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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
二章 エルフィリア編Ⅱ  《Fighting in the country which was defeated.》
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2-38 ADQと爆弾処理-Ⅴ

 木箱の中にあったのは、まずは時限爆弾の装置だ。置かれていたということに関して言えば、先程の作業時と何ら変わっていない。しかし、コードの色は先程と異なっていた。先程は赤と青だったが、今回は赤と黒だったのである。


 けれど、どちらをニッパーで切断しなければならないかということの結論は出ている。切るべきものは赤色のコードだ。精霊の主属性によって決まっているという説明だったから、第五の精霊が何属性だったかをカロリーネの説明から思い返せば、すぐ分かるはずなのである。


 ラシェルはその場に居合わせていないから、稔の言っていることが変な独り言だと感じてしまう可能性は否めない。けれどそんな時はラクトの出番――だが、そんなことをすることもなかった。その部屋に居た誰もがまずは爆弾処理だと思っていたので、ふと出た稔の言動なんか気にしなかったのである。


 けれど、そんな時だ。ニッパーを右手にした稔の手が止まってしまった。応援が無いからとか、そんな下らない理由ではない。自分でも早く終わらせてしまいたかった。ラシェルが居るからどうとか、マモンが居るからどうとかも無い。本当に、何故か突然変異で止まってしまったのだ。


「なに手を止めてんだか……」

「いや、ごめん。なんか周囲の期待に応えられないんじゃないかって――」

「結果が出てから物を言え。期待くらいで腰を抜かしてんじゃねーぞ、バーカ」

「ちょっ……」


 稔の手が止まったことは事実だったが、だからといってラクトは改善策をあげたりしなかった。彼女は改善策をあげるのではなく、自ら稔に代わって作業を実行したのだ。つまりそれは、稔がやろうとしていたことの剥奪である。けれどラクトは、一つとして罪を感じなかった。


「俺のやることが……」


 ただ稔も、自分がやろうとしたことなのに否定された気がしたのは堪えられず、悲しげな表情を浮かべた。ラクトの『世話焼き』的な一面とも見て取れる行動だったのだが、皮肉なことにそれは、稔には『余計なお世話』として認知されていた。


「稔? わっ、私だって、別に悪意を持ってとった行動ってわけじゃ――」

「なら、早く返せよ。時間も無いんだ」

「おまえが言うな!」


 ラクトは、手の硬直を解すために時間が掛かるという意味合いも含めて言い放った。「ニッパーを返せ」という主張が来るのは分からなくもなかったが、流石に「時間が無い」と言われる筋合いはなかった。そのため、怒りを行動で示すことも含めて切断作業を行った。


「……」


 稔はラクトに強行策を取られてぐうの音も出ない。ラクトは、それまで感じていなかった一切の罪悪感を初めて感じた。そして、違う意味で空気が重くなったから言葉を発する状況で無くなったという事になって、同時に聞こえてきたのが『作業完了』を示すあの音声メッセージだった。


 でもそれは、むしろ場の雰囲気を更に悪化させるようなものになってしまいそうなくらいだった。音声メッセージにホラー的な要素は微塵も含まれていないというのに、まるで危険薬物クスリを使用しているかのような幻覚を覚えたのである。


 ただ、幻覚に関して言えば。見かねて場の空気を直そうとしたマモンが、幻覚症状を発生させるようなくらいに落ち込んだ空気が、見るからに悪い空気を無くそうと頑張ってくれたので消えてくれた。


「――取り敢えず、作業は完了したってこと……なんですか~?」


 脅された時に出るような、か弱い声。電車に乗り合わせた際には出したことのない声を彼女は出し、どれだけ怯えているかを表していた。そしてそれを根拠として、稔たちをラシェルは部屋から追い出す。


「悪いけど、罪源がこれだけ心配しているんだ。爆弾処理に関しては感謝をするが、僕は君たちに即刻出て行ってくれるように要求する。これ以上部屋の空気を悪くするんじゃない」

「そう……だな。済まなかった」


 稔は反省の意を態度で示した。ただ、彼より酷い顔になっていたのがラクトだ。幻覚症状とかが出たりしそうになった上、主人の制止を聞かなかった自分が居たことで、大変なまでに心理状況が悪化したのである。「ごめんなさい」とか言えなくは無いが、それは感情のこもった言い方ではない。『棒読み』だ。


「ラクト。――行くぞ」


 稔はそう言ってラクトの肩に手を置くと、ラシェルが今夜泊まる予定の部屋をテレポートで去った。既にラクトは抵抗する気力すら無く、魔法陣の中へ仮に戻れるのだとすれば戻してやりたいくらいだ。でも、そんな都合の良い展開が起きるはずもない。




 執事やメイド達がパーティー中に仕事をするため、稔たちが作った寿司や味噌汁を丁度飲み食いしていた部屋、『待機場所』。そこのすぐ近くに稔とラクトはテレポートした。でも、ラクトはテレポートしたからといって元気を取り戻したりはしない。顔は憂鬱で、いつもの彼女にある笑みはゼロだ。


「ラクト。ちょっといいか?」

「なに」

「お前が凄い憂鬱な状態にあるのは、俺も重々承知の上だ。でも、一つだけ言わせてくれ」

「なに……」

「――いや、立ち話より座って話そう」


 稔は自らの口から話を切り出したのは良かったのだが、立ち話だと聞かれやすいと思ったので話すのを一時的に中断した。かわりに、ふと目に止まった柔らかそうな素材で出来た椅子と木のテーブルが有ったので、そこで座って話すことにした。


「じゃあ、さっきの続き。――俺は、お前に対して怒ってるわけじゃない」

「……え?」


 稔の言葉に、ラクトは目を大きく開いた。驚きのあまりの行動だろう。


「その、な? 最初はお前が勝手にやってくれたんじゃないかって思ったんだよ。でもさ、それでも分かった。俺のためにやってくれているんだなって。……手が硬直して見ていられなかったんだよな?」

「……」

「だから、もう怒ってない。てか、怒ってた時のことを俺は謝る。時間ももう無いわけだし、俺からもさっきのお前の行動には拍手を送りたいくらいだが――恥ずかしいからこれだけで我慢してくれ」


 稔はそう言いながら右手をラクトの頭の上に置き、左右に動かした。対面でテーブルを挟んで座っているため、稔は立ちながらそれを行う。でも、稔もそこまで馬鹿ではないから「疲れる」と判断した後は行動に出た。


「一回やってみたかったことをさせてもらうぞ。でも、勘違いすんな。あんまりにもお前に落ち込まれると、俺も困るってだけだから。――あと、もう一つ。これはお前へのツンデレ的な何かじゃない」

「嘘付――ちょっ、ひゃっ……!」


 稔はスカートの下が見えないギリギリのラインでふとももに右手を回すと、次に背中の下に左手を回した。ラクトの頭が丁度右肩に来る程度に持ち上げ、驚いて暴れ始めるラクトの行動を制止しようと頑張る。


「なっ、何して……」

「お姫様抱っこに決まってんだろ。さっきの報酬と、さっきの詫びの印だ」

「だ、だからってこんなこと……」

「俺なりの、男嫌い解消プログラムの一つだよ。これから執事が一杯いる部屋に入るんだし、仮にも警察沙汰を起こしてもらっては俺の面子が持たない。――ってことで、お前に対してやってみた」


 稔はそう言って笑顔を浮かべてみる。「現実世界より美形になったから調子に乗っているんじゃないか」とか言われるかもしれないが、その通りであった。可愛いラクトという召使と知り合って、仲良くなり、今に至って天狗になってしまったらしい。それは、察しの苦手な稔も感づいていたことだ。


「男の人ってすぐにスカートの中に手を弄り込んでくるイメージあったけど、意外と……」

「いやいや、何処の痴漢犯罪者だよ。そんなこと、余程のことがなければされるはず無いだろ」

「そうなんだ」

「もしかして、そういうのがお望みなのか……って、痛い痛い! 暴れるなって!」


 稔が配慮の足りない質問をしたところ、ラクトは怒ってしまって暴れだした。足をジタバタさせて左右交互に上下に動かすと、同時に身体を動かして左手に負荷を与えるダメージを行う。そして動かしていた足が稔の右膝に当たって、ようやく彼の悲鳴が生まれたのである。


「そういうのを聞くとか、ホントに信じらんない!」

「わ、悪かったってば! でも、あの台詞はそう思われると思うけど……」

「思考回路が特殊なんだろ、このスケベ!」

 

 ラクトは稔の右胸にパンチを喰らわせたが、少し強めなのに痛くない。


「変態呼ばわりするのは、もう勝手にしてくれ。でも、一つ条件な」

「なに?」

「俺の前以外で『変態』って言ったら反論するからな」

「秘密を共有しよう、ってこと? ……いやいや、『変態』って認めちゃダメでしょ」

「いや、別に認めてるわけじゃないけど――」

「じゃ、何?」


 稔の言っていることが理解不能だったので、ラクトは聞く。落ち込んでいたところから戻ったラクトを見れて嬉しいと稔は思いつつ、「何故自分の前以外で『変態』と言ったら反論するのか」を述べていく。しかしそれは、ラクトが考えていたものと全くもって違っていたことから、彼女は顔を赤面にする羽目になった。


「だって俺、『変態生物』じゃないし」

「なっ……」


 ラクトもすぐに把握した。理系女子という訳ではないけれど、それなりの教養が有るからすぐに理解を示したのである。『変態』という言葉を稔がどう捉えていたかというと、『用語』として捉えていたということ。性欲が以上に有ったり、行動が以上であったりと、そういう意味では無い風に捉えていたのだ。


「もう、私お嫁に行けない……」

「……じゃ、そんなラクトが警察沙汰を起こさないことを祈って入りますか」

「無視すんな! てか、お姫様抱っこはもう止め――」

「詫びの印だし、俺の気が済むまでやんなくちゃ」

「それは詫びの印でもなんでも無いと思うけど……てか、本当に降ろしてってば!」


 稔はラクトが言った要望を呑まなかった。自分が償いとして、詫びの印として行っているのだから呑むべきなのだろうが、そこは主人権限だとかで呑まないでおく。何故そうしたか、理由は簡単な事だ。なんだかんだいって、ラクトは嫌な顔を浮かべていないのである。


「ああ、最後にもう一つ詫びの印として――」

「今度は何……?」

「一人胴上げ、ということで」

「危ないわ! 天井有るんだぞ、天井!」


 ラクトは強く訴えたが、稔の前に『やらないで』とかは通らなかった。でも、償いなのに意見を取り入れないのはおかしいということで、加減を効かせた胴上げを稔は行った。もっともその理由を、先程の呑まないでおいたこと――即ち、無視に近いことをした人間が言うべき台詞ではないことは確かだが。



 

 セルフ胴上げが終わって稔の左右の手の上に再びお姫様抱っこされたラクトは、即座にその抱っこ状態から開放された。望んでいたことといえば望んでいたことだが、彼女はもう少し抱っこされていたい気分でもあった。けれどそんな内心は一角に留めておいて、まずは稔の行動を批判する。


「胴上げとか、何考えてんだバカ! スカートの下が見えたらどうすんだよ!」

「エロいことに耐久が有るくせに、そういうところには耐久無いもんな。電車の時だけと思ったけど、意外とお前って乙女なんだな。そういう一面をたまに見せるところ、俺は高評価だ」

「煩い! 自ら制止することは積極的にするくせ、私の制止を阻止するとは、お前はそれでも主人か!」

「でも、普通はそういうもんなんだろ?」

「そうだけど……」


 ラクトはそれに続いて言えなかった。言い始めたら最後、言葉に詰まりそうなのが目に見えていた為だ。


「でも、正直嫌な気分じゃないんだろ?」

「まあ、嫌な気分では無い」

「ならいいじゃんか。異性の気持ちはよく分からないが、お姫様抱っことか憧れたりしなかったのか?」

「したけど、それは昔のことでしょ。てか、なんでこういう状況でされなきゃいけないのさ?」


 ラクトは言い、稔の方向に人差し指を向けた。マナーが悪いと思う稔だったが、されてもおかしく無いことをしていた訳だから素直に謝った。そして稔は、ラクトから「それでいい」と許しを貰ってから言う。


「んじゃ、執事やメイドには学校の説明会風に説明をすることにして、総出で爆弾処理をするか」

「なんだそれ」


 稔の提案にラクトが笑うと、稔もラクトの方を見ていたせいで顔が綻んでしまった。


透明化魔法トランス・ペアレンシーは使えないが、いいよな?」

「私は稔に付いていくってば」


 そんな会話をしてから、稔とラクトは待機部屋のドアを押す。

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