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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
二章 エルフィリア編Ⅱ  《Fighting in the country which was defeated.》
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2-47 爆弾処理後の後始末-Ⅱ

「何か、変なものとか見つけたか?」


 雑巾を手に持ち、それに埃や粉を付着させた稔が言った。まだ爆弾が設置しているとなれば、パーティー会場といえど閉鎖を続けるしか無い。爆弾から精霊が現れることは稀だろうが、それでも爆弾が有るところへ貴族的な立ち位置に居る輩を置く訳にはいかない。


 エルフィリアは、政治面で貴族が支配している国ではない。でも、経済面では庶民が支配しているなんて考えてはいけない。貴族的な立ち位置に居る輩に圧力を掛けたい気持ちも有ったが、所詮、経済を回しているのはお金を持っているもの。故に、大切にしない訳にはいかない。


 そうなれば――自然と、閉鎖という文字が浮かぶ。そして、その根拠として必要になるのが『危険性』。言い換えれば『爆弾の有無』だ。先程のような件が起きないという保証はないため、自然と稔の顔にも真剣な表情が浮かぶ。


「いや、無いな」

「無いね」


 しかし、織桜とラクトから返ってきた言葉はそれらだった。『爆弾は発見していない』というのである。もちろん捜索したところは五〇パーセントにも満たしていないのだし、まだまだ真逆の言葉が彼女達から出てくる可能性も否めない。


 そんな中で雑巾を搾ろうとしたラクトが、バケツを見て言った。


「てか、このバケツ汚なすぎない?」


 雑巾を使って粉を拭くので、付着させる力を増さす為に水は必要だ。また雑巾に水を付けることは、床を綺麗にする効果も付加効果としてある。だからラクトが掃除開始すぐにバケツを用意し、織桜の特別魔法を転用して水を入れた。その後、稔とラクトが床を拭いたりテーブルを拭いたりする度に洗ったのだが――


「いや俺、床担当だし」


 稔はラクトの言っていることにそう返し、汚い理由を説明した。嘘一つ無い釈明である。


「いや、雑巾を洗うことを認めていないわけじゃないって。でも、流石にここまでくると――ねえ?」

「まあな。でもそれって、そろそろ水を変える時間帯ってことなんじゃないか?」

「あー……」


 ラクトは言ってバケツの方に視線を落とす。同時に、運ぶのを面倒くさく感じた。水の量はそれほどでもなかったが、ピンクに染色された水を見てしまって重く感じたのだ。量がそれほどでもなければ、重さもそれほどでないに決まってる。けれど一度出来てしまった「やりたくない」という感情を変えるのは、至極大変なのは事実だ。


「稔、これ運んでくれない?」

「運ぶだけでいいのか? それなら織桜かラクト、どっちか来なくちゃいけないが――」

「常識的に考えて、水を入れてこいって意味も有るに決まってるじゃん。馬鹿なの?」

「ですよね」


 予想通りの結果に、稔は軽く言って返した。ラクトが汚物を見て冷たい態度を示したように言ってくれたので、こちらからは温かく返そうという意味である。でも、そんなことにラクトが気がつくまで待っていられるほど時間を掛けることは出来ない。


「まあいいや。じゃ、行ってくる」


 稔はそう言い、自分が拭くために使っていた雑巾をバケツの中へと投げる。彼はそれほど野球が上手いわけではないけれど、それでも今回は入った。帰宅部に女神が微笑んだ構図、というべきだろうか。


「ナイスクロス」


 ラクトが雑巾をバケツの中に入れた後に稔を褒めると、彼は小さく笑みを浮かべた。でも、だからといって良い気になったわけではない。バケツを持って水を取り替えに向かう姿に、いつもと異なるところは無かった。


 テレポートして水を取り替えに向かった稔が一時的にパーティー会場から消え、ラクトと織桜だけになった。稔という仲介役無しで喋ることはあまり無いようにも思ったラクトだったが、取り敢えずは箒を作り出すことにした。濡れた雑巾がない今、粉を除去するためには箒で掃くのが最善だからだ。


「ラクト」

「何?」

「その、ごめん。私もそうだけど、愚弟もそう。頼れない主人で、何かラクトが台頭している気がして」

「別に、そんな気にしないでって。欠損を補うのが召使の役目なんだしさ」


 箒でピンク色の粉に混じった埃を掃きつつ、ラクトはそう言った。でもその一言は織桜の心に突き刺さったらしく、彼女は最後の一文を復唱する。


「欠損を補うのが、召使の役目――」


 ユースティティア、カオスアマテラス。自己主張が強くない精霊と召使に囲まれていた織桜には、中々気付けなかったことだ。精霊にしろ、罪源にしろ、召使にしろ、仕えているのは欠損を補う意味が有るのだと知り、織桜はその言葉を噛み締めて一度だけ、強く箒でピンク色の粉を掃いた。


「なんか愚弟たち見てると、ムカつく以上に憧れるわ」

「リア充爆発しろとか言った奴がたったの数分でコロっと意見を変えるとか、私って一体――」

「いやいや、コロっと変えたわけじゃないから!」


 ラクトは「そうかな?」と疑いの目を再度向けるが、織桜は「そうだよ!」と何度も主張した。そして、三回くらいそのやり取りを続けていた時、水を取り替えて戻ってきた稔が現れた。彼は状況を瞬時に把握したらしく、ラクトと織桜に気を遣う。


「女子トーク中ですいませんけど、ここで男子の登場です。会話は女子トイレでどうぞ」

「いや。大丈夫だ、問題ない」


 織桜が某ゲームの作中で使われる台詞を引用して使用した。堕天使との戦いに赴く訳でもないのに使うとは、それほど重要な事であると位置づけたかったのだろうか――否、そんなことは無い。ネタである。そして息を整え、稔も参加して言った。俗に言う複合技だ。


「神は言っている、ここで死ぬ運命さだめでは無いと……」


 馬鹿馬鹿しいようで下らない事をしていると見たラクトは、横槍を入れて攻撃した。


「はいはい、厨二乙。稔は厨二確定」

「ネタなのに……」


 稔が厨二だと馬鹿にされることが決定した一方、ラクトは主人の事を尻目に言った。織桜は変わらず一般人という格付けで有ったから、特に嫌な気はしていない。先程の一件に続き、またも被害者となったのは稔という訳だ。


「綺麗な水だな」

「馬鹿か、冷たいだろ! 何度だよ!」

 

 ラクトが水の冷たさに言及した時、稔はラクトを馬鹿にするように言った。


「言ったじゃん。『運ぶだけで良いのか?』って。俺がテレポートして見つけた水飲み場みたいなところは温度が全部違ってさ、一番冷えているのを選択したんだよね」

「そうなんだ。……で、肝心の温度は?」

「三度だ。でも、その近くに有った氷を――うぐっ」


 稔が嘘偽りのないことを淡々と話していくと、彼に怒ったラクトが腹パンを喰らわした。無論、その氷は水を冷たくするために使うものである。適温である今、それをバケツの中の水に入れる意味は無い。


「痛てえ……」

「幸い、稔は召使と同等の立ち位置に見てくれているからね。こういうの、簡単に出来るんだわ」

「まあ、俺は腹パンを女子に決めることは無いってのは言っておく。男女平等パンチなら頬を叩くし」

「――それって、依怙贔屓えこひいき?」


 ラクトが疑問を稔に投げると、横から織桜が言った。三人の中では最年長であることもそうだったが、両親が帰化した外国人だけあって、やけに日本語学習に力を入れた教育を行われたための結果だ。


「依怙贔屓っていうのは、気に入った人だけを大切にするって意味だ。愚弟の主張は『女全員』に当てはめる主張だと思うから、妥当なのは『媚を売る』とかの表現にじゃないか?」

「なるほど」


 ラクトが納得したような気になったが、稔は言葉の選択が違うと主張した。


「媚を売るって表現は、なんか俺が良い人間じゃ無いみたいに聞こえるから止めて欲しいな」

「でも、優しく振る舞うことで協力してもらおうとか、そういう訳柄だろ?」

「まあ、そうなんだが……」

「つまり。作戦を効率的に進めるためにも、優しいように見られたいからって理由も含めて媚を売ってるということだな。全く、この愚弟の脳内はクズ男の脳内と一緒なのか」


 酷い言われようであったが、確かにクズだと言われるのかもしれない。そして同時に、場所だけ言えば男女平等パンチでも何でもないと今更気が付く稔。


「でも、優しさが有るのは悪いことじゃないと思うよ。クズになるのは、人が優しい気持ちを持っていて、自分が醜悪の心を持っている時なんだし。要は、良人の心理とクズの心理は紙一重ってことだね」

「ポエム?」

「そう聞こえるかもしれないけど、真面目に話してんだから茶化すなよ……」


 ラクトは稔に言ったが、先程のように腹パンは決まらなかった。一方で、表情を悲しげなものから一変させた。稔の方を見て顔芸と見て取れるような形相を浮かばせ、それは中指を立てそうな勢いだ。


「さて。綺麗な水も戻ってきたわけだし、異常に冷たい水を組んできた稔には後で罰を与えるとして――」

「やりますか、掃除」


 織桜が言い、掃除が再開された。稔からもラクトからも返答は無かったが、それは彼が彼女が準備をするためであった。雑巾を互いに利用するにしても、ラクトは箒を片付ける必要がある。それを見越し、稔は小さな優しさを発揮した。もっともそれは、ラクトへの謝罪の意なんて微塵も無いものだが。


「ラクト。雑巾、搾っておこうか?」

「いや、搾らなくていい。変な搾り方されるのも困るし。てか、時間掛かんないし」

「そっか」


 稔は言って、自分の分の雑巾だけを搾ることにした。そしてすぐ、織桜が掃いた後の床を雑巾で拭いていく。箒で掃けばある程度なら埃や粉を掃けるが、見逃しやすい小さな埃もくっつけるのが雑巾の真骨頂である雑巾に、箒が敵うわけもない。


「織桜、終わったら雑巾に回って」

「了解」


 ラクトが織桜に依頼すると、織桜はすぐに話を呑んだ。承諾後、見るからに箒で埃や粉を掃いていくスピードが増していたのにラクトは気がついたが、床に目線をやっていた稔が気付くことはなかった。




 掃除は苦痛を伴うものではない方がいいし、嫌にならない程度の大きさが丁度良い。でも、そうは問屋が卸さなかった。担当スペースを三人で均等に分けたりすると広くなるのは仕方が無いのは事実だが、貴族的な立場の人を呼ぶのは論外。ホテルスタッフがどんな魔法を使用できるかも分からないし、出来るのは自分たちですることだけだった。


 そして、そんなこんなで掃除が終わったのは一九時二五分のことだった。


 机の上と終わって床の雑巾掛けを担当したラクトは、一つも爆弾が入っていると思わしき木箱を発見しなかった。机の下と床の箒を担当した織桜もまた、木箱を一つも発見しなかった。稔も床に目を凝らしたが、変に出っ張っているところは何処にもない。


「つ、疲れた……」


 つまりそれは終了を合図し、口から自然と言葉を漏らして稔は肩のストレッチをした。片腕を上げて後頭部で肘を曲げた後、もう片方の手と合わせたのである。そして、左右へそれぞれ二回引っ張った。


「スポーツマンかっ!」

「仕方ないだろ。お前とは違って、立って雑巾した訳じゃないんだし」

「そうだけどさ……」


 稔は始めから床に目線をやって掃除をしていた。一方、ラクトと織桜は途中からの参加である。立って二五分を過ごすのは慣れなければ苦だが、それはじっとしている時の話。動いていればさほど問題は無い。


「やっぱり、風呂入ろっかな」

「腰に手を当てて揉みながら言うとか、どんだけ深刻なんだよ」

「だって、仕方ないだろ。二五分床と睨めっことか、お前堪えられる自信あんのか? それに、爆弾探すのにも神経を尖らせる必要有るし。一度味わってみろっての」


 稔が嘆息を漏らしながら言うと、横から織桜が入ってきて稔を馬鹿にするように言った。


「冷たい水を入れてきた代償じゃないのか?」

「な、なんだと……!」

「そうかもね」


 結局、「ばちが当たった」という結論に至った。ふざけ半分でやってしまったせいなのか、と稔は罪を実感する。しかし顔を俯かせたのは数十秒だった。咳払いして気を取り直してから、彼は仕切り直す。


「結論はそういうことにしてさ、取り敢えずは貴族的な人たちを中に入れようか」

「そうだな。寒くないとはいえ、椅子に三〇分も座っているのは退屈にも程があるだろう」

「お前は言っちゃいけない立場だぞ。参加するのに爆弾処理を手伝ってる身だ。そこら辺、自覚しろよな」

「愚弟から指摘されるとは、これまた……」


 織桜は、プライドがズタズタにされたと言わんばかりに頭を抱えた。しかしそれは、行き過ぎたリアクションである。指摘される自分を責める気持ちはあったが、抱えたその気持ちはそれほど大きくなかった。


「んじゃ、稔は説明してきてよ」

「終わった、ってか?」

「頼られる主人に、優しさを女の子に、を目指してるんでしょ? やってきなよ、私からの評価上がるよ」

「理由はいいように聞こえるが、それってパシリじゃ――」

「アイス奢る件は破棄するから! 頼む、行ってきて!」


 説教が残っているが、それはお互い様なので問わない。一方で自分だけが損をする『アイスを奢る』という必要が無くなるのは、稔からすれば大歓迎だった。そのため、まるで餌付けされたように稔は承諾した。


 その後すぐに会場へと繋がる三つの扉の一つから廊下へと出て、貴族的な人たちが待機するところへと稔は向う。そして、パーティー会場として利用できる旨をその者達に伝えようと思ったのだが、メガホンが無いために聞こえるくらいの声量を出す必要が有った。


 そのため稔は深呼吸をし、口元と頬の中間程に人差し指、顎あたりに親指のみが触れるように手を添えて大声に近い声量で告げることにした。簡単に言えば『大声を出すポーズ』である。


「長らくお待たせいたしました。時刻は一九時二七分、これよりパーティー会場の閉鎖を解除し、王女殿下主催のパーティーを再開させることとします。至福の夜をお楽しみ下さいませ――」


 稔はまるでホテルの従業員のような話し方で告げ終えると、内心でラクトに伝えた。


「(さあ、ラクトよ。扉を開け――)」


 告げられて自動的にドアが開く。それ以上に格好良い演出は無いだろう。時間を掛けてしまった詫びも含め、稔はそう考えた。でも、ドアは三箇所だ。そのため織桜とラクトの連携は取れたとしても、一つか二つは開かずの扉が生まれる。しかし、それは無問題だった。


「おお……」


 金持ちから歓声が上がった。会場残留組の二人が金持ちが入室する為に通る扉の左右に立ち、稔が告げ終えたタイミングと合わせ、ラクトが口パクで「開くよ、せーの」と言って息を合わせ、開けたのだ。

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