2-53 ツヴァイ・バレイボウル-Ⅴ
「稔さん。他の召使との関係も考慮しながらでいいので、私と関係を持ちませんか……?」
「おいこら、その言い方はやめろ」
稔は『恋人関係』という言い方ではなく『関係』としたところに、頭を抱えてしまった。言い方を考えて欲しいところである。その他、稔はラクトが敬語で話したところにギャップを感じた。俗に言うギャップに萌える感情を少し理解した気もしたが――心が読まれるのを考慮し、稔は謦咳した。
「関係で変な方向に妄想を走らせるところ、流石は私の主人だね。尊敬の域」
「その尊敬って、『同志』って意味じゃないでしょ? 俗に言う皮肉でしょ?」
稔がラクトに対して言うと、紫姫が割り込んで言う。
「そうだろうな。ラクトが考えていることといえば、大抵は煽りだ。他人を煽り、自らを優位に立たせようとする。無論、悪いことではないのだが、それが共闘する仲間や主人に及んでいるところは問題であろう」
「お前は理系女子か! 割り込んで考察言うようなキャラじゃないだろ!」
稔がツッコむと、その瞬間だ。ラクトが突如として光を放った。僅かな時間で着替える以上、見せてはいけない場所を見られないような工夫が必要である。そこでラクトは、特別魔法を二つ使用するという暴挙に出た。
「ふっ」
白衣を着、ラクトは先程から眼鏡を掛け続けている。白色と一緒に描かれやすいのは黒色や赤色であるが、今回ラクトは後者を選択した。最近ではコンタクトの普及によって姿を消し始めている眼鏡だが、やはり眼鏡キャラは知的に見える。
「(もしかして、ラクトって鯖江市のスパイ……?)」
稔はそんなことを思い、ボケに走ろうと企む。だが、彼が言ったところで、日本の都市の中でも東京みたいなメジャーでない都市を挙げたところで、それこそ横浜出身の稔が語れる情報なんて、せいぜいネット上とか本で調べた情報止まりだ。
「いや、ボケろよ」
しかしながら、ラクトは稔がボケることを歓迎していた。主人公はツッコミに回りやすいということもある訳だが、彼女はそんなメタい事を考えて歓迎したわけではなかった。延々と続く話を聞くのは嫌な彼女だが、知識を増やすことが嫌な女では無かったのである。
「でも、三行で頼む」
「なろうだと、ケータイとスマホとパソコンで文字崩れるしなぁ。難しくないか?」
「メタい話をするな! 普通に説明すればいいじゃん!」
ラクトは稔に強く言った。「はいはい、そうですね――」なんてため息混じりに言うこともなく、稔は「それなら」と言って話を始めた。語れる情報は先述の通り少ないが、それでも彼は話すことにしたのだ。
「三行じゃなくていい?」
「少なくて済むなら」
「おう」
取り敢えず許可を貰い、稔は『鯖江市』に関しての説明を始めた。それはまるでスパイのようである。
「鯖江市ってのは福井県にある。東京から約三〇〇キロ離れているところにある」
「むしろ難しい話になってる気がするけど……」
「かもな。――で、俺の居た現実世界じゃ、メガネフレーム生産の世界シェアを約二〇パーセントも占めてて、国内シェアは驚異の九六パーセント。お前の掛けてるやつは、生憎、鯖江市のやつじゃ無いっぽい」
「そりゃ普通だろ。でも、世界で二〇パーセントは凄いわ」
ラクトが頷きながら言った。ただ、それは本題から逸れたものを戻すための意味でもあった。
「ねえ、結論は?」
「結論ってつまり――」
稔は唾を呑んだ。ラクトに好かれているのは何となく理解していたが、改めて告白されると戸惑った。好意に気が付いていたとしても、所詮は彼女いない歴イコール年齢。そう簡単に応答することは困難だ。
そんな時、ラクトの恋敵でもある紫姫が聞いた。
「ラクトに問おう。それは……ライクか?」
「――両方だ」
ラクトは紫姫からの質問にそう答えたが、それは非常に速いスピードであった。刹那では無くとも、時間的には一秒だけ間を入れたような感じである。もっとも告白の意義を考えれば、いじめの一つで無い限りは、『ライク』を告げるものではなく『ラブ』を告げるものであるのは常識の一つかもしれない。
「ラクト」
「はい」
ラクトは再び召使らしい振る舞いをしだした。馴れ馴れしいほうが接しやすいと思った稔だが、偶に初々しい態度で居てくれてもいいと思った。話に困るのは行き過ぎだし支障も出るから、会話に敬語を混ぜるくらいが丁度いいのは確かだが。
そういう風に色々と思いながら、稔はラクトへ思いを語った。
「俺はハーレムを希望して已まない奴じゃない。そういう風に見られてしまってもおかしくないだろうが」
「うん」
「もちろん色々な召使が居るわけだ。言葉が硬い闇と氷の精霊が居て、同盟から契約に発展した精霊罪源が居て、慰安婦の亡霊の罪源が居て、爆弾魔から譲り受けた女体化娘と死神が居る」
「そうだね」
「だから俺は、召使達との関係が乱れるようなことがあってはいけないと思うんだ」
稔は遠回しに、手持ちで自らに仕える者達を列挙した。紫姫、サタン、レヴィアタン、スルト、ヘル。これからエルジクスも追加される。もちろんそれは、俗に言う『ハーレム』に近いものかもしれない。
だが、そうなれば精霊三体を手持ちに持つことになる。何を隠そう、精霊戦争は『ゲームと言う名の殺し合い』であり、五感と上下人体を傷めつけ合う、最低最悪で下らなく参加せざるを得ない悲劇の物語。当然、そこに参加する『失われた七人の騎士』も『七人の精霊』も、戦闘狂である可能性が極めて高い。
だからこそ、召使と精霊と罪源のそれぞれで戦われたら困る。ふざけ半分であろうが、どのような理由があろうとも、予防策として万全を期したい稔が許すはずないのである。それは武器を用いようが魔法を用いようが、変わらない。
そして、それらの諸悪の根源となり易い一つ。それが、稔とラクトの関係なのである。初めて召喚した召使だからこそ、応召不能だからこそ。それに魔法の面で考えたって、ラクトが出来る事は他と比べれば多すぎる。
「ラクト。お前はベストなパートナーかもしれない。けど、現時点じゃ『彼女』にも『嫁』にも出来ない」
「そっか……」
「ただ――」
悲しむラクト。言うまでもないが、彼女は心が読めてしまう為にこれほど悲しんでいるのである。魔法でないから封じられることもないが、強制的に封じられないからこそ問題が有る。制御するためには自らの意思で行う必要があることだ。
だから、人一倍悲しんでしまう。一方で人一倍嬉しくなれる。利点も欠点も、両方同じほど存在するのがラクトの非魔法だ。そんな能力を抱えた頼れる召使の彼女に、稔は少し間を入れてから続けた。
「自分の心に嘘を付くのは得意じゃないから、言っておく。俺はお前が嫌いじゃない。支配下にある全ての召使、精霊、罪源の中であれば、ラクトに向かっている好意は一番大きいと思う」
「友達以上恋人未満、みたいな?」
「簡潔に言えばそうなるけど、ランク的には恋人の一歩手前な気が――いや、忘れてくれ」
稔はつい、思っていたことを口に出してしまった。親友よりは上だが、別に家族みたいな気はしない。なろうと思えば恋人になれそうな、そんな手が届きそうなところに居る。それが今のラクトのランクだ。
「要するに、序列一位?」
「格好つけて言えばそうなるんじゃないかな。――てか、序列って相当厨二な気がするけど」
「稔のせいで厨二病を発症したのかもね」
クスッ、とラクトは笑みを零した。一方で、紫姫はあまりいい表情を浮かべていない。ラクトが一位に在ることはそれなりに理解できても、稔の口から言われると傷つく度が違ったのである。けれどそれは、慰めた時に回復するゲージが他の人からよりも多いという意味でもある。
「紫姫は今のところ二位だ。けど、これから長い付き合いになっていくわけだ。一位になる可能性もある」
「それは嬉しい限りだ。――だが、取り敢えず今夜は姿を出さぬことにする。貴台が今夜何をするかを分かっているからな。では、お楽しみということで、我は石へと還らせてもらいたい」
稔は聞き捨てならない言葉を聞いてしまったような気がしたが、紫姫は魂石の中へと戻ってしまった。マドーロムの世界で起こっていることはある程度なら石の中でも把握できるらしいが、稔は強制召喚したりはしなかった。バレーボールの審判をしてくれたお礼として、休ませようという理由だ。
「『お楽しみ』って、なんだろうね?」
「エイブ戦だと思うが」
「夜戦じゃないの?」
「俺が某艦隊ゲームの提督をしていたからといって、お前がそれをネタとして使う必要はないぞ」
稔はそう言ったが、ラクトの暴走は始まると留まることを知らない。また光を放ち、メガネは掛けたままに服装を変えたのだ。稔の脳裏には某艦隊ゲームのキャラクターの姿が浮かんでくるが、ラクトはそれらのキャラクターに変身することはなかった。
「エルフィリア帝国海軍の服装」
ラクトはそう言い、別に稔がリクエストした訳でもない服装をチョイスしてコスプレ姿を見せた。でもそれは男用の軍服であったから、胸のところが強調されているように見えてしまう。もっともパーツとしては充分過ぎ、流石は準備作業中にサタンから慕われることになっただけはあった。
白色の海軍の軍服としては定番すぎる服は、白色の学ランのようだ。襟の部分と右袖の最下部には、エルフィリア帝国王室の紋章であるサクラが描かれている。そして黒鍔で、それ以外は白色の海軍帽を頭に被り、男性用衣装らしく白色のズボンを履いている。
「これって、メッセでコスプレする衣装と同じやつか?」
「さあね。でも、一応これがエルフィリア帝国海軍の衣装ってことを知って欲しくてね。まあ、どうせエルジクスの衣装を見たと思うんだけど……。違うところ、分かる?」
「ち、違うのか?」
稔は驚いた声を上げる。一方のラクトは、「当然じゃん」と彼を笑う。
「分からねえよ。てか、バトルに集中している時に見れる訳が無いだろ」
「エルジクス可哀想だなー。こんな鈍感で観察能力に優れていない主人に預かられるなんて」
「大丈夫だ、俺にスク水属性は無い。――で、何処が違うんだよ?」
稔はラクトに聞く。強くでは無いが、ラクトは知りたそうにしている稔を見てしまうと言ってしまった。言う気が最初から無いわけではなかったのだが、少し弄ろうとも思っていたところでの行動である。
「ここ。右肩辺りの羽毛みたいなものの色が違うんだ」
「羽毛じゃなくて肩章だろ? それで。男子用が黄土色で、女子用は何色なんだよ?」
「生着替えで説明しながら、――色々と見せようか?」
「やめなさい」
稔は口頭で説明するようにラクトに求めた。言われたラクトは舌を出し、「ちぇー」と不貞腐れた顔を浮かべてしまっている。でも、着替えシーンを見るのは満更でもない稔。それは理性的な証拠でもあった。
「女子用は黄色ね。色が何を意味するのかは分からないけど」
「そういうのは戦争祈念館に有ったんじゃないか?」
「んじゃ、今度また行こっか。二人きりで」
「いやいや、ミリオタでも軍オタじゃないし。二人で行っても、専門知識ある人に圧倒されるだけだろ」
稔は行く気がないわけではなかったが、その方向へ走った人でもないのに無理をして行くべき場所では無いと考えていた。祈念館は知識を得るために行く場所であり、デートで行くなどとんでもない。左派右派、どちらかに傾いた人かと疑われかねないだろう。
「そうかもね。――じゃあ、稔は何処でデートするのがお望みなのさ?」
「俺はラクトを『嫌いじゃない』と評価したし、『今在る召使の中であれば一番好き』だと言った。それは事実だ。でもそれは、ラクトを『まだ』彼女として見ているわけじゃないってこと。喜ぶのはいいけど、勘違いは大概に」
「照れ隠し?」
「おいおい、勘違いすんなって。こういう態度を取る理由は説明しただろ?」
稔が言うと、ラクトは手を大きく一拍手した。思い返し、彼が何を言っていたかの確認を終えたからだ。
「なるほど、関係維持のために私との関係を犠牲にすると……」
「『犠牲に』とは言ってないんだけどな」
「似た意味じゃん」
ラクトは少し笑いながら、稔の主張に反論を述べた。一方で、言われた稔は丸めに入った。ラクトが他の召使よりも上に居る理由のような、そういうものを付けてのまとめのような事を話していく。
「そうかもな。けどそれは、難易度が高い話でもあるんだぞ。お前を信頼しているからこそ、俺は他の召使との関係を良好に出来る。まあ、関係を発展させる事を止めたように聞こえるかもしれないけどな」
「その言い方、いいように使われている気がしなくもないけど――」
「ごめんな。でも、俺だって戸惑ってるんだ。彼女いない歴イコール年齢の俺が、告られたんだぞ?」
「初めて、か。――なんか嬉しい」
「だから、言い方を考えろっての……」
稔はラクトの台詞を聞いてため息を付いたが、ラクトはそれを小馬鹿にするように舌を出す。でもラクトは、稔がそれを認識したと同時、約束を言うために止めた。
「稔が今在る召使の中で一番好きで居るのなら、それでいい。他の召使に好意を移したっていい。でも、一つだけ言わせて。好意を持っているのが一番で、正式な彼女じゃないからこその条約を」
「お、おう……」
稔が唾を呑んで相手の出方を伺う。一方でラクトは深呼吸し、そういう稔の心情を理解して即座に言った。彼女が顔に浮かべた表情は真面目な表情そのものであり、赤色のメガネの効果が十二分に発揮されている。
「ハーレムを作りたいなら作ればいいさ。でも、身体の関係を持つなら一人の方向じゃないと許さない。キスは濃厚なものでなければどうでもいいけどね」
ラクトは言い切ると笑顔を浮かべ、はにかんだ表情で稔を見る。それから数秒経ち、稔の返答が行われた。
「分かった。じゃ、その条約を締結しようか、ラクト」
「ありがとう。じゃあ、約束の印に目を瞑ってくれないかな?」
「な、何をする気なんだ?」
「いいからいいから」
稔はその場に立ったままに目を瞑った。無防備な今、睾丸に蹴りを入れられたら溜まったものではない。だが今は、そうならないように祈ることしか出来ない。「ラクトはそんなことをしない」と、「しないでくれ」と思うことしか出来ない。
と、その時。
「(嘘だろ?)」
稔が薄っすらと瞑った目を開いていくと、見えたのはラクトが稔の唇に触れる寸前の光景。だがそれは弱みでもあるから、稔は開眼させてラクトに言った。
「濃厚なキスじゃなきゃ良いと言ったそばから、お前は何を企んでるんだか。まあ、そんなに堂々と出来る度胸は俺に無いからな。だからかわりに……な?」
稔は言ってラクトの頭を少しポンポンと優しく叩き、円を描くように撫でていった。身長差は一〇センチくらいしかない稔とラクトだが、ラクトが稔の胸のあたりのところに頭のてっぺんを持ってきていたので、ラクトが小さいように見える。
ラクトが稔に頭を撫でられていたのは、時間にして三分くらいだった。口では出さなかったが、稔がラクトを撫でていた方の手が疲れだしたと同じくらいの時間である。ただそれは、別にラクトが心を読んだから出来た業ではない。
「んじゃラクト、部屋に戻ろうか?」
「うん」
ラクトは口数が少ない女の子に一時的になっているようで、テンションもそれほど高くないけど真剣でもない、そんな彼女がそこには居た。
「――テレポート、このホテルの六〇五号室へ――!」
ラクトは稔の右手を優しく握り、同時にテレポートが開始された。