2-14 会場設営-Ⅳ
執事が集まったことは、稔にとっては非常に素晴らしいことであった。――が、気に喰わないのがラクトだ。彼女は執事たちに冷淡な目を向け、「これだから男は」と心内で嘆く。
「アンタはいいことを考える天才だ」
「こんな美少女のコスプレ姿が見れるなんて、自分の執事人生がここで終わってもいいくらいです!」
稔への感謝のメッセージが相次ぐ。執事といえどやはり男であるから、大きい胸を兼ね備えた美少女たるラクトには勝てなかったらしい。けれど、男だから来た訳ではない。女でも来ていたメイドが居た。
「私はコスプレ姿が早くみたいので、早くしてください」
「作業を一時中断しているんですよ!」
そう言うメイドの一人。「作業を中断してまで見に来るとは、どんな熱狂的なファンだ!」と言いたいところであるが、稔は言うことをしなかった。コスプレをしてくれるラクトがしやすい環境を整えようとは思ったわけだが、言ってしまうとむしろプレッシャーを与えるのではないかと思った為だ。
稔なりにラクトのことを心配していた訳だが、彼はラクトに最終確認を取る。もちろん、小さな声でだ。
「ラクト。本当にコスプレしてくれるのか?」
「すっ、するよ! 本心じゃ稔以外にコスプレ姿なんて見せたくはないけど、これは主人命令みたいなものだしね。仕方ないと思えば恥ずかしさなんて――」
「いつもはあんなに恥ずかしく無さそうに振る舞うくせに、コスプレ姿を見せるのは恥ずかしいのか?」
「一人の主人に対して見せる着替えと、大勢の前で見せる着替えは違うってだけ」
ラクトは少し俯いて言った。恥ずかしそうに顔を下に下げているわけだが、稔はこうなってしまうとどうすればいいのかが分からなくなってしまう。流石は一人っ子だ。幼なじみの居ない彼が恥ずかしがっている女の子へ出来る対処なんざ、指を折っても一つくらいしか数えられないだろう。
「全ては俺の責任だ。お前が恥ずかしがっていることも俺の責任だ。もし気に喰わないようなら、準備が終わった後に二人で話し合いをしよう。それでいいだろ?」
「話し合いをしたところで、稔はすぐに妥協しそうだけど」
ラクトはクスっと笑みを浮かべる。まだ会場設営で使われているライトしか無かったが、微笑を浮かべる美少女の右に出る可愛さとあざとさを持ったものは無いと、稔はその時に確信した。
「取り敢えずは作業を能率的に進めていくべきだからな。今回は先払いということにする! さあ、先着三名だ。『どんなものでも』とは流石に言えないが、C●RO判定でDになる程度であれば無問題だ!」
要するに一七禁。それを下回る過激描写であれば無問題であると、それは健全であると、稔は主張した。理由は単純であり、『一八歳未満でも購入できる』。それが唯一の理由にして、絶大な力を持つ理由だ。
「取り敢えず、選択権はラクトに与えるよ。俺はこの件に関してはこうたいする」
「『後退』と『交代』を掛けてるのか。ふーん」
「心を読まれたっ!」
稔がオーバーリアクションを行うと、会話をしていた双方ともに笑みを浮かべた。
「――なんか、元気でた」
ラクトはそう言ってはにかむ。そして、やらなくてはならないことを始めていく。主人命令であるから課された題と見ても取れるが、笑顔になれたため、『課されたこと』であると感じたりはしなかった。そんな笑顔を見て稔は、ラクトに司会進行を任せるのもどうかと思い、マイクを引き続き握りしめて話を進めていく。
「それじゃ、先着三名までのリクエストにお応えだ! 我こそはという者、手を挙げるんだ!」
稔はハイテンションでMCとしての自覚を持ち、盛り上げる。スピーカーに接続されたマイクを使っているため、真剣に作業をしている執事やメイドたちには忌ま忌ましい限りだろうが、それは違った。なにしろ、彼等は真剣に作業をしているのであって、稔の戯言に耳を貸す暇なんて無い。
例えるなら、某生徒会を舞台としたライトノベルの、「学業が優秀だったためという理由の特待枠」に近い。学年一位を取っている者は学業に集中しているだけであって、裏を返せば生徒会なんざ入る価値もない。
――さて、話を戻す。
「俺!」
「私にチャンスを!」
執事のみならず、多くのメイドがラクトのコスプレ姿を見てみたいと手を挙げる。自分の思うがままにコーディーネート出来るのだから、ここぞとばかりに手を挙げる気持ちは何ら問題ないだろう。
「……んじゃ、決めてくれ」
稔はそう指示を出した。だが、司会進行がこれまでテンションが高かったのに落ちてしまったことに、執事やメイドは驚きを持ってしまう。だが、そんな驚きはすぐに晴れた。多くの執事やメイドが、二人を『親密な関係である』と捉えたためだ。主人と召使という事に関しては説が浮上したに留まったものの、話し方を変えているところ云々、彼らが親しくないはずがないという結論にみな至る。
「――じゃ、そこの執事さん」
ラクトは稔の方向を見て言うことはなかった。サキュバスだからと侮れぬ良識があるのである。
「自分は、貴方のメイドコスチュームを見てみたいです! 猫耳と猫尻尾、ソックスはホワイトでオナシャス!」
「ご注文は【メイド服】ですか?」
「はい」
「――という訳だ。さあ、お前のジャッジだ。するかしないか、回答をしろ」
稔は口頭では強めに出ていたが、これは演技である。心を読んでそれを知り、ラクトもまたキャラクターを演じた。水商売をしていた彼女からすれば、そんな演技ぐらいであれば余裕のよっちゃんである。
「ご注文、ありがとうございます」
稔が言って欲しい台詞などを内心に浮かべておらず、この回答はラクトの考えだった。このように進めていくのであれば、いっそのこと回答の際に使用する台詞に関しても考えて欲しい。そう思うラクトだったが、稔はラクトの内心を読むことなんか出きっこない。
「今度は台詞に関しても注文を受け付けることにするから、そこら辺よろしく頼みたいんだけど……」
「分かった」
稔とラクトは小声で会話をした。ラクトがまだメイド服になっていないため、観客たちの注目を大いに浴びた上でのイチャラブ。だからこそ、執事やメイドの中から発される声が有った。『リア充爆発しろ』である。だがラクトは彼ら彼女らの話し声は真っ向から無視して、聞く耳を持たない。
「――クローズ・チェンジング――」
魔法使用の宣言。今回は一回目ということもあって、敢えて声に出してラクトは言った。その方が分かりやすいと思ったラクトの判断だ。衣服を高速で変えていく単純かつ地味な作業であるが、今回は七秒掛かった。もっとも、遅かれ早かれ着こなしが素晴しければどうでもいい訳だが。
「(メイド服はまだしも、猫耳とか猫尻尾とか注文多すぎるだろ……)」
ラクトはそんなことを思いながら魔法の効力が切れたのを感じ、自らを魅せる。けれどそれだけに過ぎない。魅せるためにもするべきだと思い、ラクトは追加でその場を一回転した。
「おお……」
白と黒を基調とした母体の服に、赤い色のリボン。結んで四方向に分かれているわけだが、このうちの二つが谷間にある。服を後ろから見れば取ってつけたような猫尻尾が有って、頭には猫耳カチューシャが添えられていた。執事の注文通り、黒色だったソックスも白色に変わっている。
そんな様々な要素が相まっていたわけだが、こうなると執事たちがテンションを上げて叫ぶ。
「うちの主人はこんな巨乳じゃねえ!」
「ティッシュが! ティッシュがどんどん消化されていくよ!」
好評という解釈でよさそうだが、執事たちの日頃のストレスが一気に解消されていた。貧乳の主人をもった執事、鼻血が噴出してしまってティッシュが不足する執事。悩みは執事によって異なってはいたが、テンションは全員上がっていた。
一方のメイドだが、執事たちのテンションの上がりようには流石についていけないように感じていた。しかしながらそれは一過に過ぎず、一瞬にして手のひら返しをメイドたちは行った。
「にゃ、にゃぁ……」
ラクトは言った。そして彼女の目に映る、さながら地獄と化した絵図。多くのメイドがその場に倒れたのだ。
「は、破壊力が……」
鼻血を出した執事を馬鹿にしていたメイドも居たが、そのメイドこそ猫の可愛さには勝てないようなメイドだった。だからこそその破壊力は計り知れない威力と化し、対抗するに対抗できない力がラクトに備わっていることに彼女らは恐れを感じる。
「(なんか、もやもやするな……)」
ラクトが執事やメイドに『可愛い』と持て囃されていることを、稔は良いようには思わなかった。心の中がモヤモヤしだして、今すぐにでもラクトを自らのもとに持ってきたいというような感情が働く。確かにそれは主人として当然といえば当然の働きであったが、稔の内心に芽生えた気持ちはそんなものでは書き表せない。
だがそんな自分自身の内心に芽生えた気持ちには嘘をつき、稔は司会進行として話を進めていく。
「注文内容はこれで終わりです! さあ次、次いきます!」
稔はテンションを上げるのに少し苦労していた。理由は先述したように、持て囃されていることをいいように思わなかったためである。少し話を断ち切るような形にこそなってしまったが、流石にこんなことで時間を取っているわけにもいかないと思ったこともあった。
「さあ、二人目にラクトに指示を出したい執事やメイドさんは挙手願います!」
話を断ち切るような形になったが、その執事は手を挙げて稔に抗議をしたりはしなかった。彼自身が楽しむことが出来たため、後から言うような言葉など無かったのである。
挙げられた手は、先程よりも多くなっていた。執事もメイドも倒れたりしてしまった人が出てしまったわけだが、それでも立ち上がって挙手をする猛者が大量に居たわけである。どれだけの熱意を注いでいるのかがそれで窺えるが、肝心な作業に熱意を注いでくれるかどうかは、その時にならねばわからない。
そんなことを考えつつ、稔はラクトに一言言った。
「今度はサポート要らないか?」
「どういうこと?」
「さっきは司会進行でサポートしたじゃんか? それが要らないかってこと」
「ああ、最終確認みたいなことね。それは要らないよ」
小さい声は変えないままに会話をする二人。終えて、ラクトは選択権を行使する。
「――そこのメイドさん、お願いします」
執事を選んだから次はメイドを選ぼうとかの感情が働いての選択ではなかった。ただ単に、パッと目に映った手を真っ直ぐに伸ばしているメイドを指名しただけである。それ以外の理由はそれといってない。
「では、メイド服の次はバニーをお願いします! 着るバニースーツの色は黒で!」
「言って欲しい台詞とかは有りますか?」
「有りませんが、脱いでください!」
「嫌です。それは絶対にしません」
「そんなぁ……」
メイドは深い嘆息を付く。だが、ラクトも流石に脱ぐ点だけは譲れなかった。いくら枕営業をしていた経験があるとはいえ、彼女の前世がそれであったというだけである。今の彼女は水商売で生計を立てようなんて思ってもいないし、当然、一部の男の前で脱ぐなんて辛抱たまらなくて堪え難い話だ。
「でも、バニースーツの注文は呑みたいと思います」
「おお! 私は趣味で漫画を描いているので、バニースーツを脱いだ女の子の表情を見てみたいんです。ありがとうございます!」
「いや、だから、脱ぐとは一言も――」
メイドの顔がニヤけ顔に変化しそうだ。妄想を早くも始めているようである。
「(なんか難しい話になって来たんですが……)」
心の中で考えれば考えるほどにラクトの頭を悩ます、厄介な話だった。コスプレショーという様な感じが漂うこの状況だが、脱ぐのは流石に勘弁して欲しいと思う。バニースーツを着ることには何ら抵抗を感じなかった彼女だが、どうしても人目が気になって脱ぐのは拒まざるを得ない。
「――クローズ・チェンジング――」
だが、バニースーツを着ることには抵抗が無かったし、別にメイドが近寄ってこなければ脱がされる心配も無い。だからラクトは着替えてしまうことにした。メイド服から一気に過激な装いになっていく姿を見ることは、残念ながら都合があるため拝めない。だが、注文したメイドをはじめ、作業員は息を呑んで前に視線を送る。
そしてラクトは、今度は一二秒が経過した時に着替え終わった。七秒で先程終えることが出来たのは、前世でそういった職をしていた経験が有るからだ。一方でバニースーツに関しては、特に拒んでしまう理由が無かったことは良かったのだが、着替えた経験がなかったので時間を取ってしまった。
「おお……」
またもや起こる、執事やメイド達からの歓声。盛り上がると静まり返ることを知らない彼らは、バニースーツを着用したラクトを見て楽しんだ。執事はそのエロさを、メイドは可愛さを求めたりするところにだ。笑顔を浮かべる者や、失神間近の者も居たが、救助は必要無い。ただのオーバーリアクションらしいのだ。
「さあ、脱ぐ時間だ! イッツ、テイクオフ・クローズ・タイム!」
「言葉を変えても意味は無い! 私は脱がないってさっき言ったはずな――」
ラクトは強く主張しても止まらないメイドの主張。止まらないことに伴い、メイドの主張で生まれた意見は司会者へ飛び火してしまう。要望は司会者ではなくラクトに与えるべきであろうが、メイドの言っていることはラクト一人では出きっこないことだ。
「司会者! 脱がせろ!」
「なっ……」
主人命令として脱がせるとか、そんなことが稔の脳裏をよぎる。恥ずかしそうなラクトの顔を見てみたい気持ちが無いわけではなかったが、電車内でパンチラをされた時のあの表情を思い浮かべてしまうと、稔はどうしても脱がせようと思い至らなかった。そんなことをしたら、自身の良心は酷く傷ついてしまうと思ったが故だ。
「(見てみたいけどダメなんだ。ラクトが好きで着ていたとしてもそれはダメだ)」
強い意志を持つと、稔はマイクからメイドの主張を微塵たりとも取り入れないことを発しようとした。だがその時、メイドは稔よりも先に行動に出た。主人と召使で有ることを知らなかった彼女は、バニースーツの後ろ側のチャックを下ろしてエロさを演出しようと企み、行動に移すことにしたのだ。
「きゃぁっ!」
ラクトの声は少し大きめ、五段階中の四といったところだ。発された声は演じて出された声ではない。突発的に出てしまった声で、元凶はメイドだ。アドリブといえばアドリブで、ラクトにはアポを取りもしないでしてくれたため、メイドへ向けられた怒りがラクトの心の中に募っていく。
突発的に出されたのは声だけであれば驚くだけに終わるのだが、今回はそうでもなかった。
何を隠そう、あわや脱がれそうな場面だったのだ。自分がしてほしくないと強く主張しったにも関わらずされたことであり、対策の講じようも無く、ラクトは結果として脱がされて一番見えてしまう胸を手で隠そうとした。そんな仕草が執事には大好評だったのである。
「ラクトちゃんの大サービスキター!」
「盛り上がってきましたァァァ!」
まるで2ち●んねるのノリ。けれど執事たちは紳士的な行動を取っていたので、ラクトの怒りは彼らへ向けられることはなかった。要するに毛嫌う程に男を蔑視していたラクトが、メイドに脱がされそうになって同性を蔑視してしまったのだ。
「……」
「――」
まだ二人目だ。司会進行の稔も、メイドが脱がそうとした一件は許せなかった。話は当然止まるし、面白みが有ったのにその面白みは消え薄れていってしまう。それは、執事たちのノリが止まったこと、脱がせたメイド以外が浮いてしまっていることで分かるだろう。だが、未だに脱がしたメイドははしゃぎまわる。
「ラクト。お前に三人目は全て任せることにする。俺はちょっと、このメイドを怒ってくるから」
「わ、わかった」
三人目はラクトに任せるとして、稔ははしゃぎまわるメイドが止む直前になって彼女の手を掴み、叱責するためにステージ周辺から違う場所へと連れていく。並べられたテーブルをかき分けながら進んでいき、『非常口』と書かれた電光掲示板が光るドアのすぐ近くに連れてきて、それから稔は説教を始めた。
「一つ聞く。なんであんなことをした?」
「貴方こそ、なんで私をここに呼び出してまで説教しようとしているんですか? 叱咤激励ですか?」
「お前にその四字熟語は似合わない。そして質問は先に俺がしたんだ。俺の問いに答えろ」
「あの女の子の為にカッとなってるんですか? 嫌ですね、そういう男」
はしゃぎまわって居たメイドはそう言うと、稔を鼻で笑ってあざ笑った。説教をし始めたのは確かだったが、別にかっとなってやっているわけではない。何故ルール違反をしたのか、それが稔は知りたかっただけだ。
「俺は別に、かっとなってやっているわけではないんだが?」
「そうですか。それは失礼しました。あと、申し遅れましたが……」
「――っ!」
刹那、稔の目の前に映っていたメイドの姿が一変した。
「お前は誰だ……?」
メイド服を脱ぎ捨てて、一変したメイドは衣装を変化させた。稔は何が起きているのかを冷静になって考えて見るわけだが、特にフラグといったフラグは無かったから驚きを隠せない。
「申し遅れましたが、私は最悪の罪源の『サタン』と申します」
「なんだと……?」
「そしてもう一つ言わせて頂けば――」
サタンと名乗る元メイドの美少女は、拳銃を稔の額に当てて間を取る。そして顔を稔の方向に向けた刹那、不吉な笑みを浮かべてから言った。
「第一の騎士の中の意思が擬人化して作られた、初めての精霊。しかし意思は石の持ち主を喰い、私だけが現存することになった――」
もちろん、厨二病的な台詞を織り込まれた台詞を一度に把握するのは困難を極める。だから稔は聞き返した。
「つまりは……どういうことだ?」
「銃を突きつけられているのに聞くとは、貴方も余裕が有るのですね。感心します」
「それは嬉しい限りだ。――褒めているのか、皮肉なのかは分からないが」
両者譲らぬ会話の中で、先に譲歩したのはサタンと名乗る元メイドだった。
「要するに、私は精霊であって罪源である。そして、第一の騎士は存在しない」
「存在しないだと?」
目を大きく見開かせ、稔は驚いた様子を見せた。
「まあ、知っておいて欲しいのはそれくらいで――ああ、もう一つ有りました」
息を整えて、それから彼女は言う。
「最悪の罪源にして、最凶の精霊。それがサタンであり、アズライトの石の意を司る者――」




