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第二章 呪刀

今回はあまりすっきりとした終わり方ではないですが、最後まで読んで、楽しんでいただけると幸いです。

 刀にまつわる仕事をしていると必然的と言っていいほどに舞い込んでくる噂というものがある。その中に『呪われた刀』や『妖刀』なんてものがある。その内容というのが、斬られた奴の怨念が集まり、使ったものが呪われて死んでしまったり、殺した奴の血を吸って強くなったり、そんな滑稽なものばかりである。なので、ほとんどの刀鍛冶はそんな刀が見つかった、手に入れたなんて話を聞けば、笑い話の一つとして流してきた。特に寛七郎はその手の話が大の好物で、知り合いの刀鍛冶同士で集まる飲み会では、周りの人が引いてしまうくらいに笑ってしまうほどである。

 そして今日は刀鍛冶の仲間で集まる、定例報告会とは名ばかりの飲み会があった。だが、雨が降っていた。近年まれにみる大豪雨である。この雨だとさすがに集まるのは不可能に近いだろうということで飲み会は中止になったのだが、寛七郎はその飲み会を相当に楽しみにしていたらしい。そのためその日だけは刀造りの予定も入れず、自分で刀を打たないと固く心に誓っていたほどである。

 つまる話、その日の俺ははとても暇だったのである。それはもうとてもとても暇だったのである。予定といってもほとんど来客が来ないのだから常時暇といえばそれまでだが、俺はその空いた時間をすべて自分の刀造りに使ってきた。なので何もしない日というのを経験したことがない。

 はてさて、どうしたものか。何をして今日という長い長い一日の時間を潰そう。いつもと同じく刀造り? いやいや、それはだめだ。今日は絶対に造らないと決めたんだ。でも、他にやることといったら…………寝るか。

 寛七郎は工房の奥の自分の部屋に布団を敷いてその中へともぐりこんだ。そのまま寝ようとした時である。何やら工房のほうがやけに騒がしい。訝しく思った寛七郎は布団から這い出て工房の方へと向かう。

 そこには雨で着物をずぶ濡れにした一人の武士がいた。

「あああアンタ、刀鍛冶だろ。だったらこの刀、受け取っちゃくれねえか?」

 その武士は自分の歯をガチガチと鳴らし、体を震わしながら背負っていた袋の中から一本の刀を取り出す。

その刀がまた何とも奇妙な形をしている。鞘に収まっておらずむき出しの状態で、普通の刀の倍くらいの幅の刀身には三つ穴が開いている。

それに妙な靄がかかっているように見えた。それが少々引っかかったが、しかしこう雨が降っていたらそりゃ靄ぐらいかかっていてもおかしくないだろうと自分を納得させて刀を受け取る。

 男は刀が寛七郎の手に渡った瞬間に走り出した。まるで何かにおびえるように、逃げるように走って行った。

 そういえば、寒さに震えるにしてはちと妙な震え方をしていた。それに顔が真っ青なのだがそれは病気とかそういうものでなったのではなく、恐怖、とでも言ったらいいのだろうか。そういった感じではあった。

 刀を渡すだけでなぜそこまで怯えるのか不思議でならないが、今はそれよりもこの刀をくまなく調べてみたいという好奇心の方が勝った。部屋から虫眼鏡をもってきてその刀を、一日かけて隅から隅まで調べた。

その日から、寛七郎の身に度々不幸なことが起きた。

 一日目は、なんか調子悪いなぁと思い。

 二日目は、ここまで不幸なことが続くのはちょいと妙だぞと疑念が生じ。

 三日目で、あの武士から刀をもらった日から急に不幸になったと気付く。

 試しにその刀を依頼人に渡してみた。

 次の日、目が覚めると工房の前にその依頼人の死体とそれに刺さった刀があった。死体は刀が刺された部分以外に外傷はなく、それよりも体のあちこちにある黄色とも緑ともとれる不気味な色の斑点が目立った。

 あまりの出来事に腰を抜かしそうになったが、それを必死でこらえ刀を死体から抜き、工房の刀置きに立てかけ、自分の動悸を落ち着かせる。

 まずは落ち着けと命じる。そして、このあとやらなければいけないことを整理する。死体の処理。あの死体を焼却炉で燃やさなければならない。そしてもう一つは町医者に診てもらうことだ。もちろん寛七郎が、だ。

 そうと決まれば即行動。

 まず初めに死体を焼却炉の中へ。金目のものもすべて残さずすべて燃やす。絶対に証拠を残さぬように。もったいないという思いが無かったと言えば嘘になる。それでもそんなちっぽけな欲望のために人斬り扱いされるのはたまらない。

 死体の処理が完了した寛七郎は財布を取るとすぐに知り合いの町医者へと向かう。この時、頭の中には噂話に聞いた「呪われた刀」「妖刀」など、そんな言葉がちらついていた。しかしそれを振り払うように違う違うと、不幸が続くのは単に俺の体調が優れないだけだと、そう言い聞かせる。

 そうやって山を下っていく。



 町に着いてさっそく診てもらったところ、どうやら特に異常はなく健康体だとか。

「そんなはずあるわけねぇ!」

 寛七郎は半ば錯乱気味に町医者に抗議する。

「そんなこと言ってもねぇ。ほんとに何もないんだって。君の不幸が連続するのは体じゃなくて心の病が原因なのかもしれないよ?」

「心の、病?」

「そう、心の病」

「それはあれか? 鬱病とかそういう類の?」

「そうなるね」

「そんな……」

 『病』それも体のではなく心の。

 どうせちょいと風邪をこじらせているのだろうと、そう思っていたのだが、まさかここまで予想外なことを言われるとは。

「じゃあ何か? 俺の気がおかしくなってるから不幸が連発すると?」

「そういうことになるな……それよりアンタ。刀をむき出しで持ち歩くのはどうかと思うがねぇ」

 町医者がそう言って、自分の病のことに打ちひしがれて床に手をついている寛七郎の腰辺りを指さす。

 そこには一本の刀があった。寛七郎が工房の刀置きに立てかけてきたはずの刀。黒い靄がかかり、刀身に穴が三つ空いている刀。今ここには絶対にあるはずのない刀。

「うわあああ‼‼」

 寛七郎も今度は腰を抜かした。

「ど、ど、ど、どうして、なんで、この刀がこんなところに……?」

 突然の出来事に、そして普通に考えればありえない出来事に狼狽し、腰を抜かしながら体をがくがくと震わす。そして、またしてもあの言葉が頭をよぎる。「呪われた刀」「妖刀」

 いやそんなわけない。そんなのあるはずがない。そういくら否定しようと、彼の目の前にはどうしようもなく残酷な現実が、刀が自分を腰に差さっているという現実があるばかり。

「おいおい、急にどうしたんだ?」

 医者は寛七郎のその豹変ぶりを見て心配になり声をかける。しかし寛七郎にその言葉は届いていない。

 おもむろに立ち上がった寛七郎は、刀を腰に差したままふらふらと歩き出す。どうして、なんで、と呟きながら。

「お~い。どこ行くのかは勝手だが金は払っていけよ」

 ぴたりと足を止めると財布から金を出しそれをその場に落とすとまた歩き出す。そこに生気は感じられずまるで亡霊のようである。



 その足取りのまま江戸を徘徊していると、ついには町の外まで来てしまった。

 そこをまた少し行くとそこには竹でできた柵で大きく囲まれた場所があった。その周りに人が集まって何やら騒いでいる。

 その声で寛七郎は我に返り、自分が町外れの決闘場へと来てしまっているのだと気付く。

 決闘場とはその名の通り、武士と武士が柵で仕切られた枠の中で殺し合いをする場所である。その存在理由は、大衆の娯楽のため。出場する選手たちは、金がなくて生活に困っている人たち。そして観客は誰が生き残るかを賭けて遊んでいる、富豪たち。

 そんな腐った世の中の裏の部分。

 足を止め呆然とその柵を眺める寛七郎の肩に手が置かれる。

「おい、お前のその刀強そうだな。ちょいと貸ちゃくれねえか?」

 寛七郎が振り返るとそこには寛七郎の身長を優に超える大男がいた。

「この刀か?」

「そうだ、お前の腰に差さっているやつだ」

「いや…………」

 一瞬、迷った。こんな刀すぐに渡してしまえばよかった。だが、そうしようとするとあの光景がよみがえってくる。今朝の、刀が突き刺さった死体の光景が。

「いいよ、ほら、持って行け」

 寛七郎は結局その刀を渡した。

「ありがとな。この試合が終わったら返すよ」

「いいよ。アンタにやる」

「いいのか?」

「ああ、いいよ」

「恩に着る。では」

「ああ、じゃあな」

 男は刀をもって闘技場の方へと走って行った

 大丈夫。別に俺は刀を渡しただけだ。何も悪いことはしていない。なのに、なのに何で。罪悪感を覚える……!

 寛七郎も闘技場の方へと足を進める。鉛のように重い足を引きずるように。あのまま知らぬ存ぜぬでその場から立ち去れば、そうすれば少しは心が楽になったかもしれないというのに。にもかかわらず、彼は知ろうとする。あの刀がどういうものなのかということを。


 世の中には知らなければ幸せなんてものがごまんとある。そして知らなければいけないものというのは遅かれ早かれ知ることとなる。だとすればだ。自らがその事柄に近づこうとしなければ幸せなままでいれるというなら、そんなものには関わらない方がいいに決まっている。

 ではなぜ我々はそういったことを自ら知ろうとするのか。それは多分一様に好奇心からである。そもそも知らなければ幸せ、というのはそのことを知ってしまった者が言える台詞であって、つまりは後の祭りなのである。だから、好奇心のままにそれに近づこうとする。

 話を戻そう。結果から言うと彼、寛七郎は後悔した。知らなければよかったと。

試合が開始され、寛七郎があげた刀を持った大男が対戦相手に斬りつけた直後の出来事である。

 刀を持っていた大男は体に無数の青い斑点が浮かび上がり、体の穴という穴から血が噴き出して死んだ。

 その刀に斬りつけられた相手は白目をむき、四肢があらぬところへと飛び散り、死んだ。

 寛七郎はその試合の一部始終をすべて見た。珍しく勝敗はつかず、どちらも血みどろになって死んだ、その試合を。

 寛七郎はたまらず駆け出した。

 決闘場で血みどろの試合になることはしょっちゅうで、俺もそれは覚悟の上で見ていた。だが。なんだあの死に方は? おかしい。おかしすぎる。明らかに人間の領域を超えている。あんなこと人のみでできるわけがない。だとするならばあの刀のせいか? そうだとしたらやばい。想像をはるかに超えるほど危険な代物だ。


 怖い。恐ろしい。おぞましい。

 

 寛七郎が刀に対して純粋な恐怖を抱いたのは生まれて初めてだった。



 猛然と走る、そのまま近くの宿屋で宿を取り部屋に駆け込む。

 どうして、なんで、刀のせい? いや違う。違う。違う。違う。だとしたらいったい何だというんだ? 

 誰も応えてくれるはずのないことをぼそぼそと、部屋の壁に寄りかかってつぶやく。自問自答するように。そしてそんなことをしなくとももう自分の中で答えは出ているというのに。それでもその答えを認めたくないだけがためにそれをやめない。

 そういえば今日は飲み会の振替日だったはず。

 ここ数日不幸なこと続きですっかり忘れていたことを不意に思い出し、もやもやとしたものを抱えたまま宿を出て、皆が集まる行きつけの居酒屋へと向かう。

 

 

 少し早く来すぎてしまったかと心配した寛七郎であったが、どうやら杞憂に終わった。

「遅いぞ、寛七郎」

「もうみんな飲んでる。お前も早く席について飲め」

 居酒屋の座敷に通されるとそこには刀鍛冶の仲間がいた。皆酒を飲み始めたばかりだといった感じでほんのり桜色の頬をしている。そしてみな口々に依頼客の愚痴やら最近の出来事やらを楽しそうに話している。その光景が寛七郎にはとても明るく暖かく見えた。

「おいお前ら、早すぎだぜ。俺も飲ませろよ」

 ここ最近暗い気持ちで、刀にだけでなく自分の心にまで靄がかかった感じだったのだが、今はそれが晴れたような気分だ。

仲間に囲まれてワイワイ騒ぎながら酒を飲むというのはいくら年をとってもいいものである。そう実感させられた。とても心地の良い何かに抱き締めれているような、そんな感覚。何とも、心安らぐ空間であろう。

「そういや寛七郎。お前の腰に差さってるむき出しの刀は一体何だ? 危なっかしいな」

「…………ああ、これか。これな、実は妖刀なんだよ」

 もう、驚きはしなかった。そして、言った。言えた。自分でも驚くほどあっさりと、この刀がほかの刀とは違う、呪われた刀で、妖刀であるということを認めることができた。先ほどまであれほどこの刀のことを認めようとしなかったのに。恐怖していたというのに。

 そして、その刀を認めたと同時に自分の刀鍛冶としての未熟さ加減を思い知る。刀を怖がる。忌み嫌うなど刀鍛冶としてあってはならないことである。それを俺は平気で。

「は?」

「そう、そうなんだ。これは、妖刀なんだ」

 ゆっくりと、噛みしめるように。この刀は妖刀だと、自分に言い聞かすように。

「何言ってんだ寛七郎? ついにおかしくなっちまったかぁ?」

「いつもいつもその手のものには馬鹿だ馬鹿だと言いながら笑うお前がよぉ」

「あははははっ」

 やはり予想通りみんな笑った。ばかばかしいと。滑稽だと。そんなものあるはずがないと。当然の反応だ。別にそれをどうこう言う気はない。もちろん今まで俺が体験したことについても。笑い話の一つとしては話すかもしれないが、しかし深刻な話にはならないだろう。

それでいい。

 それから俺はここ数日で起きた不幸の数々を、面白おかしく語った。

 皆はその話を聞きながら大いに笑い、そんなどんちゃん騒ぎが朝まで続いた。



 朝。寛七郎を含めた刀鍛冶たちがそろって酔いつぶれ、千鳥足になりながら気持ち悪さで戻さぬように口を押さえ、各々の帰る場所へと帰ってゆく。寛七郎も宿屋へと歩き出す。

 余談だが、あの飲み会で一番酒を飲んだのは寛七郎である。そしてそんなに飲む癖に酒にはあまり強くないといった始末。

吐きそうになりながらも、それだけはと根性だけでなんとか宿屋まで持たせた。だが、そこで限界が来る。宿屋に着いた途端安心したのか、腹の中のものを勢いよくぶちまける寛七郎。

 何をしているんだと宿屋のおやじにこっ酷く叱られ、その処理をし、ようやく部屋に着いたと思ったらまた吐き気がして、おもわず厠に駆け込み、腹の中が空になるまで吐いた。

 それでも酔いは抜けず、部屋に戻ると腰に差してある『妖刀』を置き、その横に寝転がる。

 そしてその刀を愛でるように、撫でる。刀身から冷たい鉄の感触が伝わってくる。空いた穴の中に指を入れてみて、また撫でて。

 なぜだろう。昨日まであれだけ嫌っていたのに、気味悪がっていたのに、そして、こうしていると酔いとはまた別に頭が痛くなってくるというのに、なのに、なぜだか刀をなでていると心が落ち着く。それは妖刀であっても変わらない。どんなに不気味な力があろうとも、元は一つの刀なのだから。

「妖刀ねぇ」

 なぁ、お前は何で妖刀なんて呼ばれてるんだ? どこから来たんだ? 誰が造ったんだ? お前の本当の名前はいったい何なんだ? なぁ、答えられるなら、教えてくれよ。 

 だが、刀は答えない。寛七郎の横で静かに横たわっているだけ。それでもかまわず声をかけ続けた。そうしているとなぜだか安心するから。

 そのうちに眠くなって、刀の刀身に手を置きながら眠りについた。



 そこはいろんな色が混在する場所だった。赤だったり青だったり黄色だったり。無数の色が互いにひしめき合い混ざり合う何とも不可思議で、不気味な場所だった。

 色々な色が混ざって真っ黒になったかと思えば、その色が分離し、そんなことをずっと繰り返していた。

 そんなところにいたら気がおかしくなりそうなものだが、しかし寛七郎は穏やかな微笑を浮かべて辺りを見渡す。

 移り行く色の中に一つの異物があった。いや、異色というべきだろう。それは白く輝きながら辺りを揺蕩っている。

 それから何かの音が発せられる。しかしそれを聴き取ることはできない。

 それが何て言ったのか聞くため寛七郎は近づこうとする。しかし、一向にそれとの距離が縮まらない。それどころかちょっとずつ離れていく。

 待って、待ってくれ! と叫ぶ。しかし声にはならない。ならばと足を必死に動かそうとする。しかし足は動かない。それならと手を伸ばそうとする。しかし、その手は届かない。それでも伸ばす。

 唐突に白く輝くそれは動きを止め、こちらを振り返った、ように見えた。前も後ろもわからないようなそれが確かに振り返ったと、そう思えた。

  そしてそれの顔に当たる部分が横に割れて、そこから今度は先ほどのように不明瞭なものではなく、はっきりと、確実に何と言ったか聞き取ることができる言葉が発せられた。


 助けて!

 

 寛七郎は床から跳ね起きた。

「先ほどのは、いったい……?」

 あの空間はいったい何なのか、あの白いものはいったい何なのか、夢にしてはいように鮮明過ぎる、寝ている間に見た光景。それについていろいろと考えを巡らせながら辺りを見回すと、妖刀の横に宿屋の前で待つと書かれた見覚えのない手紙が置いてあった。差出人の名前もなく自分に手紙を出す人に心当たりなどもなく、いったい誰がこんな事をと思って、まだ少し酔いが残り頭痛がする頭を押さえながら宿屋の玄関まで行く。


「あなたのあの刀、どうか私に譲ってほしい」


 玄関前に立っていた一人の少年にいきなりそう言われた。

「すみません。人に物事を頼むときにはまず自分が何物なのかを名乗らねばいけませんでした。私の名前は勘兵衛といいます。お久しぶりです寛七郎殿」

「いや、アンタのことなんか知らんよ」

 唐突にあの妖刀をくれと言ってきたと思ったら、お久しぶり? 

 全く見覚えのない少年の言動に困惑しながらも、俺が単に忘れているだけかもしれないと、必死に記憶をたどる。

「覚えていなくとも無理はないです。なんせ私は三年前あなたに捕まり、そしてあなたから刀をもらった盗人小僧なのですから」



 寛七郎と勘兵衛は玄関前で話すのはほかの客の迷惑になるということで、いったん部屋に戻ってから話を聞くことにした。

「あの時はどうもありがとうございました」

「いや、俺は別に、そんなに感謝されることなんて一つもしてないよ」

「何を仰る。あなたがいなければ今頃私はこうして生きていることもままならなかったのですぞ。あなたはいわば私の命の恩人です」

 命の恩人、か。俺なんかが命の恩人か。ただ気分で刀をあげただけだってのによ。

「そういやお前、あの刀ちゃんと売れたのか?」

「はい、そりゃもう結構な高値で買い取ってくれました」

「ほう、そりゃよかった」

「でも、最初は偽物だって言われたんですよ」

「ははっ、予想通りだな」

「それで寛七郎殿のくれた紙を質屋に渡すと急に態度が変わったように高値で買い取ってくれて、しかも貧しい俺に刀鍛冶の手伝いっていう仕事までくれて。本当に驚いた」

 ありがとう。本当に、ありがとう。そう、言われてしまった。

 三年前、宗介に守刀を造った時に出会った小僧。その時俺は刀を渡した。何のことはないどこにでもあるような小刀だ。口では刀が売れるなどとほざいてはみたが実際はあんな刀なぞどこに行っても買い取ってくれるはずがない。そしてもう一つ、ある紙切れを一枚渡した。重要なのは刀ではない。質屋に持って行って売れなかったときに渡せといったその紙切れの方だ。その紙には俺の印鑑と、俺の友人の工房が人手不足というからその紹介状を書いた。それを見て質屋は態度を変えたのだろう。

 しかしなんだ、俺としちゃそこまで感謝されることをした覚えは全くこれっぽっちもないし、人手不足だから誰か紹介しろなんて面倒なことを押し付けられていた矢先にあの小僧が来たものだからちょうどいいと思ってやっただけなのに。

「ここまで感謝されるとは」

「いえ、あなたへの感謝はこの程度はとてもありません」

「照れるねぇ」

「そこで、たいへん厚かましいのですが、できれば恩返しをしたいのですが、それでも今僕が頼れるのはあなただけなんです」

「俺、だけ?」

「はい。あなたは妖刀を持っていると言っていましたよね。昨日飲み会に行った師匠から聞きました」

「ああ、確かにそうだが」

「そこで相談、というか依頼をお願いしたいのです」

「依頼? その内容は? どんな刀を造ってほしいんだ?」

「先ほども申したように、その刀、あなたの妖刀を私に売ってください」

「それはだめだ」

「どうして⁉ 妖刀ですよ⁉ 忌み嫌われるべき刀ですよ⁉ それを何で⁉」

「それはお前も同じだろ」

「それは、そうですが……しかし……!」

「だめだ」

「どうして……⁉」

 悔しそうに床に拳を突き立て涙を必死にこらえる。なんで、どうしてダメなんだと。

「…………私には兄弟がいます。妹です。やんちゃな奴ですがそれでもかわいい妹です。その妹が先日人斬りに斬られてしまったのです。ですが、かすり傷程度だったので命に別条はありませんでした」

「なら、よかったではないか」

「問題はそのあとです。その日からいもうてゃ妙な病気に罹ってしまい、色々な医者に見せたのですが皆一様に首を横に振る。不治の病だと、そう言うのです」

「それと刀とどう関係があるのだ?」

「わからないのですか? 医者は言いましたよ。みな口々に、呪いのようだと」

 呪いのよう。そうか、だからこの刀なのか。その妹につながる手がかりがこれしかないから、だから。

「だめだ。どんな理由があろうとあの刀をむやみやたらに渡すわけにはいかない」

 寛七郎はきっぱりと有無を言わせぬ口調でそう言い放った。それを聞いた勘兵衛はあきらめたようで、暗い顔で帰っていった。

 


 悪いことをした、とは思った。最後の希望で俺のところに縋り付いてきたのだから、そしてその気持ちを踏みにじったのだから。だが、それでも渡すわけにはいかなかった。意地とかそういうものではなくこれは純然たる事実として、あの刀は危険であるから。渡したものが次々と無残な死に方をしているのだから。そんなもの将来多望な少年に絶対に渡すわけにはいかない。それに、少なからず、ずっとそばにいる俺にも影響が出始めている。

 その影響で俺が死んでしまう前にやるべきこととしてはこの刀が何なのかを調べることだ。それがわからなければ何も始まらない。そう、この刀を鍛えなおすこともできないのだから。

 勘兵衛を帰してすぐ、寛七郎は城の書庫へと足を運んだ。

何でも雪様がさらわれてからいろいろと警備を強化したらしく一般の人はもちろん許可のない役人も入ることはできなくなっている。

 ではなぜ勘兵衛は入れるのかというと、それはもちろん許可をもらっているからである。

 城に着き許可証を見せるとすんなりと中へ入れてくれた。ちなみに三年前守刀を造りにこの城に来た寛七郎は雪姫様の部屋に堂々と入っていったことがある。もちろんそんなことをしたら死罪になってもおかしくない。しかしなぜだか雪姫様はそれを許し、それどころか家臣たちをその部屋から追い払った。そのせいで寛七郎は雪様にとって親しい間柄、もしくは何かしらのお偉い方だと勘違いされてしまい、そのおかげで許可証を難なく手に入れることができたのである。だが、そんなものは調べればすぐにわかりそうなものだが、姫様がさらわれて以来、その捜索に人員を割いているらしくそんな余裕がない。

 書庫に行くと一人の老いぼれた爺がいる。寛七郎の師匠の旧友であり、この書庫の管理を任されている爺さんだ。寛七郎も彼には頭が上がらない。

「久しいなぁ、寛七郎よ」

 ゆったりとしていてしわがれているが、じんわりと溶け込んでくるような優しい声。この声を聴くと幼少に戻った気分になる。

「ご無沙汰しています」

「今日はどんな本をお探しかな?」

「刀に関する文献はありませんか?」

「ああ、あるよ」

 そう言って書庫の奥から何冊かの本を取ってきてくれる。

「ありがとうございます」

「それよりも寛七郎よ、その刀はどうにかならんのかね。むき出しで危ないではないか」

「これ、ですか。これは仕方ないのです」

「仕方がない?」

「はい、そうです」

「まあ、お前がそういうのなら」

「すみません」

 寛七郎は彼に頭を下げてから持ってきてくれた文献を読み漁る。その中の一つに気になるものがあった。

「ああ、この刀について知りたかったのか」

「知っておられるのですか⁉」

「もちろんじゃ。儂を誰だと思っておる」

 さすがはこの書庫にあるすべての文献を暗記している化け物じみた爺なことはある。

「この刀に似ているなと思い。知っているなら詳しく話を聞かせてくれませんか?」

 寛七郎は腰に差してある抜身の刀を彼に見せる。穴が三つ空いて黒い霧のようなものがかかっている不気味な刀。

「いいじゃろう、話してやる」

「ありがとうございます」

 それから爺はその刀についていろいろと話してくれた。簡単にまとめると、曰くその文献にあった刀は神刀と呼ばれていたそうだ。

「にしても思い返せば返すほど、その刀は文献のものそっくりじゃな。あれには穴は開いてはいなかったが、その代わりに窪みがあった。位置的にも一致する。まあ、ただの偶然じゃろうな」

 偶然。何の因果関係もなく突然起こりうること。因果関係がない。本当にそうなのだろうか。話を聞く限りだとむしろこの刀のほうが文献にある神刀なのではないかと思えてくる。

「ありがとう、いい話を聞けました」

「そうかいな。なら、よかった」

 寛七郎は書庫を後にする。その際に爺から、やるだけやってみろ、と、そう言われた。

「…………かなわないなぁ、まったく」

 やるだけか。もしこの妖刀が爺の言う神刀と同じものだとしたら、鍛えてみたい。しかし、それは俺一人ではだめだ。あいつがいなければ話にならない。勘兵衛がいなければこの刀を鍛えなおす意味がない。


 

 寛七郎は今、勘兵衛が働く工房にいる。

「やあ、今日はどうしたんだい、寛七郎」

 刀を打っていた親友がその手を止めてこちらへと歩み寄ってくる。

「勘兵衛はいるか?」

 寛七郎は挨拶も早々に本題へと入る。

「勘兵衛か? いるぞ」

「呼んでくれないか? ちょいと話があるんだ」

「ああ、いいぞ」

 そう言うと彼は寛七郎を連れてきてくれた。

「すまんな。十日ほどこいつを借りるぞ」

「借りる?」

「そうだ。この刀に関係してるんだがな、こいつがいないと話にならないんだ」

「昨日お前が言っていた妖刀のことか?」

「そうだ」

 彼は少しばかり考えるそぶりを見せ、いいだろうと承諾してくれた。

「好きにこき使ってやってくれ」

「助かる。お前もいいよな、勘兵衛」

 まっすぐ勘兵衛の目を見て問いかける。その瞳には少しばかりの困惑と依頼を承諾してくれたのかもという期待があった。

「はい、大丈夫です」

「そうか、なら行こうか。俺の工房へ」

「はい」

 


 工房へと着くまでの道中にこんな話をした。

「なぜ、急に?」

 勘兵衛がそう訊いてきたのがきっかけである。

「……調べたんだよ。この妖刀についてな」

「どのようなものだったのですか?」

「『神刀・(きょい)』といったそうだ」

「その、妖刀が、ですか?」

「そうだ」

「それはまた大仰な」

「いいや、そうでもないよ、話を聞く限りではね」

「話を聞く限りでは?」

「そう、その一刺しはすべての病を治し浄化する。それはまさに創造主たる神の所業。そのひと振りはすべての闇を払い浄化する。それはまさに穢れ無き神の所業。この刀の前ではすべてが無に帰し浄化される。それはまさに絶対たる神の所業。気まぐれな神の唯一の架け橋たるその刀はまさに神の如き刀。神刀・浄」

「すべての、浄化……」

「そうだ。これがこの妖刀のもとの伝説だ」

「でも、それっておかしくはありませんか。なぜそのようなすごい刀と、その黒い靄が立ち込める妖刀が一緒なのですか?」

「神刀にはある特徴があった。それは、刀身にある六つに窪みだ」

「それと妖刀がどう関係するのですか?」

「わからないか? その窪みと妖刀の穴の位置がきれいに一致するらしいんだよ」

「それって――」

「そうだ。神刀・浄はこの妖刀のもととなった刀だ」

「やっぱり……でもだとしたらなんでこんな姿に?」

「神刀の伝説にはまだ続きがあるんだ。こちらはなんだか現実じみていたがな」

「どのようなものなのですか?」

「この刀使うもの自らの血を捧げよ。この刀の六つの泉埋まる時それすなわち闇に落ちる前兆」

「それはつまりどういう……?」

「要はこの刀を使いたいなら自分の血を貢げ。一度使うたびに窪みが一つずつ埋まっていくからすべて埋まる前にそれを取り除け。さもなくば闇に落ちるぞ、ということだろう」

「取り除くとは具体的には何をすればいいんでしょうか?」

「知るかよ、そんなこと。まあそれでも俺なりに考察してみた。聞いてくれ」

「はい」

「たぶん取り除くというのは鍛え直せということだろう。そして、神刀なんて馬鹿げた刀を扱える刀鍛冶もたぶん一人か二人くらいしかいなかったのだろう。だからたまたま窪みが埋まっているときに鍛え直すことができなかったのかも」

「そのせいで妖刀に成り下がったと」

「そうだよ。無理してそのまま使ったからそうなったんだと俺は思うよ」

「でも、仕方ないですよ。そんな刀があったら私もそうしたかもしれません。鍛え直さなければいけないとわかっていても」

「そうだろうな。そうれが人間ってやつだよな」

「……人間は自らを愚かだと言う。でもそれは仕方のないことですよ。賢く割り切ることができたら苦労はないですよ」

「確かにな」

「今だって、この刀が本当に神刀のなり下がりかもわからないのに、それに頼ろうとしている」

「そうだな……」

「本当はそんな人外の力に頼ったら、それ相応の罰を受けるなんて、昔から言われていることなに」

「でも、それが最後の頼みの綱だから、だろ」

「はい、そうです……」

「何とも愚かしいな、人間ってやつは。そして皮肉なもんだよな。この刀を頼ったやつも」

「……そういえば、その妖刀ってどのような力があるんですか?」

「妖刀・(そめ)

「え?」

「いや、名前だよ。今までのこの刀に関わった人たちのなれの果てを見ると、こんな感じかなって」

「染める。感染ってことですか?」

「そうだ。病の感染。今までに蓄積した数々の不治の病たちの集合体みたいなもんだ」

「そんなものを今から扱おうというのですか⁉」

「そうだ。なんだ勘兵衛、お前はそんな覚悟もなくこの刀をくれと頼んできたのか?」

「いえ、そういうわけではありませんが」

「だったらいいだろう」

「はい」

「…………夢を見たんだ」

「夢、ですか?」

「妖刀・染に触れながら眠った時にな」

「どのようなものだったのですか?」

「助けてって、そう言われたんだ」

「刀に?」

「多分な。確証はないよ。でも、そんな気がするんだよ」

「そんな気がする、ですか」

「……なんかさ、愚かだなんて偉そうなこと言っている割に、俺もお前も、こんな刀一本に振り回されてよ。全く災難だなぁ」

「何言っているんですか。私たちは刀鍛冶ですよ。そんなの、本望じゃありませんか」

「っは、まだまだ雑用の分際で随分と分かったような口きくじゃねーか」

「すみません」

「ま、でも、あながち間違っちゃねーよ」


 二人は工房に着くとすぐに刀の鍛え直しにとりかかった。何日も寝ずに作業した。

 刀を造る際の過程に刀に水をたらし水蒸気爆発を起こさせ不純物を取り除く、というものがある。寛七郎はそこに着目した。たぶん俺ごとき刀鍛冶が神刀にまで戻すことなど不可能だとわかっていたから、だからせめてそれに近づけようと考えたときに浮かんだ策だ。

 この不純物を取り除く過程にたらすものを水ではなく血に、勘兵衛の妹の血にすればどうだろうと、そう考えた。理由はわからない。しいて言うならばこれまで積み重ねた経験から来る刀鍛冶としての勘だ。

 そうして完成した刀は形こそ文献通りのものになったが、やはり神の刀には遠く及ばない。

 その刀の刀身は普通の刀の倍ほどあり、そこには表裏合わせて六つの窪みがある。それに靄がかかっていた。黒色と白色が入り乱れる何とも奇妙なものが。

 この刀を使って勘兵衛の妹を斬りつけた。するとどうだろう、たちまち妹の病は治り、その代わりに刀の窪みが埋まる。

「ありがとう、ございます。このご恩は一生忘れません」

「いいよ勘兵衛。俺も、この刀を打ててよかった」

 そう言うと寛七郎は工房から持ち出した大きな金鎚で刀を、砕いた。



 一つの疑問が生じた。なぜ、今になって刀を砕いたのかと、そんなことをするくらいならさっさとやってしまえば楽だったかもしれないのに、なぜ、今なのかと。

「それは、刀だから」

「お前の師匠の言葉か、勘兵衛」

「いいえ違います。でも、師匠ならそう言うかなって」

「そうだな。あいつなら、言いそうだ」

 また疑問が生まれる。ではなぜ、砕いてしまったのか、と。

 疑問が連鎖し、謎が謎を呼ぶ。だからこれには答えは出さない。分からないから諦めるとかそういうのではなく、この気持ちを忘れぬために、胸にとどめておく。



 その刀の名前は『呪刀・渡』

 後世まで伝わることは決してなかった、病をその身に宿し、それを他のものへと移す。病の渡り船のような、呪いの刀。


グダグダな僕の文章を最後まで読んでくださってありがとうございます。次からは週一で載せられるように努力します。

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