1-12 EMCT/墓地 Ⅱ
「お前らなぁ……」
「別に稔だって、魔力使えないわけじゃないじゃん。だから、少しくらいは寛大な心を――」
「お前が俺に寛大な心を求める前に、俺の召使として相応しい行動をしろやッ!」
と言いつつも、稔はラクトの行動を自らの手で制限しろと言われようが、それは無理な話だった。そもそも、稔は「自分にそんなことが出来る自信がない」とか、そういうことを言うような輩である。だから、他人を束縛したりすることは中々出来ない。
「ご主人様、少々お怒り?」
「怒ってねえよ。けど、軽々しく魔力使えるってのが羨ましいってか……」
「嫉妬?」
そもそも、稔の言っていることはラクトに筒抜けになっている。別に『秘密』という訳ではないが、自分自身の心の声をそのまま口に出しているようなものであるし、結構重大なことを共有していることになる。
有事の際。信頼関係もそうであるが、やはり重要なのは『情報伝達の早さ』だ。格好良く言えば、『シグナル・トランスダクション・スピード』と言ったところだ。これがなっていなければ戦いは有利に進まないし、どちらがどう魔力を使っていくかだとか、根本的な話だってしづらい。
そこで――否、そういう理由で行っているわけではないが、稔はラクトに対し、『秘密を絶対に口にしない』ということを盟約として交わした上で、秘密の共有を認可している。
――要するに稔は、一々聞き返してくるのではなく、ラクト自身で稔の思っていることを理解して欲しかったのだ。
「いや、嫉妬じゃない。……てか、俺の心読めよ」
「あっ……」
口頭で言うと、すぐにラクトが心を読み始めた。でもそれはそんなに長くかかるようなことではなく、僅か一秒、二秒程度で終了した。……のだが、読み取った後にラクトが不吉な笑みを浮かべた。
そして、稔の方にラクトが近づく。
「なっ、なんだよ……?」
「稔の思う、『理想の召使像』って何?」
「理想の召使像――」
理想の召使像と聞いて稔は言葉に困る。確かに現実世界でアニメ、それも魔法モノを見ていれば、少しくらいは理想像が思い描けるかもしれない。ただ、基本的に『召使』と言っても、大体主人公と同じ立ち位置に居ることが多いため、正直今のままが普通、と言える。
理想像の一部が現状維持すると出来る事も多々有るが、稔は一番最初に思ったことを土台にしながら、ありとあらゆる箇所から考えを引っ張りだし、まとめることにした。
「馴れ馴れしくされるのは嫌じゃないけどな、俺は。露骨に嬉しがったりはしないけど、お前くらいであれば嫌には感じない」
「そっか」
「ああ。現実世界では、高校入学と同時にぼっち確定だったしな。久しぶりに、中学校時代みたいな感じっつうかさ、こう――」
「馴れ馴れしくして欲しかったんだ?」
「まあな」
そんな風に、自分がぼっちであることを主張する稔であるが、一時期、稔に彼女が居た時もあった。けど、結局彼女サイドの都合で振られてしまった。中学時代だ。……でも、その頃はまだ「ざまあ」とか、「リア充脱退なう」とか、色々と友人に言われていただけマシだった。
だが、つい先程――と言っても、一、二時間程度前の話だ。ガンガンと効いたエアコンの冷風が漂い、触っているパソコンからは電熱を手の至るところで感じる、そんな部屋。そこでいつものようにゲームをし、ゲーマーとしての夏休みを楽しんでいた。ということは、家族以外の他人と接する機会は皆無に近い。
それはもう、まるで自室警備員だ。朝、昼、晩のご飯を持ってきてもらうように親に指示を出し、深夜三時就寝で朝九時から一一時起き。『不規則』という言葉が当てはまらないはずがないそんな生活に、稔は何故か誇りを持っていた。
しかし、稔がこの世界に来て、リートとスディーラというこの地で暮らす種族の一人と親交を持ち、馴れ馴れしくしてくる召使が出来、何かが変わった気がした。中学時代のリア充だったあの頃を思い出して、懐かしかった。
現実世界の今の自分自身みたいな、奈落の底へ堕ちてしまった自分とは正反対の、毎日が充実しているあの頃。ゲームセンターでお金をガンガン遣っていたあの頃。それを思い出した。
「それじゃ、こういうことも好きなのかな?」
「お前何をし――」
召使と言えど、ラクトは稔の心を読める上、転生前がサキュバスとヴァンパイアの間の娘ということもあり、こういったことに抵抗感は無い。寧ろ、好んでこういったことをしているくらいだ。それは、『主人への奉仕』の一環であるとも言える。
「こういうの、嫌?」
「嫌じゃないが、やめろ。上目遣いしながら瞳を輝かせないでくれ」
先程もそうだったが、稔の思っていることを理解出来るからこそやっていることである。そうでなければ、稔がかつての自分について考えこんでいた時、何も喋らずに居るはずがない。クールで消極的なキャラクターであればそうなる可能性は山々だが、ラクトは違う。彼女は積極的なキャラである。
「何で嫌なのさ?」
「――思い出すからだよ」
リートに王都陥落の記憶が根深く残っているように、稔には嫌な記憶があった。インキュバスによって、自分の家族が大変な目にあったラクトのように、稔には語りづらい過去があった。
だが、信頼関係やこれから旅をし、戦争でも共に血を流す仲間を見ていくことになる事も考え、稔はラクトに伝えておくことにした。『思い出した嫌な記憶』を、暗い表情で言うことにしたのだ。
「小さいころからそうだったが、俺は酷く女運が悪かった」
「例えば?」
「植物園とか動物園とか、ああいう鑑賞施設って有るだろう? そこで、俺は迷子の女の子を見つけたんだ。そして、『親御さんはどうしたの?』って聞いて助けてあげたんだ。だが、母親の元へ返してあげたのにそいつから感謝の言葉は無し。代わりに言われた言葉、何だと思う?」
「何?」
ラクトはそのことを知っているわけではないが、出来れば予想でもいいから答えて欲しいところではあった。けれど、話の途中。稔も、過ぎたことは深く考えこまないでおくことにした。
「『うちの子の手に触れないでください。』『男なんて大っ嫌い。』 ――もう、意味不明だった」
「いくら男嫌いでも言うべきじゃないよね……」
「ラクト、お前って奴は――」
自分が思っていたことに賛同したラクトに、稔は大歓喜だった。一方、インキュバスに散々な目にあったのにもかかわらず、ラクトが稔の意見に賛成したのは少なからず理由があった。そのため、変に何か言われぬよう、ラクトはそれを話す。
「私は確かにインキュバスには色々と嫌な目にあった。そして、彼奴からは一度も助けられたことがない。でも、今回は違う。嫌な目に遭遇した原因を作ったのは稔じゃない。つまり、当事者じゃない」
「――」
「人助けしただけでそんなこと言われるなんて、おかしいよ。いくら男嫌いでも、言うべきじゃない」
「全く、この召使は……」
語尾に『最高だぜ!』とでもつけようとした稔だったが、敢えてパロネタは止めた。異世界じゃ通用しない。ボン・クローネ市内に居るという、リートとかつて交流があった女なら分かるかもしれないが、この場所で言っても寒いだけだ。
筒抜けになっていることを考えず、稔はそういうことを思っていたが、別に恥ずかしい内容でもなかった。
「助けてくれるんだな、お前」
「意外そうな風に言うなよー。召使は、元々そういうものだってば」
「まあ、その大きな胸、影を見せない明るさ、たまに見せる母性、そういうところがあるだけでもお前は凄いわ。よくもまあ、そんな上手く変えられるよな、キャラクターを」
「これもかつての自分のせいだよ。男を殺すために、様々な手段使ってたから」
「キャラ替えもひとつの手段、というわけか」
ラクトは声に出さず、首を上下に振った。
――と。そんな中、近くから声が聞こえた。
「済まないが、僕たちはエレベーターを待ってるんだ。早くしてくれないか?」
「わ、悪いっ!」
スディーラの声に、稔は動揺して返答する。そして、その返答を聞いたリートがため息をつく。
「正直、予定が崩れるような真似をしてくれた稔様には、反省していただきたいところですが、泣き喚いたりしたら霊が動きそうなのでいいです。反省した、ということで受け取らせていただきます」
「あ、ああ……」
リートが胸の下で手を組んで言った。一方で、そんなきつい表情を取るエルフィートが居る一方で、そこまで苛々を見せているわけではないエルフィートも居た。それは言うまでもなく、スディーラだ。
「ところでリート」
「何ですか?」
「僕も墓参りしていいかな?」
「別に構いませんが、何か持ってきたんですか?」
「持ってきてないけど、魔力でどうにかする」
「奇遇ですね、私もです」
稔とラクトは、リートたちにツッコミを入れたくなった。魔力で解決するのは悪いことではないが、ベストタイミングで『奇遇ですね』とリートが、姫が言ったのだ。そこに、稔もラクトもツッコミを入れたくなったのである。
「……んじゃ、エレベーター乗るか」
「だな」
笑いを取ろうとしたのか、それとも普通の会話なのか。限りなく後者に近い会話をしている二人を気にしつつ、稔は全員にエレベーターに乗ることを確認した。ただ、稔にはスディーラ家の墓地が一体何処にあるかは分からなかったから、此処から先はスディーラが先導することになった。
「姫様、怖くない?」
「ええ、大丈夫です」
中央の支柱のようなもの――本当はエレベーターと階段の入るものであるが、そこまで続く床は白色であったからまだマシだった。しかしながら、その床とは対に、手すりだとかが付いている左右の壁のようなものは透明で、子供はぞっとする程だ。高所恐怖症の人からすれば、とてつもないものである。
しかし、渡らなければ五階以上の上層階――もとい、リートとスディーラの墓地へはいけない。エレベータにしても、階段にしてもだ。それはもう、写真の恐怖に続いて、心臓の弱い人にとっては『ツーパンチ』にしか見えないものであった。
「幸い、怖い人は誰も居ないようだ」
言って、スディーラはエレベーターの方向へと歩いて行った。支柱のようなところまで続く床は、螺旋階段を支える骨組みの一部をそのまま使っているものである。遠くから見れば丸く見えるのだが、歩いていても危険さは感じなかった。理由は単に、床だけ平らだからだ。
螺旋階段を支える骨組みは丸いものを使用しているのだが、その丸い骨組みの一部を加工し、平らなスペースを作っているのだ。しかし『一部』と言っても、二メートルくらいの横幅があった。
ただ、そんなことを気にしているのは稔だけだった。そのため、スディーラ達に追いつけるよう、早歩きを始めた。骨組みの加工した所は、物を持っていなければ三人通れるくらいだ。故に、エレベーターまで行くのも容易だった。




