山の上の御馳走達
[伯爵の手記]…最初はふわふわのベッドには慣れなかったあやつも最近じゃベッドにも慣れ始めたようだな、吾輩の旅もあやつの質問攻めで実に疲れるが…まぁこの旅も悪くは無いようだ
少年を拾ってから暫らく経つと彼も最初の頃の顔色の悪さが見違えるように消えていき、走り回って転んだりする回数が減るところを見ると伯爵の旅に慣れてきているようである。
そして今日は雪の街を離れる日がやって来たようだ、小さなトランクと大きなトランクにそれぞれの荷物を纏め、大きなトランクにはこの街の料理について書かれたメモやノートが幾つか新しい荷物として増えていた。
「ねえ、伯爵様」
「なんだね…」
「何時もご飯を食べた後によく書き物をしているけど何で?」
「吾輩は食べた物を覚えていなければならぬのだ、この旅が終わって帰ったら故郷の者に食わせたいのだよ。」
「そうなんだ…」
少年がそう言うと「よっこいせ」と言って重そうにトランクを持ち上げて雪の降る街道を歩いて行く、毎日灰色の空に北風の吹く街とは今日で離れる。
少年は寂しくも少し楽しみでもあった、この街とは違うまた新しい発見をすると言う事が彼の楽しみであり…本当の事を言うとまだ見ぬ食もちょっとした楽しみにもなりつつある。
「今回は山の上までが目的地だからな、少し急勾配だから音を上げたら置いて行くぞ」
ふうふうと言いながらあくまで強気に振る舞うが、今の時点で息が上がってるので少年から見れば少しばかり滑稽に見えたが、それでも「うん、解った」と笑顔で返事を出来る位に心を許していた。
今回の汽車は「西の麓駅」まで行く、その西の麓駅は高山の麓に栄える町でヤギの乳で出来たチーズや食物の発酵や干し肉や燻製など加工食品が名物になって居る、そしてこの町は独特の衣服も有名で艶やかな織物を使った服が女性たちの土産物として伊達男たちが買って行く所でもあった。
窓の外には白い雪の広野から少しずつ緑が広がってきて次第に茶色い土やまだ山頂にかすかに残る雪の美しい風景が広がり、青い空が迫りこんでくるようなそんな感じを受けていた。
少年はこんな高い山も青く高い空を見たのも初めてだったので、首が痛くなる位に空を見上げていた。
西の麓の街並みは可愛らしい色合いの瓦屋根と重厚な石壁の家々が並んでいて、その家の傍らには木で出来たヤギや牛、馬の小屋が建てられていて煙突からは暖かいミルクやチーズの匂いがそこ彼処に漂っていた。
少女や女たちのドレスは艶やかな刺繍や模様が施されていて、白い肌によく映えていた。
そしてこの街の外れに有る町唯一の教会にして聖堂に今回は留まる事になった、その理由はこの町は宿屋が無い。
どうして無いのか、この町は質素を好み派手な施設を嫌う人々が多く旅人は来ても留まる事が無いのだ。
来るとしても巡礼者か山に登る人位なので教会の聖堂の空き部屋で十分なので宿屋は無い。
その証拠に夜になっても酒場も無いし、夜にやる事と言えば眠るか明日の分の動物の乳を搾る位なのである。
そして聖堂に寄付金をある程度払い、質素に溶けたチーズを乗せたパンと野菜と鶏肉を出汁に取ったスープとヤギの乳を食べて狭い1室を借りていた。
少年は夕暮れ時に聖堂の窓を覗くのが日課になっていた、彼は白と茶色の山が桃色と赤に染まる瞬間を眺めていても飽きる所か日に日に魅入られて行った、どんなに伯爵が「飽きないのかね、こやつは」と呆れられても彼は止めないくらいだったのだ。
そしてこの町で伯爵がまたメモやノートを埋め終わったらこの町とも別れなければならないので彼はまた今日も夕日を見ているのだ




