2-68 七騎士ADQの復帰と同盟締結《リンクアライアンス》
ボン・クローネ駅南口は、市民会館がある方を指しているわけではない。昨今の都市開発で、デパートが乱立することになったエリアだ。そんな新規参入したデパート達だが、その裏には新しい建物とは一線を画する建物も存在していた。
それが――市民病院である。カロリーネが退院したとの知らせを聞き、稔とラクトがその方向へ現在向かっている途中な訳だが、病院があっていい場所とは思えないほどの賑やかさ。稔は光景をみてため息をついた。それと同じく、凍えて身体を震わす。
「寒いな……」
オーバーなリアクションを求められたわけでないが、決して稔は震えを止めようとはしなかった。そんな彼の姿を見て黙って見過ごすわけにも行かず、コートを欲しがっている事を察してラクトが手渡す。
「大丈夫?」
「ありがとな」
心配され、稔は震えを少しだけ止めて受け取る。寒暖差が激しいとは思わず馬鹿にしそうになったが、現実を稔は知ってしまった。横浜在住の稔が盆地の気候を味わうなど、京都への修学旅行ぐらいでしか出来ない話であるが――それでもボン・クローネは酷かった。
「お前、脚……」
「大丈夫。寒くない、寒くない」
思いを強くして錯覚させるという手法のようだ。念じるようにラクトは言っている。ただ、念じるだけではどうにかなる話ではないと思い、加えて繁華街で異性に出会って警察沙汰を起こされても困ると悩んでしまった稔。ラクトには可哀想だと思いつつも、寒さ対策に靴下を長くするよう彼女へ指示した。
「ラクト。ここで履くのは違うかもしれないが、長い靴下を履け。風邪を引かれちゃ困る」
「――世話を焼きすぎるのはどうかと思うけど、まあいいや」
ラクトは言い、自身の特別魔法で靴下を作り出して履いていく。風邪を引くような弱い女ではないと心では訴えつつ、呑んでしまった自分にも非はあると思いながら履いていった。黒色のニーソという無難な選択をしていた彼女。それ以上に長いものと言ったらパンストしか無いだろうと、白色な気体を周囲に巻きながら履いていた。
有毒ではない白色の物体。でも、それを駅前で撒くのは馬鹿げた行為なのは確かだ。ラクトの着替える場所を用意しなかった自分を責めながら、稔はラクトの身体を抱えて路地裏へとテレポートした。その場に残る白煙には、ラクトが着替えた痕跡が残っている。
とはいえ、端から見ればバカップルにしか見えないわけで。ラクトを抱えて路地裏に入ってすぐ、稔は彼女が白煙を続行してバラ撒くことを認め、足を地につかせた。
「びっくりしたじゃん」
「ごめんな」
ラクトは稔を赦す。軽い謝罪だったが、ラクトは『過剰表現として』少し心臓が止まりそうになったくらいで問題は無かった。そうして地にラクトが足をつけて一五秒くらい。煙の解除を含めなければひと桁台で終わったが、ラクトはパンストを履き終えて稔の手を握る。
「戻ろうか、連行した野蛮男め」
「根も葉もない事を――ではないな。言葉遣いは悪いけど、あながち間違ってないし」
稔が内容を認め、同じくテレポートした。無論それは、ラクトが笑い出すのを少しでも遅らせようという自分勝手な話からだ。仲間だとは思っているけれど、稔は少し敵キャラのようだと思っていたのである。でも、それはそれで仲がいい証でもある。親しい関係だからこそ、色々と知り合えるという訳だ。
それはそうと――。
「カロリーネの姿が見受けられないな」
「そうだね。――じゃあ、病院の方向に行ってみる?」
「俺らが待っているだけでは駄目ってことだな」
「いやいや、常識的な人ならそういう行動取るでしょ――って。テレポートしないんだね?」
「病院ってあの建物だろ?」
稔は白い建物を指さした。建物は左と右にツインタワーのように建っている。一方は既に殆ど全室が消灯しているのが窺え、逆に一方は少ししか消灯していないのが窺えた。もっとも、そこは『市民病院』という大きな病院。患者さんの入居する建物と手術を主とする建物では役割が違うというのは、ごく一般的な話だ。
「看板に書いてあるしね」
ラクトが付け足しておく。言うとおり、『ボン・クローネ市民病院』と白色の建物を照らす青色の光が夜景と一緒になっていた。救急車は年中無休で来る。そんな目印にするために敢えて目を酷使させて目立たせているのだ。――無論、視力が悪くなるのかは言うまでもない話だが。
「ところで。俺らは駅から病院まで徒歩で向かう気でいるわけだが、何分くらいで到着するんだ?」
「遅くても一〇分後には到着してると思うよ。結局は信号機の機嫌による」
「遠回しに言う必要なんか無いだろ」
「いいじゃん」
笑顔で対応するラクト。「赤信号に何回止まるかが重要なポイントである」と単に主張しただけだ。言い回しで信号機が擬人化されていたが、稔は「ラクトにそれは求めていない」と言いそうになる。
「――ん?」
稔が目を凝らして見てみると、ラクトも稔と同じように推論を持った。そして、声を合わせて言う。「せーの」とか掛け声無しで言うところは、まさしく意思疎通が取れているペアだと言える。
「「あれ、カロリーネじゃね?」」
二人共に考えていることが同じだったと分かれば、動かないという手はない。だからこそ、稔もラクトも警察が犯人を逮捕するかのように駆けていく。だが、悲しくも赤信号に引っ掛かってしまう。
「稔、テレポート!」
「おう!」
だが、そんな難点は一瞬で克服するも同然なのが稔とラクトだった。障害物なんて瞬時に転移してしまえば問題ないのだ。ゲームでは不正行為を働いたと反則負けになるだろうが、今は急を要する。テレポートした先に人が居ないことを大雑把で捉え、それから距離を考えて稔は転移していった。
「稔、コンビニ!」
「了解した」
悪さを企む組織のアジトに潜入したかのような、そんな声でラクトは言った。おふざけな感じで言ったわけではない稔に対し、彼女は馬鹿をやっていると捉えてしまったらしい。無論、「ふざけて言ったわけではない」という事実を知っても変えないところに問題の本質があるわけだが。
そんなこんなで稔とラクトは、カロリーネが立ち寄ったコンビニエンスストアへ入店した。彼女は夕飯を食べたわけではあるまい。治療を受けて寝起き、腹が減ってしまっては歩くことも出来ないということで立ち寄ったのだ。そんな至福のひと時を満喫するための準備時間な訳だが――。
「……なに、してるんですか?」
「げっ」
ラクトが思わず声を上げてしまった。コートを着ているとはいえ、ラクトは髪の毛を結ぶとか男装するとかの回避方法を模索したりはしていない。稔に至っては、全く無防備な状態だ。軽く顔バレして拡散されるレベルである。
「何を買おうとしてるんだ?」
「――夕食です。夜食に近いですけど」
言い、カロリーネは弁当コーナーから『唐揚げステーキ弁当』なるものを選んでレジへと向かった。退院したばかりで食べられるのかと心配するくらいだ。医者からの指示がある可能性も否めないから、稔は何とも言わなかったが。
「ところで、『ナイト』さん」
「『ナイトキャッスル』をまだ使う気なのか。――まあいいけど」
「戦いを続けてきた身からすれば、『ナイト』という言葉は非常に響きが良いんです。『貴方』と呼ぶよりかは、『ナイト』の方が個人的に好みなのも有りますけどね」
カロリーネは満面の笑みを浮かべた。病院上がりすぐだったから、ラクトには営業スマイルなのかと疑問が募る。でもすぐ、それは晴れた。カロリーネは無理に顔を綻ばせようとしている訳では無さそうだからだ。ゼロ円でくれるような笑みではない。
「金賭けではありませんでしたが、今後の服従を誓うことを意味する奢りをさせてもらえませんか?」
「は、はい――はい? まさかとは思うけど、『服従』って言っ……た?」
「ええ、言いました」
稔は、『カロリーネ』という下手しなければ超強力な仲間を手に入れる機会はもう無いと思っていた。エルジクスという『洗脳』使いの精霊に手も足も出ない奴が多いことも考えれば、是非とも仲間にしておきたいのだ。
現状で同盟的なものは結ばれているようにも思えたが、正式なそれは結ばれていない。時期的にも頃合いだとは思っていた。だが稔は、同じ種族なのに『服従』という言葉に若干の疑問点を抱えている。でも、ろくな夕飯を食べていないことを考えて甘えることにした。
「悪い。――じゃあ、二人分奢ってもらえる?」
「了解です、ナイトさん。……それで、一体何を食べるんですか?」
「そうだな……」
稔は悩んだ顔をした。カロリーネがお弁当コーナーで男らしい料理を買ったことに衝撃を受けたことが、自分自身の食べたいものを選ぶ選択肢を狭くしていたのである。夜食に近い夕飯。あまり食べ過ぎても太る一方と考え、稔はお弁当コーナーから右に回った時に正面に来るパンコーナーを見た。
「ハンバーガー食べるか」
「食べ過ぎ注意とか言ってる奴がハンバーガーって……」
「そういうお前は何食べるんだよ?」
「アイ――」
「主人の権限を発動させてもらおう。――却下だ。どうしてもと言うなら、俺の気持ちを揺るがしてみろ」
稔は格好つけて言ったが、即座に冷静な一言がカロリーネから飛んできた。『服従』と言ったことから、稔を前に置いて自分を後ろへ置くスタイルで話を進めていく。そのため、「恐縮ですが」が彼女の口から最初に出た言葉だった。
「恐縮ですが。ナイトさん、奢るのは私なんですよ?」
「それは知ってる。でも、基本の三食にアイスってのは違うと思わないか?」
「それは……」
炭水化物やコーンなどが入っていると、なんだか朝昼晩の基本三食に見えてくるのは確かな事実。古い考えのようにも思えたが、稔は菓子を三食に入れるべきではないと思っていた。なにせそれは、基本三食ではなくて補助の三食である。俗に言う『スイーツ』などが当てはまる、「平らげてから頂く」食べ物だ。
「私が間違っていました、ナイトさん。ですが、それなら提案があります」
「なんだ?」
「寒いこともありますし、ラクトさんの為に肉まんを買ってあげたらどうでしょうか」
「菓子なのは変わらないだろ」
「違いますよ。仲良さそうに見えて見えない二人なので、親密さを増やしてもらえればと――」
稔は「余計なお世話」だと嘆息を出しそうになる。一方で稔がちらりと見たラクトは、しいたけのように目を輝かせている。もっとも、彼女はアイスだけが好きな女ではない。お菓子であれば色々といける口だ。冷たくても温かくても、その場にあったものかアイスであればいいのである。
そして、こういうのは圧力に屈すれば負けだ。もうひとつ言えば、対する意見を述べた言い出しっぺに抵抗できなければ負け――ということもある。でも今回は、それとは違ったことで負けとなってしまった稔。いや、違う。彼は負けを認めたのだ。
「分かった。肉まんを買ってくれ、カロリーネ。俺はおにぎりを食べることにするから」
「稔……」
「ナイトさん、折れるとイケメンな感じもしますけど――格好悪い感じもあります。抵抗しないなんて」
「後付けだけど、ラクトには色々と世話になってばかりだからな。そういう返しもありかなって」
人の有り金を使って「そういう返しもありかな」なんて発言した稔に、カロリーネは右手を少々震わした。負けた意味も含めて『服従する』とは言ったが、未成年のくせに生意気すぎると思ったのだ。
「ナイトさん。最後の一文を撤回して下さい。人のお金を使っているのに、それは『返し』ではないです」
「ごめん……」
「構いません。――それで、どのようなおにぎりを選ぶおつもりですか?」
カロリーネが怒った様子を見せたのは一瞬だけだった。それ以降は稔の為にとメイドのように尽くす。一方ラクトは、自分が菓子を食べられることに浮かれてコンビニエンスストアのかごを取りに行く。
「おお、サンキュー」
「ふっ。――んじゃ、私はこれ」
「スパゲッティか。じゃ、俺は鮭と梅干しを貰うかな。夜も遅いし、お腹を重くする時間帯じゃないし」
「良い案だと思います。ところで、温めますか?」
カロリーネは聞いた。かごを重たそうに持っていないところは主婦のようにも見えてくるが、一方で姉のようにも見えてくる。愚姉と自身を言っていた貧乳声優を思い出せば、もっとも、そんな考えは消えるが。
「頼む」
「私も。……あと、『あん』がいいな。」
「把握しました」
カロリーネは聞き終えると、かごを持ってレジへと向かう。一方で稔とラクトは出入口付近で待機した。流石に全て食べきれるとは思えないが、万が一。根こそぎ持って帰るのは話が違うからである。
レジの方から「ありがとうございました」という挨拶が聞こえ、同時にカロリーネが稔の方へと歩き出した。肉まんだけは袋に入れてもらわないことにし、カロリーネが三等分に分けて皆で食べていく。当初は稔とラクトだけで食べる予定だったが、二人共、カロリーネを入れたことで三人の仲が良くなった気がした。
「――さて。あんまん三分の一と自分の弁当は貰っていくとして、私はホテルへ戻りますね」
「カロリーネってテレポート出来な……」
稔がカロリーネに何か秘策があるのかと思って凝視してみる。すると彼女は、時を同じくして召使を召喚した。すませば、ソーシャルゲームでよく聞くあの神の名前を聞けた。
「――ホルス、召喚――」
火をまとった隼神は、外見全てが隼に見える訳ではなかった。擬人化したような感じだ。目と髪の毛が赤いのはラクトと同じだが、どちらかというと橙の色に近い。服は白色に赤色の線を描いた服を着ていた。声は低く、すぐに男性だと分かるレベルである。
「マスター、どちらまで送り届ければ」
「あのホテルまでよろしくお願いします」
「承りました。では、参ります」
ホルスは言い、オレンジ色の翼を左右に大きく広げた。神々しい白色の光は浴びていないが、闇夜を切る橙の炎はとても格好いいものだった。その去り際、カロリーネは稔に捨て台詞を言っていた。
「私と同盟関係を結んで頂けますか? ――ナイトさん」
ホルスはそんな声を掻き消すこと無く、無音で翼を羽ばたかせていた。そしてカロリーネが台詞を言い終わると同じく、稔は小さく言葉を発す。
「結ぶに、決まってんだろ」
口約束でしか無いといえばそうだ。でも稔は、カロリーネが口約束すれも破らないと思い、稔は内心で「破んなよ」と祈る。
その一方、あんまんを食べることに夢中すぎて目もくれないラクト。
「行くぞ……」
稔は言い、テレポートをすることを示唆した。だが、そんな彼にラクトは言う。先程「俺の心を揺るがしてみろ」と言ったことを脳裏に強く刻んでいた為に、可愛さを前面に押し出してきたのである。
「駅まで、歩いていこう?」
上目遣いにあんまんを口に挟むという手法。口にあんが付いていないことがせめてもの救いと言わんばかりだ。けれど稔は、『は行』でしか聞こえなかった。
「(なんで今なんだよ……)」
稔は嬉しいような、一方でうざったいような溜息をつき、ラクトの手を握った。口では「はいはい」と二つ返事をしておく。一方のラクトは顔を少し赤らめて笑っている。
駅まで一言も喋らずに二人は歩いた。街中を駆けていた時の連携が何処へいったのかと思うくらいだ。端から見れば初々しさしか無い、そんな関係にしか見えなかった。




