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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
二章 エルフィリア編Ⅱ  《Fighting in the country which was defeated.》
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2-11 会場設営-Ⅰ

 主人らしく命令口調でレヴィアに言い残すと、稔は笑顔を見せていた。そんなことを思い返して笑いつつ、スディーラは稔の事を悪くも良くもない言い方で言う。エレベーターの中だったので声が響くが、彼は特に気にしない。


「まさか、あの地縛霊を自分のものにしてしまうとはね。僕も驚きだよ」

「そうか? ホテルの従業員みんなが恐れていたとか、そんな理由でも有ったのかよ?」

「無いよ。地縛霊と契約を結ぶような主人は珍しいな、という講評であるだけだ」

「なんだよ」


 地縛霊と契約する変わった主人になれることは嫌なことではなかったが、地縛霊と契約してはいけないような特別な理由が有るわけでもなかったため、稔は安堵の胸を撫で下ろす。


「ところで、地縛霊とは何を話していたんだ?」

「地縛霊の生き様というか、これまでの経緯というか。まあ、話すと複雑だから出来れば話したくない」

「それは悪かったね」

「いやいや、とんでもないとんでもない」


 稔は笑いながら言う。修羅場と化すような場面で乱入してきたわけでもなかったから、稔はスディーラに対して悪いようには思っていなかった。自分が言うべき立場ではないことなんて分かっていたし、それこそ「おまえが言うな」とラクトに容喙ようかいされなくもない。だが稔は、スディーラに対して「謝るな」と言いたくなる。


「まあ、それはそれとしてだ。これから稔くんとラクトにはパーティー会場の設営を行ってもらおうかと思う。パーティーは一九時からの予定だから、一八時半には完全に終わっている必要がある」

「待て。それは今から何分後だ?」

「一時間と五五分……」


 スディーラの発した言葉を聞き取った刹那、現在時刻が一六時三五分ということが判明した。それほど長い間一二階に居たのかと思うと休んでいるべきだったと稔は思うが、もう電車内で休んでいる。休みすぎたところで余計に疲労を増やす可能性も否めないのだから、無駄に休む必要なんて無い。


「――約二時間で終わる内容か?」

「それ関しては僕も初めてだからよく分からないけど、リート曰く終わるらしい。人員によるみたいだけど」

「だろうな。……てか、交友関係があるのに今年が初めてなのか?」

「……話聞いてたか?」

「へ?」


 稔は大きく首を傾げた。言わずもがなのオーバーリアクションである。


「確かに僕はリートとの交友関係がある。確かに準備に関しては今年が初めての経験なのは間違ってないけど、このパーティーには小さい頃から参加しているんだ。だから、初めてなのは準備だけな訳さ」

「なるほど……!」


 首を上下に振りながら稔は聞く。スディーラがアイス屋を経営していたからとはいえ、流石に交流をしていないわけではなかったから、パーティーには顔を出していた。もちろんリートと親しい関係にあったから、準備をする必要もなかった訳だ。


「――ほら、四階着いたぞ」

「四階?」

「大道具置き場が有るのは四階だ。パーティー会場は一階だけど、会場に運ぶ道具は一階に無いんだ。持っていかられると大迷惑だからね。汚されても大問題になるだろう」

「確かに……」


 王族に逆らってはいけないとか、そういった法律がエルフィリア王国に存在するとは考えづらい。ただ単に『国民の象徴である王族を汚すべきではない』という、国民の思いを貶すような真似をされたら困るだけの話。そういった理由で四階にあるだけだ。


「エレベーターを出た後、大道具置き場に言ったら執事とメイドが待っている。名前を覚えるのは面倒臭いだろうから自己紹介する時間は与えない。もし作業してる間に疲れたら、僕に言ってくれれば水を渡す」

「それは有難いな。……というか、自己紹介する時間がないって、そんなに大勢居るのか……」

「なんで驚く? これは王族のパーティーなんだから、それくらい執事やメイドが居て当然だろ」


 言い返す言葉も見当たらず、稔は口篭った。執事やメイドというのがこの世界に存在することは知っていたのだが、執事の『し』の字もメイドの『メ』の字も稔はその時思い浮かばせることが出来なかった。


「おいおい、それくらいで落ち込む必要はないだろ。ここからは作業を進めていくことになるんだから、少しはしっかりしてもらわないと困るぞ、新国家元首みのるくん」

「それもそうだな……」


 スディーラから励ましの声と受け取られる声を貰ったにも関わらず、稔は気分が晴れたりしなかった。あんまりストレスを溜めて貰われているようでは、ため息を付かれて作業に支障が出てしまうことも考えられなくない。だからこその励ましの言葉だったのだが、稔はそれを無駄にした。


 ――と。


「稔って、すぐに落ち込むよね。恥ずかしくないの?」


 ラクトが煽った。お得意の煽りの一種であったが、これは彼女なりの稔への励ましの声だ。稔の元気はラクトの元気だと言わんばかりに笑顔で言ったのだが、それが余計に稔を怒らせてしまった。一時的に情緒不安定だった稔だから、あまりに笑顔で煽られてしまうと取れる手段は一つしか無かった訳だ。


「ふざけんな……。お前みたいに人を煽ることが出来て、それでいて礼儀作法もしっかり守れるような、何の努力なしにも日々の生活を送ることが出来るような奴じゃねえんだよ、俺は!」


 半分がエレベーターの中、半分が四階の通路に響き渡る。大声でぶち切れられると、ラクトも強く言い返してやろうかと思ってしまう。だが、そんなところにスディーラが出てきて阻止した。「心を読んで稔の気持ちを読んでみろ」と口パクで指示を貰い、その通りにラクトは能力を使用する。


 ラクトが読んだ結果は、『今は少し、無言のままにさせてくれ――』ということだった。あまりに落ち込みが激しかったのは、そうすれば無言状態に出来ると稔が思ったためだ。現実世界じゃ切り抜けられたことも影響し、このマド―ロムの世界でも通用すると思った。


「無言にさせてあげればよかったん――え?」


 ラクトが小さく言うと、稔もまた小さく行動を取った。首を振ったのだ――が、方向がおかしい。なんで左右に振るのだろうかと、ラクトは疑問が浮かぶ。


「なんで首を左右に振るのさ? 無言のままにさせてあげればいいんじゃ――」

「バーカ。無言のままにしておいて欲しいなんて気持ちはもう無いぞ」

「……え? 読みミス?」

「そうじゃない。さっきは確かにそうだったけど、情緒不安定から抜けだした今は違う感情だってこと」

「ああ、なるほど」


 ラクトの能力で心を読める確率が一〇〇パーセントから下がろうとしたが、下がることはなかった。単にラクトが心配していたことが、「心の中に秘めている気持ちとかは、いつでも変わりゆくようなものだったため、いつまでも前に診断したような結果を握っているようじゃダメだ」という話になっただけなのだ。


「――あと、怒号を出したのは頂けないのは重く受け止める」

「ふーん。で、詫びの方法は?」

「わっ、詫びの方法……?」

「個人的には、キスを希望します」

「私利私欲を求める行動はやめろ、馬鹿」


 ラクトは「えー」と言ってベロを出して不機嫌そうにすると、すぐさま舌打ちをする。稔は嘆息をしようとした訳だが、この時にラクトが行動に動いた。丁度下向きになったため、身長差を考慮してキスしにいったのだ。


「……ん?」


 丁度目を瞑ってため息をしようとしたため、された瞬間は何をされているのかに気が付かなかった稔。隣で見ていたスディーラは驚くような顔では有ったが、そんな表情も解かれていって硬い顔が綻んでいく。遂には笑顔になり、稔の周囲に見方をしてくれるような人はゼロになった。


「ぷはっ……」


 それと同時に、稔はラクトの拘束から開放された。もし召使と主人という関係を立場を利用した拘束と考えるのであれば拘束から開放されていない。ただそこら辺は、感性の話であるため人それぞれだろう。


「詫びはちゃんと貰ったぞ」

「……」


 稔は返す言葉に困る。突然キスをされたのだから仕方あるまい。なんだかんだ、目を瞑ったのが間違いだったと深く反省するわけだが――そんなことを禁止されようものなら、躊躇なしのため息が付けなくなる。


「仲いいね、ホント」

「スディーラはわからないだろうが、ラクトはサキュバスだから強引に来るわけだから、それが――」


 稔が決して仲がいい証拠を現すためにやっているわけではないんだと主張したが、それは逆効果に終わった。


「おいおい。考えたての嘘で稔くんがラクトの思いを踏み躙っちゃ駄目だろ。召使が主人の心のケアをするのなら、主人だって召使の心のケアをするべき。そんな考え方が稔くんの考え方なんじゃないか?」


 稔の言い分が完全に呑まれなかった台詞に、稔は酷く落胆した。確かに稔自身、考え方としてはスディーラが今言ったような考え方で合っていると思ってはいた。だが、最初の『踏み躙っちゃダメだ』というのはスディーラにこそ言える話だ。他人の立場を無視したスディーラに、何が言えるというのか。


「……そうですね」


 でも、やはり強くは出れなかった。それが自分自身の弱点であることは重々承知していたつもりだったが、ここまで来ると「呆れる」を通り越して「いつものこと」という捉え方に変わってしまう。


「(これだから稔は――)」


 事実、キスをした張本人がそうだった。心内で「いつものことだけど言い返せ」と思ったのだ。でも、ラクトもまた強く出たりはしない。主人一人で意見を強く主張させようとしたが、臆病な稔にはハードルが高過ぎる。


「……スディーラに一言、言わせてもらっていいかな?」

「どうした、ラクト?」

「お前も人の気持ちを踏み躙ってるのを忘れるな」

「――え?」


 スディーラは何を言っているのか丸っきり分からなかった。顔からもそれは伝わってくるが、最終確認として彼の心の中を覗くことにして、読むことにして、稔はスディーラの聞き返しへの返答を行う。


「稔の言っていることは間違いじゃない。何が『考えたての嘘』だ。自分の言っていることを正当化しようとするために、相手の言っていることを否定するような真似をするな。私はそんな奴に、稔の思いを支持されたくなんか無い」

「……」


 言い切ると、ラクトに言われたからという理由ではなかったにしても、スディーラは口篭って落胆してしまった。誰かの言っていることを完全否定してまで自分の思ったことを伝えるような事が癖とか、そういうわけではなかったスディーラ。けれど、今はそういった風に認識されかねなかった。


 認識で色々とあってスディーラは意気消沈としていたけれど、すぐさま然るべき対応を取る。


「稔くん。今回の件は悪かった。王女の秘書という役職に就いたからか、天狗になっていた様だ……」

「大丈夫大丈夫。あんまり気にすることはないから」

「嘘だ。あれほど爆発的に怒りを露わにするのに」

「あれは情緒が不安定だからだろ。俺は基本的には心の中に気持ちを抑えこむような奴だから安心しろ」

「それもそれでどうかと思うがな」


 スディーラは鼻で笑う姿さながらに笑いつつ、稔の考えを否定した。今回は完全否定という訳ではないから、ラクトも出てくることはなかった。出てくるのが面倒くさいというのも考えられなくないが、そういった結論に辿り着くのはわずかだろう。


「取り敢えず進もうよ。時間無いでしょ、スディーラ?」

「おっと、僕としたことが……」


 スディーラは急いで大道具置き場へと稔たちを案内する。時間が無いのは周知の事実と言ってもいい事柄だったし、それこそ間に合わなければ他の人の迷惑でも有る。アイス屋のオーナーで有ったことも影響し、スディーラは人一倍責任感が重かった。だから、迷惑なんて絶対にかけまいと早めに向かう。


「それで、大道具置き場って何処に有るんだよ? この通路を直進すれば有ったりするのか?」

「感が鋭いね。その通りだよ」

「それはどうも。――てか、持ち運びはどうやるつもりなんだよ。専用のエレベータでも有るのか?」

「違う。転送台が二つ置かれているんだ。テレポートが出来る君は除かれるけど、基本的には転送台に道具を置くことで行き来させ、楽に物を持ち運び出来るようにしているんだ」


 スディーラから大道具置き場の簡単な説明を受けると、稔は「ふーん」と鼻から声を漏らす。


「しかしなんだ。スディーラが毎年経験しているような事に聞こえるな、そこまで淡々と話されると」

「していないって言ってるだろうが」

「はいはい」


 そんなやり取りをしつつ、稔とスディーラとラクトは大道具置き場へとダッシュで向かっていく。そんな、ちょうど走って向かっている最中。ラクトがこの四階には一つの通路しか無いことに気がついた。


「四階って、大道具置き場以外に何が有るの?」

「厨房や冷蔵庫があって、ホテル内のネット回線の基地があるかな。ホテルの主要な機能はここに集まってるかな。それ以外に、ホテルのロビーは一階にあるけど事務的なことは三階でやってる」

「ありがと」


 スディーラとラクトの関係は壊れてしまうこともなかった。ただラクトは、スディーラが自分に対してあまりに悪い評価を付けてもらっては困ると思い、少し気を配って感謝の意を口頭で表した。


「あれ?」


 だがそれから少ししか経過していないのにも関わらず、稔たちは悲しい現実を知ってしまった。なんと、大道具置き場の鍵が開いていないのである。しかも、置き場の扉の向こう側には光が灯されていない。


「……」


 三人全員がこの時同じことを考えた。


「「「遅刻した」」」


 でもそれだけでは何も始まらないから、稔たちは急いで一階の会場となる部屋へとテレポートして向かった。稔だけでは当然無理なので、スディーラから部屋名を聞いて。

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