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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
二章 エルフィリア編Ⅱ  《Fighting in the country which was defeated.》
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2-52 ツヴァイ・バレイボウル-Ⅳ

 でも、結果は見えていたことだった。バレーボールチーム内に体格的に不利な子が居ようが、相手チームには同時に背の大きい子も居るのだ。もっとも社会人であるため、彼女らに「子」というのは、夜の関係を大量に持っているクズ男を連想させる。止めたいところだが、咄嗟に浮かんだのはそれだった。


 だが、色々とあった後だ。そうなってしまうのもおかしくはない。


「マスター、ボール来てるっすよっ!」

「ごめ――」


 ヘルの守備範囲では無いところへ来たボールを、稔は返すはずだった。だが時は既に遅く、打てる策は無かった。いくら稔が落ちてくるところへ向かおうが、そこに有るのは『敗北』の二文字だけだったのだ。ボールが落下を完了してしまえば、上げるためにはボールを掴む必要がある。


 それから少し経ち。


「サーブ神っ!」

「褒めてるのかもしれないけど、改めて言われると恥ずかしいな……」


 ラクトに褒められた稔は、少し気分が良くなった。ヘルの守備範囲ではないところに落ちてしまったボールの一件後であったから、それは大きいことだとも言えた。しかし、事件は再び起こってしまった。


「ごめっ……!」

「痛いです、マスター……」


 稔が得意気にネットの上部を狙ってサーブを打ったのだが、当たったのはネットではなかった。巨人状態であれば無問題だったのだが、巨人状態でも無い普通の女の子状態のスルトの背中にクリーンヒットしたのである。当然、『サーブ神』の放ったサーブの威力は大変なものだった。


 仲間内を狙ったわけではない。でも、当たってしまった。仲間内がもっと行動すればとか、そんなのは違う。落ちたところは自分を中心にしたエリアなのだし、本来は稔が行くべきだった。


 そして、紫姫が試合終了のブザーを鳴らした後。


「みんな、ごめん……」


 稔は自分の行った行動が全て悪いとは思わなかったが、結果的にそういったところが目立ったことを反省した。スポーツは楽しむものであるが、反面、悲しむものでも有る。でも後者は、真剣にやらなければ顔から滲み出ない。「楽しみました」なんて文面じゃ簡単に書けても、「悲しみました」は難しいはずだ。


「痛みは一時的にありましたけど、別に私はマスターが悪いことをしたとは解釈していません」

「落ちたのは私の責任じゃないっすか。スポーツは言葉を必要最低限にして身体を動かすものっすよ?」


 スルトとヘルはそう言い、稔が反省しなくてもいいような風潮に変えた。そして、最後にラクトが付け加える。綺麗にまとめるように言い、それは何かのスポーツの監督や顧問の台詞にも聞こえてくるくらいだ。


「チームリーダーを設定しとけばよかったね。……てか、そもそも四人対六人だし、私らはアマチュアで相手はセミプロみたいなもんじゃん。楽しむのがスポーツの全てじゃないし、勝負がスポーツの全てじゃない。でもアマチュアで居る限りは、その対比を七対三くらいにしておけば良いと思うよ」


 勝つことで得られることもあれば、負けることで得られることもある。失敗したって逃げない方がいい。それを糧にできるのなら、その方がいい。でも、アマチュアとセミプロやプロは違うところがある。


「だってさ、私達は私達だけが応援してるじゃん」


 そこだった。稔が「そうだな」と共感して言うと、ラクトは続く。


「クラス対抗の球技大会であれば、クラス全員が応援する。でもそれは、『球技大会』っていうリーグのもとだから。リーグに属していない者が他者から応援を受けられるとか、そんなのは甘ったるい考えだよ」


 ラクトは、悲しい気持ちになる稔を見たくない一心の気持ちで叱咤激励した。大声ではなかったので、今回は「叱り」の意である。言葉は優しさを微塵も含んでいないようなもので、聞いている側からすると、耳に障る話であった。でも、檄を飛ばす言葉のようでもあった。


「確かに、ラクトの言っていることは間違っていないと思う。じゃが、私とクラウディアの二人で対抗することが出来なかったじゃないか。そう考えれば、数の問題だと思うんじゃが?」


 ただ、ラクトの言っていたことには反論を述べた者も居た。エルヴィーラである。彼女は稔&ラクトのペアにクラウディアと挑み、敗北していた。だからこそ、自分たちが勝てたのは『数』が要因だと思った。だがそこから、論議を乱す、イチャラブカップルだと認識した二人への弄りを始める。


「それはそうと、お前さんの嫁は言葉がきついな。夫を励ますのは嫁の仕事かもしれないが、あまりきつい事を言われても腹が立つだけじゃろう。取り敢えず、こういうのを渡そうか?」

「ちょ――」


 論議を乱したのは言葉だけでなかった。なんとエルヴィーラは、ピンク色のゴムが入った透明な袋を取り出したのである。その形状からして、稔は何を意味しているかをすぐに察した。そして、彼の立ち振る舞いから落ち着きが消えてしまう。


「ななな、なんてもの出してんだよっ!」

「スポーツ選手って、実際性欲が強いものじゃしな。有り余っているからあげたいんじゃ」

「いらねーよっ!」

「でも、将来的に子作りをするんじゃろう? まあ年齢も年齢だ、『責任が取れないから――』という理由で逃げるのは目に見えているんじゃがな。だからこそ、これを持ち歩いておくといい」

「街中で堂々出来るか! そもそも、他の精霊や召使に見られている可能性もあるんだぞ!」


 稔がそう言うと、ヘルが笑みを零した。彼女も形から察していたようだが、使用目的を考えて口を挟むのを拒んでいたのだろう。そんな中にそのボケとツッコミである。笑ってしまうのも無理は無い。その一方、スルトはそれを何に使うかを理解していなかった。


「ヘル。あれって何に使うの?」

「あれは――」


 後ろで女子同士の会話が行われている中、稔のツッコミに対してはラクトが割り込んで言った。


「堂々と押し倒したじゃん」

「ちょっと待て。俺と一緒に『そういう意味じゃない!』って言ったよ……な?」

「言ったよ。でも、そういうこと言われちゃったら矛盾してるし」

「矛盾しているのは認めるけど、ハプニングと意図的に行うものは違う気がするんだが?」

「そんなの分かってる。稔に意図的に色んな人の前で押し倒せるくらいの度胸、微塵も無いじゃん」


 ラクトから言われた言葉は、稔の心を貫くような一撃必殺技だった。言わずもがな、対抗不能である。そのため稔は、その一撃必殺の後には開き直ることしか出来なかった。


「そうだな」

「強気で居て欲しいけど、常時性欲開放じゃない方がいいかな。理性的な方が付き合いやすい」

「お前の場合はトラウマがあるもんな」


 稔には事実を打ち明けたが、ラクトは自分の母姉が自分のインキュバスという幼なじみに犯されてしまった経験を持っている。でもそんな時、頼みの綱だった父は仕事で不在で、彼が返ってきた時には遅かった。逃げた幼なじみを追い掛けた父も居たが、道半ばで彼は亡くなった。


 強気な方が良く、一生懸命に向かう人が良いし、面白かったり話し易ければもっといい。でも、理性的ではない野獣の匂いがプンプンする人は嫌。ラクトはそう思っているからこそ、「強気でいろ」と散々言うのである。下ネタを含めて言動に関して許せても、ボディタッチなどに未だ抵抗があるのはそれが理由だ。


「まあ、稔が胸の方へ視線を送っているのは重々承知ですがな」

「お前も公認みたいなものだろ?」


 稔がそう言うと、ラクトは言葉を言わなかった。でも、稔の言ったことには首を上下に振って回答した。しかし、胸の話になると色々と困った事態が起こる。巨乳赤髪の女、と言われる程だ。自身の胸にコンプレックスを抱いているような女性からすれば、イチャコラしている上であるのも影響して余計に腹が立つ。


「バレーボールコートで、イチャコラ、ダメ……」


 単語ごとに区切るというキャラクターであるから何処か子供のような印象を受けてしまうが、テレーゼという彼女は社会人である。バレーボールの腕前は相当なもので、チーム内で姉と争うスパイカーだ。だからこそ、バレーボールには思い入れが強い。


「怖い……」

「ちょっ――」


 テレーゼが苛立ちの炎を背中に見せると、ラクトはそれを更に煽ることを行った。稔の方に近づいていって肩を寄せたのである。柔らかい感触を感じて咄嗟に稔は言葉を吐き出したが、それこそリア充を象徴するような行動。テレーゼに『リア充』なんて言葉は記憶に無かったが、同意義に受け取られていた。


 当然、どのようなことになるかは容易く予想できるだろう。


「イチャコラする奴、ここから、追放、待ったなし!」

「おい待て、テレーゼ一体何を――し……」


 ヤンデレっぷりが溢れんばかりに出されているとしか思えないその顔を、テレーゼは苛立ちの表情とした。同時に彼女は右手の拳を強く握り、それを稔の腹の中心部を狙ってパンチしてグリグリする。もちろん、痛みが相当なものになっていく。けれど、そんな時に励ましで煽りを入れたのがラクトだった。


「いつか子供が出来たら、恐らくそういうことも有ると思うけどね」

「子供扱い、するな。するやつ、追放、待ったなし!」

「ちょ、私もな――ひゃあっ!」


 テレーゼは稔の腹を狙って放った拳でのパンチ攻撃をストップし、今度はラクトへ怒りをぶつけた。しかしテレーゼは、ラクトに対して腹パンしたりすることはなかった。自分がコンプレックスを抱いている場所の一つを狙った攻撃を行ったのである。


「も、揉むなって! 痛いってば!」


 テレーゼは、ラクトが笑顔でいられるためのエネルギーで色気を醸し出す部分を攻撃した。胸揉みである。彼女が特別な異性以外には絶対許さない、ハプニングであろうが問答無用で裁きを与えかねない、そんな行為である。


「いいですね、テレーゼ」

「いいぞ、もっとやれなのじゃ!」


 テレーゼが胸を揉んだことに、クラウディアとエルヴィーラは歓喜の声を上げた。コンプレックスを抱いている場所への集中攻撃だったから、三人ともに嬉しさに包まれていた。しかし、同時に悲しみも生まれた。


「なんで、豊満じゃないんでしょうか……」


 テレーゼが揉めば揉むほど。クラウディアもエルヴィーラも、テレーゼもそうだ。彼女ら全員、自分の劣等的な部分に手を当てて悲しんでしまった。もちろんそうなれば、テレーゼの局部集中攻撃も終わる。


 それから一五秒位が経過し、悲しみが少しずつ薄れてきた中。稔の意識が戻ってきたと同じくらいで、テレーゼの姉であるエルヴィーラが先程のピンク色のゴムが入った袋を七袋も取り出した。


「私の妹の行動の詫びにと言っちゃなんじゃが、やっぱり受け取って欲しい」

「おお」


 詫びの印だとは到底思えないような物であるが、ラクトは「ありがとう」と言った。毎日一回は使いなさいとの暗示をしているのではないかと疑ってしまうくらいだが、エルヴィーラはそんなことを考えてなどいない。ガサゴソ探って見つけたのが偶然その個数だったから、という理由だった。


「稔。今日の夜で全部使う?」

「何を考えてるんだよ! そもそも使うわけ無いだろ!」

「ふーん」

「いや、魅力が無いわけでは――」


 稔が言い返す言葉に困っている中。自分たちの事を考えているからそうなったと考えたヘルとスルトは、言い返しに困る彼に言った。スルトは意味を理解しており、少し顔を赤くしている。元々は男であった彼女が根本的なところから変わったな、と稔は同時に思う。


「大丈夫です。召使や精霊、罪源に、マスターが『寝ていろ』と命令を出せばいいだけですし」

「そもそも夜なんすよ? 寝ないでぶっ通しするのには持って来いじゃないっすか」


 スルトとヘルは共に急かすようなことを言った。だが稔はそこまで非理性的な男では無いし、考え方も他の人を優先に考えているところがあった。だから、強引に行くことは無いと指摘する。


「二人とも今日中に全部使えって言ってるけどな、俺はそういうのを急ぐタイプじゃ無いんだ」

「じゃあ、私達は全員寝ることにするっす。後でサタンとレヴィアにも伝えておくっすよ」


 ヘルのやっていることの一つ一つは、稔とラクトにそういう場を提供しようという一心からだ。でもそれは、稔を貶めようとしているように見えなくもない。


「――さて。言うだけ言ったので、私達は魔法陣の中へ戻ります」

「ありがとうございましたっすわ~」


 スルトとヘルはそう言って応召リターンした。これから魔法陣の中へと戻って寝るのだ。その一方、バレーボールチームはバレーコートを片付けだした。終了時間は七時半だったらしいのだが、稔らが参戦したせいで延長してしまっている。だからこそ、彼女らの行動はテキパキとしていた。


 稔とラクト、それに紫姫も片付けに参加した。ネットやら支柱やらの置き場所は知らなかったが、場所はクラウディア達に聞けばすぐ分かることだ。そのため作業は、特に変なこともなく進んでいった。




「では、私達はこれにて解散ということになりますので。紫姫さん、でしたか。最後の七分対決の審判はありがとうございました。それでは、何時かまた会える人を楽しみにしています。さようなら――」


 クラウディアが代表してそう言い、稔と対戦したチームの皆は個々で自宅へと帰っていった。終わってみれば一九時五〇分近く。そう、時計を見て稔が時間を確認した瞬間だ。アナウンスが掛かった。


『安全的かつ安心的な会場運営の為、体育館や周辺施設のご利用は特に申し出のなき場合、朝の八時から夜の八時までとさせて頂いております。卓球とゲームセンターは夜一〇時、大風呂は男女ともに深夜一時までをご利用可能としております――』


 アナウンスが繰り返されるのを知って、稔が会話をスタートさせた。


「だってよ。ほら、出るぞ」

「この体勢で動かないの? ――ああ、紫姫が嫉妬しちゃうか」

「我はアメジストに思いを寄せいているが、別にくっついて貰っても構わないぞ」

「ふーん。……じゃ、ここで告る」

「え?」


 紫姫は耳を疑った。その言葉が何を意味しているのかはすぐに理解できたが、稔を好きでいるのは自分も同じであった。だからこそ、もう一度確認のためにも聞きたくなったが――ラクトはそれを許さない。

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