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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
二章 エルフィリア編Ⅱ  《Fighting in the country which was defeated.》
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2-17 メイド・クインジーン-Ⅰ

「で――」


 会場設営のはずだった。でも、稔もサタンもラクトも厨房に居た。それは会場となるべき部屋に併設されているものでなく独立している。何を隠そう、ここはあくまでホテルなのだ。リートのような、言うならば貴族のような人達をおもてなすだけが仕事というわけではない。


「(料理は不得意ではないんだが、ラクトが得意とか言っていたからなぁ……。なんかダメ出しされそう)」

「ふふーん」


 稔が嫌な気分で厨房に居ることなんて気に留めず、ラクトの気分は上々だった。煽りの神、という称号を与えるべき彼女であるが、本来であれば内心を読んで理解するはずだ。しかし生憎、現在は自分のことでいっぱいいっぱいで、稔の方向へ手を回すことは出来ないらしい。


「なあ、ラクト。連れて来られたのは別にいいんだが、厨房で一体何をする気なんだ?」

「持てる限りの力で料理するんじゃないの?」

「おいおい、厨房に居る時点で薄々気づくような内容じゃん」

「遠回しで言うのも有りなんだけどさ、私の言ったことを正しい解釈まで稔が導いてくれるか心配だし」


 召使が主人を心配する気持ちなんて、稔は十分知っていた。少し例外が有るのは確かだが、基本的にはそれで全て書きあらわすことが出来る訳だ。でも、今のラクトの言っていることは心配のようで心配ではない。


「また煽りか」


 そう、煽りである。稔に対して、ラクトはそんな風に思っているわけでは無い。だが、ついつい口走ってしまうのだ。裏を返せば、それは『親しさ故の過ち』と言う訳だ。『親しき仲にも礼儀あり』と言いたいところであるが、それは日本で使えることわざ。エルフィリアで通じるわけがない。


「先輩はお怒りですね」

「おっ、怒ってたか?」

「ええ、怒っていましたよ」

「そっか……」


 俯く稔に、サタンは「そう気にしないでくださいよ」と軽く声を掛けてやる。言われてみて、同盟関係に有るサタンから、ラクトが自分を煽るような感じがしないと思った稔。要するに真意で励まされているのだと知り、稔は心の内で感無量の喜びに浸る。


「稔」

「どうした?」

「料理するよ。ほら、準備準備……」


 ラクトは少し怒り気味でそう言ったのだが、それを見たサタンはニヤリと微笑する。――が、それではまるで不審者のようだと感じたために、稔の肩をトントンと叩いて自分のほうを向かせ、目線を合わせて言った。


「ラクトさんは、私に先輩が取られてしまうと思っているみたいです」

「別に、俺はサタンと同盟関係に有るだけなんだが……」

「女の子の気持ちは複雑なんですよ。ふふ」


 サタンはそう言う。最悪と謳われている彼女ではあるが、そう呼ばれているのは残虐だからでは無いような気がしなくもない素振りだった。心を翻弄するというか、そういった意味では嫉妬の罪源であるレヴィアと似たり寄ったりのところがある。


「(しかしまあ、この子も美人だよなぁ……)」


 稔は内心そう思う。ラノベに限ったことではないが、『最悪』だとか、強そうに言われているキャラは大抵が美女という法則。彼女の内面にもあまり触れてはいけないゾーンはあるのだろうが、それでも外見上だけだったら、美女だというところは否定出来ない。


「ひゃっ……」

「稔。作業しろ」

「――」


 心の中で稔がサタンを美女だと褒め称えていると、女心は複雑といわんばかりに、何も言わずして稔に水滴を垂らすラクト。主人と召使という関係上、本来であればこんなことを起こせば暴力沙汰――とまではいかなくても、ある程度の口論にはなるはずなのだが……。そこは稔、口論なんて発生しないし暴力も無い。


「……先輩は、同い年よりも年下派ですか?」

「その誤解を生むような質問はやめるんだ」

「いえ、別に幼女に対して性的興奮を覚えるとか、私はそんなことを先輩に聞いているわけではないのですが?」

「あっ、いやっ、その――」


 口籠る稔。内心を読んでしまう能力は彼女になど無いはずだ。即ちそれは『察知能力』――。


「(どうする……? このままではロリコン説が浮上しかねぬ……)」


 稔は口籠る一方でそんなことを考えていた。顔が良いか悪いかにも依るけれど、やはりロリコンは悪だという風潮が強い。女性がそうであれば世間一般じゃ寛容的であろうが、男性がそうだと寛容的とは言いづらいというような話も無くはない。


 そしてそれ以上に。誤解を一つ生んでしまうと、それを解くために無駄な労力が使われる。


「とっ、ともかく俺は、別にそんな事を考えていた訳じゃないんだ。幼女が好きなんていう事は事実無根、決してあるまい。サタンは可愛いし、ラクトも可愛い。それでいいじゃん」

「その言い方は何かイラッときますね……」

「……そっ、そうなのか?」


 女心を更に学ぶ必要がありそうだと、稔は嘆息を漏らす。無理もない、この男は一人っ子であって高校入学と同時に独りぼっちになった。言うならば一人ぼっちの朝昼晩、だから分からないのも当然といえば当然といえる。


「同盟破棄とまではいきませんが、私だって感情は有るんです。私に限ったことではないですが、少しくらいは相手を思いやる言動を謹んでください。それが女心マスターの近道になるはずなので」

「わ、分かった」

「でも相手を思いやり過ぎるのはダメですよ、先輩。何事にも加減です」


 サタンはそう言うと、ラクトが自身の魔法を転用させて作っていたエプロンを貰った。ピンク色の可愛らしいエプロンだったが、形としては市販のものと大差ない。稔の脳内を探って作り出したようだ。


「稔にはこれ――」

「サンキュー。黒色とは分かってるな」


 黒色だから厨二病というのはどうかとも思うが、ラクトがピンク色を選ばなかったところには思いやりが見えていた。稔はその色が嫌いという訳ではないが、彼自身が派手な服装をしない主義。着るとしても、ピンクや赤といった明るい色はパーカーの下に着るのがモットーだ。


「なあ、ラクト。取り敢えずどんなメニューを作る気でいるんだ?」

「何でもいいんだけども、やはりここは寿司でも握るか」

「す、寿司っすか?」

「楽じゃんか、寿司くらい」

「いや、別に難しいとは一言も言っていないんだが――」


 生魚に触れることが嫌なわけでもないし、難しいと言っているわけでもない。稔は『面倒くさい』と思っていたのだ。寿司を作る楽しさが分からないわけではないのだが、人に食べてもらうとなると思うとどうしてもプレッシャーが掛かる。加えて寿司である。単純な焼き魚であるまい。骨を取らずして作るのは論外だ。


「なるほどね」


 稔が内心でそう思っていると、ラクトがそれを読んでいた。でも、メニューに変更の兆しは見えない。


「それじゃ、稔は味噌汁を作ってよ。それなら骨を取る手間も掛からなしいし、簡単でしょ?」

「まあ、味噌汁は――」


 味噌と水さえあれば味噌汁なんざ出来る。――と、それではいけない。やはり具材が無いとお届けするに値しない料理になってしまう。


「作るのはいいんだが、味はどうする? 俺が決めるのか?」

「いや。さっきあの執事さんが言ってたんだけど、どうやら魚をベースにした味がいいらしいね。でも、具材に関しては豆腐とかわかめとかじゃがいもとか、なんでも好きなやつを入れていいらしいよ」

「やめて。そんなこと言ってくれると、俺が暴走しちゃう」


 稔はそう言い、ラクトに責任を押し付けるような形をとった。主人として情けないように思えるかもしれないが、これは仕方が無い。稔はアレンジして料理する方が好きなのだ。レシピ通りに作れなくもないのだが、どうしても「これを入れたい」「あれを入れたい」「ここで火を止めるか」と考えてしまうのだ。


「じゃあ、シンプルに豆腐とわかめとじゃがいも、そして油揚げ。それでいいじゃん」

「めっちゃ質素やな!」

「お吸物ってそんなもんでしょ」

「まあな」


 稔は微笑を浮かべてそう返答した。美味しい物を作ることが第一として、具材と汁がいい色と香りを漂わせればいいのだ。もっとも具材に関しては指定された物を使う必要が――言い換えれば、ラクトに責任を追わせたために生じた具材を使う必要が有る訳だが。


「あっ、あの……」

「どうした?」


 だがそんなところで、サタンは小さくて萎れた花の様な声で一言言った。


「寿司も握れないし、味噌汁も作れないし、私には料理なんて――」

「でも、実際前菜はそんなに難しいとは思わないんだけどな」


 ラクトが寿司、稔が吸い物とくれば、残るは前菜だ。一番栄養があるのに残されやすいことが特徴なあれである。もちろん、生野菜をそのまま出すのは話しにならないのは確かだ。盛り付けもせずにそれだけポンと皿の上に載せるようでは、料理をしたなどと言い張ることなんて呆れた戯言としか言い様がない。

 

 けれど実際、酢であったりドレッシングであったり、生野菜に多少ばかし手を加えるだけで料理は完成する。だから、製作難易度的にはそう高い種類では無い。とは言いつつも、盛り付けで品性が問われる訳だが。


「なあ、ラクト。使える野菜としてはキノコとかか?」

「キノコ、キュウリ、ベーコン、コーン、人参、玉ねぎとか色々あるけど?」

「そうか。……分かった。んじゃ、俺が野菜ちゃちゃっと調理するわ」

「手を切るんじゃねーぞ」

「お前にそっくりそのまま返してやるよ」


 稔はさり気なくラクトを馬鹿にした。それは手を切るはずがないと豪語していたからこそ出来たことだった。


「んじゃ、作業を開始する前にこれを二人とも」

「サンクスな」


 ラクトはエプロンを生産してくれたに留まらず、マスクと三角巾も作ってくれた。――が、彼女が稔に渡したのは三角巾では無かった。寿司屋でよく見かける白色の和帽子である。


「稔は料理に自信があるっぽいから和帽子ね。サタンは料理に自信が無いっぽいから、見習い人ということで三角巾にマスク、そしてエプロンという調理実習セットでお願いするね」

「分かりました、ラクト様ァ!」

「それでは各自着衣後、作業開始! ――あ、私は」


 ラクトは人のことを手伝ったりする事を拒むような、社会性が皆無な女の子ではない。だがラクトは、服装が即時に変化出来る事を有効に活用したい気持ちが根底にあった。だからエプロンを変化させ、寿司屋でよく見る白衣を着ることにした。襟は無く、個性を強調するために光に照らされたバッジを付けている。


 稔はそんなラクトを見て「これは俺が煽ったからこうしたのか?」と思ったりもしたが、やらなければならないことが目の前に有った。前菜を作ることになってしまった稔ではあったが、吸い物をサタンが作れるとは考えづらい。そうなれば、教えながら共同作業をするという考えに至るだろう。


「それじゃ、サタン。これから頼――」

「すいません、先輩。私経験が無いもので、三角巾もエプロンも着れません……」

「はあ……」


 この様子だと、サタンは家事を一度もやったことが無いとしか考えられない。マスクを付けることが出来ないほどでは無いが、エプロンも三角巾も着ることも付けることも出来ないから、料理が不得意なのも頷ける。


「三角巾はこうやってだな――」


 稔はサタンの後方へと回って三角巾の端の部分を掴んだ。そして、三角巾全体が頭の上のほぼ全体に被さるように当てる。しかしながら、サタンは長い髪を垂らしていた。紫色のストレートヘアーな訳だが、料理の際に髪の毛が落ちるとそれは問題だ。だから稔は、結んでもらいたくも思う。


「(結んで欲しいけど、それはそれで三角巾の付け方分からねえ……)」


 流石にサイドテールで結ぶことは無いだろうし、案としてはポニーテールくらいか――と。そんなことを考えながら思っていると、作業が全く進んでいないことを見てラクトが稔の方向へ近づいてきた。


「髪の毛を結ぶのくらい、私に任せろやコラ」

「でもお前、髪の毛短いじゃ――」

「――煩い」


 冷淡な目つきを見せるラクト。これはどう考えても触れてはいけない部分なのだろう。髪の毛が短いのは過去に悲しい思い出があって、それが影響しているとしか思えない程だ。けれど稔は、それをラクトに聞けない。


「よし。髪の毛は取り敢えず大丈夫。……ほら、後は稔のターンだよ」

「あ、ああ」


 稔は少しドギマギしつつも返答して、自分がしなければいけないことを実行した。まずは三角巾だ。エプロンに関しては、腕と胴体は通してあったから後は結ぶだけ。簡単な方から潰すのも一手だったが、ラクトが髪の毛を結んでいったのだからその産物を活かさないのはダメだと思い、三角巾から付けることにした。


 作業をしていると芳香が鼻孔へと入ってくる。でも、芳香はクラクラさせるほどの強さではなかった。けれども、そういった匂いが存在するということで意識してしまうのは確かだった。


「(何を考えているんだ俺は!)」


 強く思うことで自分の感情を否定する稔。そうこうしていると、稔の手の先で三角巾は結ばれていた。何も話さないでいるのは気まずかったので、稔は結び終わって一言言った。


「あまり頭が大きいわけじゃないから、サタンが三角巾をするとしても面倒なことではないよ」

「そうなんですか」

「ああ。――それじゃ、次はエプロンだな」


 稔はそう言うと、まだ結ばれていないエプロンの後ろの紐と紐を結ぶ。蝶結びで簡単に結ぶ訳だが、あまりにきつく縛るとサタンが可愛そうなので少し余裕を持たせて結んでいく。だが、そこで稔はある遊びを思いついてしまった。


「ひゃっ……」


 サタンもある程度バストがあったから、紐できつく結ぶとその部分が刺激されてしまうようだ。これが遊びな訳だが、流石の稔も「ダメだな」と思って遊ぶことはもうやめることにした。


「――先輩が変な遊びをしたので、後で復讐することにします」

「なっ……」


 だが、時は既に遅かった。稔が遊び心を持ってその部分を刺激していたことなんて、サタンにはすぐに気が付くようなことだったのである。


「気が付かれていたのか……?」

「ええ。先輩もそういうこと考えるんだと思いました」

「まあ、俺もそれに見合うことをしたわけだしな。そう思われても仕方ないか」

「遊びだと思ったから仕方がないですね」


 稔はラクトに続き、サタンにも冷たい目線で見られてしまった。

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