2-28 悪に堕ちた七騎士ADQ-Ⅰ
稔が自らの気持ちを落ち着かせ、身震いしている中。ラクトは戦慄を覚えるとともに、カロリーネに対して『何故このような行動を取るのか?』と質問を投げたくなった。何故聞いたか、理由は単純だ。『まだ戦いは始まっていないが、正当化するためにも理由が欲しい』と思ったためである。
「カロリーネに質問なんだけど、なんでこんなことをす――」
「戦いに会話は不要だ。有るのは詠唱のみ――」
「くっ……」
ラクトは歯を食いしばる。目の前のカロリーネという女は、思った以上の戦闘狂であった。一度戦を交えれば、彼女は結果が出るまで――即ち、勝利を収めるまで戦いに終止符を打つことはない。心の中を読み、ラクトはそんな彼女の強い意志を読み取った。
「貴様に剣はないのか? 戦に参加しないのは、私に余裕を見せて挑発していると見做すが――」
「正義を追い求めるのが私達だから、戦禍を被るくらいなら剣と剣を交えるのは避けたいんだ」
「貴様……」
カロリーネは『会話は詠唱のみ』と綺麗ごと――格好つけた台詞を言った訳だが、普通に剣を握ってからも会話を行っているところは矛盾していると考えて良いだろう。しかし、一度始まったこの戦いを止めるのは容易では無いようだ。カロリーネは、隠していた石らしき物を取り出した。
「それは――」
稔の視界に石の存在が映った時、彼は同時に目を凝らした。無理もない、何しろその石が『精霊魂石』に紛れも無く似ているのだ。自らが『失われた七人の騎士』を名乗るための証拠とも言える精霊魂石。それを目の前のカロリーネが持っているのである。
つまり、考えられる結論は。
「お前、まさか――」
「気付かれるのは遅かれ早かれ……。まあよい。私は――」
カロリーネはそう言い、自ら右手に持った剣を勢い良く振りかざして威嚇攻撃を行う。と同時、稔が感づいたことで隠し通していても意味が無いと考えて、言い放つように自らを名乗る。
「第四の騎士。それがカロリーネと言う私の……二つ名」
漢字にカタカナのルビはデフォ。そんな風な厨二的センスとニュアンスを醸し出す二つ名を聞き、稔は思わず失笑した。とは言えど、彼も彼で『第三の騎士』を『タラータ・カルテット』と名乗るだから、それは「おまえが言うな」的な話でもある。
「笑うな!」
「厨二病特有の病気にお前は掛かってるみたいだな。すぐに『死』とか『暗黒』とか『悪魔の名前』とかを使いたがるその病に。『ルシファー』でも、『デッド』でも、『ブラッディ』でも、『エターナル』でも、『ダーク』でも、『ブリザード』でも、『漆黒』でも――おっと、上げればきりがないか」
煽りの神を超えるほどの煽りに、ラクトは感嘆の感情を持った。自らの主人が強気――ではないが、頼れるくらいには成長してきているんだなと思うと、思わず涙が出てきそうになる。もちろん戦いの中で煽るのは常識といえば常識であり、ラクトは泣いている場合ではないから涙はこらえた。
「厨二病とは、即ち恥ずかしい病気である。――が同時に、自らを表現する絶好の機会でもある。俺は掛かったことがないからお前を笑うことしか出来ないがな。ADQ、アルバー・デッド・クイーン」
「エーディーキュー、か。貴様、中々良いセンスをしているじゃないか」
「(カロリーネが羅列させた英単語の頭文字を取っただけなんですが……)」
稔はそう思い、呆れた表情を浮かべる。ただ同時に、これがカロリーネの作戦である可能性も否定出来ない。そんな風な不安を抱えながら、稔は内心で考える。
「(こいつさっき、めちゃくちゃ戦闘狂みたいな台詞吐いてたけど――実際、戦う気あるのか?)」
剣を構えているから、彼女から戦闘の意思は見受けられる。同時、失われた七人の騎士の一人であることも確認できた。戦えば、只者ではないことを彼女自身が稔へ表してくれるだろう。もちろん、どのような被害が出てしまうかも分からない。
「(戦わなければそれが一番だが、こいつが爆弾を何処に仕掛けたかを聞くためには――)」
戦いを交えずに平和に生きたいという気持ちは、稔が心底に抱えている思いの一つである。
異世界に飛ばされていつ帰れるかも分からないというのに、ここで殺されては話にならない。カロリーネは少女とはいえないだろうが、可愛い美少女達と仲間になれて今に至っているというのに、殺されたら面白く無いし絶対に後悔が残ると稔は考えていた。だから平和で居たく、戦いには極力参加したくない。
……だが、現実は非情である。
「現れたまえ。エルフィリア帝国海軍,西方艦隊司令官の意思が宿る第四の精霊よ――」
「かっ、艦隊!」
稔が反応を見せる。無理もない。某大人気ゲームの提督であるから、仕方がない。
しかし、それは稔が見せた『余裕』と言ってもいいようなところである。ラクトは戦いに勝つ事に重点を置きたかったこともあって、稔の額にデコピンを入れた。
「痛いな……」
「馬鹿野郎。そんなことしているから資材がどんどん消えてくんだよ。入渠して頭冷やしてろ」
「なんだこいつ……」
稔が痛みで頭を抱えるようなポーズを見せると、同時に目の前では精霊が姿を現していた。詠唱の後に現れたその少女は、一言で言えば『クール』。口を開いて言葉を発してはいないが、彼女からは冷淡さがひしひしと伝わってくる。マゾヒストが背筋をゾクゾクさせるような、そんな眼差しだ。
「喜べ。この精霊はスク水の上に旧海軍の制服を着ている。貴様のような男には、目の保養となるだろう?」
「そうだな」
「も、もっと大きな反応は……無いのか?」
「悪いな」
会話を敢えて止めさせようとしているのは見え見えのラクト。一方、敵方の指揮官であるカロリーネは、稔の態度に頭に血が上ってしまった。自覚していないのだろうが、ついカッとなる癖が有るようだ。――しかしそれは、戦闘狂として格付けるには十分な理由とも言える。
「エルジクス、あの男が相手方のマスターだ。他の者に影響が及んでもいいが、まずは『洗脳』を行え。――指揮官さえ仕留めれば、残りは余裕で倒せる」
「その考えは甘いと思うが、貴方の命令に従うのが自分の御役目。――エルジクス、出撃します」
エルジクスは言って手始めに、某メディアミックス作品の一つである『ドラゴン○ール』の劇中で登場する技、『かめ○め波』で使われる手の形を取った。そしてそれから支配者のポーズへと移る。
しかし同時、ラクトが稔の耳元でこう囁く。
「稔。精霊を支配する主人が使える特別魔法は二つじゃないこと、知ってるでしょ?」
「そ、それは……」
「『第三の魔法』を使うには――いや、お話の前に」
ラクトは話を進めていては不利になると考えた。隙ができてしまうのだから、まずは相手の使ってきたその魔法をどうにかするのが先だろう。そこで、相手方が稔を指揮官だと思っていることを踏まえて作戦に出た。――と言っても、ラクトが前に出たのではない。
「サタン。一時間使えるんだったら、その魔法で――エルジクスの背後に回って撃たせないように」
「了解です、ラクト様! ――複製からテレポート、エルジクスの背後へ――」
「口に出して言ったら話しにならな……」
ラクトはサタンの行動に文句を付けたが、ラクトの指示をサタンは呑んでいないわけではない。もっとも本家とそっくりに内心で言って使える魔法ではないのだ。複製するだけなら内心で魔法使用を宣言すればいいのだが、複製後にコピーした魔法を使う時は口に出して言う必要が有る。
そしてこれは、『複製』の魔法をサタンが使えるようになってから残っていることだ。だが。
「う――」
サタンは一応、最強の罪源としての意地を見せた。エルジクスが支配者のポーズを行って洗脳を始めようとしている時、その背後から入って行動不能に追いやろうとしたのである。――が、そこは流石に敵陣地。カロリーネが黙ってはいなかった。
「――氷結の構え、建設開始――」
シアン属性の優位点として挙げられるのは、氷に強いところだろう。凍らない者と凍る者が居るわけだが、エルジクスは凍らないようだ。そんなことも考えての魔法使用なのだろう、カロリーネが氷で防御をするという魔法を使用した。
「氷使いか――」
稔が嘆く。しかしそんなことをしている暇はない、と指揮官であるラクトはサタンに叫ぶ。
「サタン! 早くテレポートして!」
「逃すか。――建設終了――!」
「なっ――」
カロリーネの口から言葉が出た刹那、サタンの居た場所には氷が一気に積もった。雪ではない。氷だ。巨大な氷が一つ、そこに積もったのである。氷に耐久が有るエルジクスは積もった氷の中を悠々と移動し、カロリーネの元へと戻った。一方のサタンは――。
「嘘……だろ……?」
氷の中に。積もった氷の中に、それは佇むようにして倒れていた。
「サタン――!」
悪魔の死か、とラクトは心配を募らせる。ここでこの罪源が消えてしまえば、既に洗脳されてしまったレヴィアを救出することは不可能になっていく。そしてその不安が積もることでラクトは、カロリーネが何処に爆弾を仕掛けたかを彼女の心の中を読んで読み取れば良いとも思うようになった。
しかし。カロリーネという罪の源の一つを始末しなければ、事態は終息することはない。なぜなら、更に爆弾を増やされる可能性が否めないためである。「もう爆弾は設置しません」と文面上で条約を交わしたとしても、裏切るのがヒトという生き物だ。口巧みに色々と言うのだから、騙されてはならない。
「(カロリーネを始末して聞き出す。そうしなくちゃ、爆弾の在処を聞いても増やされるだけ……)」
サタンがまだ死んでいないと考えて、ラクトは救出作戦を決行しようと行動に出ようとする。爆弾を増やされたら溜まったものではないし、一方でサタンが死んでしまえば落胆の声を上げるに違いない。慕われて悪い気はしないし、頼れる罪源でもある。だからこそ、死んでもらっては困るとラクトは考える。
ただ、そんなラクトに仲間が居ないわけじゃない。
「ヘル、スルト、召喚! 同時に紫姫も現れよ――」
「稔……」
ラクトは稔の存在を忘れていたわけではなかった。けれども考えこんでしまったせいで、戦いの指揮権は稔が握ることになったようだ。ラクトは奪還しようと試みたい気持ちもあったが、一応は自分も稔の支配下に在る一人の召使。いつもなら逆らう場面であろうが、逆らうことはしなかった。
「ヘルは負傷者の手当て、スルトは防御。アスモデウス戦と同じ位置に居てもらえると助かる」
「はい、マスター」
「了解っす」
二人から認められて稔の顔も綻ぶ。けれど、まだ紫姫から許可を貰っていないので顔の表情の緩みが消えていく。だが、稔の顔はすぐに綻んだ。ヘルとスルトに許可を貰ってすぐ、稔の顔が紫姫の方に向いた瞬間に彼女が口にしたのである。
「精霊同士の戦いになることが予想され、どうなるか分からない。しかし、分かることはある。我が貴台に従う事だ。――アメジストよ、心配は不要だ。タラータ・カルテットに『敗北』の二文字は無い」
「……そう、思いたいな」
難色を示す顔を見せる稔だが、紫姫の自信はそう簡単に変動しなかった。第三の騎士は誇れる主人であると、紫姫はそう思ったのである。色々と有ったが、それで絆が深まった気がした。だからこそ、紫姫は主人である稔を頼る。そして、稔には自分を頼ってもらいたいと思う。
「作戦の指揮は俺じゃなくてラクトだ。――呼び出して悪いが、紫姫も指揮官に従ってもらう」
「別に構わない。何度も言わせるでない、我らに『敗北』の二文字が無いということを」
「その自信、フラグにすんなよ」
稔は格好良く台詞を決めたつもりでいたが、そうはいかない。紫姫には『フラグ』という言葉の意味が分からなかったのである。紫姫は首を傾げて稔に説明してほしそうな態度を取るが、稔は時間の無駄だと説明しないでおく。
「(こいつ、恐らく厨二病とかも分からないんだろうな……)」
などと思いつつも、戦いでは共同戦線を組む訳だ。稔は疑問を与えるような不可解すぎる行動を取らないように心掛けた。でもまだサタンを取り戻す作戦が始まっているわけではないので、深呼吸しただけだ。
そして作戦は、稔がラクトに目線を送ったと同時に始まった。
「それじゃあ、みんな。サタンを取り戻すために出陣するぞ」
「おう!」
稔が指揮を執ったアスモデウス戦では、第三の騎士方の治癒を円滑に進め、防御にも手を抜かないという方針だった。だから、ヘルとスルトは戦わないでおくようにした。けれど、今回は二人も参戦させる方針らしい。レヴィアが洗脳されているということもあるから、強そうに思っての総動員作戦だろう。
「――六方向砲弾――!」
「――紫蝶の五判決より序章! 第一の判決、白色の銃弾――!」
稔と紫姫がまずは行動を起こした。ラクトも魔法を使っていこうと思ったが、自分が使えるのは転用して物を作り出す魔法と状態異常系の魔法のみ。恐らく状態異常系を無効化するバリアだと考えられる以上、無闇に攻撃を繰り出して魔力を消費するのも如何なものかとラクトは思い、使うことはしなかった。
「なっ……」
だが、『氷結の構え』を破るのは大変困難を極めた。ラクトも火傷を負わせる魔法を使用することは出来なくないが、それでも目の前の防御壁を壊すことは不可能だ。カーマイン属性でも無い自分が、シアン属性の中でも氷分野に勝てる程の威力を持った技を繰り出せるはずがない。
「カーマイン……」
だが、考えたことでラクトは作戦を思い浮かばせた。何故総動員させているのか、その本来の意味を見つけた気がした。稔サイドの中でカーマイン属性といえばスルト。だからラクトは彼女に、惜しみなく使ってもらおうと考えて叫んだ。
「スルト! 大噴火!」
「分かりました、ラクト指令!」
言って、ラクトの指示を聞いたスルトが魔法を使用した。口に出して使用したりはしない。心の中で魔法使用を宣言し、稔と紫姫が壊せなかったその防御壁を壊すために力を貸す。ただ、最大限の力を貸してしまっては自らの『巨人の堅き壁』が使用できなくなってしまうから、魔力消費をある程度抑えて使用した。
「いっけえええ!」
岩石がスルトの周囲に現れ、火をまとって氷の壁にそれらが当たった。
「――きた!」
ラクトは思わず声を上げた。合計五つの岩石の集中砲火により、氷の壁によって潰されたようになったサタンへと近づき、救出出来る程に破壊できたのである。




