1-11 EMCT/墓地 Ⅰ
エルフィリア・メモリアル・センター・タワーズ・ビルディングの中には、墓地が数多く有ることは先程から訊いていることであったため、稔はそれほど困るというか、疑問を抱くというか、そういったことはなかった。
一方、その点以外で稔は少し思ったことが有った。
「ここって、墓地なんだよな……?」
「はい、墓地です。ただ、一応ここは多機能な施設であるゆえ、多くのものが集結しているのです。このように五階までは螺旋階段状になっていることがわかると思うのですが、ここには戦争で亡くなった兵士さん達の顔写真や、死んだ遺体の写真といったものが、額縁に入れられ、大切に保管・展示されています」
見渡してみれば、確かに額縁らしきものは階段の片方の端に展示されていた。しかし、ガラスの額縁は張り出すようにして展示されているのではなく、出っ張りがなかった。つまりそれは、壁と同じくらいにして、出っ張りがなくなるよう、収まるよう、展示されていたということだ。
「しかし、凄い階段だな」
「有難うございます。まあ、何しろこの建築物は、軽く一億円以上を使用して作られていることも有りますから、立派でないと『本当に金を使って作ったのか』と言われてしまいますから、仕方有りませんよ」
「そうなのか」
一億円、と言われると結構納得できる作りでは有った。なにせ、五階までは吹き抜けになっていて、当然ながら床はない。
代わりにあるのが階段も、中央の一つの支柱も階段の色も白色に統一されており、汚れなどもなくてとても美しかった。加えて、階段の両脇に有る壁のようなものは透明だったし、額縁の色も茶色ではなく透明か白に統一されていた。
階段だけではない。一階の床も白色のタイルで覆われており、中央には噴水が有った。金銭上の関係や、近隣集落や訪れた人々からの反抗により今は止まっているが、もし動いたのだとすれば、白色や透明な色に映える景色は美しいはずである。
「それで、階段には額縁があって戦争のことが書かれているのは分かった。一方で、五階から先は何が有るんだ?」
「五階に関してですが、こちらは売店になっています。と言っても、最新の技術をヒュームルトから貰っているので、対応するのはロボットです。なので訪れた者以外、売店に人などは居ません」
「ただ、それはそれで少し悲しいというか――」
技術革新が消して悪いことではないし、寧ろ人間が生きていく上では欠かせないことであるのは確かである。しかし、その弊害として起こっている問題が有ることも事実である。ロボットだってその一部だ。
人間は多種多様に居るため、何処かが欠陥していて何処かが完璧すぎる人だっている。だが、ロボットは違う。技術が追いつけば追い付くほど、欠陥はなくなる。つまり、完璧に近づいていくのだ。
人間はプログラムではない。だから、『心臓』という体を動かす源が停止すれば一瞬にして消え去る。勿論、それは代えの効くものではない。現代の技術でも、非常に難しい箇所では有る。(ただし、IPS細胞及び、ES細胞等によってそのうち作られるのは期待できるところだ。)
だが、ロボットはモーターが停止しなければ永久に動くことが出来る。人間には『死』が有るのに対し、ロボットに『死』はない。そう、『代えが効く』ためだ。モーターが仮に止まったとしても、モーターを再度作ることによってロボットは生き返る。
――そして何より、「「「「ロボットに心はない。」」」」
技術が進歩しているとはいえ、人間の心は千差万別だ。本当にロボットに心をもたせようとするのであれば、作ったロボットに二体に同じ心を持たせてはならない。人間の心と同じようにするなら、それは仕方がない。勿論それは、プログラミングに組み込むとしても、恐らくそれは無理に近い。
今、ロボットは人の心を含め、多くの者の心を『読む』事はできるかもしれない。人が何かを察するときのように、彼らは読むことが出来るのかもしれないということだ。
だが、心はない。ロボットは無心なのだ。
人情というのは、エルフィートにも有るはずだ。だがそれは、自ら声を発することが、他の誰とも違う声を発することができるからこそ、千差万別の心を持っているからこそ、生み出されるものなのである。
ふと、そんなことを稔は考えこむ。けれど、凄い長い間であったのにもかかわらず、誰一人として口を開こうとはしなかった。普通、何か言うべきところでは有るのだが、墓地であることを、皆意識しているのである。
「――悲しい、ですか」
「ああ。いくら金があるとはいえ、やはり人情がないのはな……」
「……ロボットは、お嫌いですか?」
稔は訊かれた刹那、首を左右に振った。稔自身、ロボットが嫌いなわけではなかったのだ。
そもそも、『ロボット』は人間が人間のためになるように作ったものであるから、嫌いだったら頼ることは出来ない。だったら、好きであったほうがいい。使う側が使うために作ったのに、何故それを嫌いにならなければならないのか、というのが稔の本心だった。
「でも、何故そこまで考えこんで? それに、人情だなんて心配を――?」
「いや、頼るのはいいんだが、頼り過ぎるのはどうかと思ってな……」
「ああ……」
建物内、入ってすぐに説明があって、それからすぐに重い空気が流れる。稔はリートが進めている政策に対し、反対の意を述べるために言ったわけではなかった。ただ、「どう思うか」と問うために言っただけだったのだ。だが、リートは誤解して受け取ってしまった。
「やはり、こういった事にお金を遣うべきではなかったんでしょうか?」
「いや別に、俺はお前の政策を否定しているわけじゃないから誤解しないで!」
「そ、そうなんですか……?」
「ああ、そうだ」
リートは誤解していたこともあって、その場でため息を付いた。だが、こんな暗い空気を壊してしまおうとするスディーラが一言言って、話の流れが変わった。
「全くもう、二人共何でそんなに重い空気にするのさ。僕やラクトは、こんなにも二人を待っているというのに、少しくらいはこっちに目を向けるべきなんじゃないかな? 姫様と稔は」
「ひっ、姫様……?」
「ああ、そこを気にするのかい……。それは、僕が昔リートを呼ぶときに使っていた呼び名だよ。ね?」
スディーラがリートにそう言って聞くと、リートは首を縦に振って頷く。
「そうなんだ」
「まあ、こんな立ち話は止めようぜ。こんなんで時間喰ってるようじゃ、馬鹿がなんかしているようにしか思えねえだろうよ。それに、ここは墓地だ。あんまり長居していると、霊が付くかもしれねえ」
「偏見っぽいのはやめたほうがいいと思うが――」
「それもそうだが、これはあくまでお前を動かす為の理由でしか無いから、安心しろ」
「はぁ……」
「ほら、皆行くぞ」
誰も「はーい」だとか言ったりはしなかったが、それでも皆スディーラの言ったことに従った。これまで稔が舵を切る仕事をしてきたが、今回はそれがスディーラの手によって行われたということになる。
「――しっかし、階段何でこんな綺麗なの?」
「それは、ロボットが掃除をしているからです」
「そっか。つまり、人件費ゼロなんだね」
「そうですね。雇う必要がないので職はなくなりますが、プログラムでロボットは動くわけですから、とても綺麗にすることが出来ますね。命令を聞けば、基本的には従うのがロボットですし」
「間違ってないけど、変な使い方しちゃダメだよー」
「はい」
階段を上り始めて僅か。ラクトがリートに訊いた。その裏で、稔は「変な使い方をするのはリートではなくラクト、お前である」ということを何となく思っていた。
「ところで、この写真とかには『規制』という言葉が無いようだが……」
「残虐性が大きいため、やはり稔様はこういうのはいけませんでしたか?」
「いや、そういう訳じゃないんだ。ただ、こんなものを子供に見せていいのかって――」
「確かにそうですね。張り紙程度、何処か出しておくべきかもしれませんね」
「ああ、そうするべきだ」
稔が言うと、リートは首を上下に振って頷いた。
……しかしながら、階段に展示されている額縁の中の写真は、本当に残虐なものが多かった。
まず、赤い鮮血が見えるのが殆どであった。
ある兵士の上に乗っかっている、目や手や口や腹部から血を流す兵士の写真も非常に印象的だった。
女性や子供が便所の中で監禁され、高電圧とみられる電気によって殺されそうになっている写真があった。
密室空間で、透明の仕切りを叩いている兵士の姿も写真に残されていた。説明文には、『酸素のみの密室の中で殺されるエルダレア軍兵士』と書かれていた。確かに、酸素単体では有毒である。
集落の住民が一斉に火炎放射器に突撃し、火炙りにされている写真もあった。海底で、目は閉じているものの、笑顔の状態で死んでいる人が映った写真もあった。栄養失調で女性や子供が飢えていることを鮮明に伝える写真も展示されていた。
支柱や階段の外壁などは透明や白色で塗られているのだが、その階段や支柱はそれとは全然逆だった。額縁が敢えて小さくなっていたりしたのは、配慮でしかない。
そもそも、グロデスクな写真が展示されていることは、日本でも戦争を伝える展示会場などでは普通である。だがそれと比べても、やはり周囲の白色の景色とはミスマッチすぎて、あまりにも美しくない。
「なあ、リート」
「なんでしょうか?」
「このビルの中の墓地に行くためには、この螺旋階段を必ず通る必要があるのか?」
「いえ、そうでは有りませんよ。あの支柱を見てください。あの中にはエレベーターが有ります」
リートが言ったとおり、支柱の方向を見てみると、確かに螺旋階段を支える支柱の上に通路ができていた。そして、その先には自動ドアとみられるものが付いているエレベーターがあった。
「確かに、この写真を見ていると鬱になりますよね……」
「だけど、これを後世に伝えるべきであることは言うまでもないぞ?」
「ええ」
言って、リートは頷いた。一方で、その会話のやりとりの裏、ラクトとスディーラは競争をしていた。何の競争かというのは、「どちらが早く五階に着けるか」という馬鹿げたものだった。そこまでくるともう、「小学生か」といえる程だ。
「まあ、遅れて迷惑をかけるのもどうかと思いますし、稔様。私たちも急ぎましょう」
「そうだな」
言って、稔とリートは前の二人を追った。だが、言わずとわかると思うが、どちらとも魔力を使うことが出来る。つまり、幾らでも早く五階まで到達することが出来るのだ。そのため、彼らは稔とリートが五階を目指そうとしていた時、もう着いていた。




