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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
二章 エルフィリア編Ⅱ  《Fighting in the country which was defeated.》
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2-57 605号室-Ⅳ

 稔の悶絶してしまうくらいの痛みが引いてきた頃。それほど脚が速いわけでもなければ走ったわけでもないラクトが、洗濯機の中に洗うための衣服を投入し終えていた。続けてぶら下げてあった指南書通りに『起動』のボタンを押し、音が鳴るのを確認する。


 ピッ――


 音が鳴る。それが確認出来れば起動したということになるわけだから、ラクトは稔の元へと戻っていく。当然、彼女は持ってきたかごを元の位置へ戻す事は頭に入れていた。けれどまだ、そんなことをする時で無い。言わずもがな、かごの中に脱水後の衣服を入れる必要が有るためだ。


「そういえば、紫姫たちって何処で着替えるつもりなんだろ?」


 洗濯機の置いてある部屋は風呂場の隣に在った。これは、風呂場から水を引っ張ってこれるようにする工夫だ。でも、ボタンを押すくらいの簡単な作業では使う必要がない。そのため、ながらにラクトはかごへ目線を移してそんなことを考えた。


「まあ、鍵が開かない限りは無問題か」


 ラクトはため息を混じらせなかったが、そう見える風に言った。洗濯機には完了時間が表示されており、デジタル文字で『07:00』と表示されている。既に何分か経過したわけではあるまい。電子レンジのオート機能のように、その洗濯機にもオート機能が搭載されていたのだ。


 ラクトは時間を確認し、六分後ぐらいに洗濯機が置かれている部屋へ来ればいいと脳に刻んでおいた。そして、部屋を出て足を痺れさせた哀れな主人の声を聞く。もっとも、既に痛みは引いているわけだが。


「戻ってきたか」

「まあ、また数分後には戻らなくてはいけないわけですが」

「嫌なら俺に任せればいいのに。てか、今のお前がエプロン着けたら誰かの家の嫁さんに見えるな」


 ラクトは『嫁』と言われたことに驚き、鳩が豆鉄砲を食ったようになってしまった。少し時間が経過してくると顔が赤らんできて、同時に右頬にも左頬にも対応する手を当てる。何故そこで反応したのか、などとは聞かずにおいたが、取り敢えず稔は落ち着くように指示を出す。


「そういう風に見えるってだけだからな?」

「へ、平然と言ったところが凄いっていうか……」


 稔は頭を抱えた。ラクトが動揺しすぎて話になっていないという事へだ。ラクトが自分の元へ戻ってきたことには何らかの意図が有ることは気づいたが、こうなるとそれを聞き出すのも気まずくなる。噛み合っていない話を更に噛み合わせなくするのでは無いかと、心配の連鎖が起こっていく。


 でも稔は、そんな連鎖は断ち切らなければならないと強く決めて言った。


「ラクト。嫁とか彼女とか、そういうのは取り敢えず気にしないでおけ。それより、何をしに来た?」

「あ、ああ――」


 ようやく平然さを取り戻すと、ラクトは咳払いして話を続ける。


「その、浴衣はあるじゃんか? それで、その浴衣を着る事になると思うんだけど――」

「そうだな。そこに何か問題点が有るのか?」

「有るんだね、これが。今入浴中の四名様は、裸なわけだ。つまり、これから着替えなければならない。脱ぐだけなら風呂場が多少濡れていたところで無問題なんだけど、着る時は違うじゃんか?」

「なるほど……」


 いくら魔法陣や魂石に戻れるとはいえ、濡れてしまった服やズボンを着たり履いたりして過ごすことには嫌悪を感じるだろう。四人の中に潔癖症が居るかは不明だが、潔癖症であれば尚更である。裸のままに戻ろうということは論外であるから、それは議論の余地がない。


「性別も違うわけだし、洗濯の件に続いて――」

「そうでもいいが、別に俺が目を瞑っていれば解決するような問題じゃないのか?」

「それは――」


 ラクトは考え直してみることにした。だが、結論として『目を瞑れば解決』という言葉は出てこない。解決方法という、書写で使う文鎮のような重たいものは動じなかったのだ。


「やっぱり、部屋から出るとかしないと――」

「露天風呂に入れるのは夜の九時からだから、風呂へ逃げるという選択肢もなしか。何処行こうかな……」

「いっそのこと、入れ替わりで風呂に入ればいいじゃん。洗濯機が置いてある部屋から繋がっているんだし、四人が出た後に入れば無問題だと思うな。――駄目な案だった?」

「悪い案では無いな。けど俺は、宿泊する部屋の風呂に入る気はない」


 ボン・クローネ市に湧いている温泉は山手の方に有る。言い換えれば、稔たちが宿泊する建物は『旅館』という訳ではないのだ。名称に『ホテル』と入っている通り、ホテルだ。もっとも『露天風呂付』ということだから、市街地にあるというホテルらしさ一面を見せる一方で旅館らしさを少し匂わせている。


「女の子四人の後のお湯を飲んだりしないの?」

「そいつは異常性癖な奴だな。――で、人のことを酷く扱うのもいい加減にしろよ?」


 質問がド直球過ぎて引きそうになるくらいだったが、稔はそういった態度は取らなかった。本音と建前の精神に近いものがそこにあったのだ。心を読めるのだから、本音はラクト自身で分かってほしいとの意向もある。


「はいはい。じゃあ、上がることになったら、部屋から出て行く可能性が有ることは頭に入れておいて」

「了解した」


 稔は頷いて唾を呑んだ。相手には心を読んだ上ででしか分かってもらえないことだが、特に気に留めなていることでもないから考えないでおく。それより稔は、開いた時間の有効活用に頭を働かせていた。


「それで、数分くらい時間あるんだろ?」

「そうだけど。――じゃあ、ゲームでもしようよ! お遊戯的なやつ」

「いいぞ。……んじゃ、手始めに」


 ラクトから手を使った遊びをしようと提案があり、稔は即座に承諾した。エイブ戦に関しては日付が変わってからにしようと考えていたから、稔もラクトもやることが特に無い状況にある。ラクトは洗濯がまだ終わっていないから完全にとは言えないが、そんな数分を意味なく過ごすよりかは楽しく過ごしたほうがマシだと考えた。


 そして結果的に、容易に早く終われるゲームが何かを考えることになる訳だ。コミュ障になったのは高校生からだという稔からしてみれば、それほど難儀なことでもなく、すぐに行うゲームが決定した。


「じゃ、まずは『ゆびすま』を。簡単に説明すれば、親指を上げた数を当てるという非常にシンプルなゲームだ。言った人が正解したら、親指を上げた方の手を引くことが出来て、先にゼロになったら勝ち」

「間違えたら続行?」

「そういうこと。――余談だけど、これに正式名称は無いんだよね」

「へー」


 どうでもいいような話を聞かされた時に思わず発す言葉、「へー」を繰り出すラクト。五分強という僅かな時間を少しでも遊びに使いたい気持ちがあったのだ。ラクトは稔のように、本当に何もしなくていいくらいの余裕があるわけではない。


「んじゃ、先に俺から」


 ゲームのルールを正確に把握していない人に先攻を任せるのは、訓練のなっていない軍人に作戦の指揮を任せるようなものだ。いくら簡単で分かりやすい説明に務めたとはいえ、言葉で表すには限度がある。要は『百聞は一見に如かず』ということである。


 だから、先攻は稔が頂くことにした。


「ゆびすま……1!」


 昔やっていた通りに行ってみる。こういった指を使った遊びをラクトはそこまで知っていないように振る舞ったが、彼女の武器は心を読むことが出来るという能力だ。チートと称されても無理ないが、彼女はそれを使って半ば反則的な行為を行う。だが稔は、それに気が付かない。


「次、ラクトの番」

「オッケー。一応ルールは稔の心の中を覗いて把握したんだけど、覗かない方がいいかな?」

「出来ればそうしてくれ。それと、お前が俺に心を読んでいいか聞いてくるとは意外だ」


 ラクトはチートを使ってまで勝つべき遊びなのかと疑問になり、極力は能力を使わないようにした方がいいか稔に聞いた。完全に制御できない以上は自身が頑張るしか無いけれど、ゲームを最大限に楽しむなら使わない方がいいからだ。じゃんけん含め、この手の場合は特に。


「意外で結構。――んじゃ、気を引き締めて。ゆびすま……3!」

「なっ……」

「能力は使ってないってことは言っておく。あと、引く時ってこういうことでしょ?」

「そうだ。けどなんか、ラクトにリードされると悔しいな」


 心を読んだわけでもないのに当てるという事が出来た彼女に、初見プレイヤーとしてはいい線を行っていると稔は感じた。稔はラクトの方を見ながら点頭しつつ、負ける訳にはいかないと息を整える。


「ゆびすま……0! ――やべっ」

「ゆびすま……2! ――うっしゃ!」


 稔が「やばいな」と思った瞬間、ラクトが言ったその数だけ上げてしまった稔。自身の親指を二つ上げ、目線の先には上がっていないラクトの親指一つ。何を隠そう、稔の負けである。初心者の中でも初見プレイと言っていいラクトに負けたのだから、当然教えた側としては悔しい気持ちが募る。


「まあ、そんなに落ち込むなって。それで、他にはなんかある?」

「CCレモンかな。手を二回叩いて、それから攻撃とかするやつ」

「ほう」


 これまた呼び名は多々あるわけだが、稔が余談を話した時に見せたラクトの顔を思い出し、ダラダラと話をするのは止めた。『溜め』『攻撃』『防御』の基本の手に加え、ローカルルールで『ミラー』を追加して教える。また、負けたからといって、稔は自分が有利になる情報だけを選択して言ったりはしなかった。


「『攻撃』はこんな感じ。簡単に言うと、かめ○め波のそれだ」

「うん」

「『溜め』はこれね。両手をフックみたいに組んで、団子を作るみたいにする」

「おう」

「『防御』は二通り。胸の前で左右の腕を合わせるのが通常の形で、左右パーにして指同士をほぼくっつけて手を合わせるのが、短縮形。効果は同じ」


 短縮形と言う言葉から、稔は英語の方面へと直結しそうになる。けれど、マド―ロムの世界でそれを使うのはやるべきじゃないと思った。短縮だからその比喩表現というのは、かえって話をややこしくさせているだけだと感じたのだ。


「最後がローカルルールの『ミラー』。俗に言う『跳ね返し』。相手が『攻撃』の構えだったら勝ちで、それ以外ならゲームが続行される仕組み。今回は一回溜めてからすることにする」

「了解。でも、まずはゲームをしてみなくちゃ始まらないよ」

「その通りだ。基本ルールとして、二回手を叩いてから形に入る。……いいな?」


 稔の質問にラクトが頷いて答えると、稔が「いっせーのーせ」と言ってゲームを始めた。あまり大きな音を立てても迷惑なので、周囲のことを考えた大きさで手を叩いてから形に入る。


 手を二度叩き、まずは互いに『溜め』を行う。それ以外は『防御』を除外したら全て「反則負け」である。加えて初手で防御をしなければいけない状況なんて、まず起こりえないわけだ。やるべき形は一つしかないだろう。


 二度叩き、次はラクトが『溜め』で稔が『防御』の形を取る。

 また二叩きし、互いに『溜め』の形を取る。


 そして四ターン目、稔は勝負に動いた。『溜め』ばかり行うラクトに対して、そろそろ攻撃してくるだろうと『ミラー』を使用したのである。だが、ラクトの取った形は『溜め』だった。既に彼女は四回溜めているから何時でも攻撃できるが、稔は『ミラー』か『攻撃』をどちらか一度しか撃てない。


 そして五ターン目。稔は勝負に掛けることはせず、『防御』の形を取った。一方で既に四回溜めているというのに、変わらず『溜め』を行うラクト。もちろん、これが何か不気味な事を意味しているとなれば、早めに倒すほうがいい。稔はそう考えた。――だが、全ては計画通りだった。


 六ターン目、ラクトは『防御』の形を取った。一方で稔の取った形といえば、『攻撃』である。もちろん溜めているエネルギーはゼロになってしまったのだから、自分が負けてしまう可能性が一段と跳ね上がったことを稔は察した。


 そして、七ターン目。二度叩いてラクトが出した形は――『攻撃』だった。五回溜めたことで変な攻撃技を放ってくる事はせず、非ローカルルールの通常攻撃で稔を倒したのである。


「稔。もしかしてなんだけど……、こういうゲーム弱い?」

「いや、俺は平均並だぞ。お前の為に手を抜いているだけであって、本気を出せば――」

「心の中を覗けば分かるんだから、そんな分かり易すぎる嘘は付くなっての」


 ラクトは稔を嘲笑した。一方で彼の内心に募ってくるのは、『妥当ラクト』というスローガンのようなものだ。「初心者の癖に勝ちやがって……」と思いつつ現実それを受け入れ、稔はバネにして最後のお遊戯遊びを行うことにする。


「じゃあ、最後な。アナログリズムゲームって言えばいいのかな?」

「どういうゲーム?」

「ゲーム内で使う言葉を最初に二文字決める。四文字繋げると一つの意味になるものでもいいね。――ああ、この『文字』のカウントは『仮名数』だ。くれぐれも『漢字数』でカウントしないように」


 漢字一文字を一文字の仮名で読めるものもあれば、二文字以上の仮名で読んだりするものも有る。果ては二桁の仮名で読んでしまうものさえ有るのだから、流石にそれをゲームで使われると困るというのだ。リズムゲームなのに音が合わないようでは、そのゲームの面白さが崩れたとものだと言っていい。


「人名でいくとすれば、紫姫とかヘルとか? ――まあ、人名を何度も言うのは迷惑だろうけど」

「全く。何でこういう時ばかり気を配りやがってさ」

「褒めてもらって光栄だよ」

「いやいや。褒めてるのは確かだけど、呆れてるからな? 光栄とか思っちゃ駄目だからな?」


 ラクトは二つ返事で「はいはい」と言うと、仮名数が二つの単語の中でも何を使うのかを稔に問うた。仮名数二文字の単語は何か無いかと考えていたのだが、ラクトは中々思い浮かばせられなかったのだ。その一方で稔は、この『アナログリズムゲーム』でよく使われる言葉を述べた。


「よく使われるのは『デス』かな。『死』っていう意味が有るんだけど、俺は恐らく『死』じゃなくて『四』を表しているんだと思う。四拍でゲームが進行するわけだし」

「へえ。それで、その四拍で進行するゲームはどんな感じで行うわけ?」

「ああ、それはだな――」


 リズムゲームだということで、ラクトは稔の取るテンポに合わせてみることにした。


「さっきは手を二回叩いてたけど。今度は太ももを一回叩いてから手を叩いて、それから右でグーを作って左でグーを作る。あと、この時に親指を立てることで左右の手と手を離すことが容易になるぞ」

「これが一小節?」

「おう。んで、『○○から始まるリズムに合わせて――』って言った人が先攻。今回は『デス』って言葉を『○○』に入れるから、『デスから始まるリズムに合わせて』となる」


 ラクトは稔の説明を聞いて頷く。これは『大体理解した』という証拠だ。けれど、そんなことすら察することが出来なくて、稔はラクトに「理解したか?」と問おうと考えた。でもラクトは、それを止めて言う。


「先攻は稔がやっていいよ」

「そういうことなら、お言葉に甘えさせてもらうぜ」


 ラクトから先攻の権利を貰うと、稔は自分で言った開幕の合図を言ってゲームを始めた。リズムはラクトが付いてこれないと困るということも考えて、ゆっくりのペースで行う。


「デスから始まるリズムに合わせて――」


 しかし、ラクトがそれを止めた。理由は単純だ。説明は『大体』理解したとは言ったが、これは全てのルールが盛り込まれた事を聞いていない上での話だったのである。だから、初心者であるラクトは止めた。


「これも『ゆびすま』と同じように、数字を言って当てるゲームなの?」

「当てるっていうか、その数だけ口から言うゲームだな。『デス1』ならラスト一回だけ『デス』って言うし、『デス4』なら『デス』って四回連続で言う」


 ラクトは頷くと、続く。


「なるほど。――数に上限は?」

「有るぞ。俺は『0』から『8』まででやってたけど、リズムゲームだから慣れが要るしな。ラクトみたいな初心者には、簡単な『0』から『4』までが良いと思うぞ」

「じゃあ、その方向で。――あと私、理解したから始めていいよ?」


 ラクトは稔に初心者扱いされて闘志を燃やしていた。一方、稔も中断されたことで闘志を燃やしていた。つまりは、両者ともに譲らない展開という訳だ。


 そして中断される前に稔が言っていた開幕の合図とともに、アナログリズムゲームの火蓋が切られた。



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