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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
二章 エルフィリア編Ⅱ  《Fighting in the country which was defeated.》
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2-24 メイド・クインジーン-Ⅷ

 チン……。


 大きなサイズの電子レンジの中に入れられていたソテーの入った皿は、僅か三〇秒という短時間で温かくなった。当然、皿だけではなくて具材も温かくなっているのは確認した上で取り出したが。


「貴台に問いたいんだが、流石に二〇皿全部をおぼんに置くのは違うと思うんだ。それで――」

「二人きりの時は、『稔』って呼んでくれる約束じゃなかったのか?」

「馬鹿を言うな。あまりにも貴台に甘えすぎていると、自分のプライドが傷つく気がするんだ」


 紫姫はそう言いながら、電子レンジの中の器を取り出していく。


「プライドが傷つくとか、そんなの気にするなって。甘えすぎるのは鬱陶しくてうざったいと思うけど、だからって甘えてもらえないのも傷つくもんだぞ」

「意外と子供っぽいところがあるんだな」

「考えるに、俺は甘えることは子供っぽいことじゃないと思うけどな。むしろ紫姫みたいに強気な子の場合、ギャップが有るから男としてはなんて言うか、包容したくなるというか――」


 ギャップ萌えに近い物を感じる、と稔は一言で表せばそう言いたかった。しかし、ここはされど異世界だ。『ギャップ』という言葉を他の言葉に置き換えることは出来たとしても、『萌え』を他の言葉に置き換えることは出来ないから、稔は言葉を詰まらせてしまった。


「要するに、『守ってあげたくなる』みたいなことか?」

「簡単にいえばそうだな。いつもと違う一面を見ると、そういうところが心の中に強く印象付けられる」

「なるほどな」


 稔が言いたかったことは誤解されることなく伝わった。もちろん男が女を、女が男を完全に理解することは不可能に等しいだろう。元々脳の作りが違うのだから仕方がない。ただそれでも、ある程度であれば理解が出来る。紫姫が稔の、『ギャップに感じる守りたくなる気持ち』を彼と共有したように。


「じゃあ、だ。稔が自分の召使一人しか助けられないとなったら、誰を助ける?」

「召使って事は、ラクトとスルトとヘルしか入ってないぞ。精霊とか罪源とか、それこそ色々――」

「やっぱりラクトの名前が一番なんだな、アメジストは」

「それは――」


 紫姫の言い分を止めようとする稔だったが、それは不可能に終わった。今の自分の言葉の言い回し用では、彼女に太刀打ち出来ないと確信したのである。そんな稔に対して紫姫は、電子レンジの中に二巡目の皿を入れながら稔と話を引き続ける。


「別に我は、貴台が誰を好きになろうと自由だと考えている。でも、我が貴台に寄せる『好きだ』という気持ちが有る以上、私の心の中で納得がいっていないというだけだ」

「そうか」


 作業を互いに進めながらの会話だ。そんなことをしながら、されど効率を挙げるために紫姫が二つ同時に入れ始めると、負けじと稔も二つ同時に入れていった。電子レンジの中に入る最大皿(客)数は二〇だから、一枚ずつ入れるよりは断然早く進んでいく。


「……三〇秒のままでいいか?」

「そうだな。三〇秒で全て統一しよう」


 考える間はなく、稔は紫姫に聞かれてすぐに回答を提示した。


「貴台に問いたい。正直、貴台はラクトのどこを気に入っている?」

「気にに入ってるって……。まあ、間違ってることを言ってる訳じゃないけどさ……」


 三〇秒という僅かな時間の中だったが、稔はラクトに関する内容でパッパッと浮かんできたことを述べていく。回答をまとめたりすることはしない上に考える時間もそれほど掛からず、かかる時間は少なかった。


「そうだな……。ラクトのいいところでお前に無いところだとすれば、それは『元気さ』じゃないかな」

「『元気さ』?」

「お前の口調に文句が有るわけじゃないよ。でも話していると、なんだか冷たい気がするんだ」

「冷たい――」


 紫姫は稔にそう言われて落ち込んでしまう。それまで自分は気にも留めないことであったが、稔から言われると気に留めないままを貫いている訳にはいかない。


「お前に優しさが無いなんて俺は思わない。温かい心をが無いとは微塵とも思っちゃいないぞ。でも、ラクトと比べれば『元気さ』が無いのは確かだ。話し方が冷たいと、話のテンションは上がらないだろう」

「『テンション』が『元気さ』なのか?」

「まあな。うざくない程度の、少し高いくらいのテンションが俺好みかな。ラクトは少しやりすぎだけど」


 少し笑い混じりに稔は話した。それが終わり、同時に今度は紫姫が質問を述べる。


「ということは、ヘルくらいが丁度いいんだろうか?」

「そうだな。ヘルはラクトに似せてきてるだけって感じも否めないけど、まああれくらいであれば俺は許容範囲だ。流石に煽りすぎるのは頂けないしな。……そう考えると、ヘルは意外といい物件?」

「物件という言い方をするとは、我、少し貴台に幻滅してしまったぞ――」

「バーカ。俺が召使を物として扱うことはねえよ」

「主人命令を使って、必要のない命令を召使にしようとした貴台が何を言うか」


 稔は紫姫から最もなことを言われると、すぐに口を閉ざして口籠ってしまった。言い返すことも出来ないで稔が居たわけだが、丁度その時だ。大きな電子レンジから音が発せられた。温め終わった合図である。僅か三〇秒という短時間ではあったから予想がつかなくもなかったが、紫姫にも稔にも早いように感じた。


 電子レンジの中で温められた具の入った皿を取り出しながら、紫姫は先程の続きを稔に聞く。


「それで、ラクトと我の違いは他に有るか?」

「他には――身長とかかな? 流石に女体に関して聞くような真似はしないけど、身長は目に見えるし」

「言い方を考えろ。体重を聞かないってことを言いたいんだろうが、変な意味に聞こえる」

「済まない」


 稔は軽く謝った。

 ラクトと紫姫の身長は、前者が一六四で後者が一五六である。約八センチの違いが有るわけだが、これは結構大きい。もっとも、前者は平均身長より大きめで後者は少し小さい程度なので、何も困るほどではないが。ただ、そういった小さなところにも目線がいっていることは紫姫も再確認したようだ。


「ラクトはもっと高い方がいいとか言ってたけど、紫姫はどうだ? やっぱり一六〇はいきたいのか?」

「我が思うに、一六〇は『いければいい、いかなくてもいい』くらいだろう。男で言う『一七〇いきてーな』くらいに思えばいいんじゃないか?」

「なるほど」


 稔は一八〇センチに憧れを持ったことはない。それは、そこまでいくと生活にところどころ支障が出てくるためだ。だからこそ彼は今の身長に感謝している。一七〇後半で止まってくれたことで生活は無問題に送ることが出来るため、彼が時々有り難みを感じる部分なのだ。


「でも一五五あるくらいだと、たまに頼らなければいけなくなるからな」

「高いところに物が有る時とかだろ? でもそういうので頼られると、男としては嬉しいんだけどな」

「それがさっきの、『甘えて欲しい』とか『頼って欲しい』に繋がるわけか……」

「繋がってたのな」


 稔は今更ながら気づいた。若干遠回しになった感は拭えないが、一周して戻ってきたのである。


「ふと思ったんだが、ラクトは困ったこと有るんだろうか」

「一六四センチだし、困ったことは無いんじゃないか? 少なくとも俺はそのくらいの身長で困った記憶は無い」

「うっ、羨ましい……」


 紫姫はそう言って無い物ねだりをしたそうな目を稔に向ける。だが稔は、想像したことを本当の事にするような魔法を使えないから願いを叶えてやることは不可能に等しい。


「一度だけ駅で身体が入れ替わった時に、『やっぱりサキュバスは違うわ』と思ったが――。くっ……」


 身長、バストサイズで劣っている紫姫。けれども稔は、男はそれで判断したりしないと主張する。とはいえこの男、「ハニトラに引っかかりやすい」とラクトに散々注意と警告を浴びている。紫姫を慰め励まそうと言っていることはどれも一丁前であるが、ところどころに心配材料が存在する。


「気にするな。ラクトもお前も、不細工だとは思わないから」

「……」


 高校に入って転落してゲーマーになっただけの稔だから、元リア充時代は存在した。そしてその時代にどんなことを言って励ましていたかを考えつつ、稔は紫姫を慰めていく。でもやはり、昔から『可愛い』とは言えなかった。どんなにそう思ったとしても、昔から口頭でその言葉を発したことは無い。


「だが、稔。貴台には分からないかもしれないが、貧乳には特権が有る」

「何を言い出すかと思えば……」

「肩が凝らないことだ――って、これ悲しいことじゃないか!」

「……」


 稔が止めようとしなかったからではない。紫姫が勝手に盛り上がって自爆しただけである。ただ、この程度であれば稔は動じない。うざいなんて感情を抱くことはない。この時点であれば、『頭がおかしな人』で留めておくことが出来る。


「なあ、アメジスト。我に慰めの言葉は無いか?」

「(さっきから色々と変わってきてるが、もしかして俺の話聞いたからか……?)」


 稔は紫姫の方を見ながら考える。元気さという名のテンションが有ったほうがいいと稔は紫姫に伝えたが、それを彼女は必死に実践しているようだ。話し口調は先程とそれとして変わった感じはしないが、話し方は何処か明るくなった気がしなくもなかった。


「……お、おい、無視するな!」

「ごめんごめん。『慰めの言葉』、か」


 稔は難聴ではない。誰かの気持ちを察することはそう容易に出来やしないが、もし相手の気持ちが手に取るように分かったりでもすれば見逃しておいたりはしない。『案件』に関しては、相手の気持ちは完全にわかってやれないことだったけれども、それでも慰めの言葉を与えないままにはしておけなかった。


「紫姫に一つ、現実世界の名言を送る」

「なんだ?」

「『貧乳はステータスだ、希少価値だ』。そういった女の子が居るんだ」

「おお……」


 元は一八禁ゲー、アニメ化もされた話の中の迷言――もとい名言である。そしてそれを引用して改変した青髪の女子高生により、広く認知された――。そういう経緯を持つ。……というのは稔と織桜が知っているであろう情報である。そのため稔は、紫姫には引用した台詞だと一言添付しておいた。


「あと今の台詞、引用した台詞だから使用のし過ぎには注意な」

「そうか。理解した」


 紫姫はそう言い、一度首を上下に振る。稔はそんな彼女を見て、彼女と同じ動作を行う。


「でも一つ言っておくが、恐らくお前より織桜の方がその台詞は合うと思うぞ」

「慰めの言葉を貰ったというところで他の女の名前を出すところ、貴台は本当に女心が分かっていないな」

「織桜よりもサイズは上だと思っただけなんだが……」

「――待て。まさか貴台、女の胸のサイズを見ただけで把握できるのか?」

「そんな得意技ねえよ馬鹿! どんだけ変態を極めてんだ!」


 稔は少し大きめの声でツッコミを入れた。


「でも、織桜より上……なのか?」

「あんまり織桜を胸に関することで弄っちゃうと、ガチでキレるからな。マジな目で、それはもう悪魔だ」

「我が元気を貰ったとはいえ、この慰めで喜んだという事実は内心に抑えておくことにするべきだな」

「そうだな。事実を口にすればいいってもんじゃないし」


 稔はそんなことを言いつつ、大体慰め終わったと考えて話を切り替える。


「では紫姫。三巡目だ」

「貴台に提案なんだが、これを終えて六〇個だろう? あまった六個は厨房の電子レンジで温めた方がいい気がするんだが、やはりこちらで行うべきなんだろうか?」

「三個くらいだったら厨房でもいいだろうけど、六個だしなぁ……」


 稔は悩み、気を紛らわせようと頭のつむじの辺りを人差し指でかいた。厨房の電子レンジの中に入れることが出来る量がせいぜい四個くらいだと考えてしまうと、どうしても「なんで今更……」と思うに至る。そして結果として、「稔が厨房の通常サイズのレンジ、紫姫が配膳室の大きいサイズのレンジを同時に使ってすればよかったじゃないか」と思ってしまう。


「でも、まずはこの二〇個を完成させよう。残り六個に関しては俺らの分って考えてもいいんだし」

「そうだな。だがその理論でいくと、寿司七二個とソテー六六個との差が発生するのはどう説明する?」

「それは『おかわり用』って考えればいいだろ。ソテーは美味しいが、おかわりをする奴は恐らく居ない」

「必要性と廃棄量を考えた結果、というわけか」

「別にまとめなくていいよ……」


 三巡目、二〇客の皿を大きな電子レンジの中に入れていく二人。最初よりスピードは早まっている。稔と紫姫はともに楽しそうに会話しているのだが、それでも早く出来るのは熟練さが窺える。


「三〇秒、っと」


 設定時間も気にしながら、三巡目の時間を決定して「スタートボタン」を稔は押す。


「貴台。最後に一つ、もう一度だけ確認させてほしい」

「断りを入れる必要はねーよ。あれだろ? 『私のツンが外れたシーンを記憶から消せ』みたいな」

「なっ、何故わかった……」


 読まれて恥ずかしくなり、紫姫は一気に顔を赤く染めていく。


「お前が改まって確認とか、それくらいしか無いと思ったし」

「なんという不覚。だがいい。取り敢えず、その件は了承してもらえるか?」

「言うわけねえじゃん。……でも、ラクトに心を読まれてバレるかもしれない」

「その時は全力で口封じをするんだ」

「……了解」


 稔が言って左手で敬礼のポーズをとると、同時にレンジからチーンと音がした。稔は三〇秒の設定をミスったかと思うくらいに過ぎていったと思ったが、本来三〇秒とはそういうものである。


「あまりの六個も今しておくか?」

「そうだな」


 特に話すような事が有ったわけではないが、稔も紫姫も合意の上で四巡目を開始した。とはいえ、四巡目に使用する器は六つしか無い。もっとも、同時に温める器の量が少ないからという理由でレンジ内に入れておく時間が変わることはないが。


「稔。ラストは私がしめておくよ」

「色々意味を掛けあわせるとは、同音異義語が大量に有る言語を上手く利用していらっしゃる――」

「『使ったものを片付ける』って意味の『締め』、『ドアを閉じる』って意味の『閉め』ってこと?」

「そうだ」

「済まないが、我はそんな深いことは考えていなかったぞ……」

「なんてこった」


 何となく予想はついていたことだったが、改めて言われたので稔は驚いていた。


「寿司、作り終わったんだろうか?」

「まだ終わってないと思うけどな。もし終わってたらすぐ運ぶ作業な訳だが、お前も駆り出すぞ」

「石に戻ります……」

「そんな、ラクトと俺で何が出来るってんだよ?」

「まあ、こき使わないのであれば我は全然大歓――」

「使わない! 使わないから参加してくれ!」

「なっ、なんでそんな一生懸命さが有るんだ……」


 紫姫は稔の豹変っぷりに腰を抜かすかと思った。けれど同時に、紫姫は自らがオーバーリアクション気味なのはその行動を取ってからしか気がつけなかった。また、冷たさの中の温かみが顔を出したように話し方も明るくなってきている。


「参加するよ、仕方がない」

「おお。――あと、三〇秒経ったぞ」

「早いな」


 稔と紫姫はそんな会話をし、四捨五入して数えることに出来ない端数分の具の入った皿六つをレンジから取り出すと、互いに会話をしないで持ってきたおぼん四つにそれぞれ分けて入れた。


「……忘れ物とかしてないよな?」

「二つも俺に持たせるとは、少し鬼畜な気が……」

「先程のお返しだ。ラクトに邪魔された我の怒り、とくと感じるが良い」


 言って紫姫は配膳室から出て、すぐに鍵をかけた。配膳室で使ったものは全て片付けた後である。電気は使っていなかったので気にすることはないが、火災が起こると悪いのでレンジのコードは抜いておいた。


 そして厨房に戻ってくると、ヘルとスルトが味噌汁を盛り付け始めていた。一方でラクトは、ヘルが盛りつけている机の隣の机で、寿司作りを終えたために手を洗っていた。


「稔、紫姫、おつかれ。――さあ、ここからクソゲーだ」

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