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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
二章 エルフィリア編Ⅱ  《Fighting in the country which was defeated.》
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2-13 会場設営-Ⅲ

「場所とかは大丈夫か?」

「無問題だよ。テーブルの上に何も乗っていない今なら調整出来るだろうけど、そんな心配無いくらい」

「フラグ化すんなよ……」


 一言添えた上で、稔はラクトの言った言葉を信じてテーブルクロス敷きの調整に入った。一応は王女殿下であるリートを始め、多くの金持ちがこの場所に集まる訳だ。彼等はお金でねじ伏せようとする事が可能な訳だから、ちょっとやそっとの隙を見せるのは命取りとなってしまう可能性がある。だからこそ、慎重にならざるを得ない。


「こんなもん?」

「こんなもんでいいと思うよ」


 現場担当者だとかが最終的に見て回るであろうことを考え、稔もラクトも簡単に済ませようとした。ただそんな時、片方のラクトが「やっぱり――」と言ってその考えを否定した。


「ごめん。もうちょっと調整させて貰っていい?」

「俺よりお前のほうが几帳面だからな。そういうところは俺が出て行く幕じゃないだろうから任せる」

「分かった」


 ラクトの左肩を叩くと、稔はラクトにひとまず最終調整を任せることにした。すぐに終わるであろうことを見越し、稔はもう一つやらなければいけない方のクロスを隣のテーブルに予め敷いておくことにした。スディーラは二人一組が良いと言っていたわけだが、一人で出来ないこともない。もちろん、綺麗かどうかは別として。


「――よし」


 稔が丁度敷き終わったと同時に、ラクトの声が彼の耳の奥に聞こえた。稔は声を上げていたわけではなかったため、すぐに誰が言ったかを察知した。近くに居たのがラクトしか居なかったのも早期発見の要因といえるだろうが、そんなことが話に深く関わる訳でもない。


「終わったか?」

「こっちはね。花瓶とか取りに行くのは後回しにした方がいいよね?」

「常識的に考えろ、バーカ」


 馬鹿というのは本気で言ったわけではなかくて、常識的に考えてもらえれば分かることだった為に言っただけだった。何を隠そう、稔がテーブルクロスを持っていることを見てもなお、テーブルの上に敷いたその布の更に上に置く瓶を取りに行く奴――もとい、召使が居るだろうか。


「なるほど。そういう考えか……」

「ああ」


 会話を交わしながら、ラクトは稔の持っている方向とは逆の方向からテーブルクロスを握る。下準備は済んでおり、残りは調整だけだった。一人でやればズレは多く発生するから、普通なら、最初から二人がかりで行うよりかは要する時間が多くなるはずである。しかし、ラクトは稔を大いに評価した。


「意外と敷けてるじゃん。ちょっとやそっとのズレは有るけど、支障は無さそう」

「それは良かった」

「馬鹿か。このテーブルを使うのは私じゃないんだぞ。支障が無いと思うのは私個人の感想であって――」

「それでも、褒められるだけで俺は嬉しいけどな。それが召使の個人の意見だとしても」


 ラクトは稔にそう言われると、「そうかな……?」と小声になりながらも言った。少し顔が赤らめているから、少々ばかし照れているんだろう。日常的には笑顔を振りまく元気で活発、羞恥心もあまり無い女子であるラクト。だが、褒められると嬉しくて照れてしまうような一面も有るようだ。


 そういうのが『ギャップ萌え』と俗に言われるものなのかもしれない。


「なんか、稔の顔が緩んできてる。さっきの台詞の時の顔とは大違いだね」

「うるせえ」


 考え事をしていたことも相まって、稔の表情はニヤけ顔へと近づいていく。流石に顔の表情が気持ち悪さ一〇〇パーセントに達することはなかったが、それでも顔の緩みは相当なまでだった。


「……んじゃ、花瓶もらってこようよ」

「そうだな。――俺も行かなくちゃダメか?」

「仕事をサボるな。召使に仕事を押し付けようとする主義じゃないんじゃなかったのか、稔」


 別仕事を単に見つけてやろうとしたまでだった稔だが、それがラクトの誤解を生んでしまった。ラクト自身、先程の稔の理論でサボることだけはしないように考えていたのである。そう考えれば、そんな中での「行かなくてもいいだろ?」という発言は、誤解を与えざるをえないと言っても問題ないところだ。


「――まったく。黙りこむくらいなら行動を起こせ」


 稔は誤解を晴らそうと考えはじめた矢先だった訳だから、黙りこんでしまうのもいささか仕方のないことだ。けれど、時間だって限られているのは確か。誤解を晴らすのは、両者が理解できる者同士であれば何時でも問題はないから、稔は後に回すことにする。




 ラクトに言われるがままに行動をしていると、スディーラが言い残していた通りの作業をしていた。スディーラが敷かれ終わったテーブルクロスを確認しつつ、テーブル上に花瓶を置いていたのである。もちろんこのような晩餐会では飲食が行われるわけであり、盆栽だとかは飾られてはいない。


「早く仕事が終わったようだね、稔くんたち。花瓶を取りに来たのかもしれないけれど、もう花瓶はメイドさん達に任せてあるから問題はないよ。言葉の通りに来てもらったのは凄く嬉しいが、済まない」

「いや、大丈夫だっつの。――で、これからは何をすればいいんだ?」

「会場設営だから、力が有るやつにはステージを作って欲しい。……ダメだろうか?」


 丁度最後の花瓶をテーブルの上に置き終わると、スディ―ラは稔へ交渉を出す。特に頭を下げたりすることはなかったが、稔は簡単に許可を出すことにした。力仕事に自身が有るわけでもなかったが、人の役に立つ仕事をするべきだと思い、かつての現役高校生な稔は力仕事に参戦することにした。


「別に問題が有るわけではないし、やるよ。――ラクトもするか?」


 主人だけでは力不足という判断ではなかったが、流石に作業に一輪の花も咲いていないようでは作業が効率的に進むとは考え難い。そこで稔は、自らの召使にその役を買ってもらうことにした。男を嫌っているところこそ玉に瑕だが、他は特に作業に支障となるようなこともなく、戦力としても十分。非常に良い物件である。


「うん」


 ただ、ラクトからの回答で返事が「いいえ」であれば稔の計画は白紙に戻る。だが、そんな心配は要らなかった。首を大きく振りながら承諾したのである。そして首を振ることを止めると、続けて更にラクトは続けた。


「でも、力仕事ならスルトの右に出る召使は、稔の手持ちの中じゃ早々居ないんじゃないかな?」

「確かにそうだな。うむ、スルトを呼ぶことにしよう」


 疲れきっている身体、という訳ではないスルトのてい。ある程度の治癒が現状までに終わっているから、即戦力とはならずとも、働くことが困難なまでに大変な状況ではない。ヘルや紫姫は後々召喚することにして、まず稔は力仕事担当の女の子の召喚から入る。


「――ヘル……間違えた。スルト、召喚サモン――!」

「言い間違えんな」


 言い間違いこそあったが、稔はスルトの名前をしっかりと言う。ヘルはまだ温存ということで召喚しないままにし、先にスルトに仕事をしてもらおうと召喚した訳だったが――そんな彼女の今はとても元気が良い。


「マスター、言い間違えるとは少しどうかと思いますよ」

「悪い悪い」


 会って最初の言葉がそれだった訳だが、稔は微笑を浮かべながら軽く謝る。


「呼び出し理由に関してはなんとなく察しているので話す必要は有りませんが、私はこれから何処へ向かえばいいのでしょうか? マスター、指示をお願い致します」

「会場の準備に関しては俺よりもスディーラに聞くと早いだろ」

「そうですか。じゃあ、スディーラさ――」


 スルトはそう言いながらスディーラが何処に居るかを探すように見る。けれど、スディーラの名前を聞いて特にピンと来たりもせず、スルトは首を傾げて唇に人差し指を当てる。同時に、スルトとスディーラの面識が無かったと稔はここで思い出した。


「……悪かった。名前と顔が一致しない人を探せと言われたところで無理ゲーに等しいわな。そこの男がスディーラって奴だ。取り敢えずは男の言うことを聞いたほうがいい」

「僕は責任者ではあるが、現場担当者は別であると何度言えば分かる」

「スディーラの場合は現場担当者じゃないかもしれないが、自ら率先して仕事をしているじゃないか。教えられることが無いわけじゃないんだったら、教えてくれたっていいじゃん」

「いや、僕は別に『説明を拒む』と意思表示したわけではないんだが……」


 スディーラの言うとおりであった。稔はスディーラに聞くべきだとスルトに言ったわけだが、スルトに説明することを拒んだりした事実はそこにない。意思表示したわけでないことを思い返してみてわかり、稔は深く反省した。


「済まなかった」

「別にいいよ」


 軽く謝罪を行う稔。特に顔を下げたりすることもなかった。


「それで本題だが。まあ、私達がいる場所が、パーティーの司会進行の席が作られる場所をまっすぐ進んできたところだ。司会進行の席は黒いテーブルクロスが敷かれているから分かるだろう」

「ああ、把握したぞ」

「ここから見てテーブルの左側の方を進んでいくと、道具が置いて有る。ステージ用の道具はそれなりに重たいから結構な重労働だとは思うが、頑張ってくれるとスタッフが全員喜ぶからよろしくお願いしたい」

「分かった」


 準備に関してもまだ始まったばかりだった。時間は決してたっぷりと有るわけではないが、まだまだ六〇分は残っている。会場の設営作業で一番重いであろうステージに関連する道具をこれから繋いだりし、晩餐会で使われるステージを作っていくわけだが、スディーラの示した方向にはまだ人が集まっていない。


「人が居ないな」

「仕方ないさ。あんな重労働が出来るのは、手が開いている上に力持ちであることが必須条件だからね」

「それもそうだよなあ……」


 人が集まらない根本的な原因は大体把握できた稔だったが、それを乗り越えて人員が確保できなければ、ステージを作り上げることは後へ後へと遅れていく。一極集中で作業を進めていく方法もいい方法であるが、作業を同時進行していくのもまたいい方法と言える。


「――スディーラ。マイクは持っているか?」

「急にどうかしたの?」

「いや、人員を確保するために呼びかけをしようと思っただけだ。無ければ別にいい」

「無かったら大声で言うんでしょ? そんなの迷惑極まりないからさ、ほらこれ」


 言って、スディーラは稔にマイクを渡す。ワイヤレスのマイクであり、当然のごとくコードは無い。

 このような晩餐会が行われる会場で使うマイクなのにコードが有ったら、コードがごちゃごちゃになって片付けが大変になってしまうのは言うまでもない。もし仮に、それが原因で火災なんてことになったら、それこそ始末が大変になるだろう。


「ありがとな」

「いやいや、感謝されるようなことじゃないだろう」


 感謝されるのを遠慮するスディーラだが、内心では喜んでいた。褒められたことに感極まっていたわけではない。でも、久しぶりに褒められたから対応も内外で一八〇度異なっていた。


「総合的な責任者は僕だが、実際のところは稔くんが責任者っぽいな……」


 感謝された後、小さな声でスディーラは言った。


「ん? 何か言ったか?」

「いや、なんでも無い」

「なんだよ。言うならもっとはっきり言ってくれないと」

「それは済まなかった。以後気をつけることにするから、よろしく頼みたい」


 稔は特に難聴で医者掛かりしているわけではない。ラクトには聞こえていたのだが、一方の稔はマイクを持って何と言おうか考えていた。故にスディーラの小声で言った言葉など、考えこむと自分の世界以外が見えなくなってしまうような稔に伝わるはずがない。


「(これだから稔は……)」


 稔が自分の方向を見ていないことを確認すると、ラクトはため息を付く。自分だけがスディーラ以外に言った言葉を知っている。だからこそ稔に伝えることが出来る。でも、そんな些細な事を延々と延ばすことに何の意味があるのだろうか。そう思うと、ラクトは言い出しそうになる気持ちに蓋をした。


「――お前らよく聞け!」


 召使が蓋をしたかと思えば、稔はマイクを右手に握って大声で言い放った。自らの口から斜め五〇度くらい上の方向にマイクの柄の部分を向けて小指を立てて大声で言い放つその姿は、端から見れば変人である。さながらテンションが上がりに上がった動画サイト出発の歌い手、といったところか。


「これからステージを設営するらしいんだが、重いものをなんでも持ち上げることが出来る奴らは居ないか! やってくれるのであれば、俺の召使を好きにできる権利をやろう!」

「え……」

「さあ、巨乳好きの男子よ! 立ち上がるがいい!」

「ちょ、ちょっと稔、何考え――」


 ラクトがマイクを持ってテンションが上がっている稔の元へと駆けつける。マイクには聞こえない程度の声で稔への抗議を示すが、テンションが上がっている稔はひと通り言い終えてからラクトに説明を行った。ワイヤレス通信は落とさぬままに、マイクの電源を落として稔は抗議してきたラクトに伝える。


「俺は、『ラクトを好きに出来る権利』を与えるとは言った。でも、『触っていい』とは一言も言っていない」

「要するに『視姦しろ』ってこと?」

「大正解だ」

「大正解でもなんでもないわ! 即刻そんな収集方法はやめろ!」

「男嫌いを治す為にはもってこいの場面、状況、設定だと思うんだが……」

「馬鹿か稔は! んなことしたら、私の男嫌いが一層加速するに決まってんだろ!」

「そうかな?」


 稔は平然を装っているが、ここまでは計画通りだった。一方のラクトは心を読んだからこのような対応をしている訳ではない。心を読まなかったとしても、稔が考えていることを知った時に驚いたということを未だに引きずっているだけだ。


「じゃあ、コスプレはどうだ?」

「コスプレ……?」

「そうだ。お前の特別魔法を有効活用し、転用しない本来の使い道で使ったらどうだって話だ」

「でも、コスプレして着替えることになったら下着が見えてしま――」

「なら、執事服を重ね着した時みたいにすればいいじゃないか」


 ラクトはコスプレの経験が無いわけではないし、色んな服を着れることに対して嫌悪感を示しているわけではない。けれど、大多数から見られることを考えてしまうと、どうしてもコスプレすることを躊躇ってしまう。


「……稔に一つだけ絶対命令が下せるなら、いい」

「本当か。なら、それでいこう」


 ラクトは渋々ながら決断を下す。そしてマイクの持ち方を変更することなく、堂々とした立ち振舞いをしながら稔は言い放った。


「美女のコスプレ姿を見ることも出来る! さあ、ステージの設営作業を手伝うんだ、お前ら!」


 その声を会場内に響かせた刹那、稔の元に多くの執事が集合した。

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