2-29 悪に堕ちた七騎士ADQ-Ⅱ
「なんだと……?」
スルトの放ったその岩石が氷の壁に当たったのは否定できぬ事実だったし、それはカロリーネも認めようと考えた。しかし、自らが形成したその氷の壁がか弱そうな女の子に壊されてしまうなどという事実は、認めたくはなかった。
「サタンッ――!」
酷く悲しみに暮れているカロリーネの一方、ラクトよりも先に動いたのは稔だった。これから救出することを示すためにサタンの名を叫び、前方方向へ身を歩み進め――否、テレポートを行う。
距離にして三メートル程度。駆け出して走れば、まるでかまくらのような作りになった氷の壁の中に居るサタンを魔法未使用で救出出来るかもしれない。だが、稔は魔法を使用した。それは時間短縮の為であり、そうした方が相手方に隙を突かれないと考えたが故だ。
「スルト、ありがとうな」
テレポートすると同時、スルトに一言稔は言った。スルトは主人に褒められて嫌な気分はせず、魔力を込めて『大噴火』を撃つ際に硬くなった顔を綻ばした。満面のとはいかなかったが、稔が見た中で一番の笑顔をスルトは見せていた。
そんなスルトのことを少し気に留めつつ、稔はサタンの元へとテレポートして到着した。刹那、彼女の意思確認も含めて身体に触れる。――冷たい。まるで凍結した氷のように冷たい。
「そんな……」
稔は落胆した。ラクトが、スルトが、紫姫が、それぞれここまで協力してくれたのだ。そして回ってきた自分の番、これをヘルに繋がなくてはいけない。――けれどサタンは冷たく、意思確認も取れていない。
「ラクトのマスターさん……」
「サタン――?」
意思は有るようだ。最強と謳われた彼女の前には、容易く『死亡』の二文字が見えることはないらしい。しかし、彼女は『怪我』の二文字や『負傷』の二文字と無縁の関係ではない。そんな人造人間のような事は不可能である。サタンは精霊であり罪源、それ以上に女の子である。細胞が無いわけではないから、当然傷を負う。
「戦えなくて……ごめんなさい……」
サタンは悲しんだ表情を見せて言った。だが稔は、そんな顔を見せるなと言わんばかりに彼女の額に自らの額を当てた。悲しんだ表情を見せてもらっては困るということは伝えておきたかった。また額をつけたのは、既に『気持ち悪い』と言われたから稔の緊張感が解けて行動に余裕が出た、という側面もある。
「――悲しむな、サタン。その顔が台無しになって、ラクトに見せる顔が無くなっちゃうだろ」
「……」
敢えて自分の名前は出さないスタイルを貫く。それは、稔がサタンが自分を過剰に好きで居てくれていないと感じていた為だ。ラクトを過剰に愛しているのは火を見るより明らかだが、稔を好きで居るのは『過剰な愛』ではなくて『愛情表現』でもなく、ただの『社交辞令』的なものであると考えたのである。
だからこそ、稔とサタンが同盟を締結したキューピッド的な存在であるラクトの名前を出した。ただ、流石はサタンだ。何かのセンサーが付いているかと言わんばかりに、ラクトという単語には反応してくれる。
「やっぱり、司令官に見せる顔が必要ですもんねっ!」
「――元気、取り戻したか」
「はい。取り敢えず、誰に治療してもらうん――」
ようやくサタンが気を確かにし、会話が弾むようになってきた矢先だった。
「稔――ッ!」
後方でラクトの叫び声が聞こえた。無理もない、目の前にカロリーネの支配下にある精霊・エルジクスが現れたのである。彼女は水色パッツン前髪という目立つ髪型をし、ヘアピンをクロスさせて装着していた。しかし、それ以上に目立つ箇所が有った。
「眼……帯……?」
白色の眼帯。エルジクスは厨二病を象徴する『それ』を装着していた。そしてそれを外せば、浮かぶのは『ダガー』に近い形をした目の特徴。色は血を連想させるくらいの悍ましげな赤色で、エルジクスは稔が見惚れ――考察している間に拳銃を構えた。そして。
「サタン! 俺に抱きつけ!」
「なっ、何命令してんですか――って、ひゃぁっ!」
弱ったサタンを抱きしめると、稔は即座に魔法使用を宣言した。同時、激しい寒波がサタンと稔の居た場所に襲ってくる。ラクトも紫姫もヘルもスルトも、稔とサタンが死んでしまったのではないかと思う。何しろ、猛烈な寒波は自分たちのところにまで来ているのである。氷の壁を破ったはいいが、それが逆に広範囲に広げてしまっていた。
だが、その時。
「――え?」
猛烈な寒波でテレポートに障害が出そうだった時、稔とサタンの前には一人の少女が現れた。腕にはウェアラブルデバイスを装着し、右手を前に出してエルジクスへと攻撃を放っている。波動化されており、それは目に見て捉えることは不可能である。
そして、それらの点と状態異常系の魔法並の強さを誇るその魔法を使用できることから、稔は目の前に居るのが誰だかすぐに分かった。洗脳状態から開放されたレヴィアタン――レヴィアだ。
「レヴィア!」
「すいません。どうやら、ご主人様が他の女性とイチャコラしているのを見て洗脳が解けたみたいです」
「そ、そうか……」
稔は反応に困った。別にイチャコラしているわけでないからだ。弱っているサタンを加護してテレポートするために執った行動であり、嫌らしいことを考えていた事実はこれっぽっち、微塵も無い。
「――それと、ご主人様。早くテレポートしてくださいませんかね。私もそろそろ限界が……」
「す、すまない!」
稔は言い、サタンを抱きしめていた構図を壊すこと無くテレポートした。そして、壊されて作られたかまくらのような場所から離脱する。それを見てレヴィアも魔法の使用を中断し、壁の中から脱出した。
「――しかし、それは甘い!」
稔、サタン、レヴィアと続々と脱出され、更に落ち込むカロリーネを尻目にして言い放ったエルジクス。彼女には絶対の自信が有るようだ。自らの両手に白色の拳銃を持つと、中に氷の弾丸を入れて撃ち放つ。
「――西方氷雪の銃弾――」
魔法の使用宣言だ。だが、それを聞いた紫姫も同時に拳銃を構えた。稔がサタンを加護していること、これからヘルが治癒を開始すること、スルトが防御に回ること、レヴィアにもある程度休憩を挟んでもらいたい……。自らは司令官ではないが、それでも紫姫は考えて行動に移した。
「――序章、第一の判決……白色の銃弾――!」
一二個の拳銃を自らの周囲に配置すると、そこから一つ右手に取ってこちらも撃ち放つ。バリアなんて無いから、交わすか撃たれるかの勝負である。周囲に仲間は居ないから、精霊同士の一騎打ちとも言えよう。
「その意思を――狙えッ!」
「アメジスト……?」
だが、一騎打ち戦では無くなった。サタンとレヴィアをヘルに任せると、稔はテレポートして紫姫の元へと参ったのだ。並べられた残り一一個の拳銃の一つを左手に取って、右手には紫色に光を放つ剣を握る。
「マスターを殺せば、自分の勝ちッ――!」
「それは……どうかな?」
稔が拳銃をロックしてポケットに入れて前進し、エルジクスを斬ろうと動いたその時だった。転用して魔法を使ったらしく、稔の目には紫色に光を放つ剣を握りしめたラクトの姿が映った。どうやら、司令官自ら戦闘に参戦する意向らしい。しかし、マスターの稔は止めなかった。止める権利を持たないわけではないが、彼女の意思を尊重した形だ。
「俺も――斬るッ!」
再度テレポートし、稔はラクトと同位置辺りに来るように魔法を使用して辿り着いた。そして、エルジクスがテレポート等の瞬間移動出来ないことは考察済みであったから、声を合わせて二人で斬る。紫色の二剣が対を無して自分に仕える精霊を斬り裂く様を見て、もちろんカロリーネは強い苛立ちを覚えた。
「はああああッ!」
「ていやああああッ!」
稔とラクトがエルジクスに傷を負わせる。かすり傷程度では済まず、彼女の額からは血が垂れ落ちる。だが、それと同時に鋭い銃声音が鳴り響いた。稔とラクトの後方、鼓膜が破れるかと思うくらいの銃声音だ。
「紫……姫……?」
稔は瞬きを止め、息すら出来なくなるくらいに驚いてしまった。
しかし、後方を見るということは隙を与えることにもなる。そんな側面も考慮し、ラクトは稔を突き飛ばした。そして突き飛ばされたと同時、また背後で銃声音が聞こえた。
「……ラクト!」
紫姫に続いてラクトまで負傷してしまえば、大変な事態が待ち受けていると察するのは容易だ。紫姫もラクトも失いたくなかったが、最悪どちらか片方だけであれば欠けても問題無いとは稔も思い始めていた矢先。紫姫に続いてラクトが倒れてしまっては、この戦いで勝利を収められないのは明白だ。
「稔。司令官は後方に退くから、この剣を――」
「ああ、休んでこい。――こっからは俺と優秀な戦闘狂との戦いだ」
総動員戦に持ち込んだは良かったが、逆に隙が多すぎてそこを突かれてしまった。ラクトの作戦は決して悪いものではないと稔も思っていたが、こうして司令官から指揮権を得てしまった以上は指揮を執るのは稔しか居ないだろう。
「バーカ、誰が休むか。全然傷を負っているわけじゃないんだから」
「じゃあ、何をする気なんだよ?」
「覚醒状態になるつもりだ」
「なっ……」
言葉は聞いたことが有ったが、詳しいことはあまり知らない稔。自らもそれが使えるけれど、まだ絶望的な状況に陥ったことは無くて使ったことはない『覚醒』。負傷した紫姫は、それがこれからどのように影響してくるかを簡潔に述べた。許可権限は稔にあり、彼に説明しないままにはどうにもならないと考えた為だ。
「実行許可を下ろしてもいいと思うけど、覚醒したらラクトは今夜の晩餐会に出られなくなる」
「――本人がそれでいいなら、俺はその意思を尊重する」
「稔らし――否、アメジストらしい回答だ」
ラクトが居るということを踏まえ、紫姫は下の名前を呼び捨てで呼ぶ事に直す。そして、紫姫からリスクについての説明を受けて間もなく、稔はラクトの思いを尊重するということで許可を下した。
「ラクト。お前には『覚醒』する許可を与える」
「分かった。――じゃ、カロリーネは私が一人で始末する。そしたらラクトアイスを奢ってね、稔」
「俺には金が無いんだが……」
稔がそう言って返答をしてみたが、ラクトによって会話のキャッチボールは拒まれた。理由は単簡。漆黒の闇の炎に包まれたラクトは氷の壁を解かすべく、覚醒状態になって向かったのである。それは神風特攻隊の零戦が目の前に有るかの様な、噴石がビルに直撃するかの様な、そんな感じだ。
「さあ、稔。我らの敵はエルジクスだ。これからこの女に裁きを与えよう」
「ああ、そうだな……」
「どうした? ――まさか貴台、ここまできて『やる気』ではないのか?」
「そうじゃねえよ。そんなに負傷してんのに、よくも戦えるなって思ってさ」
「意思を石にしたのが精霊なんだ。何度も言わせるな。人一倍に意思が強いと決まっているだろう」
「そうだな。お前の言うとおりだ」
ボン・クローネ駅でのペレ戦でもそうだった。後方で治癒している仲間のため、傷を負っても戦い続けたのは紫姫ただ一人だ。最終的には稔の巧みな話術で解決したわけだが、恐らく、あれで解決していなければ紫姫の攻撃が勝敗を左右していたと言っても過言ではない。
「詠唱以外の会話は無駄だと自分の主人は仰るが、貴様らは全くの逆のようだな。――全く、実に面白い」
「戦闘狂は戦いに面白さを見いだせるほどの余裕が有るのか。……全く、実に面白いな」
「ハハハ。見事に真似されてしまった。――だが、この攻撃を真似することは不可能だろう」
エルジクスはそう言うとニヤリと微笑を浮かべた。そして、自らの右手より波動を放出して攻撃を行う。並大抵のヒュームルトやエルフィートであれば避けきれないような精霊の攻撃だが、稔と紫姫は容易く交わした。
「交わされ――」
「――残念だが、見えないものは見えないもので返すのが一般論だ」
「バタフライ、貴様……ッ!」
稔と共にテレポートすると、紫姫は即座にエルジクスの首に銃口を向けた。隙を付いて銃を構えたからには引き下がれない。しかし紫姫は、『正義』としての発砲であるのかを考え込みそうになった。「引き下がれない」というのはまたとない『好条件』なのに、逆にそれが仇となりそうになる。
――だが。
「いぎっ……」
紫姫が拳銃を発砲することに躊躇している事を心内を覗いて知ったラクトが、バリア一つ無いという好条件を逃すわけがない。状態異常系の魔法の中から『凍結』をチョイスして攻撃しても意味は無いし、むしろ周囲に居る稔たちを巻き込んでしまうことも有ったから、状況を考えて『麻痺』を使用した。
「あああああ――――ッッ!」
精霊同士の戦いに終止符を撃つ銃声音が、麻痺の魔法を使用して僅か七秒後に訪れた。辛うじて鼓膜が破れずに済んだ紫姫と稔は、血を流してまでも白色の拳銃を構えるエルジクスを見つめる。彼女は首を撃たれて声も出ず、戦闘狂として狂いに狂った姿を見せた。
「アメジスト。正義って、一体何なんだろうか」
稔に向けて紫姫はそう問う。ただ呆然と、ぼうっとしているかのように時間が過ぎていくのを感じていた二人だったが、会話という一つの『手段』だけがその雰囲気をぶち壊してくれた。
「これは、正義なんだろうか」
悪者にだって言い分は有る。そう考えると、この戦闘でその言い分を聞いていたかが分からなくなる。サタンやラクトを失いたくないから撃ったのか、レヴィアを傷つけられたから撃ったのか、稔が異世界に来て助けてもらっているリートの為に撃ったのか。そして、相手方も何故自分たちへ撃ったのか。
理由が、訳が、説明が。知りたくて、聞きたい――
正義とは何か、悪とはなにか。そんな会話を稔と紫姫が行っていたその時、戦闘狂は最後の力を振り絞って麻痺状態の中で拳銃を握った。痺れ――否、糸で束縛されたような構図で有っても、主人の為に力を尽くす事は止めない。意思の強さが精霊を表現すると思ったから、エルジクスは強く白色の拳銃を握りしめる。
「精霊は、『精霊魂石』を撃ち抜かなければ死ぬことなど……」
「やめ――」
「もう、自分は主人様に見せる顔が無いので――」
人間が死ぬ間際に見せるのは涙か笑みだ。そして力を振り絞って見えるそれは、人の涙腺を攻撃する。
「チェック……メイト……」
白色の拳銃を自らの精霊魂石に向けると、エルジクスは笑顔を見せて吐き捨てるように言った。そして、引き金を引く。同時、周囲には銃声音が轟いた。同時、稔はエルジクスが死んだと思い込んだ。――が。
「自害行為など、我は絶対に許さないぞ。エルジクス」
「紫姫……?」
「我等タラータ・カルテットは、貴様らに問いたき事が有るから来たのであって、戦う為に来たのでは無い」
「つまり、目的は自分ではなくて――カロリーネ様?」
「そういうことだ。だから、自害するな」




