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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
二章 エルフィリア編Ⅱ  《Fighting in the country which was defeated.》
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2-25 メイド・クインジーン-Ⅸ

「クソゲーって……」


 ラクトの言っていることは一理あると思いつつも、稔は少しその言葉は合っていないのではないかと思う。実際に『人生ハードモードな詰み状態』を経験したことがあれば、クソゲーは即ち生きていることであると感じるわけである。故に、そんなに軽忽けいこつに言うべき話ではない。


「ところでラクト。一体何処へ運ぶつもりなんだ?」

「……いやいや、紫姫はちょっと私とお話」

「どっ、どういう案件――」

「おいおい……。貴様が腹に一物抱えていることなど、私には容易に見抜けるんだぞ?」

「なっ――」


 ラクトの笑みは、一気に寒気を覚えさせるほどの艶めきを覚えた笑みへと様変わりした。それはサキュバスとしての顔の表情と言ってもいい。色欲をそそらせ、これから淫靡いんびなことが起こりそうな予感すら覚えさせる。


「――ああ、質問の回答はしておかなきゃ。運ぶ場所は、待機室である六階の――」

「ああ、俺らの隣の部屋か」

「ところがどっこい。六階じゃなくて一階でーす」

「お前が六階って言ったんだろ……」


 まんまと嵌ったお前が悪いと言わんばかりの顔を見せるラクトに、稔は苛立ちを覚えるが心内に隠す。


「一階の待機室だよ。まあ、テレポートすれば物音立てずに辿り着けるだろうけど、それはそれで警備の面で色々と難ありなんで……。使ってもいいけど、それは稔の責任ってことで頼むよ?」

「お前は仕事しないのな」

「仕事をしないんじゃないよ。これから紫姫にお説教するんだ」


 ラクトも寿司を握り終えたばかりで疲れている。だが、紫姫に抜け駆けをさせてしまった自分を責めるとともに、今後このようなことが起きないように尽くそうと考えて説教という手段を取った。仕事をサボっていると言われるのは重々承知の上、ラクトは稔の意見など押し切って説教をすることにした。


「まあ、程々にしておけよ」

「手が出るかも」

「お前は犯罪者か!」


 稔がそう言うと、ヘルが少しばかし顔を緩めた。スルトは一切の変化がない。紫姫に関しては、ラクトへの対抗心からなのか、笑顔ではなくて熱気を感じる。もっともそういうところを見ると、紫姫という戦闘狂になれなくもない存在の精霊が暴走してしまうのではないかと思い、稔は心に留めて心配してしまう。


「マスター、紫姫さんが怒られるような真似したんすか?」

「しっ、したというか……」

「手を出したってなら、私も黙っちゃいないっすよ。死後の世界に連れてってうふふ、は無いっすけど」

「何を言ってるんだこいつは……」


 稔は頭を抱える真似をする。若干オーバーなリアクションと見て取れるかもしれないが、「ヘルってそんな奴だったか?」と半ば彼女を心配したのは本当である。とはいえ作業が進まないのは話にならず、稔はヘルとスルトの二人には引き続き味噌汁をもってもらうことを頼んだ。


「マスターは何をしているんですか?」

「俺は……そうだな。一回テレポートでその場所へ行けるか試してみる」

「別にそのようなことはしなくてもいいと思いますけどね。もし疲労が溜まっているのでしたら、休むというのも一手では?」

「バーカ。日本人ナメんな」


 自殺率は先進諸国では群を抜いているレベル。勤勉と謳われるのは光栄だが、裏方には誇れぬべき塗られた闇が有る訳だ。それを踏まえての話だったが、当然異世界人にそんなのが分かるはずもなく。返ってくる反応は、「そうなんですか」とか「へえ」くらいである。


「(こういう時に織桜が居ると話が弾むんだろうな……)」


 現在自室にて絶賛睡眠中の織桜を起こすことはしないこととし、稔はそんなことを考えていてもすぐに紙をちぎるようにそれを考えることを止めた。電車内で休む時間を与えられなかった者へのせめてもの休憩時間として与えているというのに、それすら無くしてしまうのは道理でないとの判断である。


「(でもまあ、スルトが言うように休むのは一手なのは確かだわな。俺がぶっ倒れたら大事だろうし)」


 稔はそんなことを心配し、考えながら自分の持ち場に付く。七二人前の味噌汁を作っては居るが、一応おかわり用も作ってある。流石に運搬が大変になる程の量を茶碗の中に入れることはしないが、もし仮に余ってしまうとどう頭を下げていいのか分からなかったので、極力多めに稔は茶碗の中に味噌汁を入れていく。


「我ながら美味しそうだ」

「稔に言っておくけど、熱い自画自賛は気持ち悪さを助長するだけだぞ」

「き、気持ち悪――」

「ふっ、触れちゃいけない場所だった……か?」

「いや、お前に気持ち悪いって言われたの初めてだったから……」


 もちろん稔は、異性から暴言を吐かれたことが無いような生活を送ってきた訳ではない。中学時代は「気持ち悪い」とかは日常茶飯事では無かったが、高校に入って「根暗」とか「気持ち悪い」とか言われるようになった。そして友達も出来ず――と、完全にデビュー出来なかった負け組化した。


 ラクトから言われるとは思ってもいなかっただけにダメージは大きかったが、稔はその言葉に耐久が全くないわけではなかったので、怒りが爆発する程度まで言われなければどうといって気には留めない。


「私も稔にはそれなりに心を許しているけどさ、基本的に男を嫌う私としては距離が掴みづらいんだよね」

「そういうことなら、そう一言言ってくれればいいのに」

「ごめんごめん。あと今の一言を誤解してるみたいだから補足しておくけど、別に稔が気持ち悪いからじゃなくて、気持ち悪くなってほしくないってだけだからね? ――そこんところ、よろしく」


 ラクトは嘘を付いていなさそうだった。もちろん稔には人の心を読めないから、彼女の本心がどうであるかは分からないが。……でも、主人と召使という関係を深く持っている二人にはそう関係の無い。稔が「そういう意味か。了解」と一言添えるだけで、壊れそうに見えた関係は元通りになったのである。


「ところで、説教する場所どうした方がいいかな?」

「配膳室で説教してくればいいんじゃないか?」

「面倒くさいし廊下で――って、それは迷惑か」

「ラクトはその外見とは裏腹の良識と良心があるから憎めないよな、ホント。そういうの真似したいわ」

「勝手にどうぞ。じゃ、取り敢えず――」


 ラクトはそう言い、咄嗟に紫姫の右手の手首を強く掴んだ。同時、紫姫が痛みを覚えて言葉に発す。


「我はこのような仕打ちを受けるような真似をしたかも知れぬが、流石にこれはやりすぎだぞ……」

「声帯を潰されていないだけマシだと思えよ」

「我は声優では無いが……」


 紫姫は身体をピクピクと震えさせながらそう言う。ただ実際、声を発することが出来なくて苦になるというのは声優は最もとしても、それ以外でも十分に起こり得る話だ。確かに紙に書き表せば話が伝わるというのはご尤もであるが、それなら話すだけで紙代がかさむし、拒否することも承諾することもスムーズに進まない。


「一つ言っておくが、紫姫が思っている以上に声が無い世界は残酷だぞ」

「おい。なんだその、まるで自分が経験したかのような……」

「――これ以上は、稔の居ないところで話したい」


 ラクトはそう言って、それまで元気そうな顔をしていたというのにも関わらず悲しげな顔を浮かべた。表情が緩んでいったのが逆再生されるかのようだ。そうして遂には下を向き、紫姫も反応に困ってしまう。


「待て。俺にも聞かせろ。主人公ヅラだと笑いたいなら笑え。だが俺には、召使を指揮する必要が有る」

「――昔の話、だよ?」

「お前の悲しい話はいくらでも受け止めてやんよ。煽りの神が泣いてるところなんざ、俺は見たくねえんだよ。だから、泣くなら代わりに俺が泣いてやる。――だから、言ってくれ」

「……」


 ラクトは次々と出てくる主人からの言葉に黙りこんでしまった。そんな一方、少し格好つけて言ってみた台詞で黙り込まれたので稔も少し照れてしまう。なんだかやらかしてしまった気がしてならない稔だが、そんなのはすぐに吹き飛んだ。紫姫の手首を強く掴んでいたラクトの手から力がすうっと抜けていき、それから彼女は言った。


「なんか、期待はずれ。そういうの言う奴だとは思わなかった――」

「現実世界じゃ、画面の中の女の子に励まされてきたからな。恩返しに、俺はこの世界で女の子を励ます」

「なんだよそれ……」


 ラクトが「馬鹿みたいな事を言うんだな」と思った刹那、彼女は両方の瞳から突然に涙を流す。


「あ……あれ……?」


 一滴零してみて、これまで我慢していた悲しみの感情が溢れだすような気がした。二滴零してみて、今度は誰かを頼って泣きじゃくりたい気分になった。三滴零してうるんだ瞳が熱くなってきて、心の奥底に溜まっていたものが全て放出するのがもうすぐなんだなと感じた。


「でも、私は強いから……」


 けれど、ラクトはそれ以上泣かない。鼻をグスッと涙を少量垂らしたせいで生まれた鼻水を啜ると、右手でそれぞれのうるんだ瞳から流れ出た涙を拭い去る。そうして取り乱した自分を過去のものにするような咳払いを一つ入れ、深呼吸して稔たちに過去の話をする。


「私のお母さんもお姉ちゃんも、インキュバスに強姦を受けた。それでさ、その話には続きがあるんだ」

「続き……?」

「そう。私のお母さんは強姦されても受精しなかった。要するに妊娠しなかったわけね」

「まさか……」


 稔が察したと同時、ラクトは深い溜息をついた。


「うん。お姉ちゃんはね、妊娠しちゃったんだよ。『望まぬ妊娠』とかで書き表せるんだろうけど、発覚した時のお姉ちゃんの顔が今も焼き付いているんだよね……。でさ、インキュバスは居ないんだ」

「逃げ……た?」

「そういうこと。自分の性欲の捌け口にして、それでもう用済み。ふざけんなって言ってやりたかった」


 ラクトの顔には憤懣ふんまんした表情が浮かぶ。もし彼女が今シャーペンを持ったなら、恐らく芯が全て出るくらいまでカチカチとさせるだろう。そんな中で、彼女の話に稔は一つ疑問を持った。


「待ってくれ。ラクトのお姉さんがインキュバスによってひどい仕打ち――いや、レイプされたってことは分かった。それで、それと声を失ったことにどんな直接的要因が有るっていうんだよ?」

「……せっかち」

「ごめん……」


 稔はラクトに誂われているとは思いもせずに謝る。一方のラクトは「これから話すんだけどな」と微笑を浮かべて話している。主人を誂うということに抵抗は無く、面白がってやっているようだ。


「まあ、話し方に問題があったかな。――お姉ちゃんはね、歌手さんだったんだよ」

「でも普通の歌手であれば、週刊誌が大々的に取り上げるはずじゃ……」

「ううん、違うんだ」


 ラクトは軽く首を左右に振って言った。そして続けて、悲しげな声で言う。


「お姉ちゃんはね、俗にいうアイドルだったんだよ――」

「アイドル……」


 その単語が出たと同じくして、稔の脳裏に浮上してきた問題点が一つあった。もちろん良識あるファンも居るのだが、何故か『「みんなが愛す」アイドルなのに「自分だけが愛す」アイドルだと勘違いしているファンが居ること』だ。自分だけのもの、そんな一種のヤンデレ的心理に陥ってしまう。そんなことを稔は咄嗟に考えた。


「……稔、鋭いね。その通りだよ」


 そしてラクトはそう言った。夜が近づいてきたからか、稔は少し敏感になってきたようである。


「稔が言うように、アイドルだったから大々的にスクープされた。『あのアイドルが妊娠! 相手は謎の男X!』みたいな、そういう記事が乱立した。そして普通のファンが、『悲しい現実だから……』と受け止める」

「でも、狂った連中が居る……と?」

「暴動が起きるほどのアイドルじゃなかったけどね。――でも、あちらこちらに書き込みがあった。『あいつが妊娠したなら、その子供は絶対に殺す』って書いてあった時には本当に寒気がしたもんだ」

「……でも、肝心の『声を失ったこと』にはまだ繋がっていないと思うが?」


 ここまで話を進めてきてもなお、自分の質問は解決していないじゃないかと稔は思って言った。


「それから職を失ったんだよ。だからそれは、アイドルとしての終わりって意味じゃん」

「それが『声を失ったこと』ってわけか。――まあ、報じられちゃって脅迫まで来たら活動なんてやってる場合じゃないわな」


 稔はラクトには一定の配慮をしつつ、自分の言葉で最後に見解コメントを述べておいた。しかしながらそんな配慮は、ラクトにとってみればあってもなくても変わらないようなものだ。


「――ってことだ。まあ、悲しい話を引きずるのはよくないよね! ささ、お説教お説教……」


 そんな風に彼女は言うと、一気に硬くさせていた顔を緩ませた。それから紫姫を再度強い力で掴み、稔に止められなければ行く予定だった廊下へと向かう。先程良識が有ると稔が言った時に「廊下に行かない」ということになったはずなのだが、ラクトはそれと一八〇度逆の行動を取った。


 紫姫を連行して厨房内からラクトが出た後、残った稔とヘルとスルトは再び味噌汁の盛り付けを行った。ラクトの話を聞いた前後で盛り付けていく時の量に変化は見られない。だが、盛り付けの時に会話は消えた。もちろんそのほうが清潔的では有るのだが、やはり面白みがないのでして欲しいと稔は思った。




 そして盛り付けは進み、味噌汁七二人前が盛りつけ終わった。時間にして七分程度、やはりここでもヘルと稔がスルトよりも圧倒的な差を付けていた。もしスルトが家事が得意だったら五分で終わっていたはずであるが、改善するためには慣れも必要である。そのため、彼女が簡単に稔とヘルと同じタイミングで終了と言えるまでには、まだまだ時間が掛かりそうだ。


「帰還した」

「戻ったよー」


 味噌汁を稔たちが盛りつけ終わる時間をあたかも狙ったかのような時間配分に、稔は呆れて肩を竦めた。だがしかし、ここまで新鮮さが命だと頑張ってきた集大成として執事メイドに食べてもらうべく、稔は極力早く届けたかったので、それに見合った努力をする。


「テレポートで寿司をまず運ぼう。そしてそれから味噌汁とソテーだ。ソテーはおぼんに置いたままだからいいとして、味噌汁をおぼんに入れる仕事をヘルとスルトにもう少しばかししてもらえると嬉しいんだが……」

「了解っす」

「任せて下さい」

「そうか」


 ヘルとスルトからお許しを頂き、稔はおぼんに味噌汁を入れる仕事の依頼が承認された。一方、稔と共にラクトと紫姫が運搬作業を行うことになった。けれど同時に、紫姫が一つ疑問を覚えて言った。


「アメジスト。貴台の瞬時転移テレポートでは手を繋ぐ必要が有るように感じたのだが、それでは両手が塞がってしまうから運搬が効率的ではないと思うのだが――」

「身体の一部分が触れていればいいんじゃないかな? ……てか、ご都合主義でそうしてほしい」

「酷い考えだな。呆れて物も言えないくらいだ」


 紫姫が稔を非難したが、質問の答えはやってみないと分からないことだった。最初から公式が有るわけでもない問題であるわけで確定した答えが無いから、稔に非難される筋合いなど無いに等しかった。


「……取り敢えず、一回実験してみようじゃないか。ご都合主義でいけるかどうかも踏まえて」

「馬鹿か貴台、本当に実現しそうではないか。そういう言い方は慎め。思っていても心の中に仕舞っておけ」

「お前に指図される筋合いはないぞ、紫姫。――まあ、フラグ建設すんなって言いたいのなら従うけどな」

「フラグ?」

「いや、なんでもない。口が滑っただけだ、気にしないでくれ」


 稔はそう言うと唾を呑み、一つ謦咳けいがいを入れた。


「それで、テレポート先は一階の待機室だったか?」

「そうそう。……ってことで、さあ早く行動を起こすんだ、稔」


 ラクトは紫姫にライバル意識を燃やしているのか、それとも煽りたいのか分からないような態度を取る。満面の笑みで稔の右肩に自身の左肩を触れさせたのである。ただこの実験は、「くっついていればテレポート出来るのか?」という実験であるの訳で、ソフトにくっついたラクトが実際は正答なのかもしれない。


「我も忘れるな。どれくらいの人数が一緒にテレポート出来るかも一緒に計測するべきだろう」

「紫姫に言っておくけど、同時にテレポート出来るのは俺含めないで三人が限界だ」

「なっ、なんだって!」


 紫姫は今知ったかのような声を上げたが、事実今知った話である。丁度寝ていた頃と重なったんだろう、紫姫が精霊魂石の中で稔の話を聞き取ることが可能であるというのに、紫姫は聞いたことが無い話だった。


「……まあいい。まずは――テレポート、一階、待機室――!」


 そう言って稔が特別魔法を使用した。魔法使用が宣言されると、ゼロコンマの刹那の時間で指定された行き先へと飛ばされる事になるわけだが――成功した。どうやら、触れているだけでいいらしい。


「なんだよ、このご都合主義的な何か」

「最初からこれでいけるんだったら、無理して手を繋ぐ必要って……」

「恐らく、手を繋ぐのは全員を確実に飛ばす手段なんだと思う。無理してでも飛ばそうみたいな」

「――ってことは、手を繋がないと成功率は分数表記とかパーセント表記になるわけ?」

「そういうことだと思うよ。……まあ、勝手な俺の推測だけど」


 稔はそんな風に口にしたが、実際それは俗にいうフラグに近いものだった。ただ、一般人がフラグなんか気にしていれば、折ったり折られたりするという些細な事に気を取られてしまう訳である。あまり気に留めず、稔は自身の憶測は嘘になるだろうと思いながら厨房へと帰路に付くために魔法を使う。


「――テレポート、一階、厨房へ――!」


 稔と手を繋いだりはしないままに、ラクトと紫姫は先程来た時と同じように戻ろうとした。だが、見事なフラグ回収となった。魔法使用が宣言されたというのに、何一つとして反応が起こらないのである。


「失敗した……」


 稔は頭を抱え込む。見事なフラグ回収には拍手が起こりそうだが、今稔の周囲に居る二人が喜んで拍手を起こるはずもなく。稔は今居る場所に長居する理由も無いため、確実に帰れると考えた方法を実践する。


 ――と、そんな時だ。突然謎の女の声が聞こえた。


「ちょっと待ってもらえるかな、ミスター・ナイトキャッスル」

「誰だ? てか、ナイトキャッスルって呼ぶな!」

「おお、これは失礼。――おっと、召使は帰ってくれたまえ」


 物音を立てずに稔達がいる部屋の戸を開けたようで、今ようやく召使たちの存在を確認したようだ。だが彼女は稔という一人の主人に話が有るらしく、加えて召使には話すべき内容ではないと強制退去させた。 


「済まない。厨房に帰っていてくれ」

「なんて侮辱――」


 ラクトはそう言い残し、紫姫は何も言葉を発せないままに厨房へと強制帰還させられた。

 一方の稔は、突然現れた謎の女に恐怖を怯えていた。もし仮に今入ってきた謎の女と稔の性別が逆転していたのなら、この状況は息を呑んで身体を震わすような状況である。けれども今、この場に武器は無い。対抗しように対抗できないのは同じだ。


「誰だ……?」

「私はカロリーネ。カロリーネ・デリウス」

「カロリーネ、と言うのか。俺は夜城稔だ。稔でいい。――で、用件は何だ? 今忙しいんだ。早く話せ」

「初対面の者へその態度を向けるのは道理ではないと思うのですが……」

「今、少し苛立っているんです。すいません」


 一応の理由は説明した上で、稔はカロリーネに用件を引き続き言うように要求する。


「では、簡潔に述べさせていただきましょうか。私が貴方に依頼したのは他でも有りません――」


 カロリーネは少し間を取り、続けてこう言った。


「――リート王女殿下をこのホテルで暗殺して頂きたいのです」


 写真を共に提示すると、カロリーネはその場に土下座しようとした。本当にリートを殺したそうなのがひしひしと伝わってくる行動だが、稔は勝手に土下座したカロリーネを尻目にこう言った。


「どういうことだ。話が全く耳に入ってこないぞ」

「恍けるのは止めてください。暗殺が成功しないと私は――」

「知った事か」

「では、詳しく説明を致しま――」

「帰れ。俺には急ぎの用事がある。それに、恩人であるリートを殺す理由は俺に一つもない」


 稔は強く言い放つ。だがカロリーネも、稔に依頼をして断れる可能性があるのは重々承知の上だったため、対抗策を考えていた。こう言えば稔が動くであろう事を最初から考えていたのである。


「――仲間が、このホテルに爆弾を仕掛けたんです」

「爆弾……?」

「ええ。一九時一分〇〇秒に爆発する設定になっています。設置されている箇所はホテル内の五箇所――」

「五箇所か。――何処に有るんだ?」

「それを言ったら犯人サイドでは無いでしょう」

「く――」


 稔は歯を食いしばった。止めたいのなら犯人にならなければならない。けれど、もし犯人になると言って得をする内容を告げられるかは分からない。もちろん稔は、爆弾事件の犯人として扱われるのは御免と思っていた。だから、そう簡単に頷いて犯人にはなれない。


「夜城稔。貴方に一八時までの猶予期間を設けます。犯人になるかならないか、決めなさい」

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