1-10 タワーと召使
だが、完食は非常に早かった。「流石、魔族から転生しただけは有る」と稔は思って頷いていたが、それよりも何も、いい食いっぷりの後に笑みを浮かべていたラクトを見ていると、そんなこともいつしか考えられなくなっていた。
美味しそうにアイスを頬張っていた様子も可愛い。でも、こうやって食べ終わって笑みを浮かべている様子も、また可愛い……。そういうところからサキュバスの娘というのが薄っすらと窺える。
「いやぁ、アイスはやっぱり美味しいね」
「いい食いっぷりだったもんな、お前」
「まあね。元々大食いの性格なんで、ご主人様が止めてくれない限り一杯食べちゃうから」
「なんてこったい……」
止めなければお金も喰われるということだ。上げた食糧だけでなく、お金まで喰われてしまうとあらば、それはもう黙ってはいられない。――が、それでも飯を食べさせることは必要不可欠だ。
加減を効かせなければいけないのは、稔も重々承知だった。だが、召使にもいい思いをさせてあげようと考えてしまうと、恐らく加減が効きにくくなるのではないか、と心配になった。
そんな中、少し悩み込んで溜息を付く稔をよそにして、スディーラが言った。
「まあ、食べ終わったことだ。タワーに行こうじゃないか。僕はもう、さっきから待機しているんだ」
「自分でアイスクリーム作って食べてましたよね?」
「そ、それは――」
「まあ、いいさ。……んじゃ、ラクト。行くぞ」
ラクトの方に視線を移して言うと、ラクトは首を上下に振った。OKサインである。稔は、それを確認した後にリートの方に近づき、彼女の言葉を待った。ただ、リートは「自分が指揮するのは――」と遠慮した。結果、指揮を取るのは稔の仕事になった。
「ここは絶対リートがするべきだと思うんだけどなぁ……」
始めは乗り気になれなかったが、意を決して一八〇度方向転換した。そのため、稔は乗り気になることが出来た。
「んじゃ、タワーを目指していくぞ」
「おー!」
日頃、稔はあまりファンタジー系のゲームをしている訳ではないが、やっとファンタジーの世界みたいな、異世界みたいな、そういう風に感じることが出来た。
昔、携帯型ゲーム機を使っていた時は稔も色々としていたのだが、徐々にスマートフォン端末に移行していくに連れ、そちらで良いゲームを見つけることになった。そして、そちらに大ハマリして最近はしていない、というわけだ。
でも、稔はファンタジー系のゲームが嫌いではない。事実、ギャルゲーにファンタジー要素が含まれているからといって購入しないだとか、そういうことはない。
少し話題が逸れたものの、これはあくまで稔の内心の話である。口には出さず、心のなかで言っていたのだ。ところどころ、態度に示さないようにして目をつぶり、内心で笑ったりした。勿論、バレれば気持ち悪いと言われる可能性は否定出来ない。
「あまり浮かれない気分みたいだけど――」
「いや、なんでもな――っ」
ふと、その時稔は思い出した。心のなかで考えいる事柄は全て、召使との間で共有されてしまうということをだ。つまり、それが何を意味するかは単純だ。それは――
「リート、スディーラ。先にタワーに行っててくれ」
「どうかしたのかい? ……もしかして、トイレ?」
「違うわっ! ただ、『後から追いかけるからちょっと先に行ってて』というだけの話で――」
「ああ、そうか。召使との間で居座古座が?」
「居座古座ではないですけど、少々話すべき案件が浮上しましたんで……」
「そっか。んじゃ、僕とリートは足早に行くことにするね」
「――え?」
足早という言葉を聞いた時、稔は事の大きさを知った。「リートとスディーラを先に歩かせ、ラクトを呼び止めて稔自信が思っていたことを口止めしよう……」としたのだが、失敗だった。あまりにも早すぎたのだ。国民性な訳ないだろうが、見て見る限りリートもスディーラも、歩くスピードは異常だ。
「ラクト。お前絶対、俺が心の中で独り言を言いまくってたの笑うなよ?」
「笑わないよ。――もう、信用されないなぁ」
「それはお前のせいだ!」
「ちっ」
舌打ちをするラクトに、稔はため息を付いた。だが、この場所で留まっていてはさっき歩かせ――もとい、走らせてしまった彼らに追いつけなくなってしまう。魔力を使えばワンチャンス有るかもしれないが、たかがこれくらいで魔力を使うことにプライドが邪魔した。
「もう、そういうところにはしっかり魔力を使わなきゃ駄目だよ、稔」
「だ、だけど――」
「プライドなんて気にしたら負けだよ」
「な、なんだと……?」
驚いた様子を稔が見せると、ラクトは微笑してから言う。
「ホントホント。……まあ、そういうのは私の過去の記憶が関係しているんだけどね」
「あ――」
「いや、別にそんな辛い話じゃないから大丈夫だけど。まあ、話すような事柄じゃないし、そもそも急がないといけないしね」
「そ、そうだけど魔――」
魔力を使うな、と稔は言い切れなかった。その前に、ラクトが強引に魔力を使用したのである。主人の権限で止めることは不可能ではなかったが、今のラクトに対してそれは不可能だった。何せ、拘束されたのだから。
「お、お前なんでこんな――」
動こうとすると、何かにぶつかる感触が有る。ヌルヌルしているものではなかったし、過度に硬いものでもなかった。透明になっていて見えないこともあり、「凄く怖い」という印象が形成されていく。
「主人の権限で魔力使用封印なんて、この状況下じゃ溜まったものじゃありません。――まあ、ご安心なさいな。私は主人を愛しているんだ。変なことをするかもしれないけど、嫌がらせはしないよ」
「これは嫌がら――」
「これは『プレイ』だよ。一種の『プレイ』。こうやって、眼に見えない拘束を徐々に増やしていくんだ」
「増やす……? どういう――って、お前手も足も拘束したのか?」
「うん」
見えない硬いものは、稔の手に、足に、密着するような感じで触れた。本当、ヌルヌルしていないことだけが唯一の救われた点といえるくらい、酷い話以外の何物でもなかった。
「――アクセレーション――」
本日何回目かもわからないため息をつこうとした稔を拘束したまま、ラクトは魔力使用宣言をした。
そして、その言葉を言ってから数秒で、言葉の意味をラクトが稔に伝えた。
「さあ、加速しましょう」
「えっ――って、ぎゃああああっ!」
現実世界では有り得ないスピードを出すラクトに、稔は驚愕した。唖然とした。口を閉ざす間もなく、連れされる人質のような感覚を覚えた。
夏だからといって長起きしすぎたおかげで、稔には相当な疲労と眠気が蓄積していた。おかげで、連れされる人質のような感覚のみならず、目すらしっかりと開いているのかわからないくらいになっていた。意識は朦朧としていたわけではなかったが、抑えていた睡魔が目を覚ました構図となったのだ。
「――ご主人様、着いたよ?」
「あ、ああ……」
目の前にはタワーが建っていた。意識が朦朧としていたのかもわからないくらいに、稔は一瞬の記憶が飛んでいた。タワーまで僅か五秒。早過ぎるスピードに、稔は付いて行けなかったのだ。かつ、拘束されていたことも有り、連れ回されているという感覚を覚えたのだ。
「稔様もラクトさんも遅いです」
「ホントだよ」
「どれくらい待たせたと思ってるんですか」
「謝罪は大丈夫だぞ。ほら、行くぞ……」
先に来ていたリートとスディーラに色々と言われながらも、リートの祖父らが眠るEMCTへと稔たちは入っていった。始めは色々と言われていた稔だったが、本当それっきりで、そこから先は『墓地』であることを念頭に置いていた二人だったため、何も言わなかった。




