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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
二章 エルフィリア編Ⅱ  《Fighting in the country which was defeated.》
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2-20 メイド・クインジーン-Ⅳ

 切り方に関して、紫姫は稔の方法を真似して調理していた。だが、水を洗って二つ目のじゃがいもに取り掛かったと同時にそれをストップした。時間が掛かるというのが一番の理由だ。確かに見よう見真似で頑張るのも一案であるが、そんなことは始めの一度だけで十分という訳である。


「アメジスト。貴台、なかなか慣れた手つきで皮を剥いているな」

「こう見えて俺、結構家事は得意だからな」

「そうなのか。いや、我以上の腕前が有るようで驚嘆しているんだ」


 紫姫は、稔にここまで料理スキルが有るとは思っていなかった。しかしそれは『期待していなかった』という解釈で取れなくもないが、そういうわけではない。期待以上、要は予想の斜め上という意味で感じたのだ。


「――そんなこと言ったら、紫姫も紫姫で料理出来るんだな」

「しかしながら我は、りんごなどの皮を剥くことは出来ない。じゃがいもそうだが、今回は見よう見真似でやっただけだぞ?」


 紫姫はじゃがいもの皮を剥く際、包丁で剥くなんて考えもしないような精霊だった。それは紫姫が包丁を使うことを恐れているためではなかったのだが、ピーラーの方が剥きやすいと考えていたためである。


「確かにそう思っているなら、時間的な面を考えりゃ、紫姫は皮剥きには参加するべきじゃないだろうな」

「そうだろう?」

「――んじゃ、紫姫はじゃがいもをいちょう切りにしていってくれ。それくらいなら余裕だろ?」

「貴台のその期待通りとは行かないかもしれないが、そういう事は余裕だと思う」


 紫姫は稔の期待に応えられるか否かはまだ不明だったが、最善を尽くす方針は主人との間に交わしておく。何せ厨房に入っているのは執事やメイド達の料理を作るためであって、何も貴族的な人たちへ渡すわけではないのだ。即ち、一般人の料理にプロレベルを要求するとかをするのは間違っている訳だ。


 それが自分らが作れる最高の料理となるのだから、最善を尽くすだけで他の問題は無いのである。


「まあ、美味しい料理にしても不味い料理にしても、そういうのは人の口にも依るからな。取り敢えずはがんばろう。な?」

「分かった。――では我は、貴台が皮を剥いたじゃがいもをいちょう切りにしていけばいいのだな?」

「おう」


 紫姫にある程度の指令を出す稔だったが、極力料理は自分の好きに作って欲しい面も有った。もちろん九〇分という限られた時間の中で作る必要があるのは確かだが、それでもレシピ通りに作るだけじゃ物足りない。


「(でも、あんまり高度な事は要求しないほうがいいか……)」


 しかしながら『アレンジ』というのは、その作業を行う人の価値観が強く問われる事柄である。技術があればアレンジの幅は広がるし、創造性が豊かであれば新たな発想が生まれる可能性も否定出来ない。


 けれど、今の稔と紫姫を当てはめてみるとすると、紫姫は稔以下の調理能力だと考えるのが妥当である。だから、稔の言ったことを呑むことは出来ても、それを忠実に再現できるかというのはまた別の問題となる。だからこそ、稔の内心には躊躇が生まれた。


「アメジスト。貴台が今、何か考えて事をしているようにみえるのだが」

「いっ、いや、なんでもない……」

「ラクトに相談するのも一手だが、彼女に相談できぬ内容であれば我を頼るのもいいんだぞ?」

「お、おう……」


 紫姫は稔が何を考えているのかなんて分かっていなかった。当然といえば当然だ。心の中を読むことなんか出来やしないんだから。けれど稔は紫姫にそう言われ、回答という名の反応に困ってしまう。


「ところで稔。一体どれくらいのじゃがいもを鍋の中に投入する予定なんだ?」

「基本的にはひとつの鍋につき一個だ。一二個のじゃがいもが必要となるな」

「それは大変だな……」


 紫姫が持ってきてくれた材料群の中のじゃがいもの数は、そこまで少ないわけでなかった。そしてそれは、稔が言った『一二個』という目安値を余裕で超えるほどだ。数えてみれば二〇個程度は有るだろう。しかし無駄に使えば、ホテルの従業員やシェフの方々に迷惑となってしまうから、当然必要最低限しか使わない。


「じゃがいもは一二個か。わかめはどれくらい使うんだ?」

「わかめは彩りを豊かにするためのものだから、特に決まった量を入れる訳じゃないかな。そこまで多い量を入れることもないし、逆に少ない量を入れることもない。適量を入れてくれればそれでいい訳だ」

「難しい判断になる可能性が極めて高いようだが、それは貴台が指示を出すということでいいのか?」

「そうなるな」


 紫姫はあくまで『助手』という立場で居たいらしい。それはそれで、他人への責任を簡単に転嫁できるからとかいう想像も膨らむわけだが、彼女はそんな事を考えていたりはしなかった。「主人と精霊」という関係を第一に考えたから、その様に接したほうが良いと考えたまでだ。


「油揚げはどれくらい使うのだ?」

「一つの鍋に一枚から一枚半が適度だな。水を多く入れたならその分増やすといい」

「だが、貴台が鍋に入れた水の量は六〇〇ミリから七〇〇ミリだったから、正確な値が出るのでは?」

「よく気が付いたな。今回は一つの鍋に一枚でいい」


 油揚げは味噌汁の汁を吸うととても美味しくなる材料だ。旨い出汁が出ないのならば、油揚げが汁を吸ってくれたとしても本当に美味しいと感じるわけではない可能性が有る。もちろん吸い過ぎてしまえば、味噌汁全体の量が少ないように思えてしまう。だからこれは、見栄えを考えずともお話にならない。


「それと豆腐は――」

「鍋三つで豆腐一つと換算すると良い」

「案外使わないんだな」

「まあ、今回の主役は豆腐ではなくてわかめとじゃがいもだからな。仕方がないさ」


 流石に麻婆豆腐だったり豆腐チャンプルだったり。そのような俗にいう豆腐料理であれば、豆腐は多くの量を使うのは紛れも無い事実だ。もちろんそんなのは誰にでも分かるようなことだろう。けれど今回は主役に抜擢されていないから、そんなに多量の豆腐を使う必要なんざないのだ。


「鍋の中に入れていく順番としては、じゃがいも、わかめ、豆腐、油揚げ?」

「じゃがいもが最初なのは確定だが、他の三つはそこまで考える必要はないと思うけどな」

「ふむふむ」


 紫姫は頷きながら稔の話を聞いていた。話は簡単だったけれど、記憶中枢に話の通りに記憶を蓄えておくのはどうかと考えて、紫姫は取り敢えず『じゃがいもだけ最初』と脳裏に焼き付けておくことにした。


 始めに何を入れるのか、中間でどのような手間を掛けるのか、風味は何を付けるのか――など。料理を大まかに考えればその段階しかなく、技術さえあればなんら難しいと思うことはない。そういったことを稔は紫姫に伝えたかったのだが、それはなんだか家庭科の教師のようだったから止めておく。


「(やっぱりエプロンは、男よりも女が着たほうがいいもんな……)」


 男の裸エプロンを希望する数と女の裸エプロンを希望する数を比較した時、恐らく後者の方が圧倒的に支持率を持つだろう。世の男子全員がそれを希望しているわけではなかろうが、それでも希望していない方が微量。大多数は、浮かび上がるラインにエロさを感じたりするのを楽しんでいるわけである。


 しかしながら、現在厨房で裸エプロンを実施している召使は居ない。当然紫姫がそれを行っているとは考えづらいから、残る結論は『裸エプロン実施者はゼロ』というものだ。もちろん必ずしも人目に付くわけではないだろうが、流石に厨房で調理中に裸エプロンをしているのはよくない。バレたら大惨事だ。


「アメジスト。貴台の目線が非常に嫌らしいのだが、一体何を考えているのだ?」

「そういうのは思っても口に出さないでくれ……」

「そうか。以後気を付けよう」


 稔も紫姫も会話を止ますことなく作業を進めていく。そして五個目を過ぎた辺りで、じゃがいもの皮を剥くことも、じゃがいもをいちょう切りにするのも容易になってきていた。しかし、本当に怖いのはここからだ。初心者はブルブル震えるから見守ろうと思う気持ちが働くが、慣れてきたものにその気持ちは働かない。だから、予期せぬ怪我が起こり易くなる。


「紫姫。作業ペースを上げろとは言わないが、慎重さを少し削ってもいいと思うぞ」

「そのような命令を呑むことが出来ないわけでないが、それだと予期せぬ怪我が起こる可能性が――」

「それはちゃんと考えながらやってくれよ」

「了解した」


 稔は紫姫へと強引に命令を下した訳だが、紫姫本人は嫌な気持ちではなかった。自分のやるべき仕事などが無いわけではなかったが、改めて主人に頼られたことに喜びを感じたのだ。故に彼女の顔もほころび、笑みが浮かぶ。可愛い微笑から満面の笑みへと変わっていくが、それを紫姫は俯いて隠す。


「紫姫……?」

「いや、なんでもない。貴台は引き続き作業を続けてくれ」


 俯いたままに紫姫はそう言った。顔の頬には少しばかしの赤みが浮かぶ。それは紛れもない紫姫の照れ顔。稔はそんな紫姫の表情を見るのは二度目な訳だが、支障を来さないよう、チラリ数秒しか見なかった。




 それから、特にそれといった会話もすること無しにじゃがいもの皮むき作業、それをいちょう切りにしていく作業は進んでいった。そして遂に、じゃがいも類の調理の第一段階は終わりを迎えてくれる。


「ふう……」

「あと沸騰させて味噌溶かすだけで――」

「馬鹿だな。『沸騰』じゃなくて『煮る』の間違いだろ」

「それは済まない」


 紫姫の一人称は『我』であるが、だからといって語彙はそれほど豊かではないらしい。もちろんそれ以外も要因となるべき事は様々あるのだろうが、今稔が見ている範囲内ではそれくらいしか要因として使うことが出来る話は浮かんでこない。


「んじゃほら、作業をしないままにいるのは話にならない訳だから、じゃがいもの煮込み作業に取り掛かるぞ」

「一二個同時に行うのか?」

「人員が確保できればそうしたいんだが――」


 稔と紫姫がそんな会話をしていると、狙っていたかのように現れるヘルとスルト。彼女らは前菜を作り終えたらしい。和え物とかドレッシングを使った野菜料理とか、そういったものを彼女らは作っていたわけだ。作る料理が簡単な事もあるが、互いに協力し合った結果がそれだろう。


「私たちも手伝うっす。やっぱりマスターの手伝いは召使の役目っすから」

「そうです。三個の鍋を一人が担当するのなら、味噌などを入れる時間さえ言ってくれれば何ら問題は無いと思います。ああ、因みに火加減などの細かいことはマスターにお任せします」


 ヘルもスルトも、稔と紫姫が行ってきた作業であった『味噌汁作り』に積極的な行動をしようとしていた。そんな感じで彼女らによるマスターへのアピールが見え隠れする中、紫姫は積極的なヘルとスルトを歓迎したくない気分だった。独り占めしたいという気持ちが一定以上になっていたからだ。


 しかし、稔はそんな紫姫の内心を察したりすることはなかった。折角『協力します』と言っている人たちを捨ててしまっては、マスターとしての面が汚れてしまうと思ったのだ。ヘルは実力が有るようだし、スルトも先程はそれなりの活躍を見せてくれた。だからこそ、手伝ってもらわないほうがおかしい。


「ヘルとスルトも参加するとしてだ。あのガスコンロゾーンは三人が行くわけだが、俺以外の三人で良いか?」

「特に無問題だと思います」

「そうか。ならそういうことでいこう」


 大体方針がまとまったので、稔が指示を出して鍋を運ばせる。


「俺とスルトは二つを二回持って行くから、紫姫とヘルは先に一つづつ持っていってくれ。先にお前らが持っていった鍋を置き、その後に俺とスルトが持っていた鍋をガスコンロの上に置いてくれれば助かる」

「分かったっす」

「把握」

 

 彼女からの返答を貰い、稔はそれぞれ一つの鍋を手渡した。一方で力持ちのスルトと男の出番とばかりの稔は一気に二つ持っていく。だが、ガスコンロゾーンは九個のガスコンロが一列に並んでいる場所で有るから、結構な長さが有った。しかし、そのような難点も克服していく稔たち四人。




「んじゃスルト。これが最後だ」

「分かりました」


 鍋を運んでいく時間は僅か三分程度だった。しかしじゃがいもの調理の第一段階を含めれば、掛かった時間は二〇分を越している。これからじゃがいもの入った鍋をホクホクになるくらいまで煮る訳だが、味噌汁が完全に作り終わる時間となると、これから三〇分先まで見積もるべきだろう。


「――あ、紫姫。味噌とか豆腐って何処に――って、ここか」

「先に探してから言え、アメジスト」

「それは悪かったな」


 紫姫から指図される前に、稔はそれらが置かれている場所を見つけた。特に意外な場所でもなくて、単に机の上に上がっていただけだった。だからこそ、紫姫から「探してから聞け」とクレームが付けられてしまう。


 けれどそんな落ち込みそうになる火種は捨てて、稔はガスコンロのつまみを回していく。火の強さは弱火から中火の中間程度に設定し、蓋をして蒸発させないように考えながら鍋三つを使って調理を進めていく。


「(ちょ……)」


 味噌汁を作り進めていた稔。だがふとラクトのほうを見た時、驚愕して声を上げてしまった。なんと、たった一人、僅か二〇分という短時間の中で一五人前程度の寿司を握ってしまっているのだ。材料となる刺身をおろしていく必要があるから一五人前なのだろうが、作業ペースだけ見れば二〇人前握っているだろう。


「(おっと、火を見ておくのはマナーだな……)」


 調理の際に火から目を離すことが厳禁なのは重々承知だった稔だが、ふと見て驚いてしまって、ラクトの方に視線を奪われていた。だから頬をパンパンと二度叩き、目を覚ますことも考えながら再び作業を再開する。


 ……とはいえ、蓋をすればアク抜き以外頑張ることはない。だから取り敢えずは調理台に背中を当て、稔は楽な姿勢を取って時間の経過を待った。

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