2-37 ADQと爆弾処理-Ⅳ
「今、何時だ?」
「夕方六時半」
「そうか」
時限装置の一つ目は解除した。六〇五号室、織桜の泊まる場所。今回は本人とその精霊からも許可を頂いたため、特に問題は発生しなかった。というより、ユースティティアはクールな態度を見せていたのに結局は菓子を提供するなど、むしろ感謝されていたのだ。問題とか、そういうものじゃなくて感謝が発生していた。
「……ラクト。カロリーネに連絡を取ってもらえないか?」
「まあ、またハッキングしなくちゃいけないことになったら大変なわけだけど」
「そうだな」
時間を均等に分けるとすれば一五分。通話する時間や処理の許可申請などを除けば、仮にテレポートをしたとしても一〇分は欲しい。そうなれば当然、通話は事情を説明して早く終わらせたいところだが……。
「あ、カロリーネ?」
『もしもし。今爆弾処理の真っ最中なんですが、用件が有るなら早くお願いします』
「その、二つ目の爆弾って何階に有るのかなって……」
『四階の四一三号室、一階の私が降臨した場所、正確には待機部屋の二箇所です』
「嘘だろ……」
それは、一言で言えばミッションだった。四階の四一三号室を利用しているのは誰だか分からない。けれど爆弾が仕掛けられているという事を話せば、驚くだろうが作業の許可を下してくれるはずだ。もちろん、口封じも容易と言えよう。
だが、執事やメイドが料理を食べている例の部屋となると、それは大変だ。運ぶ際の苦労とは違った苦労を味わうことになるのである。説明する為に時間を取りたくない以上、出来るならば透明化魔法でも使いたいところだ。
しかし、稔サイドで透明化魔法を使用できるものは居ない。カロリーネサイドでもそうだ。唯一手段が有るとすれば洗脳だろうが、エルジクスは治癒を受けている。
『何故にそんな落ち込んでいるんですか?』
「いや、流石に大勢の奴らが居る場所に、『爆弾が――』とか言って入ってくのは疑われるだろ……」
『そんなことですか。なら、ご心配なく』
「どうしてだ?」
『私は、リートという一人の姫を暗殺しようと企んだ二人の一人。これが何を意味するか、分かりませんか?』
カロリーネは、「どうせお前にはわからないだろ」というような雰囲気を漂わせる微笑を浮かべて言った。しかし稔はカロリーネに返答を返そうと考えていたから、馬鹿にされていると気が付かない。
「(ああ、この馬鹿主人は……)」
髪の毛を整えるような仕草をするラクトだが、内心ではそんなことを考えていた。呆れそうになるくらいだったが、稔自身で気付いて欲しいという思いもあったので、敢えて声には出さないでおく。
「ちっとも分からん」
『そうですか。なら、教えてあげましょう……』
カロリーネは稔を馬鹿にするように言っていたが、別に説明したくないからではなかった。ただ弄りたいとか、そういう思いが働いただけである。故に、躊躇いなく言った。もっとも、少々の間をとったが。
『リート王女殿下は、透明化魔法を使用可能です』
「どういう魔法なんだ?」
『対象者の身体を透明化する魔法ですね。自身の身体を透明化するのが主なんですが、転用すれば貴方とその召使の二人くらいであれば大丈夫かと。加えてテレポートも有りますし、無敵ですね』
カロリーネは笑顔で言っていた。けれど、稔には疑問が残る。
「お前が言っている意味は分かった気がするんだが、でもそれって不法侵入に当たらないのか? 許可無しに透明化魔法を使用して他人の部屋に入るとか、人道的に考えて俺は……」
『代替策が有るなら述べて頂きたいのですが、貴方には有りますか?』
「い、いや――」
質問をするのは容易だ。もちろんカロリーネも、それで会話や論議が活発になるなら大歓迎だった。しかしながら理由の無い反論など、聞く耳を持たないで聞いてもいいようなものだとカロリーネは同じく考えていた。そのため怒りを露わにはしなかったが、冷たい目線をデバイスの向こうから送って言う。
『なら、反論しないでください。反対するということは、その根拠となる意見が有るはずです。私は貴方と論議するのは嫌ではないですから、論戦になることも考慮されるはずでは? ……それなのに、しっかりとした軸となる理由もなしに反論するなど論外です。それこそ人道的ではないのではないでしょうか?』
「……」
稔は言い返せなかった。論破された、と言ってもいいだろう。
「……悪い。考えが甘かった」
『まあ、貴方が訴えることを実現するならば、リートさんを連れて行ってはどうでしょうか? この王国の王女という立場ではありますが、実質の国王陛下ですし、殆どの人々は許可を出すのでは?』
「それいいな!」
稔はカロリーネの意見を支持したが、カロリーネは稔の謝り方が気に食わなかったようだ。もちろん、提案した意見を支持されたのは嬉しい限りだった。けれど謝り方を思い返せば、それは消え散ってしまった。だから端から見たならば、表面的には冷たい態度を取っているように見られてしまう。
「(もっと感情的になってよ、気まずいじゃん! なり過ぎも良くないけどさ!)」
そんなことを心の中で読んだラクトは内心で訴えた。今にも喉から出そうだったが、必死に堪えて言わない。稔とカロリーネの会話に割って入るのも一つだったが、重たそうな雰囲気をぶち壊すのは無理な役柄だと感じたから止めたのだ。そんな大役しても、自分がしたら中途半端で終わると感じたのである。
「まあ、ありがとな。んじゃ、そっちも頼む」
『人から怒られてよくそんな態度を取っていられるなぁ、と関心しますが――私も幸運を祈ります』
カロリーネから色々と言われた稔だったが、結局は彼女にそう言われて締められた。自分からも「そのまま返す」とか言ってやりたかったのだが、先に通話を切られてしまったからどうしようもできない。着信拒否されていないからといって一言伝えるために電話を繋ぐ勇気もなく、稔は咳払いして行動に移った。
「――さてと。リートが何処に居るかは聞けなかったわけだが、その案は採用しない方針で行く」
「だからいつも通りのテンションだったのね。なるほど」
ラクトが心を読んだ上に情報を収集して言った通りだ。稔がいつも通りでいられたのは、カロリーネからの提案を切り捨てたからだったのである。でも、切り捨てたのは論破された悔しさが影響したとかではなかった。自分が考えた結果がそれだったのだ。
「それはそうと、鮮血紅蓮の元発情娘」
「急ごうとか言ってたくせに、さり気なく厨二病っぽい要素を詰め込むとか無いわ。てか、長すぎ」
「じゃあ、『オリジンブラッド』はどうなのさ?」
「いやいや、なんで『元鮮血』? ……ああ、名前のほうね。まあ、いいんじゃねーの」
稔はラクトからの許可を貰った上で、格好つける時にはそう言うことにした。要は二つ名である。紫姫であれば『死を恐れない紫蝶』という二つ名が有る訳だが、別に格好つけようとか思っていないラクトからすればどうでもいい話だった。けれど、稔はそんな風には思っていなかった。
「エルジクスが厨二病ぽかったから、恐らくあいつの上司の召使も厨二病かなと思ってな。時間を貰って済まない」
「下らない理由を喋るような口を動かす暇が有ったら、身体を動かせ、この馬鹿主人が!」
「……」
ラクトは笑みを浮かばせながらそう言うと、稔の鼻の頂点――つまり鼻突を人差し指で優しく触れた。エルジクスがどうであれ、上司の召使や精霊がどうであれ、それは今やることじゃないだろうとの思いで行ったことだった。だが、彼女の浮かべるその笑みに目を奪われた稔は、当然そんなことに頭がまわらない。
「まあ、稔がどうであろうと私は付いていきますが。……それはそうと、テレポート」
「あ、ああ……」
稔は「ラクトに指示されなければしていなかっただろうな」と反省しながら、魔法使用を内心で宣言した。心を読んでいつ言うかを窺おうと思ったラクトは驚いたが、咄嗟に稔の右手を握ったので大丈夫だった。
そして、一八時三五分頃。四一三号室の前へと稔とラクトは到着した。そして、その部屋に今夜泊まる人に許可を取ろうと呼び出す。インターホンを押し、鍵を開けるように要求しようとする。男だろうが女だろうが、主人だろうが召使だろうが、どうでもいい。早く終わってさえくれればどうでもいい。
そんな風に稔が思っていた時だ。インターホンの先には美少女が見えた。しかし女は、稔の事を「誰ですか?」とか言ったりしない。稔からすれば見覚えのない女の人であったし、それを知った正妻的なポジションに居ると言われたラクトも心を読んで人物を特定しようとした。
だが、そんなことをしている途中で回答は出てきた。
「稔くん、なんでこの部屋に来たんだい?」
「そ、その声……」
稔は悟った。ラクトも同じく悟った。それが一体誰であるか、すぐに。髪の色は金髪に近い茶髪で、稔と同年代かそれ以上くらいの雰囲気を漂わせていたアイス屋のオーナーだった時とは違う、そんな。
「スディーラ……?」
「違うよ。僕は『ラシェル』。ラシェル・リュムトス・ディフォンテューヌ」
スディーラの声をしているが性別が違う女の声を聞けば聞くほど、「スディーラだと思っていたがそれは別人なのか?」と稔は半信半疑になった。流石に骨格は変わっていないが、あまりにも変化が大きすぎるので判断がしづらかったのだ。だがラシェルは、判断材料は言わずとも増やしてくれた。
「稔くんは僕のことを『スディーラ』って呼んでいたみたいだけど、それは織桜が付けた名前なんだ」
「そうなのか――って、お前やっぱり……!」
稔はついに決断した。目の前に居る茶髪に近い金髪の美少女が、『スディーラ』という名前を通称名を持った女の子であると。リートという王女殿下に仕える執事――否、秘書であるということを。
「まあ、考えていることが答えだ。……それはそうと、なぜ僕の部屋に来た? 僕が男装していることを知って夜這いしに来たのか? それならさっさと帰ってくれ。君にはラクトという正妻が居るはずだ」
「せ、正妻って――」
「正妻じゃなければなんだ? 僕には君の正妻にしか見えないが」
「……」
稔が黙りこむと、それに変わってラクトが言う。
「正妻じゃなくて、特別な関係を気付いた召使というわけでもなくて、私は普通の召使の――」
「まあ、結局は君たちが決めるわけだし。決定権が無いからこれ以上は言わないでおこう」
ラシェルは言ってインターホンの向こうで鍵を外した。稔とラクトを上げることに何の躊躇いもない。そこは織桜×ユースティティアの際と同じだ。けれど、事は一気に動いた。まるでラシェルが爆弾処理に関わっているかのように、大きく動いたのだ。
「それで、僕の部屋へわざわざ来て探しに来たのは――これだよね?」
「き、木箱……!」
部屋の構造は六〇五号室と同じだった。配置されている箇所も同じだ。織桜とユースティティアの部屋にラシェルが立ち会った事実は無いが、部屋の中央のテーブルに置かれた木箱を見せるようにラシェルは案内してそう言った。それから手に木箱を持ち、稔へと手渡す。
「部屋に入ってテレビを見ようとしたらこれを見つけたんだが、僕は不思議に思って開けないでおいたんだ。全く、どおりで怪しいと思った。――ところで、この木箱の中には何が入っているんだ?」
「そ、それは……」
稔は口籠る。稔もラクトも何が入っているかは言える。でもラシェルに言ったら、リートに伝えられるかもしれないと考えたから言えなかった。言いたい気持ちは山々だったのだが、言い出すことが出来ない。
「僕は稔くんの口から回答を頂きたいな。あと、言いたくなければ木箱は渡さないよ?」
「そんな卑怯――」
「何処か卑怯なんだよ。何が入っているかも分からないというのに。もし美味しい何かが入っていたらどうするんだ。飯に目がないってわけじゃないけど、第一発見者の僕に所有権が来るべきじゃないか?」
「それは……」
リートと一緒に食べるんだろうな、くらいまでは稔も想像できた。でも、話はそんなに都合のいいものではない。その木箱は、ラシェルが言っているような『美味しいもの』が入っているような箱ではないのだ。別にラシェルも本当に入っているなんて期待はしていなかったから、どうなるかなんてどうでもよかったが。
けれど、そんな『どうでもいい』という精神は一瞬にして崩壊した。
「――爆弾だ」
稔がラシェルに脅されるように言ったのだ。声は小さくも大きくもなく、木箱の中に何が入っているかをオブラートに包むことも無ければ、他の言葉に混ぜることもせず。ただ直球に言葉を投げた。
「おいおい、冗談を。……なあ、嘘だろ?」
「いや、本当だ。俺はさっき一つ解除している実績がある。それに、形状も全くもって同じだ」
「なら、稔くん。これは君に託す」
「そうしてもらえると助かる」
稔がそう言ってすぐ、ラシェルは爆弾を手渡した。けれど稔は、そんなラシェルに疑問を持った。
「ちょっと待て。その箱って相当な重さじゃなかったか?」
「ああ、そうだったな。でも、僕には――」
ラシェルはそう言うと、自らの右手を前に出した。そして精神を統一し、心の中で詠唱を唱える。目を瞑って神経を尖らせることによって、言わば「自らの力を最大限に活かす為の儀式」を行っているのだ。
そしてその儀式が終わると、ラシェルは一人の罪源を目の前に現す。稔とラクトは目を瞑っていたわけではないから、どういうふうに召喚されたのかを見ていた。でも光を出す程度なので、詳細を特に説明するべき事柄ではない。
「僕の契約罪源、マモンだ」
「またお会いしましたね~。お久しぶりです~」
マモン。彼女は物欲に関する罪源だ。稔は、今日は鉄道の整備の仕事が休みらしいので旅行をしていたらしいことは既に聞いていたのだが、ラシェルと契約を結んでいる罪源だとは思いもしなかった。そして稔が驚いている最中、ラクトは平然とした態度を保ちながらラシェルに聞く。
「もしかして、メッセに行ったのってリートからのお告げ的な面もあるの?」
「そうだね~。仕事無いから休めると思ったら、この仕打ちとか酷いよね~」
マモンは自分の主人へ怒っていることを示した。だが、本来言うべきなのはラシェルの他にも居る。けれど、一応はラシェルの支配下で彼女に仕える罪源だ。リートへの批判は出ても、容易く言ったりしない。理由も無しに意見を述べるようなどこぞの主人とは、根っこから大違いだ。
「取り敢えず、ラクトとラシェルは召使同士の会話に花を咲かせててもいいぞ」
「嫌だな、稔は。そんなことする訳ないじゃん」
「そうですよ~」
稔は二人の返答を聞いて、「そうか」と一言だけ言っておくに留めた。そしてそれからニッパーをまた手に持って、木箱を開けて解除作業へと取り掛かる。稔はカロリーネから聞いた情報に信頼を置いていたし、時間短縮もしたかったので、別に解除作業でバリアを張ったりはしなかった。
「さてと、今回は赤色のコードを切らなければいけないんだっけか」