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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
二章 エルフィリア編Ⅱ  《Fighting in the country which was defeated.》
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2-26 メイド・クインジーン-Ⅹ

「俺が決める……」


 自分の意思は確かだった。リートを助けたいという気持ち、犯罪者には絶対になるもんかという気持ち。どちらも脳裏にすぐさま浮かび上がった心理、感情である。しかしそれは、カロリーネに言わせてみれば矛盾している。どちらかに寄らなければ、行動も定まらない。


「少なくとも、貴方に私の思っていることを容易く話すことはないでしょう。それはつまり、貴方の決断がこのホテルの今後を左右すると言うこと。……楽しみです」


 カロリーネはニヤけた笑みを浮かばせると、言葉に発せず内心で魔法使用宣言をしたらしい。稔が気が付いた時には目の前にカロリーネの姿はなかった。同時、稔は飛ばされてしまった自らの支配下に居る女二人のことを思い返す。


「ラクト! 紫姫!」


 まるで崖から二人が落ち、稔が手を伸ばして助けようとしているかのようである。文面上はそのようにも受け取れかねない程度のものではあったが、実際は単なる比喩。稔は、叫ぶようにそう言ってテレポートした。


「――テレポート、ホテル一階厨房へ――」


 魔法使用の宣言がなされ、執事やメイドたちの控え室となっていたその部屋には人影が無くなった。




 厨房へと戻ってくると、スルトとヘルは味噌汁を茶碗へと盛り付け終えていた。飛ばされたということになっているラクトと紫姫は、少々ばかしカロリーネの魔法の威力に驚いている。魔法は使いこなせれば誰でも内心で魔法の使用を宣言する詠唱などを行って発動可能となる訳だが、カロリーネの特に完成されたその魔法使用には、ラクトも感に堪えるところがあったらしい。


 一方、紫姫は感に堪えるところなんてゼロだった。その反面、稔だけが控え室に取り残される構図となったことはどう考えても怪しいわけで、何をカロリーネと話していたのか気になっていた。そこで彼女は稔に質問を投げる。


「アメジストに問おう。どのような質問を――否、話を受けた?」

「……いや、それは話したくない」

「何故だ?」

「それは――」


 稔は口籠った。リートの暗殺計画の情報が今あること、それは召使達は誰一人として知っていない。裏ルートで知っていてこれまで話さずに居たという可能性も無くはないだろうが、今日作戦が実行されるということを承知の上でホテルへ入っているわけである。それはそれで、少々問いただしたいところだ。


「マスター、一人で抱え込まないでください。召使は少しばかししか力を発揮できないかもしれませんが、お役に立てないことは無いと思います」

「そんなの知ってるよ。でも、今回だけは……」


 稔は話そうとは思わなかった。召使の本来の仕事――というか役目というものは、家政婦のような事をするのもそうだが、主人の命令下における戦いも一つの役目である。そのため稔が黙りこんでいては、言い方を変えれば『職を与えてくれない』ということになってしまうのである。


 ただ。そんなことではないことで、ラクトが稔を説得した。


「リートを暗殺する計画が持ち上がってるんだろ? 一つ言っておくけど、もし『俺一人で全て解決できる』とか暴論言い出したら、私はお前の顔を殴るぞ。――お前一人ごときで何が出来る。死ぬだけだぞ」

「そんなの、やってみなくちゃ――」

「やってみなくちゃ分からない、か。確かにその意見は重要といえば重要だ。――が、戦闘はそんな甘い考えじゃダメだ。勝率はゼロではないと思うけれども、そんな特攻的な考えは捨てろ。自殺したいのか?」

「自殺したいわけ……」


 まだ二〇歳にもなっていない稔はこれまで酒なんか呑んだことは無いし、当然タバコも同様だった。未成年に対して『やってはならない』と法律で規制されている全てのことに関して、稔はやったことが無い。そんなうちから自殺したい気持ちを持つのは、相当精神的に追い詰められた少年少女と言っていいだろう。


 だが、稔はそこまでいっていない。笑顔が消えた訳じゃないし、生活に希望を見いだせない訳でもない。


「――稔。考えがある」

「なんだ?」

「レヴィアを、頼ろう」

「レヴィア……?」


 ラクトの一言を聞くと、稔は言った彼女に聞き返した。レヴィアでは役不足という不満が有るわけではない。けれど、彼女は地縛霊である。その場が戦場と化してしまった際、仲間の一人としての命を守り抜けるのか。稔はそれが心配だった。


「なんだ。彼女では不満か?」

「違う。ラクトのその考えが、死人が一人も出ない作戦かどうかって聞きたくなって」

「死者は一人も出さないで起きたいけど、最悪出るかもしれない。でもまあ、諸悪の根源である『カロリーネ』とかいう女を葬るのは、爆弾を止めてからに後回し出来なくもないとは思うけど……」

「そうか。……まあ、そんなことはいい。ラクトの言う『作戦』は一体何をするつもりなんだ?」


 稔は一旦話を断ち切り、自身が聞きたかった質問をラクトに行った。彼女も考えなしに話を進めていたわけではなかったので少し息を整えてからだったが、ラクトは稔に回答を行う。


「まずレヴィアに、カロリーネがどんな行動を取るのかを監視してもらう。そして彼女の企みがもし暴けるような情報があれば、それは私が聞き取って稔をはじめ皆に伝える。暴けるような情報がなければ、諸悪の根源であるカロリーネと戦闘を行う」

「作戦は理解できた。それで、推定死者はゼロ人なんだよな? 囮作戦とかは別に止めたりしないが、それでその囮役でもそれ以外でも死人が出そうだったら俺は止めるぞ」

「ゼロに決まってんじゃん。……てか、召使は契約した主人が死なない限り永久に生きてるんだよ?」

「初耳だな」


 稔はそんなことをこれまで聞いたことがなかった訳だが、「へえ」としかラクトは言い返せなかった。単純な理由である。「今更すぎるだろ……」と少し稔を小馬鹿にするようなことを思ってしまったのだ。本心としては大いに笑ってやりたかったのだが、ラクトなりの気配りの結果である。


「マスターが同意しているから私もそれに従うしかないっすが、ラクトはレヴィアが盗聴する内容をどう聞いているつもりっすか? ヘッドフォンを活用するとかっすか?」

「いや、あのバンダナを私が付けることにするよ。……主人と召使を繋ぐものなのは解ってるけど、テレポートであちらこちらに稔が転移してしまう以上、召使と召使を繋ぐものにしてもいいでしょ」

「そりゃ一案っすけど、問題とか発生しないんすか?」

「問題は発生しないよ。私は魔法陣の中に戻るわけでもないし、この世界と違う世界に居られないしさ」


 稔がレヴィアとバンダナを通して召使の契約的なことをする際、取扱説明書なんか無かった。だから、ラクトの言っていることが確実にあっているという立証を今するのは難しい。


 加えて。ある程度物を作り出せるラクトだが、説明書を作るには大量の文章を読む羽目になるために避けて通りたいと内心で考えていた。面倒くさい文面を早い時間でコピーしていくのは至難の業。服を変えるというだけの難しくない本来の魔法から通り下がりすぎており、出来なく無いとしても範疇を超えている。


「……まあ、今はラクトを信じることにしようではないか。彼女が積極的に行動しているのだから、まだ希望の持てるその行動を破棄するような真似はしたくないと我は考えるぞ」


 先程廊下でラクトからのお叱りを受けていた紫姫だったが、紫姫を嫌っているわけではない。ライバルであるとの意識はまだ僅かばかし残っているが、気にするほどではないので問題なしだ。また、ラクトは紫姫からそう言ってもらえたことに大いに喜んでいた。


「わかったっす。でも、これから執事とメイド達に食べさせる寿司とかを運ばなきゃいけないっすよね?」

「――ヘル。その点に関しては、私から頭を下げて交渉させて欲しい」

「ラクト……?」


 煽りの神との異名まで持つラクトだったが、今回ばかりは煽ってる余裕なんて無かった。ラクトは、交渉を確実なものにするために腰を低くしたのである。ヘルの前に跪く真似こそしなかったが、今の腰の低いラクトではそれすらしてしまいそうである。そしてそれを一言で言うなら、『キャラ崩壊』と言うべきだろう。


「そっ、そんな召使が召使に頭下げるなんてみっともないよ!」


 ヘルは日頃のラクトの姿を見ていたからこその驚きの声を上げた。同時に、特別に寿司を運搬する作業を行わなくても良いと許可した。――が、ヘルの許可は特にそれといった効力を持たない。それを下すべき人物はヘルではなく稔だからだ。けれど彼は、同じくラクトから交渉を受けてこう言った。


「稔にも、理解と協力と了承を……」

「らしくねーな、全く。召使たちが賛成してるんだ。俺が大多数の意見をねじ曲げてまで意見を通すのは、余程のことが無ければあり得ないって覚えておけ。あと、分かったら……」

「バンダナ――」


 レヴィアとの契約の証であるその機器を、稔は外してラクトに手渡した。ラクトが著作権者の許可無く創りだした代物であり、保証とかは無いから使用は自己責任である。それは稔であってもラクトであっても同じだ。


「……んじゃ、俺と紫姫、ヘルとスルトの計四人で寿司運びは頑張る。確定に同時テレポート出来る人数丁度だし、ラクトはそのバンダナを使ってレヴィアとの交信を行ってくれればいいから、心配は要らないぞ」

「分かった」

「じゃあ、頼む」


 稔はそう言うと、すぐさま寿司の運搬作業を開始した。ついさっき、執事とメイドの控え室へとテレポート練習した際にはカロリーネの登場こそあったが、その場所に居るべき人達は居なかった。だから、少々サプライズ的なことも出来なくはなさそうだ。


 そんなことを考えつつ、稔と紫姫はまず寿司の入った皿を手に持つ。回転寿司屋でお持ち帰り用のセットを注文した時に付いて来るような、プラスチック製の容器である。色は黒色で、筆で書いたような金色こんじきの直線が容器のあちらこちらに踊っている。


 そんな中、スルトはソテーを大量運搬するようだ。おぼん二つを容易く片手片手で持ち、これだけでほぼ三〇個の運搬が出来てしまう。もっとも元々は去勢された男であったことを考えれば、鍛えられた力を持つ者だと考えれば、それは無理もないことだなとの考えに至らなくは無いわけだが。


 そして最後、ヘルは味噌汁の運搬を任された。稔も別にがさつな性格では無いから当初は名乗りを上げたのだが、慎重さは自分の長けている部分では無いと考えていたから辞退し、それをヘル単独の仕事とした。


「では聞こう。各々(おのおの)、自分の担当する食品を運ぶ準備はできたか? ――出来たようだな」

「誰からの回答も無いのに話を進めてんじゃねえよ、紫姫」


 稔の周囲にラクト以外の厨房内に居た召使と精霊が集まる。スルトとヘルはそれぞれおぼんで運ぶがゆえに両手が塞がっているから手を繋ぐことは出来ないと判断し、そこで肩を触れ合わせて左足を組むようなポーズへと変更して実践した。紫姫は特に言うことがないほど無問題である。


「――んじゃ、行きます。……テレポート、一階控え室――」


 稔は一度深呼吸してから、同時テレポートする対象の全員が稔の何処か一部にでも触れていることを確認し、即座に魔法を使用する宣言を行った。それはただ単に、手を繋げば少し時間を掛けても繋ぎを解除しなければ問題がないだけだが、同じ場所に長時間触れているのは難しいからという理由があったためだ。


 そして稔たちが控え室へ向かったと同時に、ラクトも作業を始めた。


「……レヴィア。聞こえる?」


 ウェアラブルデバイスと呼ぶべきそのバンダナの向こう側。繋がれば見えるはずのレヴィアを探すため、ラクトはそう言ってみる。――と、すぐに探していた張本人が顔を見せてくれた。


『ばあっ』

「何してんだか……」


 ラクトは子供のような真似をするレヴィアに頭を掻いてしまった。だがすぐに気を取り直し、本題を言う。


「レヴィア。今こうやって端末を通して言うのは作戦のうちの一つなんだけど、頼んでいいかな?」

『ご主人様からの命令でしょうか?』

「命令……とはいかないね。私の考えた作戦だから。――けど、ちゃんと稔からの許可は貰ってあるよ」

『そうですか、把握しました。成功するか失敗するかは不明ですが、聞きましょう』

「レヴィア、ありがとう……」


 ラクトは感謝の意を述べる。


『……では、その作戦とは何でしょうか?』

「作戦は――って。がさごそしてるけど、今何処にいるの?」

『一二階の女子トイレの個室です。これ以上は汚い話なので言いませんよ?』

「言わんでいい、言わんでいい……」


 女同士だから何でも話せるとかラクトは思わなくもなかったが、トイレで用を足す話を聞くのはざわつくほどに拒絶反応を示した。いくら女同士だからと言っても、流石に用を足していることを報告する関係は築きたくない。それはラクトもレヴィアも共通の認識であった。


「――ってまさか、用を足しながら会話するつもり?」

『なっ、なわけ無いじゃないですか! もう終わってますよ!』

「事後報告なんか要らねーよ!」


 なかなか本題へと向かわないことを思い、取り敢えず一度嘆息を付くラクト。レヴィアも自分がなんというやり取りをしているんだと恥ずかしく感じてきた。結果、僅かながら静かな時間が訪れる。


「まあ、いいや。取り敢えず個室で聞いてるんなら音量下げな。耳によくないよ」

『そうなんだ。へー』

「うん、タメ口でいいよ。で、作戦は――」


 会話の入りばかりが続いていた最中、ようやくラクトは作戦の話の中身を切り出すことが出来たので一安心できた。それと同じくした時に稔たちが手ぶらで厨房へと帰ってきた。寿司、味噌汁、ソテー、それぞれの運搬作業はまだ続けるらしい。


「稔。執事やメイドは待機してた?」

「いや、してないよ。んじゃ俺ら急ぎだから……」

「うん」


 軽く会話を交わし、稔たち四人はまた運搬の作業を行う。一方でラクトも、引き続きレヴィアとのデバイス越しの会話に花を咲かせる。そして、それと同時進行でラクトはヘッドフォンも魔法転用で作製した。

 

「(デバイスのヘッドフォン端子は――ここか)」


 ヘッドフォンの利用が可能となり、レヴィアの話や一二階で一体何が起こっているのかということを聞き逃しにくくなった。だが反面、一階のこの厨房で事件沙汰が発生してしまった場合の反応が鈍くなってしてしまった。しかしそれは、厨房の一角へと移動することで解決した。厨房のほぼ全体が見渡せ、余程の魔法を使わなければ攻撃を与えられない場所である。


「帰還――って、なんでそこに移動してるんだよ」

「……アハハ」

「(お話中ですか、そりゃすいませんね……)」


 稔たちが戻ってきた時にはもう、ラクトはレヴィアとの話にすっかり夢中になっていた。別に彼女に言っておくべきこともなかったので、稔たちは作業三巡目を何の文句を言わずして行う。一方で、笑ったりしていてラクトは稔たちが厨房へ帰ってきたことに気がつかない。――だが。


 トントン……


「えっ――?」


 ラクトは一瞬にして震え上がった。厨房という空間に一人しか居ない寂しさを背負うと、顫動せんどうは次第に少なくなっていき、硬直状態が近づいていることを感じさせてくれる。けれど、硬直したらダメだ。それはむしろ相手方に隙を作っているだけである。


『ラクト……?』

「いや、ちょっと厨房に用がある人が居るっぽくてね。一旦ヘッドホンを外さないと――」


 レヴィアの元で何かが起こると悪いので、ラクトは厨房と外とを分けている扉の方向へ歩んでいく間も端末に顔を見せていた。少し震えながら扉に歩み寄っていくラクトの姿は、いつもの彼女とは別人である。


「(稔……!)」


 助けを求めようとするが、ヘッドフォンを外した途端に厨房の戸を開けられてしまった。


「えっ、えっ?」


 ラクトは、現れたのが白い料理用の衣装を来た男であったことで驚いてしまった。何か自分に害を及ぼすような何かが近づいているんではないかというのは、事実に反する内容であったので内心でラクトは謝った。


「僕は単なるこのホテルの料理長です。貴方を汚すために来たわけでは無いので、怖がらないで!」

「そうですか……」


 異性とはラクトも話しづらい訳だが、料理長であることを知ってほっと一安心できた。


「僕はラクトさん達が料理している姿を確認しに来たんですが、もう終わったんですね」

「いや、終わってないですよ。――ほら」


 ラクトが指差す先には稔たちの姿があった。突然現れた謎の男に、彼等も当然驚きの表情を見せる。だが料理長であることを説明すると、全員の顔の表情が緩んでいった。


「運搬作業は本当に地味ですが、頑張って下さい」

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