2-27 メイド・クインジーン-Ⅺ
「頑張ってください、ということは作業を手伝わないということですか?」
「解釈は間違ってないです。何せ僕がこの場所に来たのは、ラクトさん達が頑張っているかを確認すると同時に――自分がしなければならない仕事をしようと考えてのことです。……時間、今何時ですか?」
「あっ――」
ラクトは感づいた。現在時刻は一七時から一八時へ丁度移行しようとしている。もし仮に一六時半から厨房が貸してもらえているとして、それでなお、貴族的な立ち位置に居る人達へ振る舞う料理が温かく提供されるのであれば――この時間に温めたり再加熱したり、ある程度の策を施して提供しなければ温かく提供出来ない。
「まあ、早く立ち退いて欲しいのは結構大きい思い出は有るんですが、やはり言い出しづらいですし。……貴方は男性を毛嫌うと執事のお一人から聞いたので少々心配しましたが、裏を返せば、このようなお話を話すのには持って来いだと思いまして。――そういうわけで、稔さんなどに伝えておいてください」
料理長であると名乗る男は言ってラクトに一礼した。とはいえ彼は、この厨房から去る人間ではない。この厨房を貸し出す権限を持っているのはこの男である。去る側に居るのはラクト――稔サイドである。
「ですが、まだ仕事が少々残っ――」
「運搬作業も終盤に差し掛かってはいると思いますが……。ああ、調理台であれば僕らが次に使うので、どうぞ気にしないで」
「意外と鋭いですね。同じ男でも、うちの主人とは大違いです。そういう気配りは簡単に見抜けませんし」
「いや、何かを企んでいたと思ったから当てずっぽうに言ったまでなんですが……」
料理長は察したわけではなかった。たまたま当ててしまった、ただそれだけのことである。ただ、ラクトは料理長が稔と大違いであると見做してしまい、恥ずかしい思いをしたと自省の念に駆られる結果となった。だが確認を取らなかったことを考えれば、それは自業自得と言って良いかもしれない。
「すいません……」
「当てずっぽうに言って当てちゃった僕にも責任はあると思うし、ラクトさんだけの責任じゃないよ」
「そうかもしれないですけど――」
ラクトは更に言い続けようとしたが、料理長はそんな彼女の後ろをゆっくりめに近づいて通り去る。それは自分の持ち場へ付く為の行為で有ったのだが、途中、彼女へ言っておくべき内容を口ずさむように話した。
「僕は大人で、君はまだ法律上の解釈じゃ子供なんだ。子供が大人を頼ること、それは大切な子供の権利だと僕は思うよ。――でも、もちろん頼りすぎるのはよくないけど。まあ、頼られて嫌がる大人は居ないさ」
「……」
少し声を作っていたことはお見通しで有ったが、ラクトはなんだか励まされた気がした。先程の稔に続き、短時間内で二回目の励まし台詞である。ただ、ラクトにだって大人を頼りたくない理由は有る。もちろんそれは『独り立ちする準備』の一つでもあるけれど、それ以外にも理由は有った。
「(両親を思い出すから、大人を頼りたくないんだ……)」
それは――悲しみから生まれた、一種の親への孝行。
それは――インキュバスという精神的苦痛の根源へと向けられた反逆。
インキュバスによって犯された母、妊娠させられた姉、悲しみに暮れる妹。父は見過ごすまいとインキュバスを探したが、探しすぎて過労死した。根源を見つけることは出来ぬまま、公園のベンチで薬を使っているところで発作を起こして死んだ。
だから親を頼らないで、自分だけの力で全てを解決する。インキュバスへ向けたこの殺意も、親へ配慮している今を打破する結果を出すことも。全て自分で。大人なんか絶対に頼らない。自分ひとり――
「(あれ……?)」
ラクトはそこまで考えていった時にようやく、自分が稔に助けられていることや、彼の支配下にある召使の皆に助けてもらっていることを思い返した。自分は大人は頼らないと決めたが、決して一人で居るわけじゃない。そのことを思い出した。
「……なに考えこんでんだよ、ラクト」
「いや、なんでもな――」
「まあ、自分自身で考え込むことも有るだろうし。これ以上は追及しないでおくよ。――あとこれから最終の一陣行ってきますんで、敬礼をよろしくお願いしまっせ」
稔は笑顔でそう言った。しかしその時、それまで考え込んでいたモードだったラクトの血が騒ぐ。
「敬……礼……?」
瞬きを無意識に少時間だけ止め、ラクトは何故その行動を取るのかを稔に聞いた。だが、彼は重たそうなことを言いそうなにおいを漂わせる顔を作っていたのだが、一変して微笑を浮かばせつつ話をした。
「これが終わったらバトルなんだろ? ……だったら、少しくらい意識を高めてもいいんじゃないかって」
「でも、そんなこと言ってたら予期せぬところでバトルが――」
「こういう『フラグ』を大量に建設しておくとな、そういう展開は消えてくれるんだよ。嘘だけど、これがホントの【消去法】。――てことで敬礼をしてくださいな、ラクトちゃん」
「ちゃ……」
稔に『ラクトちゃん』と呼ばれて、少し照れてしまうラクト。小さな頃に呼ばれていたのは『ラクト』ではなく『ブラッド』であったから、本来はそちらにちゃん付けしてもらえれば昔の何かを感じれそうな気がした。でも、ちゃん付けされて嫌な気持ちにはならなかった。照れているところを見ればそれは大体分かるだろうが。
「分かったよ……」
ラクトはちょろいのかそれとも狙っているのか、稔は思案した。ただ結論が出ることはなかった。
「敬礼、してくれたか」
帽子を被っていたわけではない。でもラクトは右手の人差し指から小指までを一時的にくっつけ、それを額へと運んだ。ただ、敬礼と言えば頭を下げる意味もある。しかしながらこのポーズを取ったのは、稔の心が読めたからである。どのような行動を取れば良い反応を示すか。そんなことを踏まえての行動だった。
「――では、引き続き任務の続行の頼む」
稔がそう一言残してテレポートする際、ラクトは破顔一笑した。作りの笑顔では有ったが、フラグを建設しておくと超展開が消えてくれるとかいう『稔理論』に基づき、それに従った。
だが、転換点はすぐに訪れてしまった。料理長が安心できる存在であることを知ってヘッドフォンを装着した時、ラクトが言葉を発しようとした気さえ失わせてしまう事態が起こっていることを告げる言葉が聞こえてきたのだ。
『王国第二の都市を守ろうとしているようだが、ここは我らがこの三日で占拠して壊しに壊す。女は奴隷、男は家畜とす。子供に与えし運命は、逃れられぬ長時間労働さ。さあ、王国への反逆の始まりだ……』
「なんだと――?」
声の主はレヴィア。だがこれまでの彼女の行動を見れば、それは彼女の本意でないと気づく。即ちそれは、カロリーネによる洗脳によってレヴィアの口から吐かれている言葉という訳だ。
「(一二階へ……行かなきゃ!)」
厨房へと入り込んだ貸し出してくれた料理長へは、ラクトが最初に借りる際に礼は述べている。汚く使ったわけでないからだろうが、調理台などは拭かなくてもいいと料理長は言った。そして暴かれてしまったカロリーネの考えているこの国の未来を見過ごすわけにはいくまいと、ラクトは一二階へと急いで向かう。
しかし同時に、稔たちを待つべきであると思った。一二階へ行くスピードはテレポートの方が断然速いからだ。しかし、稔がいつ厨房へと戻ってくるかは分からない。――と思ったそんな時。
「――ラクト。一二階へ行くよ」
「サタ……ン?」
ラクトはサタンがその場所に現れたことに驚いた。料理の作業こそしてくれなかったが、彼女は罪源であるという事実が有る以上に稔サイドに協力的な奴である。ただ、そこで一つ疑問が生じた。
「……聞いてたんだ?」
「そうじゃないです、ラクト様。私の特別魔法の一つ、『複製』を使っただけです」
「そっ、そうなんだ……」
説明してもらったことで反応に困ったわけではない。『ラクト様』というフレーズで反応に困ったのである。ただし、有用な『複製』という魔法を使ってくれたのは紛れも無くサタンである。フレーズで反応に困ったなんて流石の煽りの神も言い難い。
「先程、ラクト様と稔の魔法をコピーしようと思ったんですが、悲しくも成功したのは、ラクト様と何故か稔の石の中に眠る紫姫のものだけ……。とはいえ、裁き全てをコピーしたわけじゃないです」
「都合良く心を読むことに転用できる魔法をコピーした、と?」
「はい。あと、このコピーした魔法は一時間しか使えないのでご安心ください、ラクト様」
「了解了解。それで、急ぎの用事だから急がないといけないと思うんだけどさ……」
ラクトは厨房の戸を開けたサタンとそんな会話をした訳だが、料理長は自身のやらねばならぬ仕事に集中していて気が付かず、途中で話に入ってくることもなかったので、スムーズに話はその後も進んでいくように思えた。だが、そんないい状況をぶち壊してしまう者が一人居た。
「敬礼がフラグになったみたいだな、ラクト」
「稔が言わなければ何も始まらなかったはずだけどね」
「ラクトに言っておくが、責任転嫁はやめろよ?」
「お前が言うな! そんなのお前が言ったって何の説得力もない、ただの自縄自縛な行為だ!」
ブーメラン、と簡単に一言で済まそうと考えたが、ラクトは敢えて四字熟語を使って言った。もっともそれは、単なる言い換え的なものであるため文句の付けようなど無いが。
「ところでさ。サタンに頼るのも一手だけど、自分含まず二人同時に一二階へ運べるのかな?」
「そこは完コピしてるので問題無いです」
「そっか。んじゃ、それなら……」
稔は自分自身がテレポートの魔法を使おうと考えたが、完コピしていると自負するのなら使ってもらおうと考えた。それと同時に、稔は自分と共に運搬作業を行ってくれた召使三人を石と魔法陣の中へとそれぞれ戻す。一八時まで時間は無いため、バトルをするなら数十秒、数分後に起こることは予測できる。故に、治癒する時間はもう、無い。
「――複製より瞬時転移、このホテルの一二階へ――」
サタンはラクトと稔と手を繋いだ。稔が『手を繋ぐ必要がある』という事実に反する内容を信じきっていたころにコピーしたため、本家本元の稔には出来る事がサタンには出来なかった。もし今、『更新』ということで書き直せば手を繋ぐ必要なしに出来るかもしれないが、それでは本家本元の優位性が失われてしまうので稔が阻止した。
テレポートして一二階へと到着するとラクトはサタンと握っていた手を離した。若干サタンは抵抗してくれたが最終的には離れ、ラクトは洗脳によって言わされていた場所へと向かう。ただ、サタンと稔も一緒についてきた。彼らの話では、『一人よりも皆の力が合わさったほうが強いだろ』ということらしい。
けれど行き先は話していなかったので質問が飛ぶ。
「ラクト様、何処へ向かわれようと……」
「トイレに行きたいだけなんだけど――」
「私がトイレになって差し上げま――ぐはっ!」
「急いでるんだぞ! そんな事を言っている暇があったら、レヴィアを探せ!」
サタンがネタとして言ったとは思えないようにその台詞を言った訳だが、ラクトは容赦なしにパンチを入れた。変な趣味を持っていると思われては困るのも一つ有ったが、今は急いでいるのである。即ち手が出てしまったというのは、このようなふざける輩に構っている暇はないと思ったためと解釈するのがベストだ。
「レヴィア……?」
しかしこのふざける輩――否、ラクトを『ラクト様』と慕う最凶の精霊にして最強の罪源は、レヴィアの声などは知らない。そのため、レヴィアがこのホテルに居ることは心に衝撃を受けた。何しろ、自分の前の『最強』と呼ばれていた罪源であるのだ。その衝撃は非常に大きいのは言うまでもなかろう。
「そっか、サタンとレヴィアは初めて対面するんだ……」
「最強の罪源だった時代があるということは知っているんですが、声は聞いたことが無くて――」
「なるほど」
ラクトは頷きながら聞き、頷きながらコメントした。同時にラクトはこんなことを考えていた。
「(それなりに情報を知ってるのは大きいけど、今のレヴィアは洗脳されてしまっているレヴィアで本当のレヴィアじゃないしな……。まあ、それで負の感情的なものが刺激されて強くなってくれたら好都合か)」
サタンを良いように使うことが許されている立場ではないことは分かっていたが、稔とサタンが仮に同等の立場であると考えたとして、慕っているのは稔ではなくてラクトの方である。そのためラクトは、もしいいように使っていくのなら、稔が指揮するよりかは自分が指揮した方がいいと考えた。
「サタン」
「なんでしょうか、ラクト様」
「私の命令は絶対聞く?」
「はい! 絶対に何でも聞いて実行してみせますから!」
「そっか。……じゃ、今回のバトルは作戦を考案した私が指揮します」
ラクトはそう言って稔とサタンに了解を求める。ただ二人から返ってきたのは共に同じ返答だった。『了解だ』と『はい、分かりました』とだけ、他に言葉は飾らないシンプルなスタイルである。
「ところで、なんでレヴィアってこんな薄暗い一二階に居るんですかね?」
「それは、あいつが地縛霊だからだ。罪源ではあるが、この部屋から出れないらしい」
サタンから問われて、詳しく――でなかったが分かるところだったので稔が答えた。しかし、その稔の回答を聞いたサタンは身体を震えさせていた。その理由は単純で、怒りを抑えつけているのである。そしてその怒りを遂に抑えつけられなくなって、怒りは言葉に変換されて言い放たれる。
「半分生きて半分死んでいるってことですか。それって、考えてみたら一番悲しいじゃないですか!」
「そうだな、サタンの言うとおりだ。でもな、地縛霊として生きている今の彼女は決して嫌そうな顔をしていなかった。しかし今、レヴィアはカロリーネの手駒と化としているんだ。だから救い出さなければ――」
ラクトはレヴィアに何が起こっているのかを一切話そうとしなかったので、稔は質問に答えてレヴィアの身に降り掛かっている『災難』を上手く混ぜて話す。稔は話術に関して言えば、ペレの下僕的存在のバーニング・ラビットを止めた件も有ったのである程度は自信があった。
「救い出すことは私も同意します。――ですが私が考えるに、悪を始末することだけが正義では有りません。正義とは、何故そのような考えに至ったのかを暴き、それに見合った戦いや裁きを与えることです。横暴に自分の意見を押し付けて戦うのは正義のヒーローだとは考えないので、そこら辺よろしく頼みます」
「わかった」
自分の意見を押し付けて正義のヒーローぶっているのは違う、というサタンの台詞には共感できる節があった。結局のところ、バトルには理性が重要なのである。考えなしの戦闘の起こる理性のないバトルなんて【戦争】だ。【戦闘】ではなくなっってしまう。そんな理性があったほうが優位だというところは、スポーツに似ている箇所と言える。
「一八時まで……二分……」
腕時計をしていた訳ではなく、スマホを見て時間を確認しただけである。ただ正確には二分で無かったようで、すぐに数字の右端が変わった。残り一分、この六〇秒の間にカロリーネに回答を述べる必要がある。
と、そんな風に自分がしなければならないことを再度強く考えさせられ、早く実行したいと思っていたと同時。稔の前に一人の女性が現れた。運搬作業のテストを行った時に見たカロリーネと名乗る女である。
「来てくれたのか、この国を王国の王女に任された瞬時転移の使い手よ――」
「……ん?」
しかし目の前に居たその女は、先程のカロリーネとは大違いと言っていいほどだ。まず、話し方が敬語から厨二病的な話し方へと変わっている。と同時に、先程は付けていなかった黒眼帯を装着している。
「では、問おう。貴様、回答を述べよと私が申した例の案件の答は考えたのだろう? 述べよ」
「俺は――」
稔は少し間を取り、戦える態勢が整っているかを確認する。ラクトが作戦を考えてこれを実行する指揮を取るわけだが、まずは臨戦態勢を築くべきだと考え、勝手に稔が決めた『定位置』についたと同時に言った。
「犯罪者にならない。即ち、お前らの考えた『悲しみの物語』に参加しない」
「そうか。でも仕方が無い。悪への関わりの扉を開いてしまったのは変えられぬ事実であるから、この場で葬らせてもらおうか。夜城稔、またの名を『ミスター・ナイト・キャッスル』――」
カロリーネに言われると稔は鼻で彼女を軽く笑って挑発し、言った。
「はいはい厨二乙、と言って締めくくりたいからな。――望むところだ、カロリーネ」




