2-16 会場設営-Ⅵ
「……設営に回りたい気持ちは山々なんだけど、ちょっと着替えてもいいかな?」
「魔法少女コスだもんな、お前」
しかしながら、流石にコスプレしたまま作業をするのは難があると思ったらしい。ラクトは稔にそう言って許可を求めた。――無理もないだろう。魔法少女コスプレをしながら会場準備をしようものなら、それはそれで、人として「恥ずかしくなくて」良いのかという話に直結しかねない。
だが、空気を読まぬ者は何処にでも居る。
「私は魔法少女コスを拝みたいので――」
「お前の意見は聞いて無いわ!」
「すいません……」
「いや、そこまで萎れなくても……」
「――やっぱり、うざい女は嫌ですよね?」
最悪の罪源、最凶の精霊。そう銘打ってあるけれど、実際彼女は普通の女の子である。それに人からの視線が気になる時期が無いわけではなくて、体格的に今がその時期だから、余計に萎れてしまった。
「うざい女でも無いと思うぞ。俺の召使の中には、煽りが得意な奴が居るし――」
「煽り……誰ですか?」
稔は「ラクト――」と言いたいところだった。だが一方でラクトは、「自分のことを指しているんだろうな」と薄々気が付いていた。そして今回、それは心を読んだわけではない。女の勘だ。
「……ラクト様ですか?」
「なっ、何故『様』付け――」
「崇拝する女神様に『様』付けしたらダメなんですか!」
怒り混じりに迫ってくるサタンに稔は恐怖すら感じ、銘打ってある『最悪の罪源』という言葉を脳裏によぎらせた。でも、稔は彼女の意見には賛同出来ないクチでは無い。オタクカルチャーを知っていないわけではないし、ハマっていないわけでもないのだ。『様付け』に抵抗があったとしても、世間一般では同じと見られてしまう。
「いや、悪い訳じゃないが……」
サタンは自らの召使では無いため、稔は自らの召使であるラクトの擁護に当たろうとした。けれどサタンに強い態度で臨まれてしまい、稔の性格も相まって、結果的に擁護になんか当たることは出来なかった。
「でもそういうのって、許可を取るべきなんじゃ――」
擁護にこそ当たれなかった稔だが、言うべきであろうと思ったことは伝えておいた。
「私は別に崇拝されるの嫌いじゃないけどね」
「おお!」
サタンは大喜びする。崇拝することを許可された事がそれほど嬉しいらしい。大声を上げると迷惑になることは何となく察したらしく、サタンの喜びは小さな声と振りへと変化していった。
「それで手伝いはしないの?」
「そ、そうだよな。本当の目的はそれだもんな……」
「コスプレパーティーとかで盛り上がって、それでサタンに説教して……。もしかして忘れてたの?」
「俺がそんな事をする訳が――」
稔は必死になって反論をするものの、実際にはそんなことを微塵も考えていなかった。心を読みさえすればすぐに分かることであるから、ラクトも次第にニヤけ顔になっていく。
「……まあ、そういうことにしておく」
稔はそう言われた瞬間、「こいつ気が付いてるな」と思った。無理もないだろう、彼女はニヤけているのだ。その笑みが不吉な笑みとまではいかないとしても、事実を知っているであろう笑みだとは窺える。
稔が察して心内で嫌な気持ちになった時だ。唐突にサタンが稔に質問した。
「――そういえば、貴方の名前ってなんでしたっけ?」
「俺か? 俺は『夜城稔』って言うが……」
「じゃあ、『やしろたん』というニックネームは――」
「やめてくれ。『や』が『ま』に聞こえる……」
頭を抱える稔。サタンは稔が何故頭を抱えているのかはあまり想像できなかったが、一方でラクトは稔が何を思って頭を抱えているのかを読み取った。でもラクトは、その言葉という物を喉から出そうとはしない。
「普通に『夜城』って言えばいいじゃんか。それか『稔』とかでも――」
「信頼関係を作るためにも、ある程度は馴れ馴れしくしましょうよ」
「だからって、『やしろたん』は流石にないだろ……」
稔はそう言って顔を俯かせた。理由は単純なもので、「たん」という言葉は可愛い女の子に付けるべきであって、稔のような男が貰っていいような名前とは程遠いものであると、そう思い込んだためだ。
「じゃあ何がいいんですか! 『夜城』なんて言ったら、なんか私が上みたいじゃないですか!」
「嫌なの?」
「嫌です。私は上より下が好きなので」
「何を言っているんだこいつは……」
嘆息を漏らしかねない稔。「説明が不足している」と思って吐き捨てるように言うと、すぐにサタンは返答を稔にやった。始めに両手を合わせて軽く謝罪してから話に入る。
「すいません。言い方が悪かったです。上っていうのは、要するに見下すって意味です」
「なるほど。要はお前は、扱われるなら妹みたいに扱われたいってことか?」
「そういうことです。気楽に過ごせますからね」
「サタンの場合、『他人にストレスを与えてしまう』ってことを気にしていないってだけなんじゃ――」
「そうとも言いますね」
「言えるんかい!」
稔はサタンに否定して欲しかったけれど、予想外の回答に驚いた。加えて敬語であったから余計に驚く。と、そんなところにラクトが話に割って入ってくる。
「稔はストレスを与えないように行動しているんだろうけど、たまには与えてよ」
「いやいや、そんな刺激は要らないだろ」
「世界っていうのは、人が人に刺激を与えることで成り立っているから、刺激が要らないわけ無いんだよ」
「どういうことだ?」
名言らしいことを言われたのは火を見るより明らかであったが、稔は意味がよく分からないのでラクトに聞き返すことにした。察するに言葉の如くを意味しているのだろうが、あまりに大雑把すぎて具体性に欠如している。
「ストレスという刺激を与えることで、やるかやらないか――どっちでもいいんだけど、思ったりする。何か目標に向かおうとすることで、人は努力を行ったりする。その時、努力という刺激があるじゃんか?」
「それが『刺激』の意味か……」
「うん。ゲームとかは後者に当てはまるよね」
嫌悪の感情を示したくなるような刺激と、努力しようとやる気の湧く刺激。いい刺激と悪い刺激が互いに組み合わさることで社会が成立している――と、ラクトの説明を要約すればこのような感じである。
そんなふうに稔がラクトの言った意味をそんな風に理解していた時、サタンが稔に言った。
「やめてくださいよ、そういう夫婦間での話しみたいなやつ」
「ラクト様って言って崇拝していたくせに、何故俺とラクトを夫婦として扱うんだ?」
「召使なのに、『ご主人様』とか『マスター』とか、堅苦しいと『貴殿』とか言わないじゃないですか」
「それには事情がだな……」
稔は詳しく説明すると長くなると考えて言いたくなかったのだが、言ってしまったからには始末せざるを得ない。口から零してしまった言葉をしっかりと伝えるためには、最後までしっかりと話す必要がある。
「『事情』って例えばなんですか?」
「俺が呼ばれ方を気にする奴じゃないことかな」
「矛盾ですね。私が『やしろたん』って言ったら怒りましたよね?」
「それは仕方がないだろ。俺が言ってるのは、『ご主人様』か『マスター』かの違いだし」
「そう言ってくださいよ」
「それは済まなかった。具体性に欠けたからな」
稔は軽く謝る。あまり深々と頭を下げて謝られるのも改まっていると思ったから、サタンは謝っている感じがしない方が良かった。謝られるよりか謝られていないような雰囲気が有る方が友人らしいと、そう勝手に思い込んでいたのだ。
「しかしながら、ラクト様とナイトキャッスルは凄く仲が良くて羨ましいです」
「『ナイトキャッスル』って俺か? もしそうだとしたら、単に『夜の城』って言ってるだけじゃねえか」
「ですが、これが一番いいと思ったので」
「だったら『ナイキャス』とか略してくれよ。長すぎる」
「分かりました。――あ、そういえば」
サタンは、さも丁度今思ったかのように言った。
「なんだ?」
「ナイキャスさんの年齢って何歳ですか?」
「俺は一七歳だが」
「でしたら『先輩』ですね。……ということで、『ナイキャスパイセン』と呼ばせていただきます」
稔は反応に困った。理由は単純な話で、実際に中学校時代は部活という部活には所属していなかったから、「夜城先輩」だとか「先輩」とか、そういったふうに後輩に呼ばわれたりしたことはなかった。故に、その言葉の響きに耳が喜んでいたのだ。
「ナイキャスっていらないわ。『先輩』でいいや」
「分かりました。――先輩」
サタンは柔らかく温かな微笑を浮かべた。妹のようにされたいらしいと言っていたこと云々も影響し、彼女はこれでいいと思った。妹というよりかは後輩であるが、稔は特に気にすることはなかった。
「では先輩。やりましょうか」
「手伝いをしたいんだろうが、主語がないから分かりづらいじゃねえか」
「でも、そういうのは語弊があったということで終わらせましょう」
「せやな」
そんな会話を交わした後、稔は義妹的存在となったサタンと煽りが大得意なラクトを連れ、会場設営の中でも大きな準備イベントであるステージ設営へ移った。だが見てみれば、会場設営の中でも大イベントなステージの設営作業は出来なかった。裏を返せば設営は終わっていたのだ。
「……って、いつの間に!」
ステージの方を見ていた時、振り返ってみるとラクトが着替え終わっていた。だが、コスプレ魔法少女ということは既に殆どの執事やメイドに知れ渡っていたらしい。顔は整形しなければ変えられないこともあったから、ラクトが着替えたところで変わりようのない事実だった。
「すいません、何か手伝うことは無いですか?」
「これはラクト様!」
稔が近くに居た執事に聞いてみると、悲しくもスルーされてしまった。
「(あれ? 俺の質問は?)」
稔は主人公――というとメタな話になってしまうわけだが、コスプレパーティーの件も相まって知名度ではラクトの方が上だった。新国家元首と言われているけれど、実際それに見合った活動をしているわけではないから、当然といえば当然と言える。
「私は王族みたいな存在ではないんですが……」
「でも、貴方はマイエンジェル!」
返答に困って、ラクトは白い目線を目の前のテンションの高い執事に送る。男嫌いが少し改善されてきている中でこの状況が生まれてしまったことも有り、稔はとても気まずく感じてしまった。
「あの姿を好きで居てくれるのは嬉しいのですが、言葉で褒められるのは好きではないんです」
「そうなんですか?」
「ええ。なので、すみませんが――」
「以後、気をつけます」
ラクトが敬語を使っているのをなんだか珍しいように感じる稔。執事がはしゃいでる方こそ――とも言えるが、先程の執事やメイド達の暴れっぷり(馬鹿げている意味で)を見ていれば、そんなことを言うことが出来ないのは分かるはずだ。やはり、性格や日頃の口調などで決めることは出来ない。
「それで、手伝う事があるかないかという件に関してなんですが……」
「ああ、これは彼氏さん。すいません」
またラクトと恋仲であるとの間違いが生まれてしまった。そのことを先程と同様に否定しようとする稔だが、「もうそれでいいよ」と諦めの心が付いてしまう。豆腐メンタルという訳でもないが、何度も言われていると慣れてくるのが自然の性というものだ。
「手伝うことの件ですが、余裕で有りますよ」
「でも、ステージはもう出来上がって……」
「照明がまだ付いていないですし、それこそ音響設備はまだ整っていないですし」
「それもそうですね……」
稔は作られたステージの上部を見てみる。確かに照明設備は完成しておらず、出来ていたのは足場だけだった。パーティーで使うと思われる机こそ出ているけれど、左右にスピーカーはまだ設置されていな
「ただ、これから手伝うということであれば……」
「なんだ?」
「作業に関してはもうすぐ終わりますので、料理を作ってきてください」
「……料理?」
「いや、コスプレをしていた時にラクト様が言っていたので」
衝撃の事実を知った稔とサタン。一方で知っていたラクトは、そんな二人に笑みを見せていた。




