2-36 ADQと爆弾処理-Ⅲ
「こっちでカロリーネサイドとは連絡を取っておくから安心して。もちろんバックアップデータは取らせてもらうから、破損とかは気にしなくていいよ。ユースティティアは、私じゃなくて稔のお手伝いをよろしく」
ラクトはそう言い、ユースティティアの肩を叩いて前へと押す。「うわっ」とか声を上げたりせず、ユースティティアは何事もないように冷然と、しかし意思を持って稔の方へと近づいていった。そんな中、まだ歩いているというのにラクトがユースティティアに問うた。
「ユースティティア、ここの机使っていい?」
「どうぞ。……というより、そういうのはホテルの物を貸し出してもらっていると解釈するべきでしょうから、私に聞かなくてもいいんじゃないですかね? そう思えば壊したりしないでしょうし」
「まあ、それもそうだね。――てか、私を破壊神みたいに言うな!」
「実際、そういうことをしでかしそうじゃないですか」
ユースティティアが平坦な口調で言うが、それは酷くラクトを傷つけてしまった。「自分がそんなことを絶対にするはずがない」と強く主張するのを止めたりしたら誤解されるわけだから続けるしか無いが、追い打ちを掛けるように稔が微笑しながらラクトを弄る。
「フラグを立てておいて、本当にそうなった事案がさっきあったしな」
「もうやめてよ! 本当にそうなりそうだから、そういうこと言っちゃダメだ!」
ラクトが必死になって言うと、稔は弄るのを止めた。否、止めるべきだと思ったのが大きいだろう。爆弾解除の為の時間も必要であるし、いくら集中すれば時間が短縮できると入っても僅か。だから、そうするのが得策だと考えたまでであった。ただ、ラクトの心は一〇パーセント程度壊されていた。
「返答返してくれないなんて……ひどい」
ラクトは悲しげな表情を浮かべて言った。だが、そこで稔の予想外の事態が発生する。なんと、中指を立ててきたのである。加え、顔芸というべき変顔を見せた。終いには両手で中指を立ててしまうまでだ。
ラクトがどんなことを考えてその行動を取っているのか、は大体察することが出来た。顔芸をしていることから、彼女が行っているそれは『本気ではない』ということは窺える。――が、『ふざけた』では済まされないことをラクトは言い放った。
「ファ○クユー!」
「何言ってんだ……」
稔は手に負えないと判断し、黙って横に首を振りそうになった。ラクトは活発な女の子であり、ある程度の煽りも稔は受け入れている。だが、ここまでくると流石に手が負えなくなって反応も返せない。なにせ、顔芸に禁止用語、加えて中指立てである。合衆国のスラム街でやったら射撃でも受けるレベルだ。
「稔がお説教するとか言ってたけど、今ので私も説教することにする」
「ご勝手にどうぞ。……てか、仕事やれ」
「お前が言うな!」
「お前に邪魔されてんだよバーカ!」
稔とラクトは互いに言い合ったが、双方ともに嫌いな気持ちが生まれたりはなかった。会話の一つとして捉えていたのだ。流石に安易な気持ちで中指立てを使ったのはどうかと稔も思ったが、それ以外は別に突出して悪いところは無いわけである。
稔とラクトが共に言い合ってストレスを発散し終えたと同じく、両者は両手を使い出した。けれどラクトはデバイス上のキーボードでは不満を抱えていたので、キーボードを新たに作り出すという手間が入った。
そして同じ頃。木箱を床において作業することから稔が正座したのだが、ラクトの指示で稔の元へとやってきたユースティティアも同じく正座した。その見た目からしたことが無さそうな印象を受けるが、痺れてくるのはもう少し先のことだ。故に、まだそれを訴えたりしない。
「ユースティティアは正座したこと有るのか?」
「いえ、有りません」
「うむ、俺の予想通りだ。――それはそれでいいとして、正座してると痺れが出てくるから、別に真似してやらんでいいぞ。俺が正座してるのは、単純に腹に足を当てないようにするだけだし」
「分かりました」
ユースティティアは言ったが、正座を解かなかった。どうやら、異国文化である『正座』をたいそう気に入ったらしい。無理もない、エルフィリアじゃそんなことをしている者は数えるほどだ。だが、稔がふと見渡してみれば、ラクトが正座をしていた。
「(え……)」
ただ、それはすぐに違ったと判明した。正座ではなく、俗にいう『女の子座り』だったのである。両足の間に尻を落とす座り方だ。呼び名に関しては、『割座』とか『あひる座り』とか多々あるが。
「稔さん。ラクトさんに『集中しろ』とか言っていたくせに、自分は彼女の姿を眺めてご満悦ですか?」
「い、いや、そういう訳じゃ……」
ユースティティアは怒っていた。でもそれは、別に『嫉妬』という感情からではない。デバイスをハッキングするのは早急にやったほうがいいのは確かだが、時限爆弾の装置のコードを切るのに比べたら後で良いからだ。彼女に言わせてみれば、「やるべきことをやるのがモットーなら、早めにやるべきことは早めに終わらせろ」という訳である。
「すいません」
ユースティティアの気持ちを察した訳ではなかったが、怒っていたことは見えることだったから稔は頭を下げた。一方のラクトは散々に言われた先程のことを思い返し、クスクスと哀れな主人を笑っている。
「まあいいです。それで、このコードはどちらを切るのがいいんでしょうか?」
「青か赤か、だもんな。何か意味があるならそっちを切ればいいんだろうけど、意味か……」
赤か青か。もし未来と過去を繋げるのであれば、両方の色のコードを切りたいところだ。しかし、稔の手持ちにそんな魔法を使える召使も精霊も罪源も居ない。サタンは使えそうだが、それはあくまで『複製』だから、コピーする必要があるので元が必要となる。紫姫に関しては時間を止める魔法なので、意味が違う。
「どっちを切れば――」
稔が頭を抱えている中、時間は刻一刻と過ぎていく。三人が全員口を閉じれば、聞こえるのはラクトが叩くキーボードの音だけ。それもまたいい音だと感じたりもするのだが、突如としてその音を作り出していた張本人が声を上げた。迷惑になりそうだったが、エンターキーを強く押して言い放つ。
「ハッキング成功きたあああっ!」
大喜びのラクトは、デバイスの向こうにレヴィアとカロリーネを見た。向こう側からすれば通話などが出来ないようにしていた訳から、当然のごとく驚きなんて隠せない。けれど、起きてしまったことには逆らえない。時間が戻せない以上、やるべきことは会話だ。
『人が色々と考えて出来ないようにしたというのに、貴方がハッカーだとは思いませんでした……』
「褒めてもらえて嬉しいですなー。……それで、そっちはどれくらい進んだの?」
『無事に一つ解除しました、と貴方の主人様にお伝え下さい。因みに一一階は黄色と青色で、青色でした』
「青色……」
一一階が青色だというのは何かが関係しているのだろうか、とラクトは考えた。しかし、カロリーネも円滑に作業を進めて欲しかったので回答を述べる。もっとも、元々は敵方であるから把握していて当然だ。
『ラクトさん。この爆弾のコードは、上層階の方から精霊の主属性を元にして配置されています』
「……どういうこと?」
『【失われた七人の騎士】が七人居ること、精霊が七体居ることはご存知ですよね?』
「それは一般常識として分かってるけど、精霊魂石じゃなくて精霊の属性なんか……」
『まあ、それが普通ですよね。自分の精霊の属性とかは気にしても他は気にしない人も居ますし』
カロリーネはラクトを擁護するように述べてから本題へと入った。もっともカロリーネは擁護していた訳ではないし、ただラクトと同意見だと思ったまでだった。でも、端から見ればそう見えてしまう訳である。やはり『失われた七人の騎士』の一人であることが大きいのだろう。
『ですが、属性というものは存在する訳ですからね。――大丈夫です、今から言いますので』
カロリーネは咳払いし、ラクトからの返答を拒むような態度を取った。でも、緊張を持ったラクトはそれを感じない。煽ることもなく、稔に魔法を授けたリートやこのホテルを救おうと真剣に働いていた為だ。
『第一の精霊はシアン、第二の精霊はビリジアン、第三の精霊はブラック、第四の精霊はシアン、第五の精霊はカーマイン、第六の精霊はカナリヤ、第七の精霊はカナリヤとビリジアン。以上です』
「(分割して言って欲しい……)」
実際のところ、精霊戦争の代償の説明時の『五感と身体の上下の機能が衰えて最後に死ぬ』というのは、単純な仕組みの説明だから分かりやすかった。けれど今は違う。厨二要素たっぷりな『精霊』とか『騎士』とか『精霊魂石』とかの上に『属性』なのだ。いくらラクトと言えど、一気に言われても解釈は困難を増す。
「ごめん。メモらせて」
『ご自由にどうぞ。ですが貴方の主人も七人のうちの一人ですし、第三と第四と第七は知っていますよね?』
「それは知ってるけど……」
ラクトは言いつつ、魔法を転用してメモ用紙を一枚作り出した。サイズはB5である。畳んでポケットに入れる際、あまりでかすぎると逆に問題であるのは言うまでもないから、これくらいが丁度良い。ラクトは同時にシャープペンシルも作り出し、必要な物は作り終えた。
それから一、二、三……と七まで番号を振っていき、三と四と七は属性を既に知っているので埋め、完了したことをカロリーネに言う。すると即座に、彼女は残りの精霊の属性をもう一度言いはじめようとした。だが、それをラクトは一時的に遮った。
「第一の精霊ってサタンだよね?」
『そうですね。確か、貴方の主人が契約していましたっけ。同盟から精霊契約へ移ったみたいですけど』
「そうだね。じゃ、二と五と六をもう一度頼む」
『はい』
カロリーネは言い、唾を呑んで声を整える。そして、第二の精霊と第五の精霊、それに第六の精霊が何属性であるかを再度ラクトに話した。ただ彼女は、先程は言わなかった言葉を最後に一言残した。
『第二の精霊はビリジアン、第五の精霊はカーマイン、第六の精霊はカナリヤです。それと、私の上司であるエイブも精霊を所持している【失われた七人の騎士】の一人で、彼は第五の精霊を――』
「そう、なんだ……」
ラクトはそれもメモに綴った。第一と第三の精霊と契約しているのが稔、第四の精霊と契約しているのがカロリーネ、第七の精霊と契約しているのが織桜。そして、第五の精霊と契約しているのがエイブ。初耳の事柄だったが、書き綴ることをしていたからあまり気に留めなかった。
しかし、気に留めなければならないことをカロリーネは言った。
『私は二度負けてしまいましたが、私の上司は私を超す戦闘狂と言うべき方です。今までの対戦成績はゼロ敗全勝。並大抵の精霊や罪源を持たない主人であれば、彼にとてつもない危害を加えられると思います』
「えっと、それって攻撃を『受ける』って意味だよね? 攻撃をこちらから『与える』じゃなくて――」
『そうです。……すいません、少し分かりづらく言ってしまって』
言い方でも意味が変わってくるわけだから、言葉って難しいものだとラクトとカロリーネは再確認した。そしてカロリーネとレヴィアは、一一階の爆弾処理を終えたことから場所を移動しようと考えた。もちろん移動しながら通話をしているのはマナー的にどうかと思ったので、カロリーネはその旨を伝えて通話を切った。
『設置された爆弾が間違っていなければ、六階の時限爆弾は青色のコードを切れば止まると思います。それと、これから私達は一〇階の部屋に移動しますので通話を切ります』
「分かった」
『一一階から階を下げるごとに、七人の騎士のナンバーは上がっていきます。そしてその騎士と契約を結んだ精霊の属性の色を示したものを切れば、爆弾は止まってくれるはずです。では、幸運を祈ります』
「難しい説明しやがっ……」
ラクトは言ったが、向こうから聞こえてきたのは通話が切れた音だった。裏を返せば声は向こうへと届いていないということだから、彼女は嘆息を漏らして稔の元へメモ用紙を持って近づいていく。
「ラクト。通話で何か情報は得たか?」
「ああ。一一階はもう解除済みで、青色と黄色の選択肢があったんだって。で、青色を切断して解除成功」
「へえ。それはそうと、六〇五号室――六階の爆弾の解除はどっちが正答なんだよ?」
「……聞きたい?」
ラクトはどちらが正答であるかを知っていた。当然、稔が織桜やホテルに迷惑を掛けないようにしようと思っているのも分かっている。しかし、ラクトは悪女の笑みのような微笑みを浮かべた。元サキュバスだからか、笑みには色香がある。
「聞きたいに決まってんだろ。」
「残念だけど、無理だよ。さっきの謝罪したら言ってあげるけどね」
ラクトに言われると稔は黙り込んだ。そして、彼に追い打ちを掛けて言うのがユースティティアだ。
「私はこの部屋の鍵を持っているんです。爆弾処理が無ければ織桜さんの元へ早く行けました。出来る限り早く事を終わらせて頂きたいですし、稔さん達にも事情は有るでしょうから、早くしてください」
そう言い、痺れたわけではないがユースティティアは正座を解いた。そして胡座をかくと、彼女はラクトの方向へと後退する。それと同じくして、先程ユースティティアが正座していた場所にラクトが足を踏み入れた。まるで敵地のような言い方だが、ラクトとユースティティアは同盟を組んだも同然だ。
「ああ、謝る時は土下座ね」
「なっ……」
主人に対しての侮辱と見て取れる行為であるが、それでも稔は訴えない。ラクトは「主人がマゾヒストかもしれない」と考えてしまいそうになるが、別にそういうことではないのだ。「主人も召使も精霊も罪源も関係ない」と全ての権利が同等であることを訴えているからこそ、訴えたり出来ないのである。
だが、土下座に関しては稔も反対した。
「なんで土下座なんだよ! そんなに大きな話じゃないだろ!」
「爆弾処理に関する情報、貰えないよ?」
「じゃあ、主人命令でお前にコードを切らせようか? ――お前は一応は召使だもんな?」
「悪用しやがって……」
主人でもそれに仕えるものでも、権利だけなら同じだと考えているのが稔である。しかし、それは原則にしか過ぎない。絶対に召使が逆らってはならない『主人命令』は権利の一つであると考えているからだ。そして悪用厳禁の『主人命令』を、稔はちょくちょく悪用しようとする。
「でもまあ、お前が嫌な気分になったなら仕方ないか」
「え――」
稔は意見を一八〇度変えたように土下座した。深く頭を下げ、尻と同じくらいの高さにしている。ラクトは本当にするような主人だとは思っていなかったし、別にサディストという訳ではなかったから、頭を下げられたのは意外すぎた。故に、顔にも驚きの表情が浮かぶ。当然、「いいよいいよ」とも言う。
「代償として何でもする。だから、許してくれ……」
「とっくに許してるってば! あ、頭を上げてよ! それじゃ主人が哀れに見えて私の心が……」
「本当……か?」
そう言うと、稔は下げていた頭を上げた。目に映るのはラクトの顔――ではなく、スカートの下だ。ラクトも当初は顔を見ているのだと考えていたが、流石に間近でパンツを見た男が内心でも平然とした反応を保てるはずがない。だから稔の心の中をラクトが覗いた時、彼女は怒りを露わにした。
「何を見て喜んでるんだ、変態主人!」
「いや、顔を上げろって言ったのはお前じゃんか。角度とかは言っていないんだし、俺は悪くないだろ」
「で・も! 常識的に考えれば、どさくさに紛れて下着を観察するとか痴漢に等し――」
「おいおい、俺を犯罪者にするなよ。元はといえば、お前が脅してきたから俺が土下座する羽目になったんだろ? 脅したってことは恐喝じゃん。金銭は奪わなかったけど、人様に心理的苦痛を負わせただろ?」
「それは……」
ラクトは言い返せなかった。一方の稔も、論破したような気ではなかった。痴漢をしたと言われるのは否定したかったが、それでも下着を見たのは事実である。要は双方ともに、話をそれ以上続けても傷口を更に大きくするだけの事だったのだ。そしてそれをすぐに理解したラクトが、胸の下に手を組んで言った。
「こ、今回は不問にするからな!」
何処かツンデレ的なものを醸し出す言い方に、稔は「はいはい」と軽く流すように言う。何故なら、「不問にする」言ったのはラクトだったが、稔が心の中で思っていたことも同じことだったのである。
「――あの、稔さんとラクトさんのイチャラブとか見ていても嫌な気分になるだけなので、早く爆弾処理をしてください。さっきから言っているじゃないですか、早くして欲しいって」
「わ、悪い!」
綺麗に収まって欲しいユースティティアだったが、それでも苛立ちがあったので口に出した。早急に片付けてほしいことが片付いていないためである。彼女は土下座とか痴漢とか恐喝とか、そんな話を聞くために待機しているわけではなく、二人を追い出すために鍵を持って待機しているのだ。だから、聞きたくもない話を聞かされる時間の余裕なんて無い。
「ラクト。色はどっちだ?」
「青色。早く切ってよ。時間無いから」
「ああ」
ニッパーを利き手である右手に持ち、稔は青色の方のコードを切断した。そして辛い状況に陥ったかのように右目を瞑り、ニッパーを即座に壁の内側へと持ってきて爆弾に備える。「解除成功」が一体何を持って表されるのかも知りたかった稔だが、やはりまずは解除成功を願うことが最優先だった。
「――」
織桜の宿泊部屋に訪れる沈黙。カロリーネとレヴィアもこういう状況で爆弾解除をしていたのではないかと稔は思った。そして、爆弾解除が成功したかどうかを確認するべくデジタル文字の動作を見てみる。
「解除……」
「成功――」
すると、デジタル文字の動作は停止していた。また、その文字の上には『解除済』というウィンドウが表示されている。加えて、音声メッセージが読み上げられた。
『解除成功、おめでとうございます。この時限爆弾は本社へと送られ、処分されます――』
それと同時、稔が張った壁が破られ、爆弾を白い光が覆っていく。爆弾全部を覆い尽くすまでには僅か二秒しか掛からなかった。そしてメッセージ通りに本社へと送られたようで、何一つとしてそこには残らなかった。
「終わった……!」
床にニッパーを置き、稔とラクトは大喜びした。ユースティティアも喜んではいたが、時間的なことを考えれば喜んでいられる立場ではない。そのため、感極まって涙すら溢しそうになる二人に対して言った。
「大変恐縮なんですが、六〇五号室から出て行ってもらえないでしょうか。私も用事があるので」
「さっきから言ってたもんな。……ほら、いくぞラクト」
「待って、キーボード片付けるから」
ラクトはそう言って机の上に置いてあったキーボード、それにウェアラブルデバイスを手に持った。キーボードに関しては、自身の基本的に服を作り出したり早着替えしたりするための魔法の材料にするため、特に何も言わないで手中に戻す。
「よし……」
忘れ物が無いことを確認し、ラクトは机のところを後にした。色々と爆弾処理の開始時には心配されたが、別に散らかしたわけでも破壊したわけでも無いから、気に留めずに稔の方へと向かう。
そして稔の近くにラクトが来ると、同時にユースティティアは言った。
「色々ときついこと言っていましたが、爆弾処理お疲れ様でした。詫びと感謝の印に、これをどうぞ」
「これって饅頭だよね?」
「はい。名称は『旧王都まんじゅう』です。水饅頭の一種で、夏季に食べると非常に絶品なのでどうぞ」
「別に今は夏じゃないけど……」
「いいんです」
ラクトの言う通り、今は別に寒くも暑くもない時期である。稔が現実世界に居た時はヒートアイランド現象真っ盛りの夏だったから美味しく頂けたのだろうが、エルフィリアはその時期ではないようなので、美味しさが半減――まではいかなくとも、減りそうだ。
押し付けられるように『旧王都まんじゅう』の入った白色の箱をラクトに渡すと、次は稔にスティック状の菓子とみられるものが入った袋を手渡した。そして、ユースティティアは顔を綻ばせて言った。
「それは『デリシャスティック』と言われるもので、これはチョコレート味です。イチャコラしていたのが凄い苛立たしかったので、いっそのこと、これを齧り合うゲームでもしてください」
「なっ――」
要するに『ポッキーゲーム』である。ユースティティアは、「リア充爆発しろ」と言いながらそれを要求したのだ。でも、そんなことをさせないのもまたユースティティアだった。
「では、出てください」
満面の笑みを浮かばせる彼女には稔もラクトも逆らえず、黙って六〇五号室を出た。そしてユースティティアが鍵を閉めて織桜の元へと即座に戻ると、その部屋の前で稔とラクトは二人きりになった。