雪国の温かい料理
[伯爵の手記]国境を越えた白い国は吾輩には寒すぎる…しかしこやつはあんなに痩せ細ってるのに元気で…まあ良い、この国の飯は美味いと良いがな。
汽車に乗る前に派手で小太りの男と痩せ細った小汚い少年は仕立て屋の中に居た、伯爵は「そんな小汚い恰好では吾輩が恥ずかしいのだ、吾輩に付いて行くならせめて服だけは何とかしなければならぬ」と言って少年に真っ白なシャツにビロードのジャケットと半ズボンを買い与え、後は卵色の小さな厚手のコートも買っていた。
「なあ、伯爵様…まだコートは暑いよ」少年は不思議そうに尋ねると伯爵は得意げに「これからこの国を出て外国の美味い物を食いに行くから必要なのだよ」と言うと少年は煤けた顔を輝かせて「すっげぇ!」と言うと「その汚い恰好を何とかしに行くのが先だ」と窘められた。
一通り少年の旅支度を終えたら宿屋の風呂を借りて彼を石鹸で洗うと真っ白だった泡が見る見るうちに黒くなっていった、垢も糸瓜で出来た垢すりを擦るとデロデロになった垢も落ちて行った、すっかり綺麗になった少年は痩せ細り、顔色こそは悪い物の顔立ちは悪くなくある程度ふっくらするとそれなりに美しくなりそうだった。
「悪くないな、貴様はそれなりに美しい男だったようだよ」伯爵は綺麗になった少年を目を細めて褒めると少年は「嬉しい、俺褒めてもらった事無いから嬉しいんだよ!」浮かれてクルクル回ると真っ先に「粗野な言葉を言うんじゃない、吾輩の前や人様の前では私と言うんだ、解ったな?」と厳しく制止する伯爵であった。
すっかり良い服を着た少年と伯爵は意気揚々と汽車に乗り込むと、黒い制服を着こんだガッチリとした車掌が「北国行きです、この電車は国境を越えますので国境北駅を通過するお客様は切符を拝見いたします」と野太く通る声で出発を告げた。
「さあ、このコートを着るんだ」前の町で買った卵色のコートを少年に着せた。少年は少し着辛そうにコートを着込んだ、ふっくらとしたのと正反対に顔色の悪さが些か際立つが、これから大きくなるだろう。
「ねえ、これから何を見るの?伯爵…様」まだ慣れてない敬称で呼んだ、伯爵はもったいぶったように「白くて冷たい国に行くぞ?一年中冬のような国だ」と少年に言った、少年は一年中冬のような国と言ってもピンと来ることは無かった。
景色が豪奢な街並みから茶色い麦畑に変わる頃に「国境北駅~国境北駅~この駅を降りないお客様は切符を拝見いたしますのでお降りにならないお客様は車掌に切符を拝見させてください」とよく通る野太い声がパイプ越しに車内に響き渡って行った
そして麦畑の茶色が白に変わった頃にはもう日は暮れて辺りは真っ暗になって行った。
「次は終点、北国駅、終点で御座います。ご乗車お疲れ様です」
最後の駅まで乗っていたのは伯爵と少年と炭鉱場の男衆達だけだった、少年はびくびくしている中伯爵だけは堂々としていた
淡い雪が降りしきる中木と漆喰と煉瓦で出来た重厚な街並みは活気が有って寒さを感じなかった、男たちがグラスを鳴らしたり妖艶な踊り子達が笑い声を揚げたりと初めての旅の雰囲気に呑まれそうだった少年は少しずつ余裕を持ち始めていた。
伯爵は宿に入り、温かい酒とミルクを主人に頼んだ、初めて飲んだ温かいミルクに少年はがっついて飲んだが口を火傷したが、痛くても泣かないで伯爵に笑いかけた、伯爵は苦い顔をした後にフッと笑みを作って頭を撫でた。
「もし、娘さん」伯爵は大柄な娘を引き留めて「ビーフのシチュー入りパイと黒パンを2つずつくれ」と注文をした。
「解ったわ!今年は結構美味しい野菜を仕入れたから期待して待っててね!」と威勢良くニカっと笑って大きな声で主人に注文を言った。
「凄いな…女の子でもチャキチャキしてるんだね、この国の人たちって」少年の国の少女とこの国の少女の違いに呆然としていた、それを聞いて伯爵は「そりゃそうだ、厳しい環境に晒されていれば男も女も自然と強く生きようとするもんだ、此処では御淑やかにしているだけでは女は死んでしまうようなのだよ」
「言ってくれるわね、でもそう言う人は嫌いじゃないわ。御淑やかだけが女じゃないのはあたしも賛成よ」
そう言ってシチューパイと黒パンを置いた後に懐からすっとクッキーを少年に握らせた「親父さんには内緒なんだからね…」内緒のポーズをすっとした後に人混みの中に消えて行った
「…伯爵様、人って温かいんだね」そう言って熱いスープを啜りながらぼんやり呟いた。




