはしない。一方のラクトは気にして座ったが、これはスカートを日頃身に着けているか否かの違いと言える。もっとも、湯気が邪魔してそんなことを気に留める暇など無いのだが。


「それで、用件は?」

「ユースティティアを、貸してくれ」


 稔は真剣な表情で織桜の方向を見た。彼女は「なんで?」という顔をしているが、突然聞かれた訳だ。そのような反応に至る事に疑問を呈することは無い。――が、彼女が首を傾げた理由は他だった。


「精霊の貸し借りをして、一体何をするつもりなんだ?」

「エイブ戦の為に、な。万が一に被害を被らせてしまった場合は、俺が補償する事を約束する」

「ふざけるなッ!」


 織桜は怒号を言い放った。右耳から左耳へ通り抜けていく彼女の声は、温もりではない何かを残して耳から離れようとしない。精霊を戦地へ送り出す主人の気持ちに立ってみれば、稔だって難しい選択だということは重々承知だ。けれど、戦のないマドーロムを作るためにやるべきことだと、稔は強く思っていた。


「精霊戦争が何だか分かっているのか!」

「自分の身体を傷めつけ合い、八回負ければ――降伏すれば無条件で死ぬという悲惨な……」

「じゃあ、じゃあなんで、精霊を貸すなんて選択肢が生まれるんだよッ!」


 織桜の瞳に映る涙は、そのまま湯に垂れていった。唾を呑み、彼女は鼻水を啜って喉の奥へと通す。彼女は言い切って下を向こうとしたが、まだ説得には足りていないと思って顔を下に向かわすのは後にした。


「愚弟は紫姫もサタンも容易く手に入れたから分からないと思うが、どれだけの主人が精霊への厚い信頼と愛情を注いでいると思っている? 性処理道具とされたユースティティアに、魂石だけしか所持できなかった私が、一体どれだけの愛情を寄せていたか――」


 織桜は自分の思いを語っていくが、それは感情論に近いものでもあった。ラクトはそこにメスを入れる。


「織桜の言っていることは、精霊に対する主人の感情を正確に表わしていると思う。でも、それじゃ駄目なんだよ。精霊戦争を集結させるためには、誰か一人が勝たなければ始まらないんだから――」

「そんなの……」


 織桜は右斜め下の方向に顔を向けた。俯かせるように、目線を合わせないように。焦点は湯船の底だ。そして彼女は、光に照らされた温められた水――湯が、震えや立ち上がりなどで揺れているのを見る。一方のラクトは、ユースティティアからの意見を後から聞くことは頭に入れつつも説得を続けた。


「カロリーネは病院に行って治療を受けた。稔と敵対関係に有ったから、戦うのは仕方がないようなものだった。でも、織桜は違う。あんなに楽しく歌ってくれたじゃんか。――戦いたく、無いんでしょ?」

「私が戦わない替わり、愚弟が戦うとでも言うのか?」

「そういうことだね。それに、織桜はエルフィリア軍の中枢に居ることになったんだ。良い話じゃない?」


 ラクトは稔の補助をしようと頑張るが、話の内容に織桜は笑いを堪えられなかった。


「軍の中枢に居る奴が、なんで戦いから逃げてるんだよ?」

「それは……」

「形だけの司令官ってか。――バカ言え。高潔な血を引いているわけでもない私が、もしもの時に生き残れるとでも思うのか? それに、年下に戦いを命令するのは気分が良くない。……苗字のせいもあるが」


 織桜の苗字――それは『神風』である。何十年も前の帝国と超大国との激突の最終年、歩兵が付き、燃料も数少ない中、勝てるほどの軍機を製造することすらままならない中。帝国軍が若いものたちを大量に投入し、敵軍の侵攻を止めようとした――。そんな過去が有ったからか、織桜は色々と複雑なのだ。


「現代史の時間は本当に憂鬱だったよ。――まあ、そんなことはどうでもいい」


 話が長くなることを恐れ、彼女はそれで話を止めた。簡潔に書くのなら、「自身の名前や親が純粋な日本人で無いことを理由として虐めを受けた」というわけである。現代史ということは中学以降が主となるわけだが、成長期に言われれば心身共に健康ですくすく育つかと言われれば――答は言うまでもない。


「もし貸すにしても、愚弟にはユースティティアを使いこなす程の実力が有るのか?」

「それは……」


 稔はユースティティアの方を見てみるが、彼女もラクトのように男性にあまり良い印象を持っているわけではな買った。ラクトは稔に懐いた――というより親しくしているが、ユースティティアがどうであるかは分からない。――と、その時だ。ユースティティアが話を聞くだけだった立場を一転させ、織桜を説得し始めた。


「あの、織桜さん」

「どうかした?」

「私を含めれば、バタフライ、サタン、と三体の精霊を使用できる訳ですよね。もちろん正式な主人は織桜さんですが、取り敢えず死ぬわけでも無い戦いを――要するに降臨戦をやってみるのは如何でしょうか?」

「いやいや。バタフライもサタンも破格だろ。……二体と一体じゃ勝てないと思うけど?」


 織桜は数の差が大きすぎると、使用できる魔法の数が違いすぎると。彼女はそういった観点から笑い混じりに言ったのだが――それは逆効果もいいところだった。織桜に真剣な表情を見せ、遠回しに主人変更を求めるような事を話す。


「織桜さんがそういうのなら、私は稔さんの元へ行きたいです」

「――」


 織桜は絶句してしまう。だがすぐに大きなため息を付いて俯き、顔を上げた。精霊戦争では戦争が終了するまで戦いは続いている。要は、主人と精霊との契約は戦争が終了するまで維持されなければおかしいのだ。そのため他の戦争参加者へ主人の権限で渡す場合、必然的に『貸し出し』という形になる。


「私は精霊の思いを束縛したいとは思わない。だから、行きたければ行けばいい」

「ありがとうございます、織桜さん……」


 ユースティティアは頭を深く下げた。九〇度を突破しているのではないかと疑問になるくらいだが、流石にそこまで頭を下げるほどの馬鹿ではない。それと同じく、織桜が湯船を上がった。


「愚弟。今後は私を『司令官』と呼べ。ユースティティアは貸し出してやる。ラクトという彼女が居るのに手を出したりでもしたら、ただじゃおかないということを告げておく」

「司令官。まだ身体も髪も洗ってないのに、なんで捨て台詞なんです――」

「上司の命令には『サー』を付けろ、『サー』を!」

「は、はいはいサーッ!」


 何処かで聞き覚えのある話だが、そのうち『イエス、マム』とか言わなければいけなくなるんじゃないかと思う稔。そんなことを思っていると、稔はふと思い出した。『サー』は要するに『sir』であって、男性の上司に言うべき台詞だと言うことをだ。だが、織桜が気にしていないので何も言わずにおく。


「それじゃ、ユースティティア。よろしくな」

「はい。ところで『正式な主人マスター』では無いですが、何と呼べばいいでしょうか?」

「何でもいいや」


 稔は軽く自己紹介のようなものを済ませようと考え、そう言った。ユースティティアは軽い主人だと思いに至らなかったが、それは織桜と稔が両極端だと思ったからだ。軍のトップに相応しい女性として居ようとする織桜の振る舞いが日常会話で使うような口調でないことが大きいだろう。


「では、さんずけでいいでしょうか? 『稔さん』ということで――」

「ああ、構わない。んじゃ、織桜から貸してもらえている間は宜しく頼むぞ。ちなみに俺は、お前を『ティア』と呼ぶことにしたからな。長い名前で呼ぶのは好きじゃないってことからだが……いいか?」

「構いません」

「そうか。んじゃ、早速だが――」


 稔は風呂から上がろうとしていた事もあって、ティアには髪も身体も早く洗って欲しいと思っていた。とはいえ、貸し出してもらって一分も経っていないのである。急かすのも躊躇いが起こってしまう。――が、そんなところを見計らったかのように登場した女性達。見覚えのある水色の髪の毛をした二人だ。


「また会いましたね、ナイト。エイブの本拠地であるバレブリュッケへの行き方を記した紙、行った先のアジトの構図など、色々をエルジクスに伝えておきました。ユースティティアさんを借りてすぐで悪いのですが、私の精霊も借りて頂けませんか?」

「それは別に構わないんだが、なんでまた……」


 稔はカロリーネに魂石を貸し出す理由を問おうとしたが、回答を行ったのは彼女では無かった。魂石の中に本来居る少女、エルジクスである。彼女は大量の紙を頭の中と自身の魂石内に置いて厳重に保管しているらしいが、稔は「そんな前置きは話さんでいいわ」と少々思い、急かすような視線を送る。


 エルジクスはシアン属性の精霊であることが影響してか、どうやら波動系には非常に良い察しが取れるようだ。そのため、稔の急かしにも早く対応を取ってくれた。


「カロリーネが怪我をし、治療を受けたのは知っていることだと思います。もちろん、何処も痛いところは無いと主張しています。――が、彼女は戦いから退きたいと言っているのです。戦闘力を削いででも」

「カロリーネも戦いたくないって理由からか」


 稔は理由に関して織桜と共通していると思ったが、ラクトから馬鹿にされてしまう。笑いを交えながら言うラクトだが、これからあと数分以上は浸かることになったことを理解して底に尻を付いていなかった。


「カロリーネは自分の思いでエルジクスを渡そうとしているのであって、織桜とは違うと思うよ?」

「そうだな、悪い。……ところで、お前はなんで腰を上げているんだ? 変なものでも刺さったのか?」

「んな訳無いじゃん! 痛みを覚えたら貫通する前に跳ね上がるよ!」

「快感じゃなくて?」

「『セクハラ』すんな。切るぞ」

「切るとか言って脅すのは『パワハラ』だぞ。俺はオブラートに包んで言っただけなのに」

「生かしておけば……」


 ラクトはブルブルと震えて怒りを堪えている様子を見せつけると、ティアとエルジクスが笑っていた。「夫婦漫才すんな」とシャワーを浴びて髪を洗っている女性――織桜がツッコミを入れるが、されて照れるのは言わずもがな稔とラクト。


「ナイトとブラッドは仲が良すぎる」

「ブラッドって、なんで名前知ってるんだ?」

「『洗脳ブレインウォッシング』を転用すれば、情報を悪用することは可能です」

「悪用じゃなくて利用だろ。名前をネットに公開したりすればアウトだけども」

「そういった類のことはしていませんので、ご安心下さい」


 エルジクスは丁寧に話を進めていく。その一方、カロリーネは何もすることがなくその場に待機を余儀なくされていたわけで、彼女は稔に対して「最終的な話」をどうするのか聞きに出た。言い換えればそれは、借りることにするか否かである。


「ナイトさん。私の精霊を借りる気は有りますか?」

「大いにある。――というわけで。よろしくな、エルジクス」


 ユースティティアに続き、エルジクスも借りて一応は直属の仲間という位置づけになった。カロリーネは戦闘疲れしている事もあって、ホルスという召使と戦争の影で平和に暮らしたいらしい。稔は戦を繰り広げることに闘志を燃やしているわけではないが、受けた依頼を最後に戻すことはしなかった。


 となれば、稔の所持している精霊の数は四体となる。エイブ戦で話を持ちかけてイステルも手に入れれば五体となり、各国への威圧的な外交が不可能ではなくなる。エルフィリアの地位向上の為、種族で格差を生む社会を無くす為――。マドーロムで新国家元首ネクストエルフィリアと呼ばれている自覚を持ち、稔は大きく身体を伸ばした。


「早く身体を洗って来い。ああ、髪もな。顔も洗った方がいい。そこら辺は品のある女子としての振る舞いを頼む。頼られそうな織桜――司令官でさえ、ああいう風に丁寧に洗うんだからな」

「分かりました」

「了解です。――ああ、自分は『ナイト』と呼べばいいんでしょうか?」

「それで構わない。んじゃ、雑にするのは止めて欲しいが、時間の掛け過ぎも問題だ。常識の範疇で頼む」


 稔はティアとエルジクスに告げ終えると、二人は「はい」と言って鏡と椅子とシャワーが並列されたコーナーへ向かっていく。その一方、稔は湯船の底に付けていた尻を上げた。けれど、それでは体勢が少々不安定なのは明白である。大多数に見られていることを意識し、しゃがむのを止めて階段のある側へと稔は向かうことにした。


 そんな時、稔は事実に気がつく。


「なあ、ラクト。精霊魂石の所持者って変わっていないんだよな? 借りているってことは、即ち――」

「頭を使え、頭を」

「……え?」


 稔は全く持って分からず、ラクトが笑っている事が疑問でしか無かった。だが、それはすぐに晴れる。彼女にした嫁のような元淫魔が、主人を馬鹿にすることなく話を淡々と進ませる。


「紫姫やサタンの魂石を、今でもそうやって首から掛けているじゃん」

「ああ」

「でも、その魂石は召使が所持していることも出来るんだよ。――意味、分かる?」


 ラクトのその説明では話が分からず、稔は首を左右に振った。


「要するに、魂石の中にしか精霊は入れないの。別に何体って決まりはないけど、多ければ重さも多少は増える。だから、魔法陣の中で過ごす召使に保管してもらうんだ。手の中に体重五〇キロ近くの女の子二人を持っていても、稔は重たく感じなかったでしょ?」

「……」

「まあ、話すと以上になります。ふんっ」


 ラクトは胸の下で組んでドヤ顔を見せた。主人に説明をしただけであるが、「どうだ」と稔を下に見ているのである。こういうところがラクトの個性ではあるけれど、稔はそういうことを考えると嘆息を吐いてしまった。


「まあ、ありがとうな。話は変わるが、カロリーネは去ったのか?」

「そうみたいだね」


 ラクトは稔の問いに返すと、置かれていた白色の封筒に目をやった。特に凝ったデザインではない。


「なにこれ?」


 言って封筒に付いていたテープを剥がし、中から畳まれた書類を取り出すと、ラクトが稔の方にも見せる。同じく、稔は感づいた。


「これって、アジトの構図みたいなもんだよな?」

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