【短編】隣のヤツはラノベ系主人公~脇役クラスメイトの悲哀~
ベルが鳴る。
暖かい泥のような眠り、その中に沈んでいた僕の意識は、急速に浮上を始める。
うっすらと目を開けるが、ゆっくりと動作するまぶたは、体の覚醒まで許してくれないらしい。
目覚ましを止め、眠気の誘惑に負けて意識を手放そうとする、その瞬間、地面がゆれた。
正確にはすべてが揺れていた。窓ガラス、本棚、家の骨組みがきしみ、切れ目なく不気味な音を立てる。
あわてて飛び起きて、窓の外を見る。
ちょうど、空から女の子が落ちてきた、隣の家にだが。
なぜだか、落下する女の子の髪型と服装がここからも確認できてしまう。学生服を着たツインテールの美少女が木造家屋の屋根を貫く、不思議現象を目撃する。
壁の断熱材がくだけたことによる煙が収まると、怒鳴り声と悲鳴が大合奏をはじめる、何かを砕く音。隣家から発生した光で、視界のほとんどが真っ白にそまる。
僕は、足にまとわりつくふとんを払いのけ、二度寝することをあきらめた。
理不尽なことに、隣家の住人は主人公だったからだ。
学生服に着替え、玄関で靴を履く。
今日の授業で使う教科書がはいっているか、かばんを開けて確認する。
ちなみに朝ごはんはちゃんと食べている。けさはご飯とふりかけ、目玉焼きに味噌汁だ。
急いだりはしない。朝一番のあれで、今日は早起きだ。
「行ってきます」
お茶の間にいる家族へ声をかけて、登校。
中学への通学路を歩いていると、いろいろな人と出会う。
「契約しませんか? そしてあの男を……」
スタイルは抜群だけれど、悪魔の尻尾をはやした先輩。
「私と一緒にあの男を……」
魚のような生臭さをまきちらす、ゴシック衣装を着た少女。
僕をどうしても“主人公”のライバルにしたいようだ。もちろん、すべて断る。
「あの子供が、本当に魔王の落とし子だと?」
「わたしが信用できないならば、力づくで確かめてみるがいい」
背後から不穏な会話が聞こえ始めたので、全力で走って逃げた。
全力で走る僕、それに追いついてくる人物がいる。
「おふぁよう」
口に食パンをくわえた彼は、隣の家の住人にしてクラスメイトの“主人公”である。
もちろん彼には名前がある、だが、かなりやっかいな字と読み方をする。
「おはよう」
軽く返事をして、思いっきり間合いを取る。
そして、食パンが宙を舞う。
かなりのスピードで走っていた彼は、曲がり角で金髪の美少女とぶつかった。
ホームルーム前、教室の入り口に現れた金髪縦ロールのお嬢様が“主人公”はどこにいるかと聞いてきた。
指でしめすと、つかつかと歩み寄って会話を始める。机の間は込み合っているはずなのに、なぜスイスイとよけることができるのだろう。
「あの一件は片付いたか」
「はい、ですがわが屋敷は」
「なら……」
「で、ですがわたくしは」
二人は小声でしゃべっているつもりだろうけど、教室の中には声が朗々と響き渡っている。聞いてはいけない話を聞いたクラスメイトは、すごく気まずい思いをすることになった。
あのー、聞こえてますよ。
なお、彼が早朝にぶつかった相手は転校生だった。なんてご都合主義だ。
昼休みの時間。その始まりと同時に消えた彼は、終了のチャイムと一緒に天井から降ってきた。
涙ぐんだ目で宝石をにぎりしめ、ぶつぶつと外国の女性名をつぶやく“主人公”。正直言って、気持ち悪い。
下校時間。
校門のところで美少女達と合流する“主人公”を目撃する。
いつもの先輩や同級生だけではなく、金髪の美少女転校生も混じっていた。ふしぎだねー。
不思議なぐらい無反応の人ごみを突っ切り、校舎の中へと消えていく主人公達。
怪しい光景に放課後の学校……ああいやだいやだ。
金、黒、蒼、緑、さまざまな髪色にかこまれた隣人を見て、僕はおとなしく帰ることを決めるのだった。
翌日の朝、僕の家。
けたたましいベル音を鳴らし、こきざみに震える目覚まし時計。
僕は布団の中から、アラーム機能をとめようと手を伸ばす。
とまった。手にやわらかい感触。
疑問に思って体を起こすと、そこには小さいぬいぐるみがいた。
とんがった尻尾に、捻じ曲がった角、黒い体表は不気味なオーラに包まれていた。
ぬいぐるみが口を開く、赤い口内で白い牙がぎらりと光る。
「契約成立ぅ~」
どうやら僕は、相当やっかいな事にまきこまれたらしい。
その後。嫌だとはっきり主張した僕が、冒険にひきずりこまれるのは、また別のお話。