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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
二章 エルフィリア編Ⅱ  《Fighting in the country which was defeated.》
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2-58 605号室-Ⅴ

 先攻を取った稔が、序開きに『デス4』と言った。間を置けて言うことが不可能な数であるから、『0』から『4』の間では一番難しいところだ。言い換えれば、即座に反応して言わなければ負けてしまう。


「デス、デス、デス、デス――」


 だが、流石はラクトだ。初心者という風に言っておきながら戦ってみれば、手抜きでは無い奴に二敗もさせる事が出来た。それほどまでに強く、運を持ち合わせ、チートを使用できれば絶対に勝つことが出来るのだ。


 とはいえ、これはリズムゲームである。心の中を読めたところで、リズムを掴めなければ話にならない。


「デス3」

「……、デス、デス、デス――」


 リズムゲームはそのリズムを掴んだものが勝利へと近づけるゲームだ。言い換えれば、集中力がそれほどまでに欠落していない限り、寝ぼけていることなどが合わさらぬ限り、負けることは無い。もっとも、最終的に勝敗を左右するのは『慣れ』もあるけれど。


 そんな中。慣れてもいないのにいい勝負になっているのは、稔も至極感心できることだった。ただ、感心しているだけでは良くないのは言うまでもない。そういう余裕こそが、悲しき結果を生む羽目になる。


「デス4」

「デス、デス、デス、デス――」


 稔は絶対に勝ちたい一心であったが、一応はラクトに慣れさせるためにも『デス4』ばかりを言っていくスタイルを取った。しかしながら、初心者を相手にした作戦としては思いやりが一切無い卑怯な手法とも言える。


「デス1」

「……、……、……、デス――」


 よくよく考えれば『卑怯な手』であろう手法を使ってくる稔に対し、ラクトは正攻法で勝とうと頑張った。先程言った数と同じ数を言わずに卑怯な真似を使ってくる稔に対抗していくことが出来れば、それほどまでに彼を泣かせられることはないだろうという魂胆だ。


 既に二敗している稔。そんな稔が三度めの敗北を知れば、それも卑怯な真似をした上で感じれば。――その先に待っているのが『悲しみ』であるのは間違い無い。そして、そこに『恥ずかしい』という気持ちも加えられるはずだ。


「デス4」

「デス、デス、デス、デス――」


 稔が『4』しか言わないことが大体分かってきたラクトは、もはや稔の攻撃には屈さないくらいになってきていた。他の数で言って欲しくなってきていたのだ。つまりは、「慣れた」。『4』に「慣れた」のである。


「稔。このゲームの数って『4』だけじゃないでしょ? いいんだよ、それ以外の数を言ったって」

「同じ数で攻めていくんじゃなくて、違う数を混ぜろってか?」

「そういうこと。同じ数だけじゃ面白くないよ、絶対。あと、上限は『8』までにしていいよ。慣れたし」

「言ってくれるじゃん。――で、お前のターンな訳だが?」


 稔とラクトはリズムを取りながら会話を行っていた。腰振りが入っていなくても二人共に親指を立てているところから、リズムに乗ってきているのは確かであると考えられる。とはいえ、あまり会話しすぎるのもゲーム進行の妨害のようなものであるから、ラクトは謦咳を入れて再開した。


「デス5」

「いきなり難し――デス、デス、デス、デス、デス――」


 稔のターンは一回の四拍で終わらない数になり、二回四拍を繰り返す事になった。もちろん、基本的な手の形は変わらない。ただ四拍をもう一度繰り返すことになっただけだ。でも、付いて行けなくなれば当然負になる訳である。無論、会話をしながらするなんて馬鹿な真似なのだが――稔は見事に成功させた。


「デス7」

「デス、デス、デ――あっ」

「馬鹿め」


 そして稔が馬鹿な真似を成功させたことが影響したのか定かで無いが、ラクトが『7』を『8』で行おうとした事が確認されたので敗北が決定した。けれど稔は、ラクトが二勝しているのに一勝しか上げていない。


 要は、負けているのだ。だから稔は、自身が勝利した数を増やそうと更にゲームを追加しようと考えのだが、洗濯機のブザーがそれと同時に聞こえた。ラクトが設定していた七分という時間が着てしまったのである。


「稔が下らないこと話しているせいで、ゲームしている時間が……」

「悪かったな!」

「いいよ、別に。七分間なんてあっという間だし」


 ラクトはそう言い、ブザーの音を発生させている音源へと向かっていこうとした。しかし、稔がそれを引き止める。ふと思った疑問をぶつけるためだ。たかが数秒の話だからと、ラクトも足を止める。


「ところで疑問に思ったんだけど、洗濯が終わるまでにどれくらい掛かるんだ?」

「洗うのは七分で終わるよ。洗濯機の中に液体型の洗濯用洗剤が入っているし、自動的にやるから計量して入れる必要もないし。これからやるのは、脱水するために衣類を移すだけ。あと、男子禁制」

「俺を絶対に入れる気はないようだな」

「いやいや。召使や精霊がいくら寛容だろうが、異性のお前に下着を触らせる訳ないだろ」

「絶対命令を下したら?」


 稔の質問に、ラクトは言葉を詰まらせてしまった。稔とラクトが主人と召使である関係は揺るがないものであり、いくら好意を持ったとしても、死んで転生したラクトが主人と対等な地位を得られるはずがない。見た感じではそうであっても、中身としては『主人命令』が成立してしまう関係だからだ。


 それは絶対に逆らってはならない命令であり、だからこそ悪用厳禁な命令である。安易に使用してはならないもので、言うなれば兵器のようなものだ。必要最低限な状況を除いて使うべきではない。


 そう考えると、言葉に詰まっていたラクトが稔を少し笑いながら言った。


「てか、そんなにしてまで触りたいの?」

「違う違う。もしもの話したが、四人が風呂から上がってきてみろ。俺だけがここに居たらどうなる? 悲鳴を上げるような奴はいないと思うけど、それでも引かれるのは明白だろ?」

「た、確かに……」

「それに。俺は浴衣を着れるけど、それは男物の話だ。女物の浴衣とは話が違うだろ?」

「そうだね。でも、私にも反論はあるよ」


 ラクトは稔の方向へと歩み出て鼻に人差し指を当てると、反論を述べる。


「脱水するために洗濯物を移す作業と、四人が上がってくる時間に差を作ればいいじゃん」

「でも、浴槽に浸かっている奴らが一〇分を超えたら危なくないか?」

「大丈夫。その心配が必要なのは紫姫だけだし」

「そうなんだ――って、駄目じゃん! のぼせるとか一大事じゃねえか!」


 稔が紫姫を思って言った。ただ、ラクトはそれに反論を言う。


「紫蝶は闇と氷だから、弱いのは仕方ないんだよ。でも、それなら足湯させればいい」

「そのメッセージを扉越しに言うことにして、か? それなら上がらせたほうがいい気が……」

「大丈夫だって」


 ラクトは非常に軽く言うが、稔は気が気でなくなってきていた。万が一、何かあれば精霊魂石の中に戻って対処出来るからの軽さな訳だが、それはむしろ稔の心配を加速させる一方だ。講じた対策も紫姫が自分自身でやらなければいけない対策で、強制力は無い。


「分かった。悪い知らせがきたら、お前のせいにするぞ」

「いやいやいや――」


 ラクトは稔に対し、責任が押し付けられることで抗議する。無論、責任を押し付けられるなんて誰もが望んでもいないことだ。自分がやったわけでも無いのに責任を取ろうとする奴も居るが、他に考えも余裕も無い緊迫した状況で行えるのは、後先考えずにやっているも同じである。


 だからまずは、言った張本人が責任を主人に押し付けて逃げないようにラクトを巻き添えにした。そして、そんな風に稔とラクトが半ば夫婦喧嘩しているように見える時、風呂場の扉のロックが外された。即ち、裸体を異性の主人に晒す事とイコールの状況になったのである。


「扉を開けたら夫婦喧嘩をしているとは、これは憤怒の罪源に登場してもらったほうが良いかもしれぬな」

「し、紫姫――!」


 稔が授けた名の由来でも有る紫色の髪の毛を、紫姫はいつの間にか留めていた。稔とラクトの会話の中で上がっていた「のぼせる」という言葉が、決して当てはまる状況では無いことも把握出来る。しかしながら、彼女は目の前で見せつけてくれた二人に怒りの感情を昂らせており、頭に血を上らせていた。


 そして右手の拳を握り、不吉な予感しか感じ得ない微笑を浮かべる。


「まあ良い、我が怒っているのはそこではないからな。我が怒っているのは、貴台は我を心配している姿を装って大開きにした扉から四人の裸体を視姦しようとしたことだ」

「そ、その件については済まなかった。凝視はしていないが、確かに覗こうと――」

「謝罪は要らぬ。我からの成敗を受ければそれで良い」


 謝罪が通用しないことが判明し、稔の背後でラクトが大笑いした。笑いが抑えきれなくなったのだ。哀れな主人だとまた馬鹿にされる要素が増え、稔はこれ以上ない悔しさと反逆の心に襲われる。


「いや、やはり貴台へのパンチは後に回すことにする。怒りの矛先は――この悪に向ける」

「ちょ、紫姫さん何してるんです? そんな怖い形相浮かべな――」

「問答無用ッ!」


 ラクトの腹部に刺さるように命中した腹パンチ。紫姫の右拳に痛みは感じられなかったが、一方のラクトは子宮の有る当たりを狙い撃ちされたようで、その場所を押さえて涙を流しながら悶えていた。逃げようと後退したものの、逆に追い詰められ、息を詰まらせて余計に痛くなったのだ。


「さて。――次にやられるのは貴台だ」

「覗きに関しては否定しないけど、目の前に裸が有ったら見るのが男の本能――」

「本能のままに行動するとは、なんという野獣だ。夜になって淫魔は淫靡になって貴台は野獣と化したのか。全く、気が置けないではないか。――仕方が無い、ここは成敗することとしよう」

「やめ――」


 紫姫は何も発さずに稔の股間直下に膝を付けると、同時に紫姫は時間を停止させた。言葉から魔法使用を発さないということは、言い換えればそれだけ本気であるという意味でも有るが――狙いを定める意味もある。それは男子しか分らぬ痛みであるから、当然紫姫には分からない痛み。でも一応は加減を効かせた。でも、『一〇パーセント減』ぐらいだ。


 そして稔に与えられた逃げ道は一切ない状態で、一二秒間の行動が一秒間の行動となって現れた。稔の股間直下に当てられた膝は上を目指して上っていき、その先に有る局部に命中してしまう。


「――」


 同時、言葉にならない痛みが稔を襲った。マゾヒストであれば「ありがとうございます!」とか「我々の業界ではご褒美です!」とか、変態的な事を言うだろう。しかし稔は、そんなことを言うことは出来ない。言葉に出来ないくらいの痛みが股間部とその周辺を襲い、それが咄嗟にその部分を手で押さえてしまう程だからだ。


「心配してくれたことには感謝を申し上げる。そして、我以下三名の裸体を見ようとした処罰はこれで完了だ。我はこれから風呂場へと戻るが、二度と覗きなどするでない。協力も同じだ。分かったか!」


 紫姫はそう言い、ロックが解除されていた扉の向こう側へと帰っていく。稔やラクトには止める力なんて無いが、彼が彼女が話していた内容は大体理解して紫姫は実践しようと考えていた。


「(一〇分ぐらいはまだ持つから、それまでに回復してくれ)」


 紫姫はそう祈り、稔とラクトの無事を祈った。やり過ぎだったかもしれないと思う節が有ったのだ。そして風呂場の扉を開けて入ってみれば、三人から言われる「やり過ぎだろ!」の言葉。でも一方で『貧乳勢』からは「ナイス腹パン」とも評された。もっとも、紫姫もそれなりに胸はあるわけだが。


 一方で。


「稔、大丈夫?」

「いや、凄い激痛が――」

「生殖機能は大丈夫なの?」

「割れてないから大丈夫だろ――って、腹パンされた位置が赤子を授かる場所のお前が言うな」

「非医学用語で表現するところ、大丈夫そうだね」

「質問できるくらいなら、お前も大丈夫そうだな」


 互いに痛みが生じている場所を風呂場の扉の前で押さえ、稔とラクトは会話を始めてしまう。ただ、最終的には「大丈夫そうだ」という結論に落ち着いて、両者ともに安堵の表情を見せた。そして意外なことに、二人とも紫姫への『苛立ち』は募らなかった。




 無言のままに時間は過ぎていく。稔の局部から痛みが引いたのもラクトの腹部から痛みが引いたのも、共に一分程度経過してからだった。当然それは、ゲームしていた楽しい時間と違うくらいに長い時間だ。そして両者ともに元気が戻ってきた頃、ラクトは稔に意外なことを言った。


「洗濯作業、協力してやろうか」

「意外だな。さっきまでの主張と一八〇度変わったような気がするけど、どうしたんだよ?」

「紫姫に腹パンとか金的攻撃されても、私たちは言い返すための理由が無いじゃん。でも、あれほどの痛みを与える必要性は無かった。だから、紫姫への仕返しとしていちゃつけば良い訳さ」

「要は、紫姫に対する報復攻撃みたいなことか?」

「それもあるけど、時間が何分も奪われちゃったし」


 ラクトはそう言うと、取り敢えずは稔を洗濯機が置いてある部屋へと案内することにした。何か稔が言うその前に彼の手を握り、彼女は歩くスピードを早めて向かっていく。


「あんまり揺らすなって。俺の痛み、まだ消えてないのに」

「いいじゃん。肉体的な痛みなんて、精神的な苦痛に比べたら、長く引きずらないものが多いじゃんか。トラウマ持ちナメんな」

「そうだけど……」

「つべこべ言わずに歩けいっ!」


 ラクトが活を入れるように言うと稔は抗弁せず、導かれた方向へ付いていった。半ばそれしか許されていないかのような雰囲気さえ漂わせているようだ。

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