2-23 メイド・クインジーン-Ⅶ
「マスター。あと、何かすることとか有りますか?」
「俺がラスト隠し味加えて終了だ。スルト達には、ラクトの手伝いをしていてもらえると助かるかな」
「でも、手伝う場所なんか有るんですかね?」
「玉子の寿司くらい握れるだろ、誰だって。――まあ、そういう俺も寿司なんか握ったことないけどな」
稔は笑いながらそう言った。祝いの時などに寿司を作ることはあるが、そういうのは海苔で巻いた巻き寿司
だ。酢飯の上に魚が乗っているようなにぎり寿司ではない。それでも海苔で酢飯と具を巻いた寿司なら、多少崩れても誰でも作れるはずだと稔は考えた。そしてそれなら、スルトにも作れるとも考えていた。
「自分はやったことがないのに妙な自信が湧くって、どういうことですか……」
スルトは妙な自信が湧いた稔を笑ったが、笑われていると感じるのが嫌な稔はそれを笑い返した。
「でも、玉子の寿司は比較的簡単に握れると思うぞ。必要な材料が少ないのは他の寿司と同じだけど、玉子焼きから寿司の玉子を作るとすれば量が違うし。結局、ラクトに教えてもらいながら握ればいいって事だわな」
「誰でも考えつくような理論に至りましたね」
「無難が一番ってことだろ」
稔はそう言う。『誰でも考えつくようなことだからこそいい』とか、そういう考えも悪くはないだろう。けれどアレンジ好きを貫く稔からその言葉を聞くのは、スルトからすると意外だった。なんだか稔の主張と言っていることが矛盾しているような気がしなくもない――と。そんな風にも思ったりした。
「マスター。取り敢えず、召使はみんなラクトの手伝いってことでいいんすか?」
「まあな。迷惑は掛けない程度に頑張れ――って、ヘルにはそんなことを言う必要もないか」
「無いっすね、料理が不得意な訳じゃないんで。もちろん、心配されるのは大いに結構なんすが――」
「うむ。なら、さっさと手伝ってこい」
寿司の新鮮さを殺さないようにと脳裏に焼き付けていた稔は、美味しい料理を執事やメイド達に提供しようと考えて、料理上手も料理下手もラクトの元へ送ることにした。手取り足取り教えてもらえばそれでいいじゃん、という軽い考えである。
「さてと。んじゃ、俺も最後の隠し味を入れて――」
ヘルと紫姫と、それにラクトまで巻き込んだ『召使が責任を取る』という話。その結果、味噌を入れるタイミングを稔が全て担う話になった。そしてその『責任』ということは今回も続いていて、隠し味も稔が責任を取って入れることになった。もっとも、料理酒をさっき隠し味として入れていたのはヘルであるが。
「(あれ、提案したのってラクトじゃね? ま、あいつはいいか……)」
ラクトはサモン系ではなくカムオン系だ。主人となる者に一度召喚されたら、二度と魔法陣の中へ戻ることは出来ない。即ち、彼女の責任を主人である稔が被ることになる可能性は非常に高い訳だ。
けれど稔は心を落ち着かせた。もちろんラクトの責任を背負うことになって欲しいなどと、とんでもないことを考えているからではない。煽りを散々している以上は責任を背負う事は可能性があり得るけれど、それでも安心出来たのだ。『心を読める』という、一つの非魔法。それが大きかった。
「沸騰……してないよな?」
寄り道ばかりするのはいいが、肝心なところに神経を回していないとなれば大事である。責任は自らにすべてあることは重々承知だったが、気の利いた召使たちの行動が散りばめられていることを期待しながら最後の醤油投入に入った。けれど量を匙で測って入れたりはせず、大さじに適当量の醤油を入れて味噌汁に投入するに留めた。
「(この入れ方してると、『隠し味を入れてるんです!』って主張しても何か言われそうだな……)」
全くその通りである。「味噌汁なのに醤油を入れるの?」と疑問を持つ人が必ず居るわけで、そんな人に説明するのに「目分量」なんか言い出したら、去り際に「話にならない」と言われるのがオチだろう――と、稔はそんな感じで思料してみる。もちろん作業に支障をきたさない程度にだが。
「蓋は――したほうがいいか」
味噌汁は温かいほうが美味しいのは確かである。けれど、猫舌が居るのも事実だ。執事やメイドは訓練されているんだろうけれど、どうせなら美味しく味わって食べて欲しいと配慮して、少し冷ますことにした。目標は給食の味噌汁ぐらいの冷たさである。冷たいわけじゃなく、温かい。熱いのではなく、温かい。それを目指した。
ヘル分、スルト分、紫姫分、自作分、と合計一二個。それぞれの鍋に作られた味噌汁の中に醤油を目分量で入れ進めていき、稔はついに自らの仕事を終えることが出来た。盛り付けになったらまた総動員する必要が有るが、今は寿司に人員が流失している。一人でするのも作業効率が悪いという理由で、稔はしないでおいた。
と、そんな矢先。
「野菜組すげえな……」
ふと稔が目にしたのは、ヘルとスルトの共同製作で作られた『前菜』だった。もっとも前菜料理というよりかは、普通に『副菜』である。ヘルは料理人の素質なんて無いと言ったとおり、前菜を作れと言われてパッと浮かんだのが家庭的な副菜の料理だった。
刻んだベーコン、キノコ類、それに小松菜かほうれん草。たったそれだけの材料を油で炒めるだけの簡単料理である。寿司の脂とソテーの油を比べれば、当然ソテーの方が少ない訳だから特に気にする必要はない。またキッチンペーパーが使用された痕跡が有るため、恐らく油は拭きとっているのだと考えられる。
「(油にも気を配ったキノコのソテーか。キッチンペーパーを使ってまで、ヘルも気が利くのな。……この際、つまみ食いして味でも確かめよ――いややめておけ、俺)」
危ない危ないと内心思いながら、稔は食べたい衝動に駆られる自分の頬を摘んで引っ張る。事情を知らない人が端から見れば異常者の行動であり、通報してもいいくらいだ。けれど幸い、召使いたちは寿司作りに夢中で気付かなかった。
「(一応ラップがされてるけど、食べる時に冷たいとなぁ……)」
もちろんソテーは副菜の一種である。作った直後に温かいのは当然のことだが、もちろん冷たくなっても食べられなくはない。けれど、冷たいものよりは温かいもののほうが美味しい。味噌汁は熱すぎると猫舌勢が可哀想だから今冷やしている訳だが、ソテーに関しても温めたほうがいいだろう。
「……」
そう考えてみれば、稔のすぐ近くには電子レンジが見えた。別に誰かが用意したわけではない。元から備え付けてあるものだ。年季が入っているような電子レンジではなくて、近年買った物らしい。また、掃除も手を抜いていないようで新品っぽさは健在だ。当然、あまり使っていない可能性というのも考えられるが。
「まあ、温めるのは提供する直前でいいか」
稔はその結論に至った。とはいえ、ソテーを均一の温度で提供するのには無理がある。もちろん厨房設備で巨大な電子レンジが無いわけではないんだろうけど、稔に見つけることが出来なかったから使用不可だ。
けれど、そんな時に役立つのが紫姫の呼び出しである。この厨房にどのような設備や機器があるのかだとかを熟知しているわけではないのだろうが、それでも時間を止めて行動してくれるのは大きい。しかしながら、呼び出しを絶対聞いてくれると限られていないから、過剰に信頼するのは禁物だ。
「(――紫姫、ちょっと用事がある――)」
稔はラクトから教えてもらった呼び出し用の呪文的なものはすっかり忘れていたから、型にはめての呼び出しは再度学ばなければ無理である。とはいえ、呼び出し方法は何も一つと限ったわけではないのだ。ラクトの教えたそれは一〇〇パーセント可能というだけであって、他の方法で代用が出来ないとは言っていない。
「――貴台の呼び出しに従って参った。それで、用件はなんだ?」
「電子レンジがここにあるだろ? このサイズだとソテーを同時に温められねえんだ。それで、巨大な電子レンジが無いかって思ってだな。お前のことだし、一二秒間時を止めて何か探れないかと思うんだが……」
取り敢えず稔は用件を話す。けれど紫姫だって、この厨房を知り尽くしているわけではない。これまで稔の役に立ってきたのは確かだが、それは偶然が偶然を呼んだ結果にすぎない。紫姫の視力がいいから見つけられただけであって、能力を用いて見つけたわけではないのである。
「仕方がない。主君の命令は基本的に従いたいと我は思っているから、ここで奥の手だ」
「奥の手……?」
「ラクトしか心が読めないと貴台は考えているようだが、我も魔法の一つとして使える――」
紫姫はそう言うと、自らの得意技の一つである『第三の判決』を下した。『十二秒間の時間停止』という、紫姫を象徴する時間停止魔法である。そしてこれを使うと同時に彼女は、『第四の判決』から『希望の粉砕』を使用し、その魔法を転用した。転用せずに通常状態で使っても意味が無いのである。
「――」
神経を集中させ、稔の役に立とうと魔法の持続時間『一二秒』の間に電子レンジの有る場所を探す紫姫。自分の脳内に回答集のようなものは眠っていないから、他人の心の中に有るかもしれない『回答集』を求める。見つけ次第それをコピーしようと企む訳だが、そうは問屋が卸さないらしくて見つからない。
「ん?」
だが、残り四秒程度になった時だ。ラクトの心の中を漁っていた時だったのだが、回答集のような記憶に当たったのである。「流石は稔を厨房に連れてきた正真正銘の人物だ」と彼女を称えつつ、紫姫は有り難みを感じながらその内容を見ていく。
「……紫姫、見つかったか?」
「――」
「(お取り込み中、か……)」
一二秒という僅かな時間を停止させるという魔法の能力が切れたことに、まだ紫姫は気が付いていないようだ。かといって稔も、真剣になっている紫姫を馬鹿にする訳にはいかないと思ったので弄ったりはしない。それは精霊を傷つけないためとかではなくて、自分のために頑張ってくれているからこそ傷つけるべきではないという意思の元の行動だ。
「アメジスト。見つけたぞ、巨大――ではないが、ある程度の大きさをもった電子レンジの場所を」
「それはよかった――って、わ、悪い!」
「……」
稔は紫姫の頭の上へ、特に断りも無しに自然と手を置いていた。ポンポンと二回軽く叩くと、叩いたところを中心に撫でていく。紫姫は喜んでいるような様子を顔に浮かべていないが、顔を少し赤らめて照れている。
「別に、嫌じゃないから……」
「(これがツンデレ精霊か。素晴らしい……)」
稔はこれまで、何度かツンデレ的な要素を紫姫が持っていると確信できるシーンを見てきていた。けれどそれは、主人と精霊の相性が良い証拠である。精霊は決して主人と疎遠になりたいわけではなくて、むしろ近づきたい。けれど自分が近づいたら、他の召使たちに迷惑が及んでしまうのではないか。葛藤の下、怒っているのがツンツンした精霊の態度なのだ。
「取り敢えず、案内してもらえるか? ラクト部隊はあれだけで人員足りると思うんだが」
「そ、それはそうだな。わ、我も同意だ……」
紫姫は少しばかし気が動転しているようだ。いつもは『我』と一人称を名乗り、『貴台』と言ったり呼び捨てしたりする強気な精霊。でもそんな一方、彼女も一人の精霊であって女の子。料理はそれなり、言葉遣いは少々難ありだが、駅で見せた一面を稔は脳内再生してしまう。
「(やっぱり紫姫って、こう見えてちょろそうだもんな――)」
ちょろそうというと彼女のが可哀想なので、稔は考えるのは程々にしておいた。いくら口から出して言わないとしても、稔がそう思っていることが必ずしもバレないわけではない。今の稔側に立つ面子の中では一番戦力では頼れる彼女。そんな紫姫に裏切られたら一大事であるから、絶対に関係を絶たれる訳にはいかないと考えていた。
「紫姫。それで、電子レンジって何処に有るんだ?」
「電子レンジは厨房室の隣の配膳室にあるようだ。取り敢えずはラップが掛けられた食器ごと移動させなければ話は始まらない。そうなってくると貴台の協力も必要になるが……いいか?」
「嫌っていうわけねえだろ。可愛い精霊からの頼み事だ。断れねえよ、バーカ」
稔は狙って言葉選択を行っているわけだが、そんなことに気が付いていない紫姫は凄い勢いで顔を真っ赤に染めていく。そんな紫色のサラサラな髪を揺らし、俯いて少し口籠る姿は純情な乙女を彷彿とさせる。
「ところで紫姫に聞きたいんだが、おぼんは何処に有るんだ?」
「おぼんは配膳室の棚に有るんだが、す、少し待ってろ――」
紫姫はそう言うと、また一二秒だけ時間を止めた。本来であれば主人と使用者だけがその世界線に入れるのだが、紫姫は主人がその世界に入れないようにしている。そしてそれは転用してサプライズに使うことが出来る。……今更のことであるが。
「――貴台に渡すおぼん《プレゼント》だ。ここには恐らく一五個程度入ると思う」
「一五個じゃなくて、一五客じゃないのか?」
「我はあまり巧みな言い回しが得意ではないんだ。昔から語彙が豊かでないから、そこは許して欲しい」
「別に一個二個って数え方でも通用するけど、他に言い方もあるって話。要は言葉の綾だし、気にするな」
「把握」
稔の言葉に励まされ、紫姫の顔には微笑が浮かんだ。彼女はそんなふうな笑みを浮かべながら、一客と数えられなかった提供する皿をおぼんへ移していく。六〇個を少しオーバーする程度の量をヘルたちは作っていたので、稔も手伝うことにした。そして最終的に数えてみれば六六個(客)、合計おぼん四個分あった。
「それじゃ、手分けして運ぶぞ」
「了解」
男だからとか女だからとか。確かに持ち運べる重さに限界は誰にでも有るし、男のほうが社会一般的には持てる量が大きいと思われている。けれども稔は、女だからと紫姫を優しく扱ったりしなかった。おぼん程度でへこたれていては、これから襲い来るであろう寿司などを提供する時の『運びゲー』をクリアできないと思いなしたためだ。
稔と紫姫が協力して配膳室へと四つのおぼんを運び終えると、紫姫は行動に移った。
「ちょ、紫姫?」
「今だけ、稔って呼んでいい? ラクトばっかりずるい」
「……」
稔は黙りこんでしまったが、精一杯の紫姫のアピールだ。ラクトばかりずるいと言っているが、本来彼女は稔と彼氏彼女の関係に位置しているわけではなくて、言ってる紫姫の誤解にしか過ぎない。けれどそんなふうに独り占めしようとする紫姫を可愛いと思って、稔は事実を言わないでおこうかと思ってしまう。ただ、その前に回答せねばならない。
「俺は誹謗中傷されなければ、呼び方なんてなんでもいいって言ってるだろ」
「そうだっけ?」
「そうだ」
「じゃあ……稔」
「おっ、おまっ、何し――」
紫姫は稔の名を呼ぶと彼の背中に手を回して抱きついた。「好き」だとかは言わずにただ無言で居る。もちろん作業は進めないといけないわけだから、支障が出ない程度に紫姫にいい思いをさせようと稔は考えていたが、中々紫姫は離れようとしなかった。どうやら、本気でラクトから奪おうと企んでいるらしい。
「稔はどれくらいのサイズが好きなの?」
「えっと、何の話――」
「話を逸らすな。てか、言わせるな」
「そっ、それは……」
紫姫から告げられた「性癖を暴露せよ」という命令。当然言わないでおくことも一手だったが、稔は何故かその手段を取ることが出来なかった。紫姫の奪おうとする思いに負けてしまったのかもしれないが、本人も詳しい理由は分からなかった。
「胸のサイズは気にしないだろ。まずは顔じゃないかな。そして内面を知って、好きになるか好きにならないかが決まってくる。恋愛ってそういうものだと俺は思うよ」
「それって本心?」
「本心も何も、俺は胸のサイズだけで決めるような低俗な男じゃないと自負してる」
「ラクトの胸に視線がいったことは?」
「そっ、それは――」
紫姫が稔に追及するが、ラクトが素晴らしい物を持っているのは周知の事実だ。召喚時には服装が服装だったから稔もその部分に目をやっていたが、極力視線はやらないようにしてきたつもりだ。もっともついさっき、目の保養とか言って気付かないように目線を送っていたのは確かだが。
「あ、あります……」
「流石は稔だ。女の子の追及にはひれ伏しやすいだけは有る」
「全然褒められてる気がしない……」
「褒めてない、褒めてない」
紫姫はそう言って稔の方に目線を合わせた。そして背中の方に回していた手を戻し、巨大電子レンジの置かれている机の上へと先に向かった。稔は置いて行かれるとたまったものではないということでそれに付いて行ったが、その前に彼女は一言こう言った。
「稔――じゃなくて、貴台。二つだけ、問わせてもらいたいことが有る」
「なんだ?」
稔は軽くそう言った。それを聞くと、紫姫は息を一度整えてから稔に質問を与えた。
「ラクトは好きか?」
「答えに困るな、その質問は」
召使と精霊と罪源。数々の女の子が稔の支配下には居て、同じ位にも知り合った女の子は居る。仲良くしていきたい気持ちは山々、しかし平穏な『ハーレム』を自分が建設するのは不可能だとも知っていた。けれど稔は、仮に召使一人を選ぶようなことになったとしても殺し合いだけは絶対に避けたかった。
散々回答に困った挙句、稔はこう述べた。
「好きだ。でも、同じくらいお前も好きだ。二人だけじゃなくて、みんなが好きだ」
綺麗事でも良かった。悲しむ人が一人でも生まれなければそれでいいと。稔はそんな風に思った。
「比べられないみたいに言っているが、それでもアドバンテージやハンディキャップはあるだろう?」
「ラクトは初めての召使だから、確かに他の召使と比べたら思い入れが強いかもしれない。けど、紫姫だって思い入れは強いと俺は考えるぞ。初めて契約した精霊だし、ラクトと違って問題を起こすことはないし」
ラクトと比較して話を進める稔だが、それは紫姫にとっては望ましくないことだった。
「ラクトはかけがえのない仲間。だが、我は貴台に一言言っておきたい」
「なんだよ、そんな形式的に……」
稔がそう言った刹那、紫姫は稔の方に再度近づいていった。この部屋に来た本来の目的である、おぼんに乗ったのソテーの皿を電子レンジに入れることはせずにだ。そして、稔の目をじっと見ながら言った。
「好きだ。最愛の我のご主人様……」
満面の笑み。それまで浮かべたことのないような紫姫の笑顔に、稔は心を撃ちぬかれてしまった。しかし、彼女からのその言葉を聞いたからには返答をするべきである。けれど、こういった恋愛系に関しては即決できない性格なのが稔だ。
「俺を好きで居てくれるのは嬉しいんだが、その、俺にも時間が欲しいというか――」
「分かっている。だから返答は要らない。私はラクトと一騎打ちがしたい訳で、これは不意打ちだからな」
「お前、武士の精神を持ってるんだな」
「鎌倉の前の時代の話だがな」
そんな会話をするなど、告白をしたされたの関係とは思えないように稔たちは平然と過ごした。もちろんやらなければならない作業ということで、電子レンジを利用したソテーの温め作業も行う。
大きな電子レンジは温め方なら一般家庭の電子レンジと同じなのだが、一気に一〇皿投入可能だ。それが二層、つまり二〇皿まで一度に対応している。そしてそれは作業の効率が格段に上がる。
「貴台も手伝え」
「おう」
そんな会話の後。紫姫が大きな電子レンジの中に二〇客分のソテーが入っていることを確認して、扉を閉じた。設定時間は考えていなかったが、熱すぎるのはよろしくないので、まず三〇秒で様子見することにした。




