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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
二章 エルフィリア編Ⅱ  《Fighting in the country which was defeated.》
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2-18 メイド・クインジーン-Ⅱ

「ですが、復讐の件をチャラに出来る妥協策を先輩に与えたいと思います」

「な、なんだ……?」

「単純です。寿司以外の全ての料理を作ってください」

「なっ――」


 サタンから与えられたのは、【寿司以外の料理を作れ】という命令。しかしながら、稔は彼女と『同盟関係』しか結んでいたいため、拒否権を行使することは出来なくない。でもそれは、復讐されないという妥協の提案の内容が知れていればの話。彼女が何を考えているのかなんて分からない以上、稔は心を震わせて従うしか無い。


 だが従う前に一つ、稔はサタンに聞いておこうと思って問うた。


「お前さっき、【寿司以外】って言ったよな? その意味は【寿司を除く提供料理】って意味だろう?」

「ええ、その通りです。いくら妥協案とはいえ、先輩に何千と有るような料理の種類全てを二時間で作らせるような、そんな鬼畜な真似をするわけ無いじゃないですか」

「だよな……」


 サタンは稔の質問が自分の考えていた質問の斜め上を行く質問だったため、苦笑していた。一方で稔は、質問した内容は確かに馬鹿げた現実味を帯びていないものということで、そこら辺がなっていなかったと反省する。


「でも、ちょっと待て。お前は俺から学ぶことはしないってことか?」

「それが妥協案ですから」

「そうか……」


 料理を作る楽しさを知って欲しかった稔だったが、サタンが乗り気でないのにさせるのは如何なものかと思い、本人の意見を尊重して取りやめることにした――と、綺麗事はそこまで。本当に考えていたことはそんなものじゃない。「稔が『こいつは罪源で【最悪】と銘打ってあるんだ』と思ったため」が正答だった。


「分かった。お前の意見を尊重することにするよ」

「分かりました。……では、人員を増やしてでも終わらせてくださいね」

「なんでそんなこ――って、お前何処に……」

「私には料理を作る作業は向いていないので、会場設営に行ってくるんです」

「ああ、なるほど」


 料理を作る事に何かしらのトラウマを抱えている可能性も有ったから、無理に引き止めることはしない。それに先述したが、この女は『最悪の罪源』だ。だからこそ、引き止めた後に待ち受けている事が必ずしも人道的だとは考えにくい。


「それでは先輩、私はこれで」

「分かったよ。さっさと行って、怪我しない程度に頑張ってくれ」

「少し冷たいですね……」

「俺は平常運転なんだが?」

「そうなんですか。――でも、なんだか気持ちが軽くなりました」

「(それは料理をしなくてもいいって思ったからだろ……)」


 稔はそんなことを考えるが、声につい出してしまったりはしない。


「では」


 サタンはそう言ってお辞儀をして厨房を出て行った。彼女はこのホテルの関係者――という訳では無さそうだが、一応はメイドとして会場設営に携わっていた一人だ。ある程度は知っていると考えられる。


「……サタンにメロメロだってたでしょ?」

「年齢的には下だからな。お前よりもピチピチといえばピチピチだしな」

「べっ、別に私だって同い年だし、まだ若いし――」

「まあ、歳を取らないのは高評価だけど、色気を増すためには学生も良いけど大人も良いんだよね」

「稔は何をほざいているんだ……」

「いやいや、ここだけの話」


 稔は笑みを浮かべながら堂々と話していた。しかしながらそれは、本来心の奥底に閉まっておくべき思いや感情といったものである。加えて異性の前で話すべき事柄ではない、言うならば自分の評価を落とすだけの話だ。でもそれは、裏を返せば『信頼している』という意味でもある。


「てか、そんな下らない話はどうでもいいんだよね。私的には、稔は大丈夫なのかなって思うんだけどさ」

「どういうことだ? 人員か?」

「おお、察しが良いね」


 ラクトはそう言って稔を軽く褒める。だが褒められた稔は、褒められてもたいして嬉しくないと思った。


「個人的には人員の確保が最重要課題だと思うんだよね。だから、今から紫姫とレヴィア以外を召喚するべきだと思う。紫姫はさっきの戦いから治癒するための時間がまだ必要だと思うし」

「一時間も経ってるじゃん――って、さっきレヴィアは一九時台って言ってたな」

「そういうこった。だから、スルトとヘルだけでも召喚して人員確保したほうがいいって話」


 治癒する時間に関しては、ラクトの言い分に何か言ったりする事は無い。だが、稔は聞きたいところが有った。それは至極単純な一つの質問だ。稔は「ラクト」と呼びかけ、質問に入る。


「心を読める能力を使って見て欲しいんだが、ヘルとスルトの料理の腕はどんなもんだ?」

「うーん……」


 ラクトは目を瞑る。返答に困った様子は特に浮かばせておらず、まだ『検索中……』といったところだ。一応は魔法陣の中に居るので世界が違うと言えなくもない。それでも存在しないわけではないのだから、ヘルもスルトも、彼女らの心はラクトが読めるだろうと稔は信じる。


「残念っすね。読めないっすわ」

「……それ、ヘルの真似か?」


 ラクトは大きく首を上下に振るが、稔はそんなことをして欲しいわけではなかった。何を隠そう、人が真剣に聞いているというのにそれを不真面目な態度で返された訳だ。気が小さいと言われかねないが、それでも苛立ってしまうのが自然の性だ。時間を争うのに、「優しくしろよ」とか言われたら溜まったもんじゃない。


「まあ、読めないのなら召喚するのがまず一手だな。考えてから行動すればミスは少なくなるだろうが、その考えることが今出来ない状況なんだ。資料がないのだから、召喚するしか無い」

「マスター。非常に恐縮なのですが、長い独り言はカットでお願いします」

「今度はスルトの真似か……」


 ラクトがボケてくれているのは稔も薄々感じてきていたが、それでも苛立ちは晴れることを知らない。それは急いでいるから。――否、真剣に取り組んだことをバカにされたからだ。


「まあいいや……」


 けれど、そんな苛立ちが晴れる時が来た。心の中のわだかまりが解けた、即ち吹っ切れたのだ。稔は真剣になり過ぎているから苛立っているだけだ。ある程度不真面目に取り組んでも支障をきたすほどではないというのに、生真面目に何でもかんでも取り組むようでは心にストレスというがん細胞が作られていってしまう。


「その調子で少し暗い不真面目になれ、このバカ。主人だからって重い負担を背負うことはないし、依頼されたからって早めに終わらせることが全てじゃないでしょ」

「脳天気といえば脳天気な考えだけど、生真面目なのは後々大変だしな……」


 真面目に何事にも取り組むような人は、実際ストレスを多く抱えてしまう。稔に降りかかった今のようなことが何層にも積み重なった挙句にうつ病となり、生活習慣を乱してしまう――ということもありうるのだ。そしてその真面目な人が崩壊していく姿は、脳天気な者にとっては高みの見物と言えよう。


「おっと、本題を忘れていた……」


 稔はそう言って召喚を始めた。ヘルとスルトの内心を読み取ることが出来なかった為の召喚だったが、当然稔は内心で淡い期待を抱いていた。一緒に料理を作ってくれる人員が増えれば、それは自分にとって好都合だからだ。もっともそれは、料理の巧拙に比例していると言えなくもないが。



「――ヘル、スルト、召喚サモン――!」



 言って稔は彼女らを召喚する。二人とも完全に治癒が済んでいるわけではないが、召喚された意味を知っていた為、すぐに行動に動いた。しかしながら二人同時に動くということはない。彼女らを動かすコアは同じものではなく、互いに別なのだから。


「マスター。私は料理に関しては中々の腕前があると豪語するんすが、汁物は味噌の加減をいつもミスるので野菜系で頼むっす。包丁の使いようは褒められるほどなんで」

「そういう自画自賛は要らねえよ。……で、料理できるってことでいいんだな?」

「そうっすね。その方向でオッケーっす」

「んじゃ、作業開始」


 稔が言うと、ヘルは作業開始の旨を伝えた主人に対して右手の親指を立てた。続けて「うっす」と言って自身に満ち溢れた顔を見せる。でもそんな表情をされるとまるでラクトのようで、それだとそのうち強い苛立ちを起こす可能性が有った。だから稔は人員が確保出来て安堵感に浸る一方、眉を開いたままでいいのかと心配になってしまう。


「マスター。私は盛り付けであれば――」

「盛り付けか……」

「もちろん盛りつけが得意というだけであって、マスターに指示されるような事柄は熟せると思います」

「包丁で手を切ることが日常茶飯事とか、そういう訳ではないんだよな?」

「はっ、はい!」


 スルトは稔を前にして緊張を覚えていた。もちろんそれをほぐしたいと稔は思うわけだが、いまいちそのために使うべき言葉が浮かんでかったので言うことはしないでおく。


「それならヘルの手伝いをしてくれ。味噌汁の具材は切ることが難しい食材じゃないから気にするな」

「分かりました、マスター!」


 スルトはヘルに続き、主人に向かって右手の親指を立ててみせる。ヘルやスルトの間ではそれが一つの流行になっているらしいが、稔からすると苛立ちの種にしかならない。ラクトを嫌っているわけではないが、煽りの神とも称されるほどのその実力を考えてみれば、苛立ちを覚えないほうがおかしい。


「……さてと」


 稔はヘルとスルトが厨房内を移動しているのを見つつ、息を整えながらそう言った。そんな中でふと横に目をやるとラクトが寿司を作っている。彼女の見た目からは絶対に想像が付かないであろうが、彼女のまな板の置かれた隣の重箱の中に入っている寿司は、とても綺麗なにぎり寿司だった。


「(ラクトってそんなに有能だったのかよ!)」


 煽りの神だとか揶揄していた稔には、真剣な表情で寿司を作っているラクトの姿がとても強く印象に残る。それは「いつも脳天気なのに実際はとても真面目だったから」というのが理由だ。そう考えるといつの間にか、稔は「散々自分に『不真面目になれ』と言っていたくせに」と微笑を浮かべていた。


「(しっかし、本当に巨乳だよな……)」


 稔はそこに釘付けになっていた。襟なしの白衣に浮かぶ二つの果実に目線が行ってしまうのは、男子高校生たるもの仕方がないといえば仕方がないことだ。そして寿司を真剣に作っているため、ラクトはそんな視線に気づいたりはしなかった。心を読む暇もないからこれも仕方がない。


「――いけないいけない」


 稔はそう言って頬を二度パンパンと強く叩く。赤い痕が付かなくもない強さだったが、ギリギリ叩いた部分が熱くなるだけで済んだ。煩悩を消し去る意味合いが強かったのだが、どうやら同時に眠気も吹き飛ばせたらしい。いつのまにか、稔が特に気にもしていなかった肩の荷が下りた。


「材料は――って、それは冷蔵庫からか」


 厨房だから野菜が準備されているとか、そういうのは甘い考えである。とはいえ、冷蔵庫に全てが揃っているはずがない。それは単純に保存に向いていないものも有るからだ。生物といったものは冷蔵庫に入っている可能性が高いけれど、通常ならじゃがいもが冷蔵庫の中に入っているとは考えにくい。


「でも冷蔵庫を開けるのはなんかなぁ……」


 稔は冷蔵庫に近づく時にそう言った。日本独特の文化というかしきたりのような、『他人の家の冷蔵庫を開けてはならない』という大きな掟。もちろんその掟を破ろうとすれば躊躇いが生じる。


 しかしながら、厨房だけあって冷蔵庫も立派――といっても、冷蔵庫は家で見るような物だった。では何が立派かといえば、それが連なっているところだ。冷蔵庫が五つも連なっているのである。その光景は超高額な電気代を脳裏に浮かばせてくれるが、そういうところはホテル経営担当が頑張っているだろう。


「(仕方ない。ここは意を決して――)」


 稔は内心でそう言ってから冷蔵庫の引っ張るための部分に手を掛けた。そしてそれを引いてみれば、中の電気が点灯して食材たちを照らす。見渡せば、豆腐だとか味噌が入っている。味噌は当然容器の中に入れられているわけだが、それでも茶色だから凄く目立つ。一方豆腐も、透明な汁と一緒なのでこちらも目立つ。


「わかめは――乾燥わかめでいいか」


 生わかめが何処にあるかは分からず、アレンジして湯に潜らせていい色にさせてから味噌汁に使おうか――と稔は思った。でもそれは重々承知だったからすぐに撤回し、乾燥のわかめを使用して味噌汁を作る方向に転換した。どちらが美味しいだとか優劣は無いが、基本的には乾燥のほうが保存が効くから重宝する。


「乾燥わかめは――あ、あった!」


 冷蔵庫の中には流石に保存していなかったのでその上を見てみると、『乾燥わかめ』というラベルが貼られていたダンボールを稔は発見した。手を伸ばせば身長的に届かない高さでもなかったので、それを落とさないように慎重に下ろす。そして、中身を確認してみる。


「おお……」


 美味しそうなわかめだったが、言わずもがな、それはまだ湯を浴びていない。ここで食べたら味噌汁に入れられなくなるので、稔はその行動に移るのを自重することにした。


「あとは油揚げと豆腐とじゃがいも――」


 開いたままの冷蔵庫の中から先に豆腐と油揚げを取り出し、冷蔵庫を閉める稔。そしてそれらを作業台の上に載せた後で稔はじゃがいもの捜索を始めた。わかめは冷蔵庫の上に置かれていたが、実際それは食べ物に埃が付着する可能性を孕んでいる。もっとも、わかめはダンボールの中に保存されていたけれど。


「(じゃがいもは流石にそこまで配慮されていないかもな……)」


 稔の心配はそこだった。わかめとは全然非なる物だから、保存方法も異なってくる。料理をする際にもわかめと違って皮を剥く必要が生じるため、保存時にダンボールの中で大切に保存する人が居る一方で、冷暗所に雑に放置しておく人も居るだろう。


「(冷暗所――)」


 厨房の様な場所で冷暗所といえば、やはり冷蔵庫の上とか棚の中くらいしかない。けれど棚の中を見るような行為をしていると、監視カメラに捉えられた不審者と言わんばかりに非難されるだろう。稔はそう考えるとそんな行動を容易く出来はしなかった。


 稔はどうやってじゃがいもを見つけるか悩んでいた時、救世主が現れた。


「……何故貴台にはじゃがいもが何処に置かれているかも目でキャッチすることが出来ないのだ? 見れば分かるような絶好の位置に配置されているではないか。左から四番目と五番目の冷蔵庫の上を見てみろ」


 紛れも無い紫姫の姿だ。彼女はそう言うと、じゃがいもを取ろうと精一杯手を伸ばしてみる。けれど身長はそれを許してくれない。ラクトとは違って、紫姫の身長は一六〇センチを超していないのだ。


「――ったく、仕方ないな」


 稔は場所を示されただけで取る気になっていたのだが、紫姫が健気に頑張ってくれている様子を見てしまうと、それを助けない訳にはいかないと奮起した。彼はそう言って、紫姫の身体に触れない程度に近づいてじゃがいもが置かれているらしい場所の前に来る。そして、手を伸ばしてみる。


「これか」


 触れた先にはダンボールの触り心地。探していたじゃがいもは、わかめ同様にダンボールの中に入れられていた。ホテルだからか、流石に常温で保管しなければいけない野菜類には埃対策が施されているようだ。


「――我はこれで御役御免だ。また治癒に戻る」

「おう」


 紫姫は言い残して石の中に戻っていった。そして冷蔵庫の前でじゃがいもの入ったダンボールを抱え、稔はそれを自分が味噌汁を作るために与えられた調理台へと持って行く。開いてじゃがいも三個ほどを取り出し、水洗いして準備を始めた。


「さて、始めますか!」

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