2-10 妬欲罪源レヴィアタン 【了】
「今更という感じもしますが、そんな事実が有ったなら言って欲しかったです」
「それは……まあ、確かにそうだな。でも、今まで俺も気が付かなかったんだ。許してくれ」
「無能なご主人様です」
「……」
稔の眉間がぴくっと動く。怒りを表しているわけではないのだが、煽られていい気分はしない。なんだかラクトと同じような雰囲気が漂ってきていて、稔は似たり寄ったりのレヴィアは認めたくなかったのだ。
「どうやら、電源が入っているから着用すれば認証するって仕組みらしい」
「ソースはどちらですか?」
「この機器の中の設定を見ていたら、ふと『?』マークを見つけてな。押してみればそれはヘルプだった訳だ。それで内容を披見してみたら、書かれていたのは初期設定の手順ってこった」
「そうだったんですか」
レヴィアは軽く頷きながら稔の言い分を聞いていた。知るべきでも無い情報だったことを最終的に知ったが、特にそれで何か口から発したりはしない。「ふーん」程度の受け流しで事が済んだのである。
「整理すると――ご主人様の言い分から考えるに、着用すれば設定作業が早く終わるということでいいですか?」
「そういうことだ。……で、早くやって欲しいんだが」
「急かさないでください。召使は機械であって機械ではないのですから」
主人の命令には絶対服従――と、それだけでは奴隷的で機械的とも言えるだろう。だが、それは獣型であったりする場合であって、ラクトやレヴィアのような人型は神系も含めて機械とは到底言え難い。なにせ、機械には無い『心』が存在するのだから。
「……まあ、そんな難しいこと言うなって」
茶化すように稔は言ったが、彼自身深く考えすぎていた。だからこその茶化しとも見て取れるが――当人はそんな事で茶化したわけではないと主張する。けれど、そんな主張はレヴィアに相手にもされなかった。彼女は今、稔との契約をしたために使用することになった機械の設定がどうなるのかで一杯一杯なのだ。
「――聞いてない、か」
嘆息を零し、ちらりと機械を手首に着用することに一生懸命になっているレヴィアを見る。彼女が言ったように召使は機械だ。淡々と仕事を熟していくような姿はいつでも見受けられる。一方、喜怒哀楽が表現できるのも召使の特徴だ。もっともそれは奴隷とも同じと考えられなくもないが。
そんな事を深く考えるのはよしておこうと思い、稔は自分のことを鼻で笑って気持ちを落ち着かせた。そしてレヴィアに話をしだす訳だが、レヴィアは機械を弄っていた事もあって、ピクリと身体を震わせた。
「召使が着用したところで、結局は主人が着用しなければ意味なんかないっての」
「それは、申し訳ございません! ……ですが、早く終わらせたいのはご主人様も同じ考えでは?」
「間違ってはいないが。……てか、そんなに驚くような態度を見せなくてもいいぞ」
「いえ、驚いたんです。なので、ご主人様の理論は立ちません」
稔の言っていることが完全否定されると、否定された本人は「そうか」と一言言った。ただ、このまま立ち尽くしているようなままじゃダメだと、やはりここでもながらで作業をしていく。
「ところで、この機器って無駄に綺麗じゃありませんか?」
「唐突に何を――と思ったらそんなことか。確かにそうだな、綺麗であるのは頷ける」
「それで、その綺麗さってどれくらいなのですか?」
「あのさ、俺は技術者って訳じゃな――」
稔はレヴィアから質問された答えを返すのを拒もうとした。だが、丁度その時に復帰した女が一人居た。
「フルハイビジョンだからね。ディスプレイに何を使っているかは分からないけど」
ラクトの登場だったが、彼女が登場と同時に発したその台詞に関して何か言われることはない。なにせ、簡単にスルーされてしまったのだから。
「……ラクト、掃除は終わったのか?」
「元サキュバスナメんな。体力には自信あるんだよバーカ」
主人と召使の立場などという話で何か言われそうな口調だったが――流石は稔、何も言わない。言えなかったとかそんなどころの問題ではなく、嫌に感じなかったのである。なにせ稔は、絶対的な地位で権力乱用した者が最終的には滅び行くのを知っていた。
そう。何かに仕えれば、いつか決断は来るのだ。『慣れで一生通すか』、もしくは『主君に逆襲をするか』という決断が。それが何時になるかは分からないが、いつか絶対に来る。今、稔がラクトを始めとする召使との中で関係が築き上げられているのは、まだ決断の時期が来ていないからというのが大きい。
「確かにさっきのあれは、お前が失格しなければ勝っていたも同然だったな」
「へへーん。召使を甘く見てると、後々痛い目を見るよ?」
「お前をあなどることは出来ないのは前から知ってるから、今更って感じなんだが」
「なっ、なんだって!」
ありがちな反応をすると、ラクトは嫣然と笑みを浮かべる。ピースピース、と全面に人差し指と中指を中心として手を押し出してきたりもしなかったので、ハイテンションという訳ではないことが分かるだろう。
「んで、着用し終わったんだが」
「いやいや。お前が指揮しろや、稔」
「外野は野次を飛ばすな!」
「……はい」
一気に萎れるラクトの豹変する様に、稔も心に傷を負ってしまいそうだった。確かに誰に言っているのかを言っていないことも有ったが、彼の言っていることは間違っていないわけじゃない。もちろんラクトに関しても、空気が読めなかっただけであるからそこまで萎れなくてもいいはずだ。
――でも、現実はそう簡単に上手くいく訳なかった。稔とラクトは、共に傷を負ってしまっていた。
「はあ……」
ため息をつくと、レヴィアは咳払いした後で言う。
「あの、一つ提案が有ります」
「なんだ?」
「――私の魔法を見てみたくは有りませんか?」
「ああ、そういうことか。なら、是非見せて欲しい」
傷を負っていたことも有り、稔は聞かれてそう答えた。魔法を使うためには時間が必要な物も有ったが、レヴィアの使用する魔法はそれに該当するものではないから、時間は適当あれば無問題だった。そのため、すぐさま魔法の使用が開始される。
「分かりました。では……」
ここが見せ場、と強く思いつつ。レヴィアは、稔とラクトに向かって魔法を使用しようとした。
「レヴィア、お前まさか俺らを嵌めたんじゃないだろうな?」
「そんな訳ないじゃないですか。いくら『七人の罪源』という名称で呼ばれているとしても、流石に人様を嵌めるような真似を巧妙に仕組むようではないです」
「そ、そうか……」
稔は召使の言っていることは基本的に信じたかったが、レヴィアは地縛霊である上に七人の罪源の一人である。それが、どうしても負のイメージというか、悪のイメージというか――そういったものが見えてしまって、信じように信じられない。
「まあ、魔法で証明すれば……いい話です」
レヴィアはそう言い、自らの気持ちを落ち着かせた。主君とそれに仕える召使に対して向けた魔法だったから、加減が聞かないと困ったのだ。だからこそ、レヴィアは加減を聞かせるために神経を尖らせ、魔法を使う。
「――嫉妬の罪――」
小さく吐き捨てるように。言った刹那に大きく息を吐いて吸ったが、それが合図となって魔法の効果が効き始める。向けられた稔とラクトの中の感情が整理されていく。嫉妬に関するものがあれば魔法によって露わとなって、攻撃の対象となる。――が、思うような結果が出てこない。
「あれ?」
「えっと……。要するに、『使用できる範囲が小さい』ってことか?」
「いえ、決してそういう訳ではないんですが――」
必死に弁解しようとするが、どうしても意見を述べていると言葉に詰まりそうになってしまう事から、図星で有ることが何となく察せられる。でも、そんな察しをされていることに気が付かずに話を進めていくレヴィア。だが、やはり彼女も遂には気が付いてしまった。
「すいません。その通りです。色欲とか物欲とか食欲とか、そういった普段から存在する欲求であれば使用可能範囲は大きいでしょう。でも嫉妬の欲求――即ち妬欲は、普段から存在する欲求では有りません」
「そうだな」
「なので、使用可能範囲は必然的に小さくなってしまうわけです」
「うむ……」
色欲で有ったり物欲であったり。そういった感情は、日頃から持って生活しているものだ。それが無ければ生命の維持が出来ないのだから仕方ない。――が、嫉妬に関しては少し違う。嫉妬の感情というのは、人が人と触れ合うことで初めて起こりうる欲だ。だから、触れ合わなければ存在などしない。故に、誰しもが持っているわけではないのである。
「まあ、特に深く考える必要はないんじゃないか? 魔法ではダメでも、他でいい結果が出せれば――」
「それは、『戦力にならない』ということでしょうか?」
「違う違う! そんな訳ないじゃん!」
稔が全力で否定すると、レヴィアは「そうですかね……」と言った。言い方は少ししょんぼりした感じだ。と、そんな時。稔は突発的に話をしたい感情に襲われた。単にふと聞きたくなっただけなのだが、当然理由もあった。
「――ちょっと待て。特別魔法を今使ったとすれば、あともう一つ使えるだろ?」
「でもそれは、私自身が戦闘狂から脱するために封印しなければいけない魔法だったので――」
「……どういうことだ?」
なんだか地雷を踏んでしまったような感じがしなくなかったが、稔は踏んでしまった地雷は最後まで踏み抜くべきだと聞いてから、「いや、いい」とそれ以上話させないようにしたりはしなかった。
「私は慰安婦をやっていたのですが、一番の美女という理由でエルフィリア帝国軍の謝罪という意で殺され、後に妬欲罪源となりました。それはお話したので理解頂いているかと思います」
「うん」
「それで、ここからが話の本題なのですが――」
長い台詞で前置きを置いて、レヴィアは本題に入る前に一応断りを入れてから深呼吸した。そして目を閉じて精神を整えてから、稔とラクトに聞こえるような大きさで話を始める。
「殺された後にレヴィアタンとなって、まず私は嫉妬の気持ちを抱いている人たちに同情しはじめました。しかし、それはいい結果を生みませんでした。必要以上に心の中に嫉妬の感情を持ってしまったことで、狂いだしてしまったのです。今の私からは考えられないでしょうが、かつては『最悪の罪源』と呼ばれた程です」
「『最悪の罪源』……!」
稔と同じように興味深そうに聞いていたラクトは、大きく声を上げた。ホテルの一二階は展望室であるから客が来たら迷惑となってしまうだろうが、このホテルの一二階は特別だ。そのため、気にする心配は無い。
「ねえ、レヴィア? 最悪の罪源って、憤欲罪源じゃ――」
「それは今の常識でしょう。一時期肩を並べた時は有りましたけども、その以前は私が最悪の罪源だったと思っていただければ幸いです。もっともラクトさんが仰るように、現在の最悪の罪源はサタンなのは間違いないですが」
稔がレヴィアの言っていることを興味深そうに聞いていたその時に、そんな稔の思いをラクトは壊してしまうような事をしだす。だが、そんなラクトを止めることも出来ないままに話はどんどんと進んでいく一方だ。止めて詳しく解説を交えて聞きたくなる稔だが、言いだそうにもまだ言えなかった。
しかし、覚悟を決めて稔は二人に聞いた。
「待ってくれ。さっきから意味不明な言葉を羅列させられても困る」
「――全く。少しはこの世界について書かれた歴史本でも読んどけ!」
「そんなこと言われても……」
本には著作者だとか発行年だとかが書かれているから、ネットソースのものよりは情報を信頼しやすいのは確かだし、頷けられる文章で書かれている歴史本は読んでいて決して面白くないわけではない。でも、今すぐ知りたいのだ。これから図書館に行けというのは、何が何でも酷すぎる。
「ラクトさんがあまりにも酷い扱いをご主人様にしているようですので、私から説明を」
「おお、助かる……!」
稔は喜びの声を露わにした。だが、気に食わないラクトが稔に舌打ちを送る。なんとも召使らしくない行動であるが、それを許可しているのは稔だ。彼に全ての責任がいくのは言うまでもない。
「最悪の罪源というのは、凶悪で対抗しづらい罪源の事を指します。原則は一人ですが、稀に二人になることも有ります。――でも、そんなに気にする必要は有りません。強い人物がそれだけ居たという意味ですから」
「解釈を変えればそう考えることも出来なく無いな」
稔は頷きながらレヴィアの言っていることを支持する。
「取り敢えずは理解しましたか?」
「ああ、理解していなくはない」
「分かりづらいので、一言で決めてください」
稔が先程言っていた「分かりづらいこと言うなって」という言葉は、今そっくりそのまま返された。分かりやすく言うべきだと言われ、稔は「はいはいそうですね」とか思って苛立ちを覚える。
「分かったってことだよ。ところどころわからないところが有るのは確かだけど、まあどうせそういうのは伏線なんだろうし、後々知ったって問題はないはずだろ?」
「さらっとメタいことを言うのはよしてください、ご主人様」
「悪いな」
主人公という立場の悪用であるが、返しも返しである。
「でも、取り敢えずはそういうものだと思っていていただければ幸いです。それで気が向いたら今後、この機器でお話させて貰えればと思っていますが……ご主人様はどうお考えでしょうか?」
「レヴィアがそう言うなら、それでいいんじゃないか? 知っておいて損な情報じゃ無いんだろ?」
「損をする様な情報を積極的に主人に教えるような召使は、裏切る直前くらいですよ。損する情報な訳ないです」
レヴィアは稔を裏切ることが無いということを確定させたも同然だ。――と、そんな時。ラクトが会話の中に割りこんできた。稔に対して説明を拒んだ彼女であったが、説明を聞いていて根本的なところが語られていないことを考え、拒んでいた彼女も稔に説明をしようとする。
「話が順調に進んでいるところ悪いけど、稔は『罪源』って言葉の意味を知っているの?」
「まあ、薄々気が付いてる。アスモデウスとかレヴィアタンとかサタンとか、それって全部『七つの大罪』じゃん。要は呼び方が違うってだけだろ?」
「正解だ」
『七つの大罪』を題材とした作品はいくつか有り、それを稔は視聴していたりプレイしていたり読破していたりして、何となく知っていた。そしてその結果が今の稔の理解に現れたわけだ。確かに最悪の罪源とか、そういうところは分からなかった。だが、根本的なところは薄々知ることが出来たのは、それが大きな要因だ。
「――長々と話してたけど、ここから本題に移ろうか」
稔とレヴィアは既にウェアラブル端末を着用していたが、まだその機能を使用するための手段を取っていなかった。時間は限られているから、稔もレヴィアも急ぎ目に初期設定を終えようと頑張る。
機器の電源は入っていたから、既に通信するための設定が済んでいるレヴィアの方の端末では文字が表示された。一方の稔も、大急ぎで残っていた初期設定を済まして通信を開始する。
『近距離無線通信で主人を検索中……』
言葉の右側には有名なブラウザであるク○ームのように、ぐるぐると丸い円で回っている何かがあった。これは『通信中』というのをよく分かりやすく示すためのものであるが、ク○ーム同様、早い時や遅い時があった。これはただ単純に、早い時は読み込みが終わりそう、遅い時は読み込みが始まったばかりという考えで良い。
「お……」
端末に表示された『レヴィア』という文字が、吹き出しとなって現れた。紛れも無く、これは稔の召使であるレヴィアを表しているものだ。そして有難いことに地図でも表示されているため、それがレヴィアで有ることがほぼ確定した。
取り扱い説明書を読んだりはしなかったが、直感的に吹き出しを押すとレヴィアの詳細情報が出てきた。そしてそれを読み終わると、機器上での契約が始まる。
『契約依頼メッセージを送信しました』
稔の端末にその表示がなされた刹那、レヴィアの端末にもメッセージが表示される。
『契約依頼メッセージを貰いました。貴方は召使です。この主人と契約しますか?』
【→はい/いいえ】
レヴィアは特に迷ったりもせず、送られてきたメッセージの『はい』の方をタップした。そして、それと同時に稔の端末に最終警告と見て取れるメッセージが送られてくる。これまた認証するか否かを問うているわけだが、稔もまた決断に迷うこともなく押した。
『契約依頼メッセージが承認され、貴方の同意が得られれば契約が成立します。本当に契約しますか?』
【→はい/いいえ】
端末上での契約がそれで完了した。すると同時に、スディーラがエレベーターから現れて言い放つ。
「地縛霊と契約したところ悪いが、これから会場準備だ。僕に付いてきてくれ」
エレベーターの【開】ボタンを押したままに、スディーラが言っているのを見て、応えない訳にはいかないと稔はレヴィアに言い残して足をエレベーター方向に踏み出し、続けてラクトも踏み出す。
「お前は後方支援だ。俺やラクトや紫姫が前方で戦っていたら、お前は後ろからサポートしろ」
「分かりました」