2-41 ADQと爆弾処理-Ⅷ
これまでと同様、稔はこれから解除する時限装置が入った爆弾の周囲にバリアを張った。自身の特別魔法、『跳ね返しの透徹鏡盾』である。これを使うことで、爆発の威力が凄まじいものであったとしても被害を最小限に食い止めることが出来る。
それはそうと、稔はメイド達の束縛からやっと開放された気がしていた。メイドのリーダー格の人物に対して頂いた感情の中には悪いものも有ったためである。そして稔は、開放された証としてラクトと会話をすることにし――否、会話というよりかは質問か。
「助けてくれてありがとな。頼りない主人で、ごめん……」
「自覚してるのなら、謝るより先に行動に移せ」
「ああ、そのとおりだな」
稔はラクトの言ったことに頷いて同意見を持った。そして、稔が作業に集中するために一言も言わないことを察すると、ラクトは続けて言った。折角集中しだしたというのに会話を始めては、『集中力の妨害』と見て取れそうな行動であるが、別に彼女の行動にそんな意は含まれていない。
「うん。でも、一つ言うけど頼りない主人じゃないよ? 助けを求められて嬉しかったからね。同性との論争で無敗記録を叩きだした私をナメんな」
「それって威圧してるからか?」
「……私って怖い?」
「まあ、お前が使う特別魔法知ってる奴なら恐れるんじゃねえの? 論争中に『麻痺』とか『凍結』とか言われたら、言われた側からしたら溜まったもんじゃないだろうしな」
「しないよっ! てかそれ、マナー的にダメなやつじゃんか!」
ラクトの言っていることは、反論を言うに及ばない最もな話だ。討論中に魔法でそれを妨害するなんて論外である。戦闘で解決しようと動くのは、『理性がない』か『せざるを得ない』の二択。稔がラクトに対して言ったのは後者に当たるものではないから、彼女の最もな意見が出る条件を満たしていたのかもしれない。
「稔はたまに酷いことを言うから困る」
「集中している俺に対して妨害してくる奴に言われる筋合いはねーよ」
ラクトは笑いを溢すように見せると、続けてこう言った。
「でも、話し合いはお前に任せるわ。流石に異性との対峙時は俺がやるけど」
「それいいね」
ラクトから高評価を貰い、以後はその方針で話し合いになったら進めていこうということになった。だが、話し合いが出来るのはまだ少し先のことだ。爆弾解除が終了し、事が一段落してから、エイブの元へ行った時に初めて出来る。
「じゃ、次は私が『頼りない召使』なんだね」
「何言ってんだ。お前が自虐してるところなんて見たかねーよ、馬鹿」
「それって、遠回しの命令?」
「ストレートな命令だと思うが――」
「そっか」
ラクトには笑いを届ける召使で在ってほしいと考え、カロリーネ&エルジクス戦で『統率能力』が有ることは見えたから、稔は彼女に期待も寄せていた。つまり、『タラータ・カルテット』の中心人物として不動の地位を築いていた欲しかったのである。
だから、「自虐なんかしてキャラ崩壊したら溜まったものじゃない」と稔は怒った。もちろん一時的なものであるだろうから、それがストレートか遠回しなのかの議論は置いておいて。
「ある程度のことは済ませたんで、私はこの部屋のソファで寝ますわ」
「あと一分で終わるが?」
「いいのいいの。……どうせなら、一緒に寝る?」
「夜になって淫魔化してきたな。悪い傾向だ」
「性欲が有るくせに、そうやって猫をかぶって……」
ラクトが言った『一緒に寝る』というところは、稔が察した通りの意味だったようだ。故に、ラクトの顔にも「ちっ」という表情が浮かぶ。舌打ちこそしなかったが、表情はしっかり変わっていた。
「なんだよ。俺に何かされたいの?」
「一応召使だし、嫌いじゃないし。別に捧げて問題ないっしょ、例のやつ」
「……例のやつ、で何を意味しているのか察してしまった俺は正常なのか?」
「年頃じゃん」
ラクトは変なことを言ったわけではないと判断していた。対して稔は、「まあ、そうだけど」と言う。思春期真っ只中で性欲が盛りに盛っている男子高校生だから、察するのも無理は無いとのことである。ある意味励ましの言葉だが、ある意味で皮肉や罵倒に聞こえなくもない。
「あと、アイス奢りね」
「……は?」
唐突に言われた交渉の台詞に、稔は首を傾げた。そして、「おいおい」と言って続く。
「なんでアイス奢る必要があるんだよ?」
「稔が私に助けを呼んだからだよ。嬉しいけど、本当は休みたかったんだ。そのお駄賃」
「じゃ、俺がお前を助けたらお駄賃くれるのか?」
「うーん。恐らくだけど、お金は所持していないから身体で払うと思う」
「やめなさい」
スカートの下を見られれば、すぐさま怒るラクト。そこはメイドと同じだ。けれど彼女は、口では色々な話をすることが出来るという特徴を持っている。もしかしたら、論争での無敗記録を持っている要因はそれなのかもしれない。
「……まあいいや。私はやることがないんで寝ますわ。てなことで、処理終わったら起こしてください」
「ああ、四〇秒だけ待ってろ」
「それ私の台詞じゃんか! 奪うなっ!」
ラクトの言いたいことを代弁するとすれば、「四〇秒で(爆弾を)解除しな」である。天空の城○ピュタが元ネタであるその台詞を稔が思い浮かべたからこそ、すぐさまラクトがツッコミに代用することが出来た。
「――さてと」
「無視すんなっ!」
一度大きく息を吸って吐いてから稔が言った言葉に、ラクトはツッコんだ。僅かながらに涙を浮かばせているようにも見えるが、それは演技である。俗に言うオーバーリアクションというものだ。悲しいから出た液体ではない。
「寝てろよ。集中できねえだろ」
「うう……」
ラクトは言い返せなかった。『論争で無敗記録を叩きだした』と勝ち誇っていた彼女だが、それはその気になっていたから出来たようだ。つまり言い換えれば、通常時は語彙に疎くて非常時には語彙に精通する、ということである。
稔がそんな風に考察を立てていると、目の前のラクトは自分の言っていたことを思い返し、反論できないままに「はーい……」と悲しげな声でソファに横たわった。でも、流石に四〇秒では寝られないらしい。
「(さてと。俺もクッソ重たいこの物体のせいで身体がそろそろ……)」
三〇キロ程度有るとかいう話だったが、実際持ってみて大丈夫だった。棚から取り出して持つ時と、始めから持っている時では大きく違うらしい。というか、稔は自分にこれだけの物が持てる力があることを知って意外だった。
稔は重たいものから開放されるべく、寿司や味噌汁等が上がっているテーブルに空きスペースが有ったので活用した。重たくて持ち運ぶことが大変なその荷物を置き、コード解除しようと考えたのである。
そして右手にニッパーを持つと、稔は時限装置の解除の為にコード切断に動き出す。見てみれば、色はカロリーネが言っていた通りの色だった。青、赤に続き、『第六の精霊』と『第六の騎士』を意味する黄色――否、輝色。対して有るのは、緑色のコードだった。
「(これを切れば……)」
稔はそう思うと、首を軽く上下に振った。緊張を解し、自分のやるべきことが淡々と出来るようにしようと思ったための行動だ。ミスが許されないことが分かっている以上、ここまでやってきた実績が有る以上、プレッシャーは強くなる一方だった。
でも、稔は「即決すぎず、優柔不断でもいたくはない」と思ったことで、ニッパーに力を入れることが出来た。流石にコードであるため、それなりの力は必要であるが――高校生男子の彼に、そんな言葉を掛ける必要はない。握力は相当ではないが、ある程度は有るからだ。
「――」
稔は最後の一つだと思うことで、更に力を加えていく。だが同時、明らかにこれまでより硬いビニールで包まれていることを把握した。線はこれまでと同じくらいなのだが、特殊な加工が施されている。でも、形あるものは何時か壊れるものだ。だから、加工を施しても崩壊は訪れる。
パチンッ……
「やった……!」
あまりに力を強く入れていたため、ニッパーの金属部分同士が当たった音が聞こえた。それは不快音ではないが、入眠しようとするラクトにとっては大敵だった。そして、それに負けてしまった彼女は目を覚ます。起きたのは事実だが、それが正当な理由ではない。
「持ち時間四〇秒のうち、使用時間は三七秒だっ――」
「そうか。てかあれ、ネタだったのに数えてたのか! 意外だ……」
稔はラクトの頑張りを褒め称えると同時に、少し笑ってやった。それは、褒め称えた意味と屈辱を与えるという二通りの意味を持っている笑いだ。もちろん内心を読まれれば意味なんてすぐに知られる訳であるため、ラクトは知ってすぐに頬を膨らました。
「まあ、そう怒るなって」
「怒ってないし!」
どう考えても怒っているようにしか見えないが、稔は本人の言っていることを尊重することにした。それに加えて、「ラクトの事だから、すぐにいつも通りに戻るだろう」と思ったのも一つの要因である。しかし今回は、ラクトの抱える自分に対する怒りを稔へ向けた為に相当な怒りに見えた。
そして一つ、彼女は提案した。右の人差し指を立ててみると、それを稔の方向へと指して言う。
「稔がアイスを奢らないみたいで、私も今相当怒りが溜まってる。両者の食い違いを無くし、悪い感情を無くすためにもゲームをしよう。どんなゲームにするかは稔が決めろ!」
「俺が……?」
「そうだ」
言って、ラクトが寝ていたソファからすっと立ち上がったと思うと、彼女は話題を逸らして言った。
「爆弾、消えたね」
「そうみたいだけど、本当にこれで終わりなんだろうか?」
「え?」
ラクトは稔の言っていることが意味深であることを感じ、心の中を読んで先を見ようとした。しかしラクトは、その類の話で能力を使うべきではないと感じたので止める。何も知らない状態でいい意味で裏切られるのが小説の醍醐味のように、ネタバレは避けたかったのだ。
「精霊って、七人居るんだよな? 騎士も、七人居たんだよな?」
「それは――」
ラクトは意見を述べようとするが、驚愕したために述べることが難しくなった。一方の稔は、ラクトが自らの意見を述べるターンではないんだと察し、続けて言う。言い方を変えれば「ずっと俺のターン」であるが、それが使用された元ネタの意味とは若干違うところがある。
「サタンをもし含まないにしても、俺らがスタートしたのは青色だった。つまり、あれは『第四の精霊』と『第四の騎士』を表しているという訳だ」
「でも、第二の精霊と騎士の可能性も有る気が――」
「いや……」
稔はラクトが質問しているのにそれを断ち、自らの意見を割りこませて言った。ただその行動は、彼女の質問を大体推測できたので回答を断ったにしても、ラクトからの反感を買った。
「それはカロリーネの意見で否定できる。あいつは、『上階から下階に下がることで、精霊のナンバーが上がる』と言っていた。即ち、一一階は第一、一〇階は第二、八階は第三、六階は第四、四階は第五、そして一階は第六……」
稔は状況を整理するように言いながら、自分の意見をラクトに伝えていく。もっとも、七つ目の爆弾が仮に設置でもされていたら一大事なわけだが、残念ながらカロリーネも把握していないことだ。それが正解である保証はなく、稔は判断材料・参考文献・資料などにするため、情報が欲しいと訴え始める。
しかし稔がラクトの言っていることを遮ったように、仕返しにと言わんばかりに遮ったのがラクトだった。それは端から見たら仲がいい証拠かも知れないが、緊急事態でこんなことをやっている場合ではない。けれど、意見が意見なので聞かないわけにもいかなかった。
「でも、第六と第七の主属性は一緒なはずだから、まとめられている可能性が無いわけじゃ――」
「いや、違う。六はカナリヤ、七はビリジアンだ」
「そんな……」
「そして、次いでに言っておく。恐らく、爆破する可能性のある爆弾は地下か一階の何処かに存在する」
「何処か――」
稔とラクトは悩んだ。稔の場合、ゲームをしようと和やかなムードが一変したことで三パーセント、これからカロリーネにも知られていない一つの爆弾を解除する可能性があること、に九七パーセントだ。ラクトの場合は少しパーセントを弄っただけであるが、記せば陳腐になるので省く。
「――いや、ちょっと待って」
「ど、どうかしたか?」
稔とラクトが考え始めたと思わせるような行動を取った刹那。ラクトは重要だと思うところを思い返して疑問に思ったところがあったので、話題にあげてみることにした。それは、爆弾処理で必ず目にした例の固体に関してだ。
「稔。爆弾処理で出てきたのって、木箱だよね? 茶色っていうか、ダンボールの色みたいな色をした」
「つまり、『クラフト色』ということか。ああ、そうだな。木目が有るから木だってわかるけど、あれは確かにダンボールに似ているといえば似てい――ん?」
「ねえ、まさか……」
稔とラクトは同じことを考えた。木箱という単語だけに縛られて考えるのではなく、違うところに目をやろうとした結果出てきたのが『茶色』(『クラフト色』)という単語だ。その色の木箱が時限装置の設置するための物になっている以上、関連性は否定出来ない。
「爆弾って、茶色いものの中に入っているんじゃ……」
「そう、かもな。――よし、カロリーネに連絡だ」
「了解」
ラクトは言ってすぐ、ウェアラブルデバイスで通話を行うことにした。向こう側はレヴィアが所持している訳だが、ちょうどカロリーネの看護をしている最中だ。流石に電話のマナーを守らないほどに知識人で無いわけじゃないから、彼女はカロリーネの周囲に居る稔の召使から離れてトイレで通話を始めた。
「レヴィア。落ち着いて、落ち着いて聞いてね?」
『は、はい……』
ラクトはレヴィアに落ち着くように求めたが、それはメイド達が一〇万フィクスを貰った時に出した反応に近いものを見ないためである。驚きを抑えてくれ、ということで抑えようという作戦だ。もちろんネタバレをしないで言うので、効果は薄いのは仕方がないわけだが。
「もしかしたら、このホテルには七つの爆弾が仕掛けられているかもしれない」
『なっ、七つですか……?』
「でも、信頼性に欠ける情報だから真偽は不明だよ? でも、カロリーネの説明でおかしいところが――」
『そうなんですか』
「うん。……それで、質問していいかな?」
『構いません。――でも、あまり難しい単語は使わないでください』
ラクトは「お、おう……」と一応の了解サインを出した。要するに、「論破する気満々で挑まないでください」との依頼である。論争で無敗記録を乱立させた時のようなことはするなと、疎い感じで行けと、そういうふうに言っているのだ。
「じゃあ、質問。レヴィアやカロリーネが解除した爆弾は、何色の箱に入っていたか覚えてる?」
『茶色――いや、ダンボールに近い色でしょうかね。すみません、語彙が豊かじゃなくて』
「構わないから安心していいよ。私だって作家じゃないから、そういう方面は疎いし」
ラクトはレヴィアを慰めるように外では言う。ただ、内心では反応によって確信したことが有ったので、大きく驚きの声と断定の声を上げた。しかし、長電話で間を作っていると相手に気を使わせるため、稔の言っていることが間違いではない可能性が急上昇してきたその時に電話を切る羽目になった。
けれどそれを阻止するごとく、割って入ってきたのが稔だ。
「レヴィア、貴重な情報提供ありがとう。そっちは怪我とかしないように看病よろしくね。そういや、そっちは全部終わったのか?」
『はい、終わっています』
「そうか。ま、お疲れ様。でも、こっちもやらなくちゃいけないことあるから――切るぞ?」
『はい、ご主人様』
レヴィアはそう言い、稔やラクトが目線を落としているデバイスからは見えないところで礼をした。右手を額につけるタイプではなく、頭を下げたり上げたりすると自然に身体も付いてくるタイプの礼だ。
そして、通話を切ってからたったの数十秒しか経っていないその時。稔に対してラクトは言った。
「私達の推理が当たっていたみたいだ。これから間に合うかは分からないが、ゲームそっちのけで地下室へ向かう。そして、このホテルに居る奴を全員救ってやる」
「ああ、賛成だ」
稔の意見にラクトがコメントし、稔とラクトは行動に出た。