2-48 爆弾処理後の後始末-Ⅲ
そもそも、開ける箇所は一つで十分だ。金持ち達が入室する時に通るのはそこしか無いことにすれば良い訳で、危機的状況から脱した喜びが強かったことでスムーズにいくと見れば良いだろう。失敗したら色々と言われるのは目に見えていたが、取り敢えずはその方向でいくことにした。
そして、稔の考えは見事に的中した。金持ち達が入室したのは、ラクトと織桜が開いた扉からだけだったのだ。その扉は会場の中央入口で、左右へと進んで第一や第二の入口からも入室しようと思えば出来る。けれど、金持ち達は恐怖から脱したことで気分が楽になっていた。故に、そんなことが脳裏に浮かぶはずもなく。
要は――全ては予想通りにいくとの稔の思いが、その通りに動いてくれたのである。
「(それで、金持ち達はこれで全員入ったのか――って、警備員とか王女が居たな)」
金持ち達は我先にと入る程マナーが悪いわけではなかったが、警備員や王女とその秘書が到着するまでには時間が掛かった。もっとも、それは長く繁栄した帝国――王国の中枢に立つ人物だ。守られるべきものであるということか。
そんな風に思い巡らしている中で、稔の右肩を叩く人物が一人居た。
「ラシェ――スディーラ。どうした?」
「いや、『ラシェ』でいい。僕はその呼び名が気に入ったからね」
「そうか。じゃ、以後はこの呼び名にすることにするか。――で、何の用だ?」
執事服に近いような服を着、黒色の蝶ネクタイをしたラシェル。彼女は稔に用件を問われ、即時に答えを出そうと考えた。しかしそれと同じくして、ラシェルの隣をリートが通り過ぎそうになる。
「稔さん、パーティー会場の安全は確認できたでしょうか?」
「ああ、大丈夫だ。リート、気にしなくていい」
「そうですか」
稔との会話をし終えると、会話の相手に「ご苦労様でした」との思いがこもった一礼をするリート。彼女はドレスを着用しており、緊急事態からだと目に留めていなかった稔だったが――今一度見てみて、美少女であることを再確認した。
「では、ス……ラシェ。用件を話したら、早く来て下さい」
「はい、リート殿下様」
ラクトと織桜が扉を開けていたのだが、リートは彼女らを考慮して早めに歩いて入室した。そして、ラクトと織桜は戸を扉を閉めようとした。けれどまだ、ラシェルが入室していない。そのため開けたままで待機しようと考えたのだが、ラシェルは穏やかな表情で言った。
「気を利かせてくれるのは嬉しいんだが、僕の仕事は裏方だ。織桜は殿下のパーティーに参加するだろうし、稔くんはパーティーに未参加だろう。であれば、ラクトと稔は即時にここから出て行った方がいい」
「出て行く――ってか、部屋に戻れってことだろ?」
「言い換えればそうだな。まあ、言いたいことはそういうことだ。では――」
ラクトと織桜が未だに開けていた扉を越え、ラシェルがパーティー会場へと入っていく。一方で椅子などには座っていないものの、パーティー会場に足を踏み入れていた織桜が扉を閉める仕草をした。
「はいはい、出ます出ます……」
ラクトは押され気味だったが、遅れた時間を取り戻すのは容易では無いことを考えれば許容内の行動と言えよう。けれど織桜は捨て台詞を残し、去った。もちろんそれは、他人からの評価を落とす大きな要因だ。
「終了はこの調子だと二二時だ。それまで仮眠でも取ってるといい、愚弟とその召使――」
ドアの向こうで織桜がそう言うと、ラクトと共に織桜が開いた扉がアニメの演出のように閉まる。大きな音を立てることは予想出来たが、実際、大きい音は出なかった。理由は単純だ。右と左の扉が――言い換えれば木と木が合わさることはないらしく、寒さ対策は魔法で行うらしい。
ホテルの扉の構造に感心していると、ラクトが稔に話しかけた。
「んじゃ、ゲームの件」
「ホテルの廊下でゲームをするとか、それは相当な迷惑だと思うが――」
「いや、そこまで脳のない女じゃないと自負してまるんだけどな……」
ラクトが悲しげな声で言った。だが、彼女が悲しむのは余程のことがなければ起こり得ない。
「分かった! じゃあ、稔サイドの召使でトーナメントをしよう」
「何のトーナメントだ?」
「卓球とか、どう?」
「いいね。まあ、恐らく俺が一位通過だろうが――」
稔が自信ありげに言うと、ラクトは「ねーよ」と彼を馬鹿にした。ゲームは崩壊するが、卓球のピンポン球を止めれてしまえば、それこそネットと同じ位置に盾を作るなどすれば、すぐ目の前に勝ちはある。でもそうなって一位に必ずなれるかといえば、そうではない。
「でも、取り敢えず紫姫はチートだよね。時間止められちゃ何も出来ねえわ」
「バリア張られないだけマシじゃね? そんなこと言ったら、サタンとか完全にチートじゃん」
「まあね。魔法を一時間コピー出来る訳だし、複数の魔法を一緒にコピー出来るもんね」
ラクトが言うように、サタンの魔法を有効活用することが出来るに越したことはない。時間を止め、バリアを張り、ボールをある程度動かして凍らせ、その場に落下させる。放たれた銃弾がピンポン球を撃ちぬく可能性も無く、ほぼ勝つことが出来るだろう。
しかそれは、魔法の有効活用であっても『悪用』である。
「魔法は……無し?」
「そうだね。それが良いと思う。それはそれでいいけど、結局、卓球することになったの?」
「使える場所さえ有るのなら、俺はどんなスポーツでも受けてやる。ということで、お前に判断を委ねる」
「私は卓球も良いけど、やっぱり――」
ラクトは敢えて途中で切り、稔を連れて廊下を歩き出した。パーティー会場は非常に広い部屋な訳だが、その反対側にも非常に広い部屋が有る。彼女はその広い部屋の説明の為、わざわざ歩いて看板が有るところまで向かった。
「稔。ここ、このホテルの体育館なんだよね」
「そうか。――で、何が出来るんだ?」
「広さはパーティー会場の二倍で、一周すると二〇〇メートルくらい有るらしいんだよね。だから、色々と出来る。例えばバスケとかね。でも、今回するのは――バレーボールだ」
ラクトが卓球嫌いだからバレボールに変更したのかな、と稔は疑問を抱いた。だがラクトは、そこまで運動音痴という訳ではないらしい。彼女は自分よりも仲間を優先してバレーボールを選んだまでだった。
「バレーボールってチーム戦じゃん。だから、どうしてもメンバーの事を気にするでしょ?」
「そうだな。確かにトス上げた後に決めるとかすると、やっぱり仲間を気にするわな」
バレーボール未経験者では無いし、中学生時代には『サーブ神』と呼ばれていた。稔の通っていた中学校では球技大会が二度あり、前期末と後期末にクラス対抗で行わていた。前者がバスケで後者がバレーなのだが、稔は後者のバレーボール球技大会で、一挙にサーブで七点稼いだ記録を持っている。
稔はそんなことを思い返しながら居て、彼の心を呼んだラクトは稔を更に尊敬した。ただ一方でラクトは、稔を弄るためではないにしても気にしてしまったことが有った。
「――待って。これってバレーボールの小説だっけ?」
「一応、略称名に『敗救』ってあるしな。読み方によっては『ハイキュウ』となるだろ。――それはそうと、時間が勿体無いじゃないか。お前には『早く進める』という気が無いのか?」
「はいはい……」
稔に急かされ、ラクトは渋々行動を取り始める。しかし始めに行われた行動は、意外にも扉を押す行為だった。扉を前に押し、現在パーティー会場として使われている大ホール的な場所の二倍の広さを誇るホテルの体育館へと足を踏み入れる。床には埃一つなく、念入りに掃除しているのが窺えた。
「あれ? バレーボールのコート、もう出来てんのか」
「恐らく、あの人達が使ってるだけだと思うんだけど……」
ラクトが指摘を入れた。確かに、バレーボールのネットが立てられているところから少し離れたところにはバッグが有る。加えて稔が視線を移したと同じくし、ペットボトル内の清涼飲料水を呑んでいる女二人を発見した。汗をかいているかは不明だが、服装からしてバレーボールプレイ組だ。
「……あの人達に挑戦する?」
「俺らの団結力は戦闘以外でも発揮できるのか? てか、魔法使用の許可は下りるのかよ?」
「許可は下りないだろうよ。でも、精霊戦争で一勝してるから団結力は有るはず」
ラクトはそう言い、稔がバトルを申し込むように煽っていった。それは、「『サーブ神』だと言われた記録が有るんだから」というのも一つだが、それ以上に大きな理由があった。
「(コート、片付けたくねえんだよな……)」
言うのも無理は無い。片付けようとしていた事実は無いけれど、そのコートは公式の試合で使うコートとほぼ同じだ。高さは女子同士で戦っていたから二二四センチである。稔がジャンプすれば軽く届く高さだ。もし仮に稔を登場させて男女混合にするならば、少なくとも数センチ程の調整は必要である。
「お……」
ラクトが色々と考えている中で、稔は女二人が休憩しているところへと歩んでいった。取材の申し込みをするスタッフのようにも見えるが、休憩している女二人は、男が召使の手のひらの上で踊らされているとは思いもしないだろう。
少しニヤけそうになるがそれを堪え、ラクトは稔の交渉の様子を見守るように嘲笑する場所が無いか探しながら見ていく。俗に言うライブであるため、何が起こるかは分からない。
「――あの、すみません。バレーボールをしていらっしゃいましたか?」
「はい、そうです。……どちら様ですか?」
「僕は『夜城』と言います。それで、対戦を申し込みたいんですが――」
「ああ、構いませんよ。ただ今、残りの四人はシャワーを浴びていてですね……」
「そうなんですか。別に時間が掛かっても構いませんよ」
稔はそう言い、シャワーを浴びたい人には浴びせておけという思いを伝えた。けれどそれは、逆に相手の提案を生んだ。しかしまだ、実力差の有無など分からない。故に、相手の提案に稔は乗った。
「……なんなら先に手慣らし程度に対戦します? 二対二で魔法の使用は禁止、それでやりましょうよ」
「いいですね。やりましょう」
稔は女にそう言うと、すぐにラクトを自分の元へと呼んだ。無論、これは二人対決である。もちろん相手サイドもコート内に入るのは二人だけだから、稔と会話していた女ともう一人の女がコートに入った。
「サーブ権はそちらにお渡しします」
新しくコートに入った女はそう言うと、稔とラクトの居る方のコートへとボールを転がした。ネットの上からでは入らないと思ったわけではなく、軽く話していたら自然とそうなった形だ。
「二人制ですし、ルールは甘くいきましょう。リベロ無し、ローテーション有りで前衛と後衛が入れ替わる、休憩は無し、ワンセット七分の一発勝負――。どうでしょう?」
「いいんじゃないか? でも、審判が居ないじゃないか」
「構いません。アウトかセーフか論議になった際は、じゃんけんで決着を着ければ良い話でしょうし」
審判全否定――という風にも受け取られるかもしれないが、二人制で行うのだから仕方がなかった。スルトやヘルに紫姫が寝ている可能性は否めないし、サタンに至っては病院から戻ってきたかも不明だ。何か一つも提案出来ず、結果が追いついてみれば、相手サイドの言うルールに従うことになっていた。
「まあ、ルールが決まれば後はゲームスタートを待つだけだ。ゲーム開始の合図を出してもらえないか?」
稔はそう言って相手サイドへ、遠回しに「七分を刻むためにタイマーのスイッチを押せ」と言った。しかしそれと時を同じくして、精霊魂石から一人の精霊が召喚された。否、精霊が召喚「した」のだ。
「アメジスト。時間に関しては我が担当するし、ジャッジも我が請け負おう。相手サイドの二人も心配するでない。我は片方を贔屓するような真似はしないと誓う。公平なジャッジを心掛けることも同時に誓おう」
「そうか。なら、これを使わなくちゃダメだよな」
言い切って、紫姫は襟を正した。それから間もなく、ラクトが紫姫にブザーを投げて渡した。
「確かにそうだが、だからといって投げるんじゃない。いくら貴様が作った物とはいえ、これはブザーだぞ。値段を気にしなくていいとしても、機械が壊れる可能性だって――」
「平気平気。さあさあ、早くゲームスタートの合図をするんだ」
ラクトに急かされ、紫姫はタイマーの方へと近づいた。時刻は七分に設定されていたが、これは女二人が友人とバレーを楽しんでいた証拠である。
そしてそのタイマーのスタートボタンを押すと、紫姫は言い放った。
「――排球、開始――!」